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戦前の裁判文書の保存(AIリライト)

明治から昭和の戦前期にかけて,裁判所が作成し保管する裁判文書(民事・刑事の訴訟記録と判決原本)の保存は,司法省が定める規程・訓令によって規律されていた。
この記事では,戦前の裁判文書の保存を定めた主な規程の沿革と,刑事記録の保存を定めた各時代の刑事手続法とを,制定年月日・法令番号・保存期間とともに整理する。

あわせて,これらの規程に登場する裁判所の名称(大審院・控訴裁判所・始審裁判所)が,明治期の裁判所の改称沿革のどの段階に対応するのかを確認し,戦前の裁判文書がどこで保管されていたかまでを扱う。記載は令和8年7月時点で確認できた法令・公文書・研究資料に基づく。

第1 裁判文書の保存を定めた司法省の規程

戦前,裁判文書の保存期間や永久保存の対象は,法律そのものではなく,司法省が発する達(たっし)や訓令によって定められていた。
その体系を最初に整えたのが明治18年の規程であり,これが大正7年に全面改定された。

規程制定主な保存期間
大審院並裁判所書類保存規程明治18年10月24日
(司法省丁第21号達)
事件記録は有期保存,民事・刑事の判決原本(言渡書・命令書)は永久保存
民刑訴訟記録保存規程大正7年6月3日
(司法省法務局庶第7号訓令)
本案に関する判決の原本は永久保存(仮差押・仮処分の判決原本を除く),訴訟記録は有期保存

1 明治18年 大審院並裁判所書類保存規程

(1) 規程の位置づけ

大審院並裁判所書類保存規程(明治18年10月24日司法省丁第21号達)は,裁判所が扱う書類の保存を包括的に定めた最初の規程である。
これにより,裁判記録は,太政官・内閣がまとめる一般の政府記録とは別の仕組みのもとで保存されることになった。

なお,司法省が保有する行政文書の保存については,裁判文書とは別に,同じ明治18年に定められた司法省文書保存規程によって規律されていた。裁判文書と司法省の行政文書とが,それぞれ別の規程で扱われていた点に,この時期の文書管理の特色がある。

(2) 保存の対象と起点

この規程による保存の対象は,制定当時の三つの審級の裁判所が作成した書類であり,それぞれ次の時点までさかのぼって保存することとされた。
各裁判所は,いずれも設立後に名称が変わっているため,起点となる年は前身の裁判所が置かれた時点を指す(名称の変遷は第4で整理する)。

  • ① 大審院については,明治8年に創設された時からの書類
  • ② 控訴裁判所については,その前身である上等裁判所が明治8年に設置された時からの書類
  • ③ 始審裁判所については,その前身が明治9年に地方裁判所となった時からの書類

(3) 保存期間

保存の方法は,書類の種類によって二つに分かれていた。
事件記録は種類ごとに期間を定めた有期保存とされ,民事・刑事の判決の言渡書及び命令書(判決原本)は永久保存とされた。
重要な事件記録を長期に残す考え方は,後の規程にも引き継がれていく。

2 大正7年 民刑訴訟記録保存規程

大審院並裁判所書類保存規程は,大正7年6月3日の民刑訴訟記録保存規程(司法省法務局庶第7号訓令)によって全面的に改められた。
この規程でも,本案に関する判決の原本は永久保存とされ(第13条。ただし仮差押・仮処分に関する判決の原本は除く),民事記録・刑事記録は有期保存とされた。

さらに,史料又は後日の参考となる重要な事件の記録は,保存期間が満了した後も引き続き保存する旨が定められていた(第40条)。
保存期間の満了とともに一律に廃棄するのではなく,史料的価値のある記録を残す枠組みが,この時点で明文化されていたことになる。

第2 刑事記録の保存を定めた刑事手続法の変遷

司法省の規程とは別に,刑事の裁判記録については,刑事手続を定める法律の中にも保存に関する規定が置かれていた時期があった。
ところが,大正期の法改正でその規定は法律の条文から姿を消し,保存は司法省の訓令にゆだねられることになる。

法令公布施行記録保存の規定
治罪法明治13年7月17日
(太政官布告第37号)
明治15年1月1日あり(第323条)
刑事訴訟法明治23年10月7日
(法律第96号)
明治23年11月1日あり(第211条)
刑事訴訟法大正11年5月5日
(法律第75号)
大正13年1月1日法典本文になし

1 治罪法(明治15年施行)

治罪法(明治13年7月17日太政官布告第37号,明治15年1月1日施行)は,日本で最初の近代的な刑事手続法であり,刑事記録の保存に関する規定を置いていた。
第323条は,裁判の言渡書及び公判始末書の正本を,その裁判所の書記局に保存すべき旨を定めていた。

2 明治23年の刑事訴訟法(明治23年施行)

治罪法に代わって制定された刑事訴訟法(明治23年10月7日法律第96号)は,明治23年11月1日から施行された。
同法も刑事記録の保存に関する規定を置き,第211条は,判決及び公判始末書の原本を訴訟記録に添付してその裁判所に保存すべき旨を定めていた。
なお,同じ日(明治23年11月1日)には,裁判所の組織を定める裁判所構成法も施行されている。

3 大正11年の刑事訴訟法(大正13年施行)

これに対し,大正11年5月5日法律第75号として公布され,大正13年1月1日から施行された刑事訴訟法には,刑事記録の保存に関する規定が法典の本文に置かれなかった。
もっとも,これは戦前の刑事記録が保存されなくなったことを意味しない。
保存期間などの定めは,第1で見た大正7年の民刑訴訟記録保存規程をはじめとする司法省の訓令にゆだねられており,記録保存の根拠が,法律の条文から行政の規程へと移った点にこの改正の意味がある。

第3 戦前の裁判文書はどこで保管されていたか

戦前は,民事記録と刑事記録のいずれも,裁判所において保管されていた。
これは,刑事の確定訴訟記録の保管が現在は検察庁に移っている現在の制度とは異なる点である。
刑事確定訴訟記録の保管機関が裁判所から検察庁へと変わった経緯については,別の記事で扱っている。

刑事確定訴訟記録の保管機関が検察庁となった経緯

第4 裁判所の名称の変遷(補足)

第1で述べた保存の起点を正確に読むには,明治期に裁判所の名称が何度も変わったことを押さえておく必要がある。
明治18年の規程が用いる「控訴裁判所」「始審裁判所」という名称は,いずれもその時点での呼称であり,前身の裁判所までさかのぼると起点は明治8年・明治9年になる。

審級名称の変遷
最上級審大審院(明治8年創設)
上訴審上等裁判所(明治8年設置)→ 控訴裁判所(明治14年改称)→ 控訴院(明治19年改称)
第一審府県裁判所(明治8年)→ 地方裁判所(明治9年)→ 始審裁判所(明治14年改称)→ 地方裁判所(明治23年,裁判所構成法)

明治18年の規程が制定された時点では,上訴審は「控訴裁判所」,第一審は「始審裁判所」と呼ばれていた。
「控訴裁判所」が「控訴院」に改められるのは翌明治19年であり,「始審裁判所」が再び「地方裁判所」となるのは明治23年の裁判所構成法によってである。

出典・参考資料

1 法令

  • 治罪法(明治13年7月17日太政官布告第37号,明治15年1月1日施行)
  • 刑事訴訟法(明治23年10月7日法律第96号,明治23年11月1日施行。第211条)
  • 刑事訴訟法(大正11年5月5日法律第75号,大正13年1月1日施行)
  • 裁判所構成法(明治23年法律第6号,明治23年11月1日施行)

2 公文書・歴史資料

  • 民刑訴訟記録保存規程(大正7年6月3日司法省法務局庶第7号訓令)の全文。情報公開により最高裁判所事務総長から開示されたもの (PDF)
  • 国立公文書館『北の丸』第54号「治罪法施行以前の刑事事件の裁判記録について」(治罪法第323条・記録保存の沿革) https://www.archives.go.jp/publication/kita/pdf/kita54_p003.pdf
  • 渡辺悦子「東京高等裁判所管区各裁判所作成の裁判文書について」国立公文書館『北の丸』第58号(大審院並裁判所書類保存規程・民刑訴訟記録保存規程の沿革) https://www.jstage.jst.go.jp/article/kitanomaru/58/0/58_196/_pdf

3 文献

  • 浅古弘「序説・司法資料保存法制の歴史」早稲田法学69巻2号(1993年)72頁~90頁
  • 石塚伸一編著『刑事司法記録の保存と閲覧』(日本評論社,2023年)35頁,143頁

4 ウェブ資料