目次
1 文書鑑定の種類
2 筆跡鑑定に関する裁判例等
3 筆跡鑑定に関する最高裁平成17年3月16日決定
4 筆跡鑑定の精度が高まるための条件
5 筆跡鑑定業者
6 関連記事その他
1 文書鑑定の種類
・ 文書鑑定の種類としては以下のものがあります(科学警察研究所HPの「情報科学第二研究室」参照)。
① 筆者識別
・ 誰が書いたかわからない筆跡と,誰が書いたかわかっている筆跡を比較して両者が同じ人によって書かれたかどうかを識別すること。
② 印影鑑定
・ 文書中の印影が偽造されているかどうかの鑑定
③ 不明文字鑑定
・ 塗りつぶされて見えなくなった文字を検出する鑑定
④ 事務機文字鑑定
・ プリンタで印字された文書から、その文書の作成に用いられた機種を識別する鑑定
⑤ 印刷物鑑定
・ 有価証券やパスポートなどの印刷物が偽造されたものかどうかの鑑定
2 筆跡鑑定に関する裁判例及びその評釈
(1) 最高裁昭和40年2月21日決定は,筆跡鑑定に関して以下の判示をしています。
いわゆる伝統的筆跡鑑定方法は、多分に鑑定人の経験と感に頼るところがあり、ことの性質上、その証明力には自ら限界があるとしても、そのことから直ちに、この鑑定方法が非科学的で、不合理であるということはできないのであつて、筆跡鑑定におけるこれまでの経験の集積と、その経験によつて裏付けられた判断は、鑑定人の単なる主観にすぎないもの、といえないことはもちろんである。
したがつて、事実審裁判所の自由心証によつて、これを罪証に供すると否とは、その専権に属することがらであるといわなければならない。
(2) 東京高裁平成12年10月26日判決(判例秘書に掲載)は,筆跡鑑定に関して以下の判示をしています。
筆跡の鑑定は、科学的な検証を経ていないというその性質上、その証明力に限界があり、特に異なる者の筆になる旨を積極的にいう鑑定の証明力については、疑問なことが多い。
したがって、筆跡鑑定には、他の証拠に優越するような証拠価値が一般的にあるのではないことに留意して、事案の総合的な分析検討をゆるがせにすることはできない。
(3) 「筆跡鑑定…一緒に問題解決しましょう。あなたに寄り添うトラスト筆跡鑑定研究所です。」ブログの「この判例はいかがなものか」には,筆跡鑑定に関して以下の記載があります。
過去から現在に至るまで,裁判所に鑑定書を数多く提出している鑑定人の数は,おそらく30名にも満たない。
この30名程度、ましてや資格もないどこの馬の骨かもわからない者の作成した鑑定書を読んで「筆跡鑑定の証明力には限界がある」との最高裁や東京高裁の判断は,データもエビデンスもない裁判官の心証から形成された何ら証明力のないものではないのか。また,科学の分野を心証で判断することは誤りではないのか。
3 筆跡鑑定に関する最高裁平成17年3月16日決定
・ 狭山事件に関する最高裁平成17年3月16日決定(判例秘書に掲載)は筆跡鑑定について以下の判示をしています(結論としては,別人の筆跡であるという筆跡鑑定の信用性を否定しています。)。
① (山中注:運筆の連続等の点は)経験上,作成すべき文書の性質・内容,作成時の状況,書き手の心理状態により変化し得るものであり,必ずしも書き癖として固定しているとは限らないものである。
② (山中注:画数の少ない模写の容易な漢字は,)漢字の表記能力が低い者であっても,練習(書き損じ)を経ることにより活字体の字形から離れた勢いのある筆跡となることも十分にあり得るところである。
③ ◯◯意見書によれば,異同比率(山中注:対照特徴総数中に見られる同一特徴の百分比)に基づく上記の鑑定方法では,被検文書と対照文書との間に,最低4文字以上の共通同一漢字があることが望ましいというところ,脅迫状と上申書とに共通し,異同比率算出の基礎にし得た漢字は,「月」「日」「時」の3文字にすぎず,共通漢数字の「五」を加えてやっと4文字になる程度であり,基礎資料として量的な問題があることは◯◯意見書も自認するところである。
④ 漢字の出現率,誤用,当て字と誤字,漢字の熟知性の相違の点は,無意識に表れる書き癖とは異なり,同一人が作成する場合でも,参考書物,練習・清書の有無,それらを作成した際の心理状態等により異なり得るものであるから,必ずしも異同鑑別の上での決定的基準にはならないと考えられる。
⑤ 一般に,用字,表記,筆圧,筆勢,書字の巧拙等は,その書く環境,書き手の立場,心理状態などにより多分に影響され得るのであるから,これらの諸条件を捨象し,該当文字等の出現頻度や,筆勢等に影響される字画の連続という限られた特徴点のみに着目して統計的処理を行い,これを判断基礎とすることが理論的に相当であるか疑問があるといわざるを得ない。
⑥ 脅迫状の文章は句読点を用いているといっても,おおむね各行の終わりに句点が付されているにすぎず,マルとダッシュの点も含め,その作成に高度の表記能力を要するものとはいえない。詩文に精通した者でなければ強調すべき文字を大きく書くことはないというに至っては独自の見解というほかはない。
4 筆跡鑑定の精度が高まるための条件
筆跡鑑定の場合,遺言書や契約書を鑑定資料といい,対照したい人物が書いた文字資料を対照資料といいますところ,以下の条件に該当するものが多いほど筆跡鑑定の精度が高まります(税経通信2022年6月号108頁)。
・ 鑑定資料と対照資料に共通文字が多種・多数書かれている。
・ 鑑定資料と対照資料の筆記時期が近しい。
・ 鑑定資料と対象資料に書かれた筆記速度が同程度である。
・ 鑑定資料と対象資料は同じような筆記用具で書かれている。
・ 鑑定資料と対象資料が原本である。
5 筆跡鑑定業者
(1) 「遺言能力鑑定と筆跡鑑定」では,以下の4つの筆跡鑑定業者が紹介されています(税経通信2022年6月号109頁)。
① トラスト筆跡鑑定研究所(神奈川県相模原市中央区淵野辺)
② 田村鑑定調査(神奈川県横浜市泉区和泉中央北)
③ 一般社団法人日本筆跡鑑定人協会(神奈川県横浜市青葉区藤が丘)
④ 株式会社齋藤鑑識証明研究所(栃木県宇都宮市竹林町)
(2) 法科学鑑定研究所(ALFS)でも筆跡鑑定をしています(法科学鑑定研究所HPの「筆跡鑑定」参照)。
6 関連記事その他
(1) 公正証書遺言の場合,筆記具としてフェルトペンで書かれることが多いといわれていますところ,フェルトペンは滲むため,フェルトペンで書かれた署名については,字画形態,字画構成,筆順,筆圧,筆勢等の判断に基づく筆跡鑑定が難しくなります(税経通信2022年6月号109頁)。
(2) 署名については,親族であればよく見ているから偽造しやすいし,何度も練習すれば模倣することは容易であるともいわれます(税経通信2022年6月号109頁)。
(3)ア 東京地裁平成6年7月20日判決(判例秘書に掲載)は,同一遺言者の自筆証書遺言については筆跡鑑定の結果等に基づき無効としたが,公正証書遺言については右鑑定の結果を採用せずに有効とした事例です。
イ 仙台高裁令和3年1月13日判決(判例秘書に掲載)は,結論を異にする複数の私的筆跡鑑定の信用性を分析・評価し,遺言書の発見・保管等に係る関係者の供述の信用性をも検討して,遺言書の自書性を否定し,自筆証書遺言を無効とした事例です。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 処分証書及び報告文書
・ 二段の推定
・ 陳述書の機能及び裁判官の心証形成
・ 陳述書作成の注意点
・ 新様式判決
・ 裁判所が考えるところの,人証に基づく心証形成
・ 尋問の必要性等に関する東京高裁部総括の講演での発言
・ 通常は信用性を有する私文書と陳述書との違い