第1 本記事の対象と基準日
本記事は,一般の事業場における雇入時の健康診断と定期健康診断を中心に,対象者,検査項目,費用,結果に基づく事後措置及び健康情報の取扱いを整理するものである。
有害業務ごとの特殊健康診断は種類が多く,業務ごとに根拠法令と項目が異なるため,本記事では概要にとどめる。
本記事は,令和8年9月2日現在施行されている法令及び同日までに公表された行政資料に基づく。
令和9年4月1日からの検査項目の変更は公布済みであるが,まだ施行されていないため,第12で現行制度と区別して説明する。
第2 職場の健康診断の種類
1 一般健康診断
労働安全衛生法66条1項に基づく一般健康診断には,雇入時の健康診断,定期健康診断,特定業務従事者の健康診断,海外派遣労働者の健康診断等がある。
事業場附属の食堂又は炊事場で給食業務に従事する労働者には,雇入れ又は配置換えの際の検便も必要である。
| 種類 | 主な対象 | 実施時期 |
|---|---|---|
| 雇入時の健康診断 | 常時使用する労働者 | 雇入れの際 |
| 定期健康診断 | 常時使用する労働者 | 1年以内ごとに1回 |
| 特定業務従事者の健康診断 | 深夜業を含む業務等に常時従事する労働者 | 配置換えの際及び6か月以内ごとに1回 |
| 海外派遣労働者の健康診断 | 6か月以上海外へ派遣する労働者 | 派遣前及び帰国後 |
| 給食従業員の検便 | 事業場附属の食堂又は炊事場の給食従事者 | 雇入れ又は配置換えの際 |
2 特殊健康診断
労働安全衛生法66条2項及び3項等に基づく特殊健康診断は,有機溶剤,鉛,特定化学物質,電離放射線,石綿等の有害業務に伴う健康障害を早期に把握するためのものである。
定期健康診断だけを実施しても,該当する有害業務の特殊健康診断に代えることはできない。
第3 健康診断の対象となる労働者
1 「常時使用する労働者」
雇入時の健康診断と定期健康診断の対象は,「常時使用する労働者」である。
対象となるかは正社員,契約社員,パートタイマー又はアルバイトという名称ではなく,契約期間と週所定労働時間によって判断する。
2 短時間・有期契約の労働者
短時間労働者については,次の①及び②の両方を満たす場合,法定の一般健康診断の対象となる。
①期間の定めのない労働契約により使用される者,又は有期契約であっても,契約期間が1年以上である者,更新により1年以上使用される予定の者,又はすでに1年以上引き続き使用されている者であること。
特定業務に従事する短時間労働者については,この期間は6か月である。
②1週間の労働時間数が,同じ事業場で同種の業務に従事する通常の労働者の1週間の所定労働時間数の4分の3以上であること。
①を満たし,週所定労働時間が通常の労働者の4分の3未満であっても,おおむね2分の1以上である者については,一般健康診断を実施することが望ましいとされている。
この判断基準は,健康保険・厚生年金保険の加入要件とは別のものである。
3 派遣労働者
派遣労働者の雇入時健康診断や定期健康診断などの一般健康診断は,原則として派遣元事業者が実施する。
これに対し,派遣先の有害業務に係る特殊健康診断は派遣先事業者が実施するため,両者の連絡調整が必要である。
第4 雇入時の健康診断
1 目的と時期
事業者は,常時使用する労働者を雇い入れるとき,労働安全衛生規則43条の項目について医師による健康診断を行わなければならない。
この健康診断は,雇入れ後の適正配置と健康管理に役立てるためのものであり,応募者の採否を決めるための検査ではない。
大阪労働局は,採用選考時の健康診断は,適性と職務遂行能力を判断する上で合理的かつ客観的な必要性が認められる範囲に限るべきであるとしている。
2 検査項目
雇入時の健康診断の項目は,次の11項目である。
定期健康診断と異なり,医師の判断による一般的な項目省略の制度はない。
①既往歴及び業務歴の調査
②自覚症状及び他覚症状の有無の検査
③身長,体重,腹囲,視力及び聴力の検査
④胸部エックス線検査
⑤血圧の測定
⑥貧血検査
⑦肝機能検査
⑧血中脂質検査
⑨血糖検査
⑩尿中の糖及び蛋白の有無の検査
⑪心電図検査
3 3か月以内の健康診断結果の利用
雇入れ前3か月以内に医師による健康診断を受けた者が,その結果を証明する書面を提出したときは,事業者は,対応する項目について改めて健康診断を行わないことができる。
これは近接した時期に行われた同等の結果を利用する特則であり,雇入時の検査項目を一般的に省略できるという意味ではない。
第5 定期健康診断
1 実施頻度と検査項目
事業者は,常時使用する労働者に対し,1年以内ごとに1回,定期に労働安全衛生規則44条の健康診断を行わなければならない。
深夜業等の特定業務に常時従事する者については,配置換えの際及び6か月以内ごとに1回の健康診断が必要である。
| 項目 | 主な内容 |
|---|---|
| ①既往歴及び業務歴 | 既往歴及び業務歴の調査 |
| ②症状 | 自覚症状及び他覚症状の有無の検査 |
| ③身体計測等 | 身長,体重,腹囲,視力及び聴力 |
| ④胸部検査 | 胸部エックス線検査及び喀痰検査 |
| ⑤血圧 | 血圧の測定 |
| ⑥貧血 | 血色素量及び赤血球数 |
| ⑦肝機能 | GOT,GPT及びγ-GTP |
| ⑧血中脂質 | LDLコレステロール,HDLコレステロール及び血清トリグリセライド |
| ⑨血糖 | 空腹時血糖又は随時血糖 |
| ⑩尿 | 尿中の糖及び蛋白の有無 |
| ⑪心電図 | 心電図検査 |
2 項目を省略できる場合
定期健康診断の項目は,年齢だけで自動的に省略できるものではない。
労働安全衛生規則44条2項及び同項に基づく厚生労働大臣の基準により,医師が個々の労働者の健康状態,日常生活,作業態様及び過去の健診結果等を総合して必要でないと認めたときに限り,次の範囲で省略できる。
| 検査項目 | 省略できる者の概要 |
|---|---|
| 身長 | 20歳以上の者 |
| 腹囲 | 40歳未満の者(35歳を除く。),妊娠中等で腹囲が内臓脂肪の蓄積を反映しないと診断された者,BMIが20未満の者,又はBMIが22未満で自ら測定した値を申告した者 |
| 胸部エックス線 | 40歳未満の者のうち,20歳,25歳,30歳及び35歳でなく,感染症法又はじん肺法上の一定の対象にも当たらない者 |
| 喀痰 | 胸部エックス線で病変が発見されない者,結核発病のおそれがないと診断された者,又は胸部エックス線検査の省略対象者 |
| 貧血,肝機能,血中脂質,血糖及び心電図 | 40歳未満の者(35歳を除く。) |
尿中の糖及び蛋白の有無の検査は,現行の上記省略基準に含まれない。
また,聴力検査は,一定の年齢でオージオメーター以外の医師が適当と認める方法を用いることができるが,検査自体の省略と同じではない。
3 現行の血糖検査
令和8年9月2日現在の血糖検査は,空腹時血糖又は随時血糖の検査を行うものである。
HbA1cは医師が必要と認めた場合に同一検体等を利用して併せて行うことが望ましい検査項目とされているが,現行制度ではHbA1cだけで血糖検査に代えることはできない。
第6 労働者の受診義務と他の医師の利用
労働者は,事業者が法令に基づいて行う健康診断を受けなければならない。
ただし,事業者が指定した医師の健康診断を希望しない場合,労働者は,他の医師による相当する健康診断を受け,その結果を証明する書面を事業者に提出できる。
法定項目や実施時期が不足する場合は代替にならないため,労働者と事業者は事前に対応する項目を確認する必要がある。
第7 健康診断の費用と受診時間の賃金
1 法定健康診断の費用
昭和47年9月18日付け基発第602号は,法定健康診断の費用は,法で事業者に健康診断の実施を義務付けている以上,当然事業者が負担すべきであるとしている。
検査料金は医療機関や検査内容によって異なり,法令に一律の金額は定められていない。
2 受診に要する時間の賃金
同通達は,一般健康診断の受診時間の賃金について,当然に事業者の負担となるものではなく,労使で協議して定めるべきであるが,事業者が賃金を支払うことが望ましいとしている。
一方,特殊健康診断は業務の遂行に関連するため,その受診時間は労働時間と解され,法定労働時間外に行われた場合には割増賃金の問題が生じる。
第8 結果の通知・保存・医師の意見及び事後措置
1 結果の通知と5年間の保存
事業者は,健康診断の結果を対象となった労働者に通知しなければならない。
また,一般健康診断について健康診断個人票を作成し,原則として5年間保存する必要がある。
2 医師等の意見の聴取
事業者は,異常の所見があると診断された労働者について,その健康を保持するために必要な措置に関する医師又は歯科医師の意見を聴かなければならない。
一般健康診断については,健康診断が行われた日,又は労働者が他の医師の結果を証明する書面を提出した日から3か月以内に意見を聴く必要がある。
3 就業上の措置と保健指導
事業者は,医師等の意見を勘案し,必要があると認めるときは,労働者の実情を考慮して,就業場所の変更,作業の転換,労働時間の短縮,深夜業の回数の減少等の適切な措置を講じなければならない。
健康診断で異常の所見があったことだけから,直ちに休業,配置転換又は解雇という結論になるものではない。
特に健康の保持に努める必要があると認められた労働者に対しては,医師又は保健師による保健指導を行うように努めることとされている。
第9 労働基準監督署への結果報告
常時50人以上の労働者を使用する事業場は,定期健康診断を行ったとき,遅滞なく,所轄の労働基準監督署長に定期健康診断結果報告を行う必要がある。
この50人は企業全体ではなく,支店,営業所等の事業場ごとに判断する。
雇入時の健康診断にはこの結果報告義務はないが,個々の労働者に対する結果通知,記録,医師の意見聴取及び事後措置は必要である。
定期健康診断結果報告は,令和7年1月1日から,原則として電子申請によることが義務化されている。
厚生労働省の帳票入力支援サービス又はe-Gov電子申請から手続きできる。
第10 健康情報の取扱い
1 収集・保管・使用の範囲
健康診断の結果,病歴,診断名,検査値等の健康情報には,要配慮個人情報に該当するものが多い。
労働安全衛生法104条1項により,事業者は,労働者の健康確保に必要な範囲内で健康情報を収集し,収集目的の範囲内で保管して使用しなければならない。
法令に基づく健康診断結果の取得は,個人情報保護法上の法令に基づく場合に当たり,本人の同意を要しない場合がある。
しかし,法定項目の範囲を超える検査結果や医療機関からの診療情報の取得,さらに第三者への提供については,別途,本人の同意その他の法的根拠を確認する必要がある。
2 取扱者と社内共有の限定
診断名,検査値,具体的な愁訴等の加工前の情報は,医学的知識に基づく判断を要することがあるため,産業医,保健師等の産業保健業務従事者に取り扱わせることが望ましい。
人事労務担当者や所属長への情報共有は,作業転換,労働時間短縮等の就業上の措置に必要な範囲に加工し,担当者と権限を明確にする必要がある。
健康診断結果を,特定した利用目的の達成に必要な範囲を超えて人事評価や不利益取扱いに用いてはならない。
第11 健康診断に関する裁判例
1 最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決
最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決(昭和58年(オ)第1408号,懲戒処分無効確認請求事件,裁判集民事147号237頁)は,電電公社帯広局事件と呼ばれる。
事案は,長期の頸肩腕症候群罹患者等を対象に,病因の追究,適切な治療及び療養指導を目的として,労働協約や就業規則等に基づき,2週間程度の入院を伴う総合精密検診の受診命令が行われたものである。
最高裁は,この具体的な健康配慮措置の目的,必要性,検診内容,労働協約及び就業規則の定め等を踏まえ,受診命令は有効であり,その拒否を懲戒事由とすることができると判断した。
ただし,この判決は,あらゆる会社指定の健康診断の拒否が当然に懲戒事由になるという一般的な判断を示したものではない。
2 千葉地裁平成12年6月12日判決
千葉地裁平成12年6月12日判決(平成9年(ワ)第2550号等,千葉HIV解雇事件,労働判例785号10頁)は,会社が定期健康診断に際し,従業員に知らせず同意も得ないままHIV抗体検査を医療機関に依頼し,検査結果の交付を受けた事案である。
判決は,合理的かつ客観的な必要性もなく,本人に知らせず同意も得ないで検査し,結果を会社が取得した行為は,従業員のプライバシーを不当に侵害するとし,HIV感染を実質的な理由とした解雇も正当な理由を欠くと判断した。
この判決は,法定の健康診断を実施する場合であっても,任意の追加検査の必要性,本人の説明と同意,結果の管理,その後の人事上の利用を別々に検討しなければならないことを示している。
第12 令和9年4月1日からの改正
令和8年4月28日に労働安全衛生規則等の改正省令及び関係告示が公布され,令和9年4月1日から一般健康診断の項目が変更される。
本記事の基準日には未施行であるため,令和8年度の健康診断に前倒しで適用するものではない。
| 改正事項 | 令和9年4月1日からの取扱い |
|---|---|
| 血清クレアチニン検査 | 雇入時,定期,特定業務従事者及び海外派遣労働者の健康診断に追加される。定期健康診断等では,医師が必要でないと認めるときの省略基準が設けられる。 |
| 喀痰検査 | 定期,特定業務従事者及び海外派遣労働者の健康診断の法定項目から削除される。 |
| 血糖検査 | HbA1cによる検査も法定の血糖検査として認められる。 |
| 肝機能検査の名称 | GOT,GPT及びγ-GTPから,AST,ALT及びγ-GTに変更される。 |
第13 人間ドックの税務と関連記事
1 人間ドック費用の給与課税
国税庁の「人間ドックの費用負担」は,役員及び使用人の健康管理のため,一定年齢以上の希望者の全員が人間ドックを受けられ,受診者の全員について会社が費用を負担するという設例において,給与等として課税する必要はないとしている。
ただし,役員や特定の地位の者だけを対象とするときは課税の問題が生じ得るし,国税庁も,この回答は示された事実関係を前提とする一般的な回答であると注記している。
国税庁が令和4年12月12日に行った不開示決定は,「福利厚生費とするためには事業主が診療機関へ直接支払う必要があると定めている法令解釈通達その他の文書」という特定の開示請求文書を作成も保有もしていないと通知したものである。
この不開示決定は,上記名称の文書を保有しないことを示すにとどまり,費用の支払方法ごとの課税関係を一般的に決める法令解釈ではない。
2 関連記事
労働安全衛生法の制度全体については,「労働安全衛生法に関するメモ」を参照されたい。
採用選考と雇入れ後の雇用管理の区別については,「中途採用に当たって使用者が留意すべき事項」を参照されたい。
病名や障害等の情報と労務提供能力の関係については,「障害者手帳・障害年金と労務提供能力」を参照されたい。
第14 出典・参考資料
1 法令・告示・通達
①労働安全衛生法(昭和47年法律第57号)66条,66条の4から66条の7まで及び104条(e-Gov法令検索)
②労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)43条から52条まで(e-Gov法令検索)
③労働安全衛生規則第44条第2項の規定に基づき厚生労働大臣が定める基準(平成10年労働省告示第88号)
④短時間労働者に係る労働条件の確保・改善について(平成20年2月15日付け基発第0215004号)
⑤労働安全衛生法及び同法施行令の施行について(昭和47年9月18日付け基発第602号)
⑥定期健康診断等における診断項目の取扱い等について(平成29年8月4日付け基発0804第4号)2頁
⑦労働安全衛生規則等の一部を改正する省令の施行等について(令和8年4月28日付け基発0428第9号)1頁~3頁・7頁~8頁
2 裁判例
①最高裁昭和61年3月13日第一小法廷判決(昭和58年(オ)第1408号,懲戒処分無効確認請求事件,裁判集民事147号237頁,裁判所ウェブサイト)
②千葉地裁平成12年6月12日判決(平成9年(ワ)第2550号等,千葉HIV解雇事件,労働判例785号10頁,裁判所ウェブサイト)
3 行政資料
①健康確保・健康診断関係(高知労働局)
②労働安全衛生法に関する手続(東京労働局)
③採用選考時の健康診断について(大阪労働局)
④雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項(個人情報保護委員会)
⑤労働安全衛生関係の主要様式ダウンロードコーナー(厚生労働省)
⑥派遣労働者に係る労働条件及び安全衛生の確保について(平成21年3月31日付け基発第0331010号)(厚生労働省)
⑦人間ドックの費用負担(国税庁,令和7年8月1日現在)
⑧国税庁令和4年12月12日付け行政文書不開示決定通知書1頁