第1 労働保険の仕組み
1 労災保険と雇用保険
労働保険は,労働者災害補償保険(労災保険)と雇用保険の総称である。保険給付はそれぞれ別に行われるが,保険関係の成立,保険料の申告・納付等は,原則として一体的に取り扱われる。
労働者を1人でも使用する事業は,原則として労働保険の適用事業となる。法人の役員,個人事業主又は業務委託先であっても,契約上の名称だけで決まるものではなく,実態として使用従属関係の下で労務を提供しているかにより労働者性を判断する。
2 保険関係の成立と主な届出
労災保険及び雇用保険の保険関係は,法律上の要件を満たした日に成立する。事業主が届出をしていないことは,労働者の保険給付請求権を直ちに失わせるものではないが,成立届を提出せず,又は保険料を納付しないまま事故が発生した場合,政府から事業主に費用徴収が行われることがある。
一元適用事業における主な届出期限は,次のとおりである。
- ① 保険関係成立届は,保険関係成立日の翌日から10日以内
- ② 概算保険料申告書は,保険関係成立日の翌日から50日以内
- ③ 雇用保険適用事業所設置届は,設置日の翌日から10日以内
- ④ 雇用保険被保険者資格取得届は,資格取得日の属する月の翌月10日まで
一定の法人には,労働保険に関する所定の手続について電子申請が義務付けられている。令和8年度の年度更新では,電子申請義務の対象法人に申告書の紙様式を送付しない取扱いが採られている。
第2 労働保険料
1 保険料の計算と負担
労働保険料は,原則として,労働者へ支払う賃金総額に保険料率を乗じて算定する。基本給及び賞与だけでなく,通勤手当等も賃金総額に含まれる。
労災保険料は全額を事業主が負担する。雇用保険料は,失業等給付・育児休業給付に係る部分を労働者と事業主が負担し,雇用保険二事業に係る部分を事業主だけが負担する。
2 令和8年度の保険料率
令和8年度の一般の事業の雇用保険料率は13.5/1000であり,労働者負担が5/1000,事業主負担が8.5/1000である。農林水産・清酒製造の事業及び建設の事業には別の料率が適用されるため,年度ごとの厚生労働省の料率表を確認する必要がある。
令和8年度の労災保険率は令和7年度から変更されていない。法律事務所が含まれる「その他の各種事業」の労災保険率は3/1000である。
3 年度更新と分割納付
事業主は,前年度に支払った賃金総額に基づく確定保険料と,当年度に支払う見込みの賃金総額に基づく概算保険料を,年度更新で申告・納付する。令和8年度の年度更新期間は,令和8年6月1日から同年7月10日までである。
継続事業について,労災保険及び雇用保険の双方が成立している場合は概算保険料が40万円以上,いずれか一方だけが成立している場合は20万円以上であれば,原則として3回に分割して納付できる。労働保険事務組合に事務を委託している事業には金額要件がなく,有期事業は事業期間が6か月以上で,概算保険料が75万円以上であることを要する。
4 メリット制
労災保険のメリット制は,一定規模以上の事業について,過去の災害率に応じて労災保険率又は保険料額を増減させる制度である。継続事業では,原則として,平均使用労働者数が100人以上の事業,又は20人以上100人未満で災害度係数が0.4以上となる事業が対象となる。
「その他の各種事業」の労災保険率を前提とする継続事業では,20人以上100人未満の範囲で災害度係数0.4以上の要件を満たさないため,法律事務所については平均100人以上が実質的な適用基準となる。一括有期事業及び単独有期事業には,確定保険料額,建設事業の請負金額又は立木伐採量による別の基準があるため,「20人未満の事業にはメリット制が一切適用されない」と一般化するのは正確でない。
最高裁令和6年7月4日判決(令和5年(行ヒ)第108号,民集78巻3号662頁)は,メリット制適用事業主には労災保険給付支給処分の取消しを求める原告適格がないとした。同判決は,客観的に労災保険給付の要件を満たさない給付はメリット保険料決定の基礎とならないとの制度構造も示しており,事業主は保険料認定決定に対する争訟で労災該当性を争い得る。
第3 労災保険
1 給付の対象
労災保険給付には,療養,休業,傷病,障害,遺族,葬祭,介護及び二次健康診断等の給付がある。業務災害,複数業務要因災害及び通勤災害では,適用される要件及び事業主責任との関係が異なる。
業務災害又は通勤災害による負傷・疾病には,原則として健康保険を使用せず,労災保険による給付を請求する。誤って健康保険を使用した場合は,加入先の保険者,医療機関及び労働基準監督署へ連絡し,切替手続を確認する。
2 労働者の過失と給付制限
民事上の過失割合は,労災保険給付の可否を直接決める基準ではない。しかし,労働者が故意に負傷,疾病,障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは,労災保険法12条の2の2第1項により保険給付は行われない。
労働者が故意の犯罪行為若しくは重大な過失により事故等を生じさせた場合等には,同条2項により,保険給付の全部又は一部を行わないことができる。このため,「労働者の過失が100%でも必ず給付される」という説明は正確でない。
3 業務災害・通勤災害・複数就業者
業務災害は,労働者が事業主の支配下にある状態で生じた災害であり,かつ,業務と傷病等との間に相当な因果関係があることを要する。休憩時間中の私的行為は通常は業務と切り離されるが,出張,会社の行事又は送迎中の事故は,目的,指示,必要性及び行動経路等を総合して判断される。
通勤災害は,住居と就業場所との間の合理的な経路及び方法による移動等に伴う災害である。日常生活上必要な行為として法令で認められるものを除き,移動経路を逸脱し,又は移動を中断した後の災害は対象外となることがある。
複数事業労働者については,複数の就業先から支払われる賃金を合算して給付基礎日額を算定する。一つの就業先の負荷だけでは業務起因性を認めにくい場合でも,複数の就業先における業務上の負荷を総合して,複数業務要因災害に当たることがある。
4 事故発生後の報告と請求
重大な労災事故では,被災者の救護と二次災害の防止を優先し,現場の状況,作業手順,指示系統及び関係者の説明を記録する。死亡又は重大事故では,警察及び労働基準監督署への連絡並びに現場保存が必要となることがある。
労働者が業務災害等により死亡し,又は休業した場合,事業主は労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長へ提出する。死亡又は休業4日以上の場合は遅滞なく,休業1日以上4日未満の場合は四半期ごとに提出するが,休業のない事故,通勤災害及び事業主等の特別加入者の災害は報告対象ではない。令和7年1月1日から,労働者死傷病報告は原則として電子申請によることとされている。
労災保険給付の請求は,被災労働者又は遺族が行う。事業主が請求書の証明を拒否しても,それだけで請求できなくなるものではなく,証明を得られない事情を所轄労働基準監督署へ説明して手続を進めることができる。
5 第三者行為災害
交通事故等の第三者行為によって労災事故が発生した場合,被災労働者は労災保険給付を請求するとともに,加害者へ損害賠償を請求し得る。ただし,同一損害について二重に填補を受けることはできず,政府による代位取得又は給付控除が行われる。
労災保険給付を受ける前に加害者側と全部示談をすると,示談内容によっては給付へ影響することがある。第三者行為災害届を提出し,示談前に損害項目と労災給付との調整関係を確認する必要がある。
6 特別加入
中小事業主,一人親方その他の自営業者等は,労働者に当たらないため通常は労災保険の対象外であるが,一定の要件の下で特別加入できる。令和6年11月1日から,企業等から業務委託を受けるフリーランスは,業種を問わず原則として特別加入の対象となった。
特別加入は自動的に成立するものではなく,所定の特別加入団体を通じた手続等が必要である。中小事業主等が特別加入する場合は,労働保険事務組合への事務委託が前提となる。
7 請求権の時効と不服申立て
療養補償給付及び休業補償給付等の請求権は原則として2年,障害補償給付及び遺族補償給付等の請求権は原則として5年で時効により消滅する。給付の種類ごとに起算日が異なるため,事故後早期に確認する必要がある。
労災保険給付に関する処分に不服がある場合は,原則として,処分があったことを知った日の翌日から3か月以内に労働者災害補償保険審査官へ審査請求をする。審査官の決定に不服がある場合は,労働保険審査会への再審査請求又は取消訴訟が問題となる。
8 業務上災害に関する主な裁判例
最高裁平成28年7月8日判決(平成26年(行ヒ)第494号)は,会社主催の歓送迎会後,研修生を住居まで送る途中の交通事故について,業務遂行性及び業務起因性を認めた。会の目的,上司の指示,送迎の必要性及び会社業務との結び付きに基づく事例判断であり,私的な飲食後の事故一般を労災としたものではない。
最高裁昭和29年11月26日判決(昭和27年(オ)第697号,民集8巻11号2075頁)は,労災保険給付を受ける権利の具体化には行政機関の支給決定を要することを示した。同判決は,労災保険給付と使用者に対する民法上の損害賠償請求との調整を直接判断したものではない。
第4 雇用保険
1 被保険者となる労働者
一般に,1週間の所定労働時間が20時間以上で,31日以上引き続き雇用されることが見込まれる労働者は,雇用保険の被保険者となる。労働契約の名称ではなく,実際の所定労働時間及び雇用見込みに基づいて判断する。
令和10年10月から,所定労働時間要件は週10時間以上へ拡大される予定である。施行前後で資格要件が変わるため,資格取得日現在の法令を確認する必要がある。
2 基本手当の受給資格
基本手当の受給資格は,原則として,離職日前2年間に被保険者期間が通算12か月以上あることを要する。倒産・解雇等による離職者及び一定の特定理由離職者は,離職日前1年間に被保険者期間が通算6か月以上あれば足りる場合がある。
1か月の被保険者期間は,賃金支払基礎日数が11日以上又は賃金支払基礎時間が80時間以上の月により数える。複数の就業先の勤務時間は,現行制度上,当然には合算されない。
3 離職証明書と離職票
事業主は,被保険者が離職した場合,原則として10日以内に資格喪失届及び離職証明書をハローワークへ提出する。紙手続では,ハローワークが離職票を事業主経由で離職者へ交付する。
令和7年1月20日以降,事業主が電子申請を行い,離職者がマイナポータルと雇用保険WEBサービスを連携しているなどの要件を満たす場合,ハローワークから離職者のマイナポータルへ離職票が直接交付される。紙の3枚複写式離職証明書だけを前提とする説明は,現在の手続全体を示すものではない。
離職者が事業主の記載した離職理由に異議を述べた場合,ハローワークが双方の資料及び説明を調査して離職理由を判定する。事業主が資格喪失届を提出しない場合でも,離職者はハローワークへ資格喪失の確認及び離職票の交付を求めることができる。
4 待期・給付制限・受給期間
基本手当には,受給資格決定後7日間の待期がある。令和7年4月1日以降に正当な理由なく自己都合退職した場合,待期満了後の給付制限は原則1か月であるが,退職日前5年間に2回以上,同様の自己都合退職について受給資格決定を受けた場合等は3か月となる。
一定の教育訓練等を受ける場合は,自己都合退職による給付制限が解除され得る。対象となる教育訓練,受講開始日及び申出時期をハローワークへ確認する必要がある。
基本手当を受給できる期間は,原則として離職日の翌日から1年間である。妊娠,出産,育児,疾病,負傷,一定の家族介護又は配偶者の海外勤務への同行等により30日以上職業に就くことができない場合,申請により受給期間を最長4年まで延長できることがある。これは所定給付日数が増える制度ではなく,基本手当を受けられる期間を延ばす制度である。
5 育児に関する給付
令和7年4月に,出生後休業支援給付金及び育児時短就業給付金が創設された。出生後休業支援給付金は,一定期間に被保険者と配偶者の双方が14日以上の育児休業を取得した場合等に,既存の育児休業給付へ上乗せして支給される。
育児時短就業給付金は,2歳未満の子を養育するため時短勤務をした場合に,一定の要件の下で支給される。育児休業給付の申請時期及び賃金との調整は,休業又は時短勤務を開始する時点の制度を確認する必要がある。
第5 労働保険事務組合
労働保険事務組合は,事業主の委託を受け,労働保険料の申告・納付,保険関係成立届,雇用保険の事業所・被保険者関係届及び特別加入申請等の事務を処理する団体である。労災保険及び雇用保険の保険給付請求自体は,事務組合が行える事務から除かれている。
大阪府内の認可事務組合は,大阪労働局「労働保険事務組合名簿」で確認できる。大阪弁護士会所属の弁護士は,大阪弁護士協同組合の労働保険事務組合事業を利用できる。
第6 出典・参考資料
1 法令
- ① e-Gov法令検索「労働者災害補償保険法」
- ② e-Gov法令検索「労働保険の保険料の徴収等に関する法律」
- ③ e-Gov法令検索「雇用保険法」
- ④ e-Gov法令検索「労働保険審査官及び労働保険審査会法」
2 行政資料
- ① 厚生労働省「令和8年度の雇用保険料率」
- ② 厚生労働省「労災保険率」
- ③ 厚生労働省「労働保険年度更新」
- ④ 秋田労働局「労働者死傷病報告の電子申請義務化」
- ⑤ 厚生労働省「フリーランスの労災保険特別加入」
- ⑥ 厚生労働省「雇用保険制度改正」
- ⑦ 徳島労働局「離職票をマイナポータルで直接受け取れます」
- ⑧ 厚生労働省「雇用保険の適用対象者の範囲の拡大」
- ⑨ 厚生労働省「育児休業等給付について」
3 裁判例
- ① 最高裁令和6年7月4日判決・令和5年(行ヒ)第108号・民集78巻3号662頁
- ② 最高裁平成28年7月8日判決・平成26年(行ヒ)第494号
- ③ 最高裁昭和29年11月26日判決・昭和27年(オ)第697号・民集8巻11号2075頁
4 文献
- ① 近藤美穂監修『聴ける!実用法律書 改訂新版 図解で早わかり 社会保険・労働保険の基本と手続きがわかる事典』三修社,令和8年,14頁~18頁,178頁~182頁,200頁,204頁,218頁~229頁
- ② 『ひと目でわかる労災保険給付の実務 令和7年版』労働新聞社,令和7年,12頁,54頁,83頁,101頁
- ③ 『第2版 弁護士・社労士・税理士が書いたQ&A労働事件と労働保険・社会保険・税金』日本加除出版,令和2年,9頁,52頁~53頁,111頁