目次
1 総論
2 就業規則の記載事項
2の2 福利厚生と就業規則
3 就業規則の作成手続
4 就業規則の周知及びその法的効果
5 就業規則に基づく懲戒
6 就業規則の変更
7 就業規則で定める基準に達しない労働条件
8 公序良俗違反で就業規則が無効となった事例
9 賞与の支給日に関する就業規則の記載
10 関連記事その他
1 総論
(1) 就業規則は,労働者の賃金や労働時間などの労働条件に関すること,職場内の規律などについて定めた職場における規則集です(厚生労働省HPの「就業規則を作成しましょう」参照)。
(2) 常時10人以上の労働者を使用する事業場が就業規則を作成し,又は変更する場合,所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります(労働基準法89条柱書)。
(3) 就業規則の一括届出制度は,一括して届け出る本社の就業規則と本社以外の事業場の就業規則が同じ内容であるものに限り利用できます(東京労働局HPの「就業規則一括届出制度」参照)。
(4)ア 賃金規程及び育児介護休業規程のように就業規則に関連するものについても労基署への届出義務があります。
イ みらいコンサルティンググループHPの「相談室Q&A」には「就業規則とは別に定めている規程であっても、就業規則の記載事項に関する規程については、就業規則の一部として届け出をする必要がある」と書いてあります。
2 就業規則の記載事項
(1) 就業規則の絶対的記載事項は以下のとおりです。
① 始業及び終業の時刻,休憩時間,休日,休暇,就業時転換に関する事項
② 賃金の決定,計算及び支払の方法,賃金の締め切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
③ 退職に関する事項(解雇事由を含む。)
(2) 就業規則の相対的記載事項は以下のとおりです。
① 退職手当について,適用される労働者の範囲,決定,計算及び支払の方法並びに支払の時期に関する事項
② 臨時の賃金及び最低賃金額に関する事項
③ 食費、作業用品その他の労働者の負担に関する事項
④ 安全及び衛生に関する事項
⑤ 職業訓練に関する事項
⑥ 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
⑦ 表彰・制裁の定めについてその種類・程度に関する事項
⑧ 当該事業場の労働者のすべてに適用される定めに関する事項
(3) 労働基準法89条に列挙された事項以外の事項であっても,使用者は就業規則に任意の事項を記載することができ,これを任意的記載事項といいます。
2の2 福利厚生と就業規則
(1)ア 労働条件を決定する根拠は,労働協約,就業規則及び労働契約であります(労働基準法2条)ところ,短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律3条は「事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者について、その就業の実態等を考慮して、適正な労働条件の確保、教育訓練の実施、福利厚生の充実その他の雇用管理の改善及び通常の労働者への転換(短時間・有期雇用労働者が雇用される事業所において通常の労働者として雇い入れられることをいう。以下同じ。)の推進(以下「雇用管理の改善等」という。)に関する措置等を講ずることにより、通常の労働者との均衡のとれた待遇の確保等を図り、当該短時間・有期雇用労働者がその有する能力を有効に発揮することができるように努めるものとする。」と定めていて,労働条件と福利厚生を区別しています。
イ 労働条件にも該当する福利厚生制度の例としては,①通常の社宅(つまり,業務社宅以外の社宅),②団体定期保険を支払原資とする死亡退職金及び弔慰金並びに③留学・研修補助があります(労働政策研究・研修機構HPの「福利厚生と労働法上の諸問題」参照)。
(2)ア 労働政策研究・研修機構HPの「福利厚生と労働法上の諸問題」には以下の記載があります。
労基法89条が定める就業規則の必要記載事項については,同条で列挙されている個別事項に該当しない福利厚生でも, 「当該事業場の労働者のすべてに適用される定めをする場合においては, これに関する事項」 (同条10号) にあたれば,相対的必要記載事項として就業規則に規定すべきこととされている。現実にも,就業規則本体ないし別規程で福利厚生につき定める例が少なくない 。 しかし,福利厚生については個別の必要記載事項として明示されていないために, 当該事業場の労働者すべてに適用される福利厚生であっても,就業規則としての作成をはじめ,労基法所定の手続が十分になされず,労基法違反が問題となったり,単なる社内内規として存在し,その法的意義が問題となる例も少なくない。
イ 社食DELI(お弁当専門の社員食堂サービス)HPの「福利厚生を導入したら就業規則に書かないといけない? 正しい手順と注意点を解説」には以下の記載があります。
特定の商品やサービスに対する社員割引制度は、福利厚生として一般的に提供されるものです。割引制度は労働条件の一部ではありませんし、個々の割引制度の詳細(割引率、対象商品など)は頻繁に変更されることがあるため、就業規則への記載は必要なく、一般的には社内の通知やガイドラインなどで管理されることが多いです。
3 就業規則の作成手続
(1)ア 使用者は,就業規則の作成又は変更について,当該事業場に,労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合,労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければなりません(労働基準法90条1項)。
イ 就業規則に添付する意見書は,労働者を代表する者の氏名を記載したものでなければなりません(労働基準法施行規則49条2項)。
(2) 労働者の過半数を代表する者は以下のいずれにも該当する者であり(労働基準法施行規則6条の2第1項)
① 管理監督者(労働基準法41条2号)ではないこと
② 労使協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であること。
→ 「過半数代表者の選出方法として、(a)その者が労働者の過半数を代表して労使協定を締結することの適否について判断する機会が当該事業場の労働者に与えられており、すなわち、使用者の指名などその意向に沿って選出するようなものであってはならず、かつ、(b)当該事業場の過半数の労働者がその者を支持していると認められる民主的な手続が採られていること、すなわち、労働者の投票、挙手等の方法により選出されること」とされています(昭和63年1月1日基発第1号の「労使協定の締結の適正手続」参照)。
(3) 使用者は,労働者が過半数代表者であること若しくは過半数代表者になろうとしたこと又は過半数代表者として正当な行為をしたことを理由として不利益な取扱いをしないようにしなければなりません(労働基準法施行規則6条の2第3項)。
4 就業規則の周知及びその法的効果
(1) 使用者は,就業規則を以下の方法により,労働者に周知させなければなりません(労働基準法106条1項,労働基準法施行規則52条の2)。
① 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し,又は備え付けること。
② 書面を労働者に交付すること。
③ 磁気テープ,磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し,かつ,各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること。
(2) 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において,使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合,労働契約の内容は,別段の合意がない限り,その就業規則で定める労働条件によるものとされます(労働契約法7条)。
(3) 平成24年8月10日付の労働契約法の施行通達10頁及び11頁には以下の記載があります。
ア 法第7条本文の「合理的な労働条件」は、個々の労働条件について判断されるものであり、就業規則において合理的な労働条件を定めた部分については同条の法的効果が生じ、合理的でない労働条件を定めた部分については同条本文の法的効果が生じないこととなるものであること。
就業規則に定められている事項であっても、例えば、就業規則の制定趣旨や根本精神を宣言した規定、労使協議の手続に関する規定等労働条件でないものについては、法第7条本文によっても労働契約の内容とはならないものであること。
イ 法第7条の「就業規則」とは、労働者が就業上遵守すべき規律及び労働条件に関する具体的細目について定めた規則類の総称をいい、労働基準法第89条の「就業規則」と同様であるが、法第7条の「就業規則」には、常時10人以上の労働者を使用する使用者以外の使用者が作成する労働基準法第89条では作成が義務付けられていない就業規則も含まれるものであること。
ウ 法第7条の「周知」とは、例えば、
① 常時各作業場の見やすい場所へ掲示し、又は備え付けること
② 書面を労働者に交付すること
③ 磁気テープ、磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し、かつ、各作業場に労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置すること等の方法により、労働者が知ろうと思えばいつでも就業規則の存在や内容を知り得るようにしておくことをいうものであること。このように周知させていた場合には、労働者が実際に就業規則の存在や内容を知っているか否かにかかわらず、法第7条の「周知させていた」に該当するものであること。なお、労働基準法第106条の「周知」は、労働基準法施行規則第52条の2により、①から③までのいずれかの方法によるべきこととされているが、法第7条の「周知」は、これらの3方法に限定されるものではなく、実質的に判断されるものであること。
(4) 届出事業場に所属する労働者等からの就業規則の開示要請の取扱いについて(平成13年4月10日付の厚生労働省労働基準局長の文書)には「開示を行う対象者」として以下の記載があります。
開示を行う対象者は、当該届出事業場に所属する労働者(労働基準法第9条に該当する者)及び使用者(同法第10条に該当する者)のほか、当該届出事業場を退職した者であって、当該事業場との間で権利義務関係に争い等を有しているものであること。
5 就業規則に基づく懲戒
(1) 使用者が労働者を懲戒するには,あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要します(最高裁平成15年10月10日判決。なお,先例として,最高裁昭和54年10月30日判決参照)。
(2) 就業規則が法的規範としての性質を有する(最高裁大法廷昭和43年12月15日判決)ものとして,拘束力を生ずるためには,その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要します(最高裁平成15年10月10日判決)。
(3) 使用者が労働者を懲戒することができる場合において,当該懲戒が,当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合,その権利を濫用したものとして,当該懲戒は無効となります(労働契約法15条)。
(4) 懲戒当時に使用者が認識していなかった非違行為の存在をもって当該懲戒の有効性を根拠付けることは,特段の事情のない限り,許されません(山口観光事件に関する最高裁平成8年9月26日判決)。
6 就業規則の変更
(1) 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働条件は,労働契約において別段の合意が存在していた場合を除き,当該変更後の就業規則に定めるところによることとなります(労働契約法10条)。
(2)ア 労働契約に定年の定めがないということは,ただ,雇用期間の定めがないというだけのことで,労働者に対して終身雇用を保障したり,将来にわたって定年制を採用しないことを意味するものではありません(最高裁大法廷昭和43年12月25日判決)。
イ 55歳から60歳への定年延長に伴い従前の58歳までの定年後在職制度の下で期待することができた賃金等の労働条件に実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更が有効とされた事例として,第四銀行事件に関する最高裁平成9年2月28日判決があります。
(3) 就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については,当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく,当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度,労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様,当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして,当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも,判断されるべきものです(最高裁平成28年2月19日判決)。
7 就業規則で定める基準に達しない労働条件
・ 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は,その部分については,無効となります。この場合,無効となった部分は,就業規則で定める基準によります(労働契約法12条)。
8 公序良俗違反で就業規則が無効となった事例
・ 会社がその就業規則中に定年年齢を男子60歳,女子55歳と定めた場合において,担当職務が相当広範囲にわたっていて女子従業員全体を会社に対する貢献度の上がらない従業員とみるべき根拠はなく,労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡は生じておらず,少なくとも60歳前後までは男女とも右会社の通常の職務であれば職務遂行能力に欠けるところはなく,一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はないなど,原判示の事情があって,会社の企業経営上定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由が認められないときは,右就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は,性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効です(最高裁昭和56年3月24日判決)。
9 賞与の支給日に関する就業規則の記載
・ 就業規則の「賞与は決算期毎の業績により各決算期につき一回支給する。」との定めが「賞与は決算期毎の業績により支給日に在籍している者に対し各決算期につき一回支給する。」と改訂された場合において,右改訂前から,年二回の決算期の中間時点を支給日と定めて当該支給日に在籍している者に対してのみ右決算期を対象とする賞与が支給されるという慣行が存在し,右就業規則の改訂は単に従業員組合の要請によつて右慣行を明文化したにとどまるものであって,その内容においても合理性を有するときは,賞与の支給日前に退職した者は当該賞与の受給権を有しません(最高裁昭和57年10月7日判決)。
10 関連記事その他
(1) 厚生労働省HPの「モデル就業規則について」にモデル就業規則(令和3年4月)が載っています。
(2) 労働者及び使用者は,労働協約,就業規則及び労働契約を遵守し,誠実に各々その義務を履行しなければなりません(労働基準法2条2項)。
(3) 最高裁平成22年3月25日判決は,金属工作機械部分品の製造等を業とするX会社を退職後の競業避止義務に関する特約等の定めなく退職した従業員において,別会社を事業主体として,X会社と同種の事業を営み,その取引先から継続的に仕事を受注した行為が,X会社に対する不法行為に当たらないとされた事例です。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 労働基準法に関するメモ書き