二段の推定


目次
第1 二段の推定
1 総論
2 二段の推定における実印及び認印の違い
3 二段の推定が特に重要となる場合
4 二段の推定により証明の負担が軽減される程度
5 事例判例
第2 作成者の判断能力と文書成立の真正
第3 二段の推定以外に,文書の成立の真正を証明する手段の確保方法
第4 ハンコ
第5 平成30年の民法(相続法)改正で押印要件が維持された理由
第6 関連記事その他

第1 二段の推定
1 総論
(1) 二段の推定とは,私文書の作成名義人の印影が当該名義人の印章によって顕出されたものである場合,反証のない限り,当該印影は本人の意思に基づいて顕出されたものと事実上推定されますから,民訴法228条4項により,当該文書が真正に成立したものと推定されることをいいます(最高裁昭和39年5月12日判決参照)。
(2) 民訴法228条4項は,「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と定めています。
2 二段の推定における実印及び認印の違い
(1) 当該名義人の印章とは,印鑑登録をされている実印のみをさすものではありませんが,当該名義人の印章であることを要し,名義人が他の者と共有,共用している印章はこれに含まれません(最高裁昭和50年6月12日判決(判例秘書に掲載)参照)。
(2) 文書への押印を相手方から得る際,その印影に係る印鑑証明書を得ていれば,その印鑑証明書をもって,印影と作成名義人の印章の一致を証明することは容易であることとなります。
    また,押印されたものが実印であれば,押印時に印鑑証明書を得ていなくても,その他の手段(例えば,訴訟提起後に利用できる裁判所の文書送付嘱託)により事後的に印鑑証明書を入手すれば,その印鑑証明書をもって,印影と作成名義人の印章の一致を証明することができます。
(3)ア 「ステップアップ民事事実認定 第2版」151頁には以下の記載があります。
    実印は慎重に保管されているから,それが本人の意思に基づかないで押される可能性は,実印以外の印章の場合よりも低いということですね。ただ,一般的にはそういう場合が多いでしょうが,どの印章がどの程度慎重に保管されているかは,ケース・バイ・ケースというほかありませんから,具体的な事情次第で,推定力の強さは変わります。単純に「実印の推定力は強い」と暗記し,無批判にそれに従うというのは,やめた方がよいと思います。
イ 仙台高裁令和3年1月13日判決(判例秘書に掲載)は,「一般に,作成名義人の実印が押印されている文書について名義人が押印したものと事実上推定されるのは,実印は慎重に管理されており,第三者が容易に押印することができないという経験則を根拠とするものである」と判示しています。
(4) 総務省HPに「印鑑の登録及び証明に関する事務について」(昭和49年2月1日付の自治省行政局振興課長の通知)の抜粋が載っています。
3 二段の推定が特に重要となる場合
   二段の推定は,文書の真正な成立を推定するに過ぎないのであって,その文書が事実の証明にどこまで役立つのか(=作成名義人によってその文書に示された内容が信用できるものであるか)といった中身の問題は別の問題となります。
   そのため,二段の推定が特に重要となるのは,原則としてその記載通りの事実が認定される処分証書,及び高度の信用性を有する報告文書の場合となります。
4 二段の推定により証明の負担が軽減される程度
    二段の推定により証明の負担が軽減される程度は,以下のとおり限定的です。
① 推定である以上、印章の盗用や冒用などにより他人がその印章を利用した可能性があるなどの反証が相手方からなされた場合,その推定が破られることがあります。
② 印影と作成名義人の印章が一致することの立証は,実印である場合には印鑑証明書を得ることにより一定程度容易であるものの,いわゆる認印の場合には事実上困難となることがあります。
5 事例判例
     二段の推定のうち第一段目の推定を覆すに足りる事実の有無が具体的事案に即して判断されたものとして,最高裁平成23年11月24日判決(判例時報2161号21頁ないし23頁)があります。

第2 作成者の判断能力と文書成立の真正
1 契約に基づく履行請求等の事案で,本人の押印がある契約書等の文書に関し,本人は高齢で判断能力がなかった, 又は一定程度低下していたという主張の取扱いは以下のとおりです。
① 請求原因事実に当たる契約締結等の法律行為はしたものの,その当時意思能力がなかったことにより無効である(民法3条の2)という主張である場合,抗弁となります。
② 判断能力の低下を理由に直接証拠に当たる文書が真正に成立していないという主張である場合,(a)印鑑の冒用や盗用等の事実を推認させる事情に関する主張と位置づけられたり,(b)たとえ本人の押印があっても本人の「意思」に基づく顕出ではないから,一段目の推定が及ばないという主張と位置づけられたり,(c)文書の意味内容を理解していなかったので,意思に基づいて顕出されていたとしても,文書作成の真正は認められない,つまり,二段目の推定が及ばないという主張と位置づけられたりします。
     ただし,外形的な表示行為ができる程度の判断能力を持って文書を作成すれば,その文書は契約成立を立証することが可能なもの,つまり,形式的証拠力があるものといえますから,(c)の主張によって契約成立自体を否定することはできないと思われます。
2 「ステップアップ民事事実認定 第2版」272頁を参照しています。


第3 二段の推定以外に,文書の成立の真正を証明する手段の確保方法
   内閣府HPの「規制改革の公表資料」として掲載されている「押印についてのQ&A」には以下の記載があります。
・ 次のような様々な立証手段を確保しておき、それを利用することが考えられる。
① 継続的な取引関係がある場合
    取引先とのメールのメールアドレス・本文及び日時等、送受信記録の保存(請求書、納品書、検収書、領収書、確認書等は、このような方法の保存のみでも、文書の成立の真正が認められる重要な一事情になり得ると考えられる。)
② 新規に取引関係に入る場合
    契約締結前段階での本人確認情報(氏名・住所等及びその根拠資料としての運転免許証など)の記録・保存
    本人確認情報の入手過程(郵送受付やメールでの PDF 送付)の記録・保存
    文書や契約の成立過程(メールや SNS 上のやり取り)の保存
③ 電子署名や電子認証サービスの活用(利用時のログイン ID・日時や認証結果などを記録・保存できるサービスを含む。)
・  上記①、②については、文書の成立の真正が争われた場合であっても、例えば下記の方法により、その立証が更に容易になり得ると考えられる。また、こういった方法は技術進歩により更に多様化していくことが想定される。
(a) メールにより契約を締結することを事前に合意した場合の当該合意の保存
(b) PDF にパスワードを設定
(c) (b)の PDF をメールで送付する際、パスワードを携帯電話等の別経路で伝達
(d) 複数者宛のメール送信(担当者に加え、法務担当部長や取締役等の決裁権者を宛先に含める等)
(e) PDF を含む送信メール及びその送受信記録の長期保存


第4 ハンコ
1 印章はハンコの物体としての呼称であり,印影はハンコを紙に押したときに残る朱肉の跡のことであり,印鑑は実印・銀行印等の登録したハンコの印影のことでありますものの,「印鑑」が「印章」という意味で使われることもあります(印鑑うんちく事典HP「印鑑とは」参照)。
2(1) 個人の実印とは,市区町村の役所に登録した個人のハンコのことであり,個人の銀行印とは,金融機関に登録した個人のハンコのことであり,認印とは,届出をしていない個人のハンコのことです。
(2) マイナンバーカードを持っている場合,コンビニで住民票及び印鑑登録証明書を取得できます(大阪市HPの「証明書のコンビニ交付サービスを実施しています~住民票の写し等はコンビニ交付がお得で便利!~」参照)。
3(1) 代表者印は,会社が法務局に登録をした印鑑のことであり,会社実印となります(印鑑うんちく事典HP「代表者印(丸印)とは?会社実印を作るときのポイントを解説」参照)。
(2) Great Signに「契約における代理印鑑とは?押印方法や有効性について説明します」が載っています。
4 内閣府HPに「書面規制、押印、対面規制の見直し・電子署名の活用促進について」が載っています。

第5 平成30年の民法(相続法)改正で押印要件が維持された理由
・ デジタル技術を活用した遺言制度の在り方に関する研究会報告書(案)37頁及び38頁には以下の記載があります。
    平成30年民法(相続法)改正により、自筆証書遺言の方式要件が緩和され、自筆証書に財産目録を添付する場合には、その目録については自書を要しないこととされた。これに先立ち行われた法制審議会民法(相続関係)部会における調査審議では、併せて、押印要件を廃止する見直しをすることや、加除その他の変更の要件について、署名又は押印の一方のみで足りるとする見直しをすることが提案されたが、押印は遺言書の下書きと完成品を区別する上で重要な機能を果たしており、これを不要とすることは必ずしも相当でないとの指摘や、加除その他の変更につき署名又は押印のみでは偽造・変造のリスクが高まるなどの指摘があったことなどから、それらの要件についてはいずれも維持された。


第6 関連記事その他
1 判例時報2570号(令和5年12月1日号)19頁には以下の記載があります。
    私文書の真正な成立に関するいわゆる二段の推定については、最三判昭39・5・12民集18・4・597、本誌376・27が影響力の強い先例として定着しており、特に簡易迅速な処理を旨とする手形・小切手訴訟において、手形行為等の成立の濫用的な否認を牽制する法理として大いに活用された。
2(1) 自己の権利義務に関する事項を記載した書面に署名押印した者は,特段の事情がない限り,その書面の記載内容を了解して,これに署名捺印したものと推認されます(最高裁昭和38年7月30日判決参照)。
(2)  保険契約者が,保険会社の普通保険約款を承認のうえ保険契約を申し込む旨の文言が記載されている保険契約の申込書を作成して保険契約を締結したときは,反証のない限り,たとい保険契約者が盲目であって,右約款の内容を告げられず,これを知らなかったとしても,なお右約款による意思があつたものと推定されます(最高裁昭和42年10月24日判決)。
3 大阪高裁令和4年6月30日判決(判例時報2570号)は,「信用保証協会に対する保証委託契約上の求償金等債務を連帯保証する旨の保証契約につき、連帯保証人名下の印影は名義人の実印によるものであるが、本人の意思に基づいて顕出されたとの推定を妨げる特段の事情があるとして、その成立が否定された事例」です。
4(1) 判例タイムズ939号(1997年7月15日号)に「文書の真正な成立と署名代理形式で作成された処分証書の取扱いに関する一試論」(寄稿者は47期の井上泰人)が載っています。
(2) 判例タイムズ1421号(2016年4月1日付)に「二段の推定とその動揺」(寄稿者は49期の高島義行)が載っています。
5 以下の記事も参照してください。
・ 処分証書及び報告文書
・ 陳述書の機能及び裁判官の心証形成
・ 陳述書作成の注意点
 新様式判決
 裁判所が考えるところの,人証に基づく心証形成
 尋問の必要性等に関する東京高裁部総括の講演での発言
・ 通常は信用性を有する私文書と陳述書との違い


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