第1 3種類の書類の違い
1 本記事の対象
本記事は,令和8年9月7日現在,個人が事業を始めるときに関係する「個人事業の開業・廃業等届出書」,「所得税の青色申告承認申請書」及び「青色事業専従者給与に関する届出書」の役割,提出期限及び効果を説明するものである。
これらは相互に代用できず,青色申告を選ぶか,生計を一にする親族へ給与を支払うかによって必要な書類が変わる。
2 対象・期限・効果の一覧
3種類の書類の基本的な違いは,次のとおりである。
| 書類 | 主な対象 | 主な提出期限 | 主な効果 |
|---|---|---|---|
| 個人事業の開業・廃業等届出書 | 事業所得,不動産所得又は山林所得を生ずべき事業を新たに開始した人 | 事業開始等の事実があった日の属する年分の所得税の確定申告期限まで | 事業を開始した事実等を税務署へ届け出る |
| 所得税の青色申告承認申請書 | 青色申告の承認を受けたい人 | 原則として青色申告をしようとする年の3月15日まで。ただし,その年の1月16日以後に業務を開始した場合は開始日から2か月以内 | 承認後,青色申告書を提出できる |
| 青色事業専従者給与に関する届出書 | 生計を一にする親族への給与を青色事業専従者給与として必要経費に算入したい青色申告者 | 原則として適用を受ける年の3月15日まで。ただし,その年の1月16日以後に開業し,又は新たに専従者がいることとなった場合はその日から2か月以内 | 届出内容に従って実際に支払った相当な給与について,必要経費算入の前提を満たす |
提出期限が土曜日,日曜日又は祝日等に当たる場合は,原則としてその翌日が期限となる。
相続による事業承継には青色申告承認申請の特則があるため,通常の開業と同じ期限で処理しないことが必要である。
第2 個人事業の開業・廃業等届出書
1 対象となる事実
開業届の正式名称は,「個人事業の開業・廃業等届出書」である。
所得税法229条は,国内で不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき事業を新たに開始した場合のほか,当該事業の事務所等を設け,移転し,又は廃止した場合などを届出の対象としている。
国税庁の「A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続」には,書式,記載要領,提出先及び提出方法が掲載されている。
提出先は原則として納税地を所轄する税務署長であり,e-Taxのほか,書面の持参又は送付による提出もできる。
2 現在の提出期限
現在の提出期限は,事業開始等の事実があった日の属する年分の所得税の確定申告期限までである。
開業の日から1か月以内とする旧い説明は,現在の新規開業についての提出期限を示すものではない。
開業届の期限と青色申告承認申請書の期限は同じではない。
例えば,その年の1月16日以後に開業して同年分から青色申告を希望する場合,青色申告承認申請書は原則として開業日から2か月以内であるため,開業届より先に期限が来ることがある。
3 開業届と所得区分の関係
開業届を提出したことだけで,その活動から生ずる所得が当然に事業所得となるわけではない。
国税庁の所得税基本通達35-2は,事業所得に当たるかどうかを,その所得を得るための活動が社会通念上事業と称するに至る程度で行われているかどうかによって判定するとしている。
同通達は,帳簿書類の保存がない場合について業務に係る雑所得とする取扱いを示しているが,帳簿を保存していることだけで事業所得になるとは定めていない。
開業届,帳簿保存及び所得区分の判定は,それぞれ別の問題である。
第3 所得税の青色申告承認申請書
1 対象者と提出期限
所得税法143条によれば,不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う居住者は,税務署長の承認を受けた場合に青色申告書を提出できる。
開業届を提出しても青色申告の承認を受けたことにはならないため,青色申告を希望するときは別に承認申請書を提出する必要がある。
所得税法144条及び国税庁の「A1-8 所得税の青色申告承認申請手続」によれば,提出期限は原則として青色申告をしようとする年の3月15日までである。
その年の1月16日以後に新たに業務を開始した場合は,業務開始日から2か月以内となる。
青色申告の承認を受けていた被相続人の事業を承継した場合は,死亡の日が①1月1日から8月31日までなら死亡の日から4か月以内,②9月1日から10月31日までならその年の12月31日まで,③11月1日から12月31日までなら翌年2月15日までという特則がある。
また,所得税法147条は,所定の日までに承認又は却下の処分がない場合に承認があったものとみなす仕組みを定めている。
2 令和8年分までの主な効果
青色申告の承認だけで一定額が自動的に控除されるわけではなく,記帳方法,決算書類,申告方法及び申告期限等に応じて適用が決まる。
租税特別措置法25条の2及び国税庁の「No.2072 青色申告特別控除」によれば,令和8年分までの青色申告特別控除は10万円,55万円又は65万円である。
55万円控除は,事業所得又は事業的規模の不動産所得があり,正規の簿記の原則により記帳し,貸借対照表及び損益計算書等を添付して期限内申告をすることなどが要件となる。
65万円控除には55万円控除の要件に加え,優良な電子帳簿の保存又は確定申告書及び青色申告決算書等のe-Taxによる期限内送信のいずれかが必要である。
所得税法70条は,青色申告書を提出した年に生じた純損失について,所定の要件の下で翌年以後3年間の繰越控除を認めている。
所得税法140条は,前年分についても青色申告書を提出している場合などに,純損失を前年へ繰り戻して所得税の還付を請求できる制度を定めている。
3 少額減価償却資産の特例
青色申告書を提出する一定の中小事業者が,令和8年4月1日以後に取得,製作又は建設をした取得価額10万円以上40万円未満の減価償却資産を業務の用に供した場合,租税特別措置法28条の2により,取得価額をその年分の必要経費に算入できることがある。
適用期限は令和11年3月31日までの取得等であり,1年当たりの取得価額の合計額は原則として300万円が上限である。
年の中途で開業又は廃業した年の上限は,業務を営んだ月数に応じて月割りされる。
また,確定申告書への明細書の添付その他の要件があり,取得価額10万円未満の資産及び主要な業務として行う貸付け以外の貸付け用資産などには別の取扱いがある。
4 令和9年分以後の青色申告特別控除
令和9年分以後は青色申告特別控除が改正されるため,令和8年分までの10万円,55万円又は65万円という説明をそのまま用いることはできない。
国税庁の「簡易簿記による10万円の青色申告特別控除を適用している皆様へ」によれば,簡易な簿記による人のうち,事業所得又は事業的規模の不動産所得に係る前々年分の収入金額が1000万円を超える人は,10万円控除の対象外となる。
国税庁の「優良な電子帳簿の保存又はデジタルシームレス保存により75万円の青色申告特別控除を適用しましょう!」によれば,令和9年分以後は,正規の簿記の原則による記帳,貸借対照表等の添付,期限内申告及びe-Tax送信という65万円控除の要件に加え,優良な電子帳簿の保存又はデジタルシームレス保存の要件を満たした場合,最高75万円の控除を受けることができる。
令和9年分以後は書面申告による55万円控除がなくなる点にも注意を要する。
第4 青色事業専従者給与に関する届出書
1 親族への給与に関する原則と例外
所得税法56条は,事業を営む居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその事業から対価の支払を受ける場合,原則として,その対価に相当する金額を事業所得等の必要経費に算入しないこととしている。
所得税法57条の青色事業専従者給与は,この原則に対する例外である。
青色事業専従者は,①青色申告者と生計を一にする配偶者その他の親族であること,②その年の12月31日現在で15歳以上であること,③原則としてその年を通じて6か月を超える期間,その事業に専ら従事していることなどの要件を満たす必要がある。
一定の場合には,従事できる期間の2分の1を超える期間という特則がある。
2 届出期限と必要経費になる範囲
国税庁の「A1-10 青色事業専従者給与に関する届出手続」によれば,提出期限は原則として適用を受ける年の3月15日までである。
その年の1月16日以後に開業し,又は新たに専従者がいることとなった場合は,開業の日又は専従者がいることとなった日から2か月以内となる。
届出書を提出しただけで,記載した給与の全額が当然に必要経費となるわけではない。
必要経費となるのは,届出書に記載した方法に従い,記載した金額の範囲内で実際に支払った給与のうち,従事期間,労務の性質及び程度,事業の種類・規模,同種同規模の事業における給与の状況等に照らして相当と認められる金額である。
国税庁「No.2075 青色事業専従者給与と事業専従者控除」によれば,青色事業専従者として給与の支払を受ける人は,同一生計配偶者又は扶養親族にはなれない。
また,不動産所得について青色事業専従者給与を必要経費に算入できるのは,不動産貸付けが事業として行われている場合に限られる。
3 届出内容を変更する場合
届出書に記載した給与の金額の基準を変更する場合又は新たな専従者が加わる場合などは,国税庁の変更届出手続に従い,遅滞なく変更届出書を提出する必要がある。
通常の昇給の範囲を超えて増額する場合なども,変更の対象となる。
4 所得税法56条に関する最高裁判例
最高裁平成16年11月2日判決(平成16年(行ツ)第23号)は,居住者と生計を一にする親族が居住者とは別に事業を営む場合であっても,そのことだけを理由に所得税法56条の適用を否定できないと判断した。
同判決は,同条の要件を満たす限り適用があるとした上で,上告を棄却している。
この判例からも,家族側が独立した業務を行っているという事情だけで親族への支払が当然に必要経費となるわけではないことが分かる。
青色事業専従者給与として処理する場合は,所得税法57条の要件と届出内容を個別に確認する必要がある。
第5 給与を支払う場合等の追加手続
1 開業時の条件別チェック
個人事業の開始時に関係し得る主な国税の手続は,次のとおりである。
| 条件 | 書類・手続 | 主な期限・留意点 |
|---|---|---|
| 青色申告を選ぶ | 所得税の青色申告承認申請書 | 開業届とは別に期限管理をする |
| 青色事業専従者給与を必要経費に算入する | 青色事業専従者給与に関する届出書 | 青色申告の承認申請だけでは足りない |
| 専従者又は従業員へ給与を支払う事務所等を開設する | 給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書 | 開設等の日から1か月以内。令和8年1月1日以後の開設等については,開業届を提出する場合でも別途提出する |
| 給与の支給人員が常時10人未満で,源泉所得税を年2回にまとめて納付したい | 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書 | 申請は随時であり,原則として提出日の翌月に支払う給与等から適用される |
| 課税事業者の選択,簡易課税又はインボイス登録を検討する | 消費税関係の届出又は登録申請 | 売上規模,開業時期,取引先及び選択する制度により異なる |
国税庁「No.2090 新たに事業を始めたときの届出など」は,所得税,源泉所得税及び消費税の代表的な届出書と期限を一覧にしている。
都道府県税事務所,年金事務所,労働基準監督署等への手続が別に必要となる場合もある。
2 弁護士が独立開業する場合
弁護士の独立開業では,弁護士会における登録事項の変更時期と税務上の開業日を区別した上で,事業用口座,帳簿,源泉所得税,消費税及びインボイスの選択を検討する必要がある。
これらの弁護士固有の実務については,「弁護士の独立開業時の税務手続-開業届・青色申告・消費税・インボイス(AI作成)」で説明している。
第6 間違えやすい点
1 3種類の書類は一括の届出ではないこと
開業届は事業開始の事実等を届ける書類,青色申告承認申請書は青色申告の承認を求める書類,青色事業専従者給与に関する届出書は親族への給与を必要経費に算入するための書類である。
同じ時期に提出することがあっても,対象,期限及び効果は異なる。
2 青色申告者でなくても記帳が必要であること
白色申告であれば記帳や帳簿保存が不要というわけではない。
所得税法232条は,青色申告者を除く不動産所得,事業所得又は山林所得を生ずべき業務を行う人についても,帳簿の備付け,記録及び保存を定めている。
3 期限内提出と実際の処理を分けて確認すること
青色申告承認申請書は,承認を受ける年分を決める手続であり,青色事業専従者給与に関する届出書は,親族,職務,給与額及び支給方法等を届ける手続である。
期限内に書類を提出した後も,帳簿を記録し,給与を実際に支払い,確定申告時の添付書類及び申告方法の要件を満たす必要がある。
第7 関連記事
①弁護士の独立開業時の税務手続-開業届・青色申告・消費税・インボイス(AI作成)
②所得税の確定申告に関するメモ書き(AIリライト)
③消費税に関するメモ書き-免税点・簡易課税・中間申告・インボイス(AI作成)
第8 出典
1 法令
①所得税法56条,57条,70条,140条,143条,144条,147条,229条,230条及び232条
②租税特別措置法25条の2及び28条の2
2 所管行政機関の解説・手続案内
①国税庁「A1-5 個人事業の開業届出・廃業届出等手続」
②国税庁「A1-8 所得税の青色申告承認申請手続」
③国税庁「A1-10 青色事業専従者給与に関する届出手続」及び「A1-11 青色事業専従者給与に関する変更届出手続」
④国税庁「No.2072 青色申告特別控除」,「No.2075 青色事業専従者給与と事業専従者控除」及び「No.2090 新たに事業を始めたときの届出など」
⑤国税庁所得税基本通達35-2
⑥国税庁「簡易簿記による10万円の青色申告特別控除を適用している皆様へ」(令和8年4月,1頁)及び「優良な電子帳簿の保存又はデジタルシームレス保存により75万円の青色申告特別控除を適用しましょう!」(令和8年8月,1頁~2頁)
3 裁判例
①最高裁平成16年11月2日判決(平成16年(行ツ)第23号)