目次
1 総論
2 従業員の採用と反社会的勢力排除
3 反社チェック
4 反社会的勢力が行う不当要求の類型
5 暴力団離脱者支援
6 警察は原則として,元暴力団員であるかどうかに関する情報を部外に提供していないこと
7 反社会的勢力排除条項の拡張は独占禁止法との関係で制限されると思われること
8 反社会的勢力排除条項がない場合,錯誤無効を主張できないこと
9 暴力団排除条項を確認する場合に気を付けるべき点
10 反社会的勢力に関する統一的な定義はないこと
11 相手方が元暴力団構成員であることを弁護士が準備書面に記載できるとは限らないこと
12 預貯金口座の凍結に関する警察庁の文書
13 関連記事その他
1 総論
(1) 反社会的勢力排除条項(略称は「反社条項」です。)は,契約を締結する際,反社会的勢力ではないことや,暴力的な要求行為等をしないことなどを相互に示して保証する条項であって,暴力団排除条項(略称は「暴排条項」です。)ともいいます(KEIYAKU-WATCHの「反社条項(暴排条項)とは? 契約書に定めるべき理由・条項の例文(ひな形)などを解説!」参照)。
(2) 大阪府暴力団排除条例5条(府民及び事業者の責務)2項は「事業者は、基本理念にのっとり、その事業に関し、暴力団との一切の関係を持たないよう努めるとともに、府が実施する暴力団の排除に関する施策に協力するものとする。」と定めています。
(3) 大阪府警察HPに「暴力団排除条項の記載例」が載っています。
2 従業員の採用と反社会的勢力排除
(1) 企業法務の扉HPの「暴力団排除条例と暴力団排除条項」には「取引時の「誓約書」に倣い,従業員の採用時に従業員から暴排の「誓約書」の提出を求めるのも一計です。採用時の提出書類として、従業員から誓約書を提出してもらう事業者がほとんどですので、この誓約書に暴排の条項を入れることになるでしょう。」と書いてあります。
(2) 「就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。」と定める労働契約法12条からすれば,就業規則にも暴力団排除条項を入れておく必要があると思います。
(3) Legal Expressに「従業員・労働者が反社会的勢力に該当する場合、会社がとるべき対策を弁護士が解説!」が載っています。
3 反社チェック
(1) 企業法務弁護士ナビの「反社チェック6つの方法|契約後に取引先が怪しいと感じたら?」には,取引開始前にすべき反社チェックの方法として,①会社情報の確認,②インターネットによる検索,③新聞記事・Webニュース記事(帝国データバンク及び日経テレコン等)の検索,④風評の調査及び⑤外部機関(警察及び暴力追放運動推進センター)への相談が挙げられています。
(2) 反社会的勢力と認定された人は銀行口座を持つことが非常に難しいことからすれば,反社チェックの方法の一つとして,採用面接の交通費の支払等の名目で求職者の銀行口座を確認した方がいい気がします。
(3) RoboRoboコラムに「反社会的勢力の具体的な調査方法は?おすすめのツールや反社への対応方法も解説!」(2022年11月8日付)が載っています。
(4) 若手弁護士が解説する個人情報・プライバシー法律実務の最新動向ブログの「第14回:改正個人情報保護法下における反社対応の留意点」には「特定の個人が反社会的勢力に属しているという情報は、社会的身分に該当しない。また、犯罪の経歴や刑事事件に関する手続が行われたことには該当せず、要配慮個人情報には該当しないとされている(GL通則パブコメ143番、159番)。」と書いてあります。
IPOを見据える場合、暴排条項は早めに雛形に入れておきましょう。入ってないと、証券会社から覚書締結しろと言われて結構面倒です。
— Tech Law LAB | 弁護士 | ITベンチャー企業の支援 (@TechLaw8) January 24, 2023
反社排除条項で「株主に一切反社がいないって表明保証しろ」って入れて来るうえに一切変更に応じない会社さんさあ……
当社の株主何万人いると思ってるの……
あと、上場企業は毎日株主構成が目まぐるしく変わるし誰が株主になるかなんて一切コントロールできないんだけどどうしろっていうの……— Sayuri-shsd (@sayurishsd) May 31, 2023
4 反社会的勢力が行う不当要求の類型
・ 法務省HPの「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」(平成19年6月19日付の犯罪対策閣僚会議幹事会申合せ)には「不当要求の二つの類型 接近型と攻撃型」として以下の記載があります。
反社会的勢力による不当要求の手口として、「接近型」と「攻撃型」の2種類があり、それぞれにおける対策は、次のとおりである。
① 接近型(反社会的勢力が、機関誌の購読要求、物品の購入要求、寄付金や賛助金の要求、下請け契約の要求を行うなど、「一方的なお願い」あるいは「勧誘」という形で近づいてくるもの)
→ 契約自由の原則に基づき、「当社としてはお断り申し上げます」「申し訳ありませんが、お断り申し上げます」等と理由を付けずに断ることが重要である。理由をつけることは、相手側に攻撃の口実を与えるのみであり、妥当ではない。
② 攻撃型(反社会的勢力が、企業のミスや役員のスキャンダルを攻撃材料として公開質問状を出したり、街宣車による街宣活動をしたりして金銭を要求する場合や、商品の欠陥や従業員の対応の悪さを材料としてクレームをつけ、金銭を要求する場合)
→ 反社会的勢力対応部署の要請を受けて、不祥事案を担当する部署が速やかに事実関係を調査する。仮に、反社会的勢力の指摘が虚偽であると判明した場合には、その旨を理由として不当要求を拒絶する。また、仮に真実であると判明した場合でも、不当要求自体は拒絶し、不祥事案の問題については、別途、当該事実関係の適切な開示や再発防止策の徹底等により対応する。
5 暴力団離脱者支援
(1) 公益財団法人大阪府暴力追放推進センターHPの「暴追センター案内」には「暴力団離脱者受入協賛企業」として以下の記載があります。
暴力団離脱者を、雇用してくださる企業を募集しています。
暴力団対策法施行後、暴追センター等に暴力団員やその家族から「暴力団をやめて、まじめに働きたい。」等の相談が寄せられています。離脱した暴力団員が一般社会人として社会復帰をするためには、生活の基礎となる就労が是非とも必要です。真撃な気持ちで暴力団をやめ、社会復帰を望む人には、「大阪府暴力団離脱者支援対策連絡会」が手助けをしています。
(2)ア 警察庁HPに「暴力団離脱者の口座開設支援について」(令和4年2月1日付の警察庁刑事局組織犯罪対策部暴力団対策課長の文書)が載っています。
イ 日刊ゲンダイHPに「元暴力団員に聞いてわかった「辞めてから5年間の厳しすぎる現実」保険も入れず、保育園の入園拒否も…」(2019年1月24日付)が載っています。
6 警察は原則として,元暴力団員であるかどうかに関する情報を部外に提供していないこと
・ 暴力団排除等のための部外への情報提供について(平成31年3月20日付の警察庁刑事局組織犯罪対策部帳の通達)4頁には,元暴力団員に関する情報提供について以下の記載があります。
現に自らの意思で反社会的団体である暴力団に所属している構成員の場合と異なり、元暴力団員については、暴力団との関係を断ち切って更生しようとしている者もいることから、過去に暴力団員であったことが法律上の欠格要件となっている場合や、現状が暴力団準構成員、共生者、暴力団員と社会的に非難されるべき関係にある者、総会屋及び社会運動等標ぼうゴロとみなすことができる場合は格別、過去に暴力団に所属していたという事実だけをもって情報提供しないこと。
7 反社会的勢力排除条項の拡張は独占禁止法との関係で制限されると思われること
(1) 反社会的勢力排除条項の中には「暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者」を従業員としている企業を反社会的勢力とした上で,「暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者」を従業員としている企業についても下請業者,委託業者,外注先及び調達先(以下「下請業者等」といいます。)から排除するように求めている条項を見かけることがあります。
しかし,職業安定法5条の5(求職者等の個人情報の取扱い)との関係で自社の従業員でも必ず調査することは難しいと思いますが,下請業者等の従業員が「暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者」に該当するかどうかまで必ず調査することは不可能と思います。
また,このような条項をそのまま適用した場合,暴力団離脱者受入協賛企業まで下請業者等から排除する必要がありますところ,警察及び暴力追放運動推進センターの活動を否定する側面があることをも考慮すれば,そのような行為は独占禁止法19条(不公正な取引方法の禁止)に違反して独占禁止法20条に基づく排除措置命令の対象となる可能性があると思います。
(2) 不公正な取引方法に関しては例えば,以下の条文があります(「不公正な取引方法」は独占禁止法2条9項6号に基づくものです。)。
① 独占禁止法2条9項5号
五 自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、
(中略)
ハ 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、
② 不公正な取引方法12項(拘束条件付取引)
法第二条第九項第四号又は前項に該当する行為のほか、相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引すること。
(3) 内閣官房のビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議HPに載ってある「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(令和4年9月の,ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議の文書)12頁及び13頁には以下の記載があります。
企業が、製品やサービスを発注するに当たり、その契約上の立場を利用して取引先に対し一方的に過大な負担を負わせる形で人権尊重の取組を要求した場合、下請法や独占禁止法に抵触する可能性がある。人権尊重の取組を取引先に要請する企業は、個別具体的な事情を踏まえながらも、取引先と十分な情報・意見交換を行い、その理解や納得を得られるように努める必要がある。
(4)ア 独占禁止法に違反する事実があると思うときは,だれでも,公正取引委員会にその事実を報告し,適当な措置を採るよう求めることができます(独占禁止法45条1項)。
また,独占禁止法に違反する事実があるという報告が報告者の氏名又は名称及び住所が記載された書面で行われ,具体的な事実を示しているものである場合,公正取引委員会は,その報告に係る事件についてどのような措置を採ったか,又は措置を採らなかったかを報告者に通知することになっています(独占禁止法45条3項のほか,公正取引委員会HPの「申告」参照)。
イ 公正取引委員会HPに「相談・届出・申告の窓口」が載っていますところ,大阪府の事業所の場合,近畿中国四国事務所が窓口となります。
8 反社会的勢力排除条項がない場合,錯誤無効を主張できないこと
・ 信用保証協会と金融機関との間で保証契約が締結され融資が実行された後に主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合において,信用保証協会の保証契約の意思表示に要素の錯誤がないと判示した最高裁平成28年1月12日判決からすれば,仮に下請業者等が反社会的勢力に該当したとしても反社会的排除条項を含む契約書を作成していない限り,下請け業者等との取引について錯誤無効(令和2年4月1日以降は「錯誤取消し」)を主張することはできません。
そのため,反社会的勢力排除条項がない限り,反社会的勢力排除に該当する下請先等との取引を当然に打ち切ることはできないと思います。
9 暴力団排除条項を確認する場合に気を付けるべき点
暴力団排除条項を確認する場合,以下の事項を受け入れるかどうかについては特に気をつけた方がいいと思います。
① 「暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者」を排除の対象に含めること。
・ 反社5年ルール(「暴力団員でなくなつた日から5年を経過しない者」まで反社会的勢力とするルール)はよく見かけるものの,元暴力団員であるかどうかを調査することは容易ではありません。
・ 役員に元暴力団員がいる企業であってもハローワークに求人の申込みを提出できます(職業安定法5条の6第1項5号)。
② 従業員を排除の対象に含めること。
・ 厚生労働省の「公正な採用選考の基本」からすれば,
家族に関すること,生活環境・家庭環境に関すること,人生観・生活信条に関することを聞いてはいけませんし,身元調査などの実施は禁止されているわけですから,採用時点で暴力団員であるかどうかが分かるとは限りません。
・ 採用した従業員が暴力団員であることが判明した場合において,当該従業員の日頃の業務遂行状況に特段の問題がないのであれば,重要な経歴の詐称を理由に解雇することは非常に難しいと思いますし,元暴力団員にすぎない場合についてはなおさら解雇することは難しいです。
・ 役員に暴力団員がいる企業はハローワークに求人の申込みを提出できない(職業安定法5条の6第1項5号)ものの,従業員に暴力団員がいるに過ぎない企業はハローワークに求人の申込みを提出できます。
③ 下請業者等を排除の対象に含めること。
・ 反社会的勢力排除条項を入れた契約書を交わしていない限り,反社会的勢力排除に該当するというだけの理由で取引を打ち切ることはできないと思います(最高裁平成28年1月12日判決参照)。
10 反社会的勢力に関する統一的な定義はないこと
・ 参議院議員熊谷裕人君提出反社会的勢力の定義に関する質問に対する答弁書(令和元年12月13日付)には以下の記載があります。
政府としては、「反社会的勢力」については、その形態が多様であり、また、その時々の社会情勢に応じて変化し得るものであることから、あらかじめ限定的、かつ、統一的に定義することは困難であると考えている。
11 相手方が元暴力団構成員であることを弁護士が準備書面に記載できるとは限らないこと
・ 令和4年11月11日発効の東京弁護士会の懲戒処分(戒告)の「処分の理由の要旨」は以下のとおりです(自由と正義2023年3月号86頁)から,相手方が元暴力団構成員であることを弁護士が準備書面に記載できるとは限りません。
被懲戒者は、2018年10月16日、懲戒請求者がAを被告として提起した貸金返還請求訴訟の口頭弁論期日において、訴訟行為との関係性や訴訟追行上の必要性及び主張方法等の相当性の観点から正当な訴訟活動とは認められないにもかかわらず、Aの訴訟代理人として、懲戒請求者が過去に暴力団の構成員であったことを記載した答弁書及び準備書面を陳述し、証拠説明書を提出した。
被懲戒者の上記行為は、弁護士法第56条第1項に定める弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。
12 預貯金口座の凍結に関する警察庁の文書
・ 預貯金口座の凍結に関する警察庁の以下の文書につき,①は総論であり,②凍結及び凍結解除並びに③凍結解除の報告は「特殊詐欺」に関するものであり,④凍結及び凍結解除並びに⑤凍結解除の報告は「利殖勧誘事犯」及び「ヤミ金融事犯」に関するものです。
① 生活安全事犯に利用される預金口座等対策の推進について(平成29年4月7日付の警察庁生活安全局生活経済対策管理官の通達)
② 特殊詐欺に係る凍結口座名義人リスト及び凍結口座名義法人リストの運用について(令和2年3月31日付の警察庁刑事局捜査第二課長等の文書)
③ 特殊詐欺に係る凍結口座名義人リスト及び凍結口座名義法人リストの削除にかかる報告要領等について(令和2年3月31日付の警察庁刑事局捜査第二課長の文書)
④ 利殖勧誘事犯又はヤミ金融事犯に係る凍結口座名義人リスト及び凍結口座名義法人リストの運用について(令和2年3月31日付の警察庁生活安全局生活経済対策管理官の通達)
⑤ 特殊詐欺に係る凍結口座名義人リスト及び凍結口座名義法人リストの削除にかかる報告要領等について(令和2年3月31日付の警察庁刑事局捜査第二課長の文書)
最近、警察もSNS型投資詐欺とか力入れてるから、割と迅速に被害届受理してくれる。口座凍結も早いし熱心。
「SNS型投資・ロマンス詐欺対策の推進について」(通達)出てるからね。https://t.co/m7kK15qmy7
「匿名・流動型犯罪グループをはじめとする犯罪組織が関与している可能性を視野に」とある。— オパンピオス@弁護士投資家 (@opanpios) May 12, 2024
13 関連記事その他
(1) 反社5年ルールを定めた業法の例としては,建設業法,宅建業法,貸金業法,廃棄物処理法及び労働者派遣法があります(RoboRoboコラムの「反社排除の5年条項があれば大丈夫? 反社チェックの必要性を解説」参照)。
(2) 平成23年6月2日付で改正された銀行取引約定書の参考例において,反社5年ルールが記載されるようになりました(全銀協HPの「融資取引および当座勘定取引における暴力団排除条項参考例の一部改正について」(平成23年6月2日付)参照)。
(3) 令和2年4月1日以降につき,暴力団員でなくなつた日から5年を経過しない者は不動産の買受の申出をすることはできません(民事執行法65条の2第1号)。
(4) 取締役等の役員が暴力団員となっている法人は,ハローワークに求人を出すことはできません(職業安定法5条の6第1項5号ロ)。
(5)ア 暴力団対策法11条2項及び46条1号は憲法14条1項に違反しません(最高裁令和5年1月23日判決)。
イ 暴力団対策法11条2項は「公安委員会は、指定暴力団員が暴力的要求行為をした場合において、当該指定暴力団員が更に反復して当該暴力的要求行為と類似の暴力的要求行為をするおそれがあると認めるときは、当該指定暴力団員に対し、一年を超えない範囲内で期間を定めて、暴力的要求行為が行われることを防止するために必要な事項を命ずることができる。」というものです。
(6) 以下の記事も参照してください。
・ 個人事業主の税金,労働保険及び社会保険に関するメモ書き
・ 労働保険に関するメモ書き
東京高裁H3.2.20
採用時に賞罰の申告を求めた際に、刑事事件を起こし公判中であることを申告しなかった
→履歴書の賞罰欄の罰とは確定した有罪判決をいうものと解すべきであり、公判継続中の事件は含まれない。面接で公判継続の事実について質問を受けたこともないから、積極的に申告すべき義務はない— 弁護士 西川暢春 弁護士法人咲くやこの花法律事務所 新刊『問題社員トラブル円満解決の実践的手法』 (@nobunobuno) November 20, 2022
長男が学校から持ち帰ったお知らせのプリントすごいな〜!これは響くわ……やんじゃん埼玉県警。 pic.twitter.com/rPDv1u4ayr
— 荻野眞弓 (@mymejp) December 13, 2022