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故安倍晋三国葬儀―決定,法的根拠,費用及び裁判例(AIリライト)

第1 故安倍晋三国葬儀の概要

1 実施の決定

安倍晋三元内閣総理大臣は,令和4年7月8日に銃撃を受けて死亡した。岸田文雄内閣総理大臣は同月14日に国葬儀を行う方針を表明し,内閣は同月22日,「故安倍晋三の葬儀の執行について」を閣議決定した。

閣議決定は,葬儀を国において行い,名称を「故安倍晋三国葬儀」とし,葬儀委員長を内閣総理大臣とし,同年9月27日に日本武道館で実施し,必要経費を国費で支弁するという内容であった。

2 政府が説明した実施理由

政府は,①憲政史上最長の在任期間,②東日本大震災からの復興,日本経済の再生及び外交上の実績,③選挙運動中の銃撃という突然の死亡,④国内外から寄せられた弔意を総合的に勘案したと説明した。これらは国葬儀を選択した政府の評価及び判断理由であり,法令上の選定基準ではない。

政府は,将来の内閣総理大臣経験者の葬儀についても,その時々の内閣が諸事情を総合考慮してふさわしい形式を判断すると答弁した。したがって,本件当時も,将来に適用される一般的な対象者基準は存在しなかった。

3 実施結果

国葬儀は,令和4年9月27日午後2時から,日本武道館において無宗教形式で行われた。式典参列者は4183人であり,海外からは217の国・地域・国際機関等から700人を超える参列があり,そのうち首脳級は48人であった。

一般献花には2万5000人を超える人が訪れた。政府の事後資料で確認できる表現は「2万5000人を超える」であるため,本記事では報道機関によるさらに細かな集計値を採用しない。

国葬儀に伴う外交日程として,令和4年9月26日から29日までに,岸田内閣総理大臣は38件,林芳正外務大臣は24件の会談を行った。ただし,この会談数をどこまで国葬儀固有の外交的成果と評価するかについては,後の有識者意見聴取でも見解が分かれた。

第2 国葬令の失効と戦後の公葬

1 旧国葬令の失効

戦前の国葬は,国葬令(大正15年勅令第324号)に基づいて行われた。同令4条は,皇族でない者の国葬の日に国民が喪に服することを定めており,弔意を個人の自由に委ねた故安倍晋三国葬儀とは制度上の性質が異なる。

日本国憲法施行後,日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律1条により,法律事項を定める命令は法律として存続させる措置がない限り昭和22年12月31日までで失効することとされた。国葬令について新たな法律は制定されず,同日限りで失効した。

2 吉田茂国葬から内閣・政党合同葬へ

戦後に元内閣総理大臣の国葬として実施された先例は,昭和42年の吉田茂国葬である。同国葬は閣議決定により無宗教形式で行われたが,当時も国会の関与を欠くことなどが国会で問題とされた。

昭和50年の佐藤栄作の葬儀では,政府,自由民主党及び国民有志による「国民葬」が選択された。その後,大平正芳以降の内閣総理大臣経験者については,内閣と自由民主党による合同葬が中心となったため,故安倍晋三国葬儀は吉田茂国葬の先例を機械的に踏襲したものではなく,長期間途絶えていた国葬儀を再び選択した事例である。

第3 政府が示した法的根拠

1 行政権,内閣府設置法及び閣議決定

政府は,国の儀式を行うことは立法権又は司法権ではなく行政権に属するとした。その上で,内閣府設置法4条3項33号が,内閣府の所掌事務として「国の儀式並びに内閣の行う儀式及び行事に関する事務」を掲げていること及び令和4年7月22日の閣議決定を根拠とした。

政府の説明の中核は,国葬儀を,国民の権利を制限せず,新たな義務を課さず,法的効果を生じさせない非権力的な事実行為と捉える点にある。この理解を前提とすれば,国民に権利制限又は義務付けをする行政作用とは異なり,個別の作用法上の根拠を要しないというのが政府の立場である。

もっとも,内閣府設置法4条3項33号は,内閣府が担当する事務の範囲を定める組織法上の規定である。閣議決定も国会が制定する法律ではないため,これらだけで特定の政治家を国費で国葬儀の対象とする実体的な権限まで根拠付けられるかが争点となった。

2 弔意表明を強制しないという限定

政府は,故安倍晋三国葬儀を「国の名において」行うことは,国民,国会又は裁判所が弔意を表明したと法的に扱うことを意味しないと答弁した。また,国民一般に弔意表明,黙とう,休業その他の行為を求めなかった。

各府省に対しては弔旗掲揚等の協力依頼がされたが,地方公共団体,教育委員会等に一律の対応を求める通知は発出されなかった。法的な強制がなかったことと,学校・職場・地域社会で同調圧力が生じ得るとの社会的な懸念は,区別して論じる必要がある。

3 国費と予備費

内閣は,令和4年8月26日,式典会場の借上げ,設営等のため,一般会計予備費約2億4900万円の使用を決定した。警備費及び海外要人の接遇費等は既定予算からも支出されたため,事前に示された式典費だけを国葬儀全体の費用とみることはできない。

予備費は,日本国憲法87条が予定する制度であり,予見し難い予算の不足に充てるため国会の議決に基づいて設けられ,内閣が支出した後に国会の承諾を得る仕組みである。したがって,予備費を用いる制度自体の適法性と,国葬儀について事前の国会審議を経るべきであったかという政治的・憲法的評価も分けて考える必要がある。

第4 法的根拠及び国会関与をめぐる議論

1 個別法律を要しないとする見解

個人の権利を制限せず義務を課さない儀式である以上,行政作用に個別法律の根拠を求める侵害留保説によれば,閣議決定による実施は可能であるとの見解がある。一回限りの儀式は,国会が法律で本質的事項を決めなければならないほどの「重要事項」に当たらないとする見解もある。

この立場でも,誰を対象とし,いかなる規模・費用で行うかについて内閣の政治責任及び説明責任がなくなるわけではない。むしろ,明文の選定基準がない以上,決定過程の透明性及び国民の理解を得る手続が統制の中心となる。

2 個別法律又は国会関与を要するとする見解

これに対し,国費を用いて特定の政治家を国の名において顕彰・追悼することは,国民の権利を直接制限しなくても,民主主義社会における重要事項であるから,個別法律又は少なくとも事前の国会関与を要するとの見解がある。組織規範である内閣府設置法上の所掌事務と,具体的な行政活動を行う権限とを区別すべきであるという批判である。

高橋明男「国葬と法治主義―わが国の法状況の整理―」は,政府の侵害留保説上の論理を確認した上で,完全留保説又は重要事項留保説から法律・国会関与の必要性を論じ,将来に向けて対象,手続及び費用に関する法律を整備すべきであるとする。本秀紀編『憲法講義[第4版]』も,国政上の重要事項又は国家作用の本質的部分には具体的法律を要するとの文脈で,本件の法的根拠に疑問を示す。

3 国会審議,事後検証及び国葬儀法案

令和4年9月8日,衆参両院の議院運営委員会において閉会中審査が行われ,岸田内閣総理大臣が実施理由,法的根拠,費用及び弔意表明等について説明した。しかし,これは閣議決定後の国会審議であり,国会の事前承認を実施要件としたものではなかった。

内閣府は,国葬儀後,憲法,行政法,政治学,外交等の有識者約50人に意見聴取を打診し,応諾した21人から意見を聴いた。意見聴取結果の概要と論点の整理には,個別法律を不要とする意見,必要とする意見,国会関与,政教分離,対象者の基準,費用及び外交的意義等について相反する意見が収録されている。これは有識者の意見を論点別に整理した資料であり,政府が一つの結論を採択した検証報告書ではない。

衆議院では,各会派の代表者による国葬儀検証各党協議会が検証を行い,令和4年12月10日に報告を取りまとめた。公表時の報道によれば,法的根拠及び対象者基準については意見が分かれた一方,将来の国葬儀には国会による何らかの関与が必要であることについて大方の意見が一致したとされた。ただし,事前承認,国会決議又は各党への説明のいずれを求めるかについて,統一的な制度案が成立したわけではない。

日本維新の会所属議員らは,第210回国会に国葬儀法案を提出した。同法案は,特別の功労がある者を対象とし,内閣が判断理由,費用見込み等を明らかにして事前に国会の承認を得ること及び実施後に報告することを定めようとしたが,第214回国会で審査未了となり,法律として成立していない。

第5 費用の概数値

政府が令和4年12月22日に公表した故安倍晋三国葬儀の費用の概数値は,合計11億9933万2000円である。内訳は,次のとおりである。

① 式典関係費 2億3261万3000円

② 警備費 4億7506万5000円

③ 海外要人の接遇費 4億8457万3000円

④ 自衛隊の儀仗関係費 708万1000円

令和4年10月14日に公表された「12億円台半ば」は速報値であり,その後に集計された上記概数値と区別しなければならない。また,政府資料自体が「概数値」としているため,確定した決算額と言い換えることも適切ではない。

第6 裁判例

1 東京地裁令和4年9月9日判決

東京地方裁判所令和4年9月9日判決(令和4年(行ウ)第386号・第417号,元首相安倍晋三国葬差止等請求事件)は,国葬儀及び国費支出の差止め等を求める訴えを却下した。

同判決は,国葬儀,閣議決定及び国費支出が,それ自体によって国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定する行政処分には当たらないとした。また,国費支出を一般国民が争う民衆訴訟は,これを認める特別の法律がなければ提起できないとした。

したがって,同判決は訴訟要件を理由とする却下判決であり,国葬儀の法的根拠又は憲法適合性を実体的に全面判断したものではない。「東京地裁が国葬儀を合法と判断した」と要約するのは正確でない。

2 札幌地裁令和7年5月15日判決

札幌地方裁判所令和7年5月15日判決(令和4年(行ウ)第41号,公費返還請求事件)は,北海道知事及び北海道議会議長の国葬儀参列費用の返還を求める住民訴訟について,請求を退けた。

同判決は,故安倍晋三国葬儀が国民に弔意を強制せず,旧国葬令上の国葬とは性質を異にすることなどから,内閣府設置法4条3項33号以外の法律上の根拠を要しないとした。また,無宗教形式,実施目的,場所及び効果を検討し,憲法19条,20条2項・3項及び89条等に反しないと判断した。知事及び議長の参列も,国との友好・信頼関係の維持増進を目的とする社会通念上の儀礼の範囲にあり,公務として適法であるとした。

原告側は控訴したと報じられている。令和8年8月9日現在,裁判所ウェブサイトその他の公表資料から控訴審判決を確認できないため,本記事では確定判決とは扱わず,現在確認できる第一審判決として紹介する。

3 東京地裁令和8年3月2日判決

東京地方裁判所令和8年3月2日判決(令和4年(ワ)第22971号・令和5年(ワ)第10096号,元首相安倍晋三国葬差止等請求事件・元首相安倍晋三国葬損害国家賠償請求事件)は,国葬儀反対者らの国家賠償請求を棄却した。

同判決は,主権者人格権,納税者人格権等が国家賠償法上保護される具体的な権利又は利益であるとは認めず,国民個人に弔意を強制し,従わない者に不利益を課した事実もないとして,思想・良心及び信教の自由に対する具体的侵害を否定した。また,政教分離規定は制度的保障であり,直ちに個人に具体的権利を付与するものではないとした。

もっとも,同判決は,これらの判断によって請求を棄却できるとして,国葬儀の法的根拠に関するその余の主張を判断しなかった。したがって,内閣府設置法だけで実施できるかを実体的に判断した札幌地裁判決とは,判決の射程が異なる。

第7 弁護士会の声明

東京弁護士会,第二東京弁護士会,京都弁護士会,兵庫県弁護士会,神奈川県弁護士会,埼玉弁護士会,広島弁護士会,新潟県弁護士会,岐阜県弁護士会,滋賀弁護士会,福岡県弁護士会等は,国葬儀への反対又は撤回要求等を内容とする会長声明を公表した。

他方,大阪弁護士会の令和4年9月7日会長声明は,国葬儀の中止又は撤回を求めるのではなく,市民に弔意を強制し,又は事実上強制することがないよう厳に要請する内容であった。各声明は発出主体及び内容が異なるため,「弁護士会が一律に国葬儀に反対した」とまとめることはできない。

また,単位弁護士会の会長声明は,日本弁護士連合会の総会決議又は会長声明ではない。令和8年8月9日までの公開資料を調査した範囲では,本件国葬儀に関する日弁連本体の総会決議又は会長声明は確認できなかった。

第8 まとめ

故安倍晋三国葬儀は,旧国葬令に基づく国葬を復活させたものではなく,内閣が,行政権,内閣府設置法4条3項33号及び個別の閣議決定によって実施できると判断した国の儀式である。国民に弔意を強制せず法的効果を生じさせないという限定が,政府の法的構成及び後続裁判例の重要な前提となっている。

他方,内閣府設置法は所掌事務を定める組織規範にすぎず,国費を用いて特定人を国の名で追悼する重要事項には個別法律又は事前の国会関与を要するとの批判がある。政府の事後資料も見解の対立を整理したにとどまり,一般的な対象者基準は法制化されていない。

裁判例については,東京地裁令和4年判決は訴訟要件による却下,札幌地裁令和7年判決は法的根拠及び憲法適合性を実体的に判断した第一審判決,東京地裁令和8年判決は具体的権利侵害を否定した国家賠償判決である。三判決を同じ意味で「国葬儀を適法とした判決」と扱わず,それぞれの訴訟類型及び判断範囲を区別する必要がある。

関連する政府文書及び当時の資料は,国葬儀にも掲載している。

第9 出典・参考資料

1 法令・閣議決定

内閣府設置法(平成11年法律第89号)4条3項33号(e-Gov法令検索)

日本国憲法19条,20条,41条,65条,73条,83条,87条及び89条(e-Gov法令検索)

日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和22年法律第72号)1条(e-Gov法令検索)

④ 内閣「故安倍晋三の葬儀の執行について」(令和4年7月22日閣議決定)

2 政府・国会資料

① 内閣府「故安倍晋三国葬儀について」(閣議決定,実施概要,実施経緯,意見聴取及び諸外国調査を収録)

② 内閣府「故安倍晋三国葬儀に関する経緯⑤」(費用概数値はPDF実頁17頁~18頁)

③ 内閣府「国葬儀に関する有識者からの意見聴取結果の概要と論点の整理」及び「意見聴取結果と論点(全文)」(令和4年12月22日)

④ 内閣府「諸外国における国葬に係る実態調査結果概要」(令和4年12月22日)

⑤ 外務省『外交青書2023』コラム「故安倍晋三国葬儀」

第209回国会衆議院議院運営委員会議録第3号(令和4年9月8日)

衆議院議員中谷一馬君提出安倍晋三元内閣総理大臣の国葬儀に関する質問に対する答弁書(内閣衆質209第28号)

参議院議員小西洋之君提出故安倍晋三国葬儀に関する質問に対する答弁書(内閣参質210第81号)

国葬儀法案(第210回国会衆法第2号)及び第214回国会議案一覧

⑩ 衆議院事務局『令和4年 衆議院の動き 第30号』冊子10頁(PDF実頁22頁。国葬儀の実施,検証及びルール化をめぐる国会の経過)並びにテレビ朝日「安倍元総理の国葬 与野党の検証報告提出『国会の関与が必要と大方一致』」(令和4年12月10日)

3 裁判例

東京地方裁判所令和4年9月9日判決(令和4年(行ウ)第386号・第417号,裁判所ウェブサイト)

札幌地方裁判所令和7年5月15日判決(令和4年(行ウ)第41号,裁判所ウェブサイト)

東京地方裁判所令和8年3月2日判決(令和4年(ワ)第22971号・令和5年(ワ)第10096号,裁判所ウェブサイト)

4 文献

① 高橋明男「国葬と法治主義―わが国の法状況の整理―」阪大法学72巻3・4号350頁~370頁(令和4年)

② 前田修輔「戦後日本の公葬―国葬の変容を中心として―」史学雑誌130編7号61頁~82頁(令和3年)

③ 本秀紀編『憲法講義[第4版]』(日本評論社,令和8年)218頁

④ 北村和生・佐伯彰洋・佐藤英世・高橋明男『行政法の基本[第8版]』(法律文化社,令和5年)269頁

5 弁護士会資料

① 東京弁護士会「安倍晋三元内閣総理大臣の『国葬』に反対し、撤回を求める会長声明」(令和4年8月2日)

② 第二東京弁護士会「故安倍晋三元内閣総理大臣の『国葬』に反対する会長声明」(令和4年8月31日)

③ 大阪弁護士会「安倍晋三元首相の国葬に際して、市民に対し弔意が強制等されることがないよう厳に要請する会長声明」(令和4年9月7日)