平成25年4月12日付の官報(第6025号8頁ないし11頁)の「裁判官弾劾裁判所 終局裁判」で公示された,新63期の華井俊樹裁判官に対する平成25年4月10日付の罷免判決は以下のとおりです(着色,太字等の加工は加えています。)。
弁護人の主張において華井俊樹裁判官に有利な事情が一通り主張されていると思いますが,すべて排斥されました。
平成24年(訴)第1号 罷免訴追事件
判決
本 籍 岐阜県(以下,本HPでは記載省略)
住 居 大阪府枚方市(以下,本HPでは記載省略)
大阪地方裁判所判事補
華井俊樹
昭和59年9月26日生
主文
被訴追者を罷免する。
理由
第1 認定した事実
1 被訴追者の経歴
被訴追者は、平成23年1月16日、判事補に任命され、同日付けで大阪地方裁判所判事補に補せられ、今日に至っている者である。
2 罷免事由に当たる被訴追者の行為
被訴追者は、大阪地方裁判所判事補として勤務していた平成24年8月29日午前8時30分頃、大阪府寝屋川市早子町16番11号所在の京阪電気鉄道株式会社京阪本線(以下「京阪本線」という。)寝屋川市駅から同市萱島本町198番1号所在の同線萱島駅までの間を走行中の電車内において、乗客のAに対し、録画状態にした携帯電話機を右手に持って同女の背後からそのスカートの下に差し入れ、同スカート内の下着を動画撮影し、もって、人を著しくしゅう恥させ、かつ、人に不安を覚えさせるような方法で、公共の乗物における衣服等で覆われている人の下着を撮影したものである。
第2 証拠の標目
(括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける裁判官訴追委員会請求証拠の番号を示す。)
全部の事実について
1 被訴追者の当公判廷における供述
2 「被審査裁判官華井俊樹の事情聴取書」と題する書面(乙4)
第1の1の事実について
1 被訴追者の司法警察員に対する供述調書写し(乙1)
2 履歴書写し(乙5)
第1の2の事実について
1 被訴追者の検察官に対する供述調書写し(乙3)及び司法警察員に対する供述調書写し(乙2)
2 菅昭裕の司法警察員に対する供述調書写し(甲2)、Aの司法警察員に対する供述調書写し(甲5)
3 現行犯人逮捕手続書(乙)写し(甲1)、「犯行日時場所の特定について」と題する書面写し(甲3)、「逮捕者、被害者による被害状況等の再現について」と題する書面写し(甲4)、電話聴取報告書写し(甲6、7)、「携帯電話機の領置経過について」と題する書面写し(甲8)、「被疑者華井俊樹が盗撮した画像の写真撮影について」と題する書面写し(甲9)「被疑者華井俊樹による犯行状況の再現について」と題する書面写し(甲11)
4 起訴状等写し(甲12)、略式命令写し(甲13)、証明書(甲14)
第3 法律上の判断
1 裁判官弾劾法第2条第2号該当性について
(1) 前提となる事実
関係各証拠によれば、前記第1の2で認定した事実のほか、以下のような事実が認められる。
ア 本件行為に至る経緯等
被訴追者は、平成23年1月に大阪地方裁判所に裁判官として勤務するようになり、通勤で京阪本線を利用するうちに、満員電車の中で近くにいる女性の下着を盗撮してみたいと思うようになり、平成23年の春頃から盗撮行為をするようになった。盗撮方法としては、写真だとシャッター音がするので、事前に動画撮影状態にしておいた携帯電話機をポケット等に忍ばせておき、満員電車の中で撮影の機会を狙い、人目につかないように、スカート丈の短い女性の背後から数秒間携帯電話機をかざして撮影するというものであった。その後、被訴追者は、平成23年10月に結婚したこともあり、その前後半年程度は盗撮行為を中断していたが、平成24年の4月に刑事部から民事部へ異動してから再び盗撮を行い始め、いずれ盗撮行為が発覚すれば取り返しのつかないことになると理解しながらも、これをやめることができず、同年5月から6月にかけては週に1回程度の頻度で繰り返すようになり、本件行為に至るまでに20回程度の同様の盗撮を行った。
イ 本件行為の状況
被訴追者は、平成24年8月29日午前8時頃、出勤のため家を出て最寄駅の京阪本線香里園駅のホームで電車を待っていたところ、そのホーム上で電車を待っているスカートをはいた本件Aを発見し、今日はこのAを盗撮しようと思い、そのままAが立っている列の後ろに並んだ。その時いつものように盗撮の事前準備として携帯電話機の動画撮影を開始し、ズボンの右ポケットに忍ばせておいた。続いて、電車の扉が開いてAが電車に乗り込んだので、被訴追者もその後について乗ったが、その時車内は、満員といえる状態ではなく、盗撮行為をするには人目につくと思ったため、すぐには盗撮を開始せず、持ってきていた小説を#から取り出し、左手で持ち読み始めた。その後、電車が次の寝屋川市駅に停車し、車内が混雑してきた頃を見計らって盗撮を開始することにし、電車が次の萱島駅に到着するまでの間に左手で小説を開いたままの状態で、やや膝を折り、身体を前かがみにして、右手をAのスカートの下に伸ばして盗撮を行った。その際、スカートの中に携帯電話機を差し入れたのはほんの数秒間であったが、撮影中はレンズの横に付いた照明が白色に点灯するので、その光が漏れないように人差し指で押さえ、数秒後、再び手を元の位置に戻し、また盗撮する機会を狙っていた。このような経緯で、本件被訴追者は、前記第1の2記載の事実の行為に及んだものである。
ウ 刑事事件の経緯
被訴追者は、本件行為について、電車が萱島駅に到着した時、同じ電車内にいた男性に、大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(以下「迷惑防止条例」という。)違反の罪で現行犯逮捕され、平成24年8月30日に処分保留で釈放されたが、同年9月10日、大阪区検察庁が大阪簡易裁判所に対し、略式命令を請求し、同日、同裁判所は、被訴追者に対し、求刑どおりの罰金50万円の略式命令を発令し、同月25日、同命令は確定した。
(2) 「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」の意義
次に、裁判官弾劾法第2条第2号に規定する「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」の意義について検討する。
裁判とは、対等な私人間の社会関係上の紛争の解決や公権力を有する国家と国民との間の紛争を解決すること等を目的とする国家の権能であり、その基盤には一般国民の裁判に対する信頼を確保する必要があることは言うまでもない。
日本国憲法は、三権分立を憲法上の大原則とすると共に、司法権の行使が兎角、行政権等の国家権力の干渉を受けやすいという人類共通の歴史的体験に鑑み、第76条第1、2項において、「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する。特別裁判所は、これを設置することができない。行政機関は、終審として裁判を行ふことができない。」と規定して司法権の独立を謳い、その第3項において「すべて裁判官は、その良心に従ひ、独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」として裁判官の職務行使の独立性を明文化し、司法権の独立を保障する制度を設けている。
さらに一歩進めて日本国憲法第78条は、「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。」として裁判官の身分を厚く保障している。
このように憲法上、裁判官の身分が厚く保障されている趣旨は、言うまでもなく、民主主義社会における人権保障の最後の砦としての司法権、ひいては、その職責を担う裁判官の国民に対する重い責任の現れであると同時に、裁判官という立場にある者は常に国民からの厚い尊敬と信頼を得ていなければならないという根拠でもある。近年の司法制度改革により制度に変更があったとしてもこの理念に変わるところはなく、裁判官に対する国民からの尊敬と信頼が揺らぐことはないと言うべきである。むしろ、裁判員制度の導入から3年を経て、国民が司法に参加することにより、裁判の進め方やその内容に国民の視点、感覚が反映されていくことになる結果、裁判全体に対する国民の理解が深まり、司法がより身近なものとしてその信頼も一層高まることが期待されている現状を踏まえると、今まで以上に国民から信頼される裁判所及び裁判官が必要とされているともいえよう。
このため、裁判権を行使する裁判官は、単に事実認定や法律判断に関する高度な素養だけでなく、人格的にも、一般国民の尊敬と信頼を集めるに足りる品位を兼備しなければならないと言うべきであって、裁判官という地位には、もともと裁判官に望まれる品位を辱める行為をしてはならないという倫理規範が内在していると解すべきである。これは、既に述べたとおり、日本国憲法第76条第3項が「すべて裁判官は、その良心に従ひ」独立してその職権を行う旨を規定し、裁判官としての良心の保持を前提としていること、裁判所法第49条が懲戒事由として「品位を辱める行状があったとき」を挙げていることなどにも現れている。
したがって、「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」とは、裁判官の特定の行為がその地位に内在する倫理的規範に背き、国民の尊敬と信頼に対する背反行為に該当すると評価される場合を言うと解すべきである。そして、その判断にあたっては、当該行為と裁判官という特殊な地位との関連性、当該行為を行うに至った経緯や当該行為が社会に及ぼす影響、裁判所又は裁判官制度の理念とその現状、国民の価値観や意識の動向等諸般の要素を総合考慮して、健全な社会常識に照らし、大多数の国民にとって納得できる妥当な結論を導かなければならない。
(3) 本件行為の評価
以上を前提に、被訴追者の本件行為が「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するかどうかについて検討する。
本件行為は、電車内で女性のスカートの中を密かに撮影するという悪質卑劣な行為であり、女性の人権を著しく軽視するばかりか、迷惑防止条例の保護法益である「市民等の平穏な生活の保持」を害するという点で女性のみならず、通勤又は通学あるいは日常生活において電車を利用する全ての人に不安を与える性質の重大な犯罪であり、その社会的影響も少なくない。
また、当該行為を行うに至った動機も、初めは「女性の下着を見てみたい。」という気持ちからこのような行為に及び、盗撮に成功した画像を後で見て楽しんでいたが、盗撮行為を続けているうちにこんなことを続けていては盗撮行為が発覚し、取り返しのつかないことになると理解しながらも、どうしてもやめることができない状態になっていたというように、自己の欲求を満たしたいという身勝手かつ一方的なものであり、被訴追者本人も認めているとおり、仮に仕事上のストレスがあったとしてもそれは社会人であれば誰もが乗り越えていかなければならない宿命であって、それを盗撮行為によって晴らすことは言語道断である。
その行為態様も、あらかじめ駅のホームで盗撮の対象とする女性を見つけ、周囲から分からないようにするために撮影時のシャッター音がする写真機能ではなく、動画機能を利用し、事前にスイッチを入れてポケットの中に隠し持ち、かつ撮影時には携帯電話機のフラッシュ部分に指をあてて発覚を予防するなど、用意周到に準備されたものであり、明確な故意があるといえ、悪質である。
他方、本件被害者の女性には、何の落ち度もなく、通勤途中の平穏な日常生活を送っていた中で突然、犯罪に巻き込まれ、直後の捜査に時間を割かれただけでなく、たまたま本件犯罪行為の被疑者が裁判官という特殊な職業にあったことから、広く報道され興味の対象とされることになり、被害者の名前は出ていないとしても、相当な精神的苦痛を強いられていること、それ故に本件犯行直後から一貫して被訴追者と示談等に応じず、厳しい処罰感情があることが認められる。特に被訴追者は、裁判官に任官直後の平成23年春頃からこのような犯罪行為に手を染め、一時中断していた時期はあったものの、本件行為が発覚するまでの間に既に同様の手口による盗撮行為を少なくとも20回程度行ったことを当公判廷においても認めている。すなわち、本件行為が発覚するまでの約1年半という長期の間に常習的に盗撮行為が繰り返され、少なくとも20人の女性の人権が侵害されている事実も忘れてはならない。
これは、人を裁く立場、人権意識をしっかり持つことが不可欠とされている裁判官として、あるまじき行為であることは言うまでもない。しかも、本件は、前述のとおり、裁判員制度の導入から3年を経て、国民が司法に参加し、裁判の進め方やその内容に国民の視点、感覚が反映されていくことにより、裁判全体に対する国民の理解が深まり、司法がより身近なものとしてその信頼も一層高まることが期待されている中で起こった現職裁判官による犯罪である上、被訴追者は裁判員裁判を担当し、死刑判決を宣告するという重大な判断もしているのであるから、その職責の重さを自覚していれば、仮に当時、盗撮行為を自らの意思で制御できない状況に陥っていたとしても、家族や友人を始め、職場の先輩やカウンセラー等の専門家に相談することによって、このような卑劣な行為をやめることができた機会はいくらでもあったのに、そのような努力をせずに超えてはいけない一線を超えてしまったことに対する行為の違法性及び非難の程度は極めて高いと言える。
そうすると、被訴追者の本件行為は、上記諸事情を考慮するだけでも、社会人として当然備えていなければならない倫理観が明らかに欠如している非行行為であると認められる。
さらに、近時、スマートフォンを始めとする電子機器の急速な発展により、盗撮の方法も複雑かつ巧妙化し、このような犯罪が日常化しているという社会的現象もある今、仮に本件行為を不罷免とすれば裁判官でさえ盗撮をしても免職にならないのだからという誤った認識を与えかねない。そういう社会的問題があることも加味して、このような卑劣な犯罪行為に対しては、毅然とした態度で臨まなければならない。
以上によれば、被訴追者の本件行為は、一般国民の尊敬と信頼を集めるに足りる品位を備えるべき裁判官としてあるまじき行為であり、被訴追者には、およそ裁判官として有するべき人権意識が欠如していると言わざるを得ず、裁判官の地位に内在する倫理規範に背き、常に国民から高い尊敬と信頼を受けるにふさわしい品位を保持すべき義務に違反していると認められるので、国民が裁判官に寄せる尊敬と信頼に対する背反行為に該当すると言うべきである。
したがって、被訴追者の本件行為は、裁判官弾劾法第2条第2号の「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当する。
第4 弁護人らの主張に対する判断
1 本件行為の評価について
これに対し、弁護人らは、過去の事件や弁護士に対する懲戒処分と比較して、本件は軽微な事案であり、罷免に値しない旨主張する。
すなわち、第1に本件行為は条例違反に該当する行為であり、刑事罰の中でも軽微な部類に属する犯罪行為であること、第2に過去の弾劾裁判で罷免された事例(平成13年(訴)第1号罷免訴追事件、平成20年(訴)第1号罷免訴追事件)がそれぞれ経験豊かな現職裁判官による犯罪であり社会的に大きく報道され、懲役刑の判決が下されたこと、第3に過去に本件と同じ迷惑防止条例違反を犯した裁判官が直接女性と接触する痴漢行為をしたにもかかわらず、訴追されなかったこと、第4に同種犯罪行為を行った弁護士に対する弁護士会の懲戒処分と比較して、罷免という処分は過度に重い旨主張する。
そこで検討すると、第1の主張については、条例違反といえども、条例は、憲法第94条に基づき地方公共団体が制定する自治立法であり、前述の「市民等の平穏な生活の保持」という保護法益も決して他の法律と比較して軽視されるべき性質のものではない。その中でも本件盗撮行為の6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金という法定刑は、刑法の公然わいせつ罪やストーカー規制法に匹敵する罰則であることから、条例違反であるからというだけで、軽微な犯罪と即断することはできない。
第2の主張については、本件行為は、弁護人らの主張する過去の2事例と比較し、正式裁判が開かれていないことから、事前に報道機関による過度の取材報道行為はなされていないともいえるが、裁判官が現行犯逮捕されたということもあり、各種マスコミが捜査段階から始まり、大阪高等裁判所による最高裁判所への報告、最高裁判所による訴追請求、裁判官訴追委員会による訴追決定までの経緯を注視していたことは当公判廷において取り調べた証拠(甲15・被訴追者訊問)からも明らかである。よって、これをもって当該行為が社会に及ぼす影響が少ないので軽微な事案であるとは到底いえない。また裁判官という職にある以上、経験の多少にかかわらず一人の責任ある専門家として、国民を裁く立場にあるという点には寸分の変わりもなく、国民がその裁判官に寄せる期待や信頼というものに差異が生じると考えるべきではない。
第3に、直接女性と接触する痴漢行為に比べ、間接的な破廉恥行為である盗撮行為とでは、行為の違法性または女性に対する人権侵害の程度が異なるとの主張については、直接であろうと間接であろうと女性の立場からすれば、破廉恥行為をされたことによる不快感や不安感等の精神的影響は、一過性のものではなく、心に傷が深く残るということ、盗撮行為は特に盗撮した画像記録が残り、拡散される可能性があるという点において人権侵害の程度が大きいことに対する配慮に欠けており、到底受け入れられる理由とはいえない。加えて、指摘にかかる元判事の痴漢行為の事案は、個別具体的な内容が異なり、単純に本件との軽重を論じるのは妥当ではない。
第4の弁護士会の懲戒処分との比較については、弁護士会の懲戒処分は、弁護士自治の原則に基づく弁護士会の中での自浄作用に過ぎず、同じ法曹といえども、憲法上の厚い身分保障を受け、国民の信頼に基づいて職務を行うことが必要不可欠な裁判官に対する弾劾裁判とは性質を異にするから、同種犯罪行為に対する弁護士会の懲戒処分の結果が当裁判所の判断に影響を及ぼすものではない。
よって、この点に関する弁護人らの主張には合理的理由がない。
2 情状について
また弁護人らは「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」に該当するか否かの判断にあたっては、被訴追者の反省の程度や行為後の行動、平素の人格や人望等のいわゆる本件行為とは独立した情状についても考慮すべきである旨主張する。
すなわち、弁護人らは、第1に被訴追者は、被害回復及び社会的信用の回復に努めていること、第2に被訴追者の具体的職務・地位、勤務状況、平素の人格等から罷免事由は認められないこと、第3に被訴追者が真摯に反省していること、第4に被訴追者を支援する者が多数存在すること、第5に被訴追者が既に十分な制裁を受けていることから、罷免判決という新たな制裁を加える必要のないこと等を述べ、被訴追者が既に受け、罷免によって被る不利益の重大性からすれば、罷免によらずとも、免官の手続によっても、司法に対する国民の信頼は十分回復できる旨を主張しているので、以下その主張の当否について検討する。
この点、関係各証拠によれば、被訴追者は、逮捕直後から素直に事実を認め、その後の捜査機関における取調べや裁判所での事情聴取にも誠実に応じていること、弁護人及び検察官を通じて、本件被害者に対して謝罪及び被害弁償を速やかに申し入れたこと、日本司法支援センターに対して贖罪寄付を行っていること、大きな罪を犯してしまったことについて、裁判所関係者等に対する責任を感じ、事件後速やかに免官願を提出し、かつ事件後から現在に至るまで報酬及び賞与を返還していること、仮に退職金が支給されても、受領しない意思であることが認められる。このような事情は、自分が犯してしまった過去の大きな過ちに対して行為後に回復することができる最大限の努力であると評価できる。これは、被訴追者が犯してしまった過去の行為に対し内省を深めていることの一つの現れといえる。
また、司法全体に対する信頼を失墜させてしまったことを深く後悔し、迷惑をかけた職場の上司や家族等に対して手紙を書いている。その内容及び当公判廷での被訴追者の陳述からすると、決して現実から逃避せずに真摯に自己に向き合っている姿勢が認められる。
さらに、被訴追者は、法曹になって社会に貢献したいという強い志をもって日夜勉学に励み、司法試験合格後も後輩の指導に携わったこと、家族や先輩からの陳述書によれば、常に周囲に対する気配りをして、信頼されていたとの記載があること、総勢67名もの弁護人が選任されたこと、その他多数の嘆願書が寄せられたことも認められる。
そして、弁護人らが主張するように仮に法曹資格を今回失わなかったとしても、少なくとも今後数年間は、弁護士会が弁護士登録を認めない可能性が極めて高く、事実上法曹界復帰は困難と予測されることや法曹以外の職業に就く際にも、同種の行為をした他の者よりも厳しい批判にさらされ、社会復帰するには極めて高い障壁があることは想像に難くない。加えて、本件では、衆議院の解散等、被訴追者の事情とは全く関係のない社会情勢により、被訴追者が事実上職を断たれ、生活の糧となるべき収入源を失ってから約半年間にも渡る長い月日が経過することとなったが、そのような想定外の苦境にも決して屈することなく、その間、ひたすら自らを鼓舞し、前途多難な今後の人生について、読書等をしながら思索し、何とか活路を見いだそうとしている点は特筆すべき事情といえよう。
しかしながら、先に述べたとおり、本件行為は、女性の性的羞恥心を著しく害する悪質かつ卑劣な行為であり、一般国民の尊敬と信頼を集めるに足りる品位を備えるべき裁判官として、あるまじき行為であるとともに、被訴追者は、長期間、多数回にわたり同様の盗撮行為を繰り返しており、裁判官として有するべき人権意識、特に、女性の人権を尊重しようとする意識が欠如していると言わざるを得ず、その社会的影響も大きいことに照らせば、前述のような被訴追者に酌むべき事情を最大限に考慮したとしても、本件行為が強く非難されるべき性質の犯罪であり、幾星霜を経て多くの裁判官が築き上げてきた司法全体に対する国民の尊敬と信頼を大きく失墜させたという判断を覆すに足りる事情があるとは認められない。
したがって、弁護人らが主張する諸事情は本件行為に関する上記判断を左右するものではない。
第5 結論
よって、当裁判所は、裁判官弾劾法第2条第2号を適用して被訴追者を罷免することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官訴追委員会委員長 鳩山邦夫、同委員 三日月大造、同 今井雅人、同 谷博之、同 三原朝彦、同 椎名毅、同 荒木清寛 私選弁護人 木村雅一(主任)、同 田中宏岳、同 伊藤海大、同 井上彰、同 水津正臣、同 丸山秀平 各出席)
平成 25 年4月 10 日
裁判官弾劾裁判所
裁判長裁判員 谷川 秀善
裁判員 船田 元
裁判員 小川 敏夫
裁判員 中谷 元
裁判員 原田 義昭
裁判員 古本伸一郎
裁判員 西根 由佳
裁判員 漆原 良夫
裁判員 津村 啓介
裁判員 藤田 幸久
裁判員 関口 昌一
裁判員 藤井 基之
裁判員 白浜 一良
裁判員 水野 賢一
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