訴訟提起に際して原告の住所等を秘匿したい場合の取扱い

Pocket

目次
第0 はじめに
第1 秘匿情報保護の申出
第2 原告が住所を秘匿した場合に被る可能性がある不利益
第3 秘匿すべき住所の他に記載すべき住所がない場合における訴状の住所の記載,及びその後の強制執行の取扱い
第4 秘匿情報について閲覧等請求があった場合の対応
第5 関連記事その他

第0 はじめに
・ 本ブログ記事の記載は主として京都地裁の以下の文書に基づいていますところ,他の裁判所でも同じような取扱いであると思います。
① 京都地裁民事部秘匿情報管理に関する申合せ(平成28年3月10日最終改正)
② 秘匿情報管理に関する申合せの運用等について(平成28年3月10日付の京都地裁民事部の文書)


第1 秘匿情報保護の申出
1 総論
(1)ア DV,ストーカー及び犯罪による被害者(これに準ずる者を含む。)の場合,被告に連絡先が知られた場合に生命身体に対する具体的危険が発生することを疎明することで,秘匿希望の現住所(避難先,転居先)及び電話番号等(以下「秘匿情報」といいます。)を被告に知られないようにしてもらうことができますところ,京都地裁の場合,これを秘匿情報保護の申出といいます。
イ 被害者に準ずる者としては,被害者の親族,友人及び被害者と主張する者が含まれます。
ウ 京都地裁の場合,プライバシー保護を理由として秘匿情報保護の申出をすることはできません。
(2)ア 京都地裁において秘匿情報保護の申出をする場合,民事訟廷事件係に訴状等を提出する際,現住所(避難先,転居先)及び電話番号について非開示を希望する旨の情報非開示の申出書のほか,連絡先の届出書を提出すればいいです。
イ 京都地裁で情報非開示の申出書を出した場合,「住所等の秘匿を希望する場合の注意点について」を交付し,内容を説明されます。
2 訴状に記載する住所
(1) 秘匿情報保護の申出をした場合,訴状には,住民票上の住所,前住所,実家の住所等を住所として記載すればいいです。
(2) 月刊大阪弁護士会2022年2月号35頁に,「住所等の秘匿について(DV事案)」に関する大阪家裁家事第3部人事訴訟係の説明として以下の記載があります。
    当事者の住所を秘匿したい場合は、訴状に「大阪府(以下秘匿)」と記載したり、代理人弁護士の事務所を代替して記載することなども認められることもありますので、必ず事前に相談してください。
    なお、原告の住所を秘匿したい場合で、被告の住所が当庁管轄区域内にない場合には、管轄認定のため、原告の住所が同区域内にあることを示す書面の提出を求めることになります(例:生活保護の受給証明書、電気又は水道料金などの公共料金の領収書等、住民票写し等)。ただし、一部を黒塗りにし住所の詳細を除外することは差し支えありません。
3 秘匿情報保護の申出があった場合の対応措置
(1) 秘匿情報保護の申出があった場合の対応措置は,基本的には事実上の配慮として行われるものであり,訴訟記録の閲覧等請求は権利濫用といえない限り拒絶できませんから,秘匿情報は極力,裁判所に提出させないように指導されます。
(2) 訴訟係属後に秘匿情報保護の申出をすることもできます。
(3) 秘匿情報保護の申出に対する判断は事実上のものですから,決定書は作成されません。

第2 原告が住所を秘匿した場合に被る可能性がある不利益
・ 京都地裁民事部秘匿情報管理に関する申合せ(平成28年3月10日最終改正)4頁には,原告が住所を秘匿した場合に被る可能性がある不利益として以下の記載があります。
① 現住所を秘匿することにより,被告からの移送申立てが認められる場合がある(義務履行地(法5条1号)が不明となることによる管轄違いの移送(法16条1項)等)。
② 証拠の一部をマスキングして提出することにより,裁判官が行う証拠の評価に影響するおそれがある(例えば,現住所付近の病院で診断書を取得したが,病院の名称や医師の氏名をマスキングして証拠として提出した場合,「医師が保護申出人を診察した上で作成した診断書」であることが不明確であると扱われるおそれがある。)。
③ 現住所を秘匿すると,判決や和解により債務名義を得たとしても,強制執行時に住所のつながり証明が困難となる場合がある。
④ 債務名義を得た後,保護申出人(債務名義上の原告)につき承継が生じた場合における承継執行文付与申立ての際に,承継人が,債務名義上の原告と被承継人との同一性を証明することが困難となる場合がある(特に,保存期間経過による事件記録廃棄の際には原則として秘匿情報記載書面も含めて廃棄されるため,その後に上記証明を行うことは困難な場合が多いと思われる。上記③についても同様である。)。
⑤ 現住所を秘匿した保護申出人が債務名義を得た後,本案訴訟事件の被告が,保護申出人を被告として請求異議等の執行関係訴訟を提起した場合に,同訴訟の被告(保護申出人)の住所が調査を尽くしても不明であるとして公示送達の申立てがされると,かかる申立てが認められる可能性がある。


第3 秘匿すべき住所の他に記載すべき住所がない場合における訴状の住所の記載,及びその後の強制執行の取扱い
1 京都地裁民事部秘匿情報管理に関する申合せ(平成28年3月10日最終改正)15頁及び16頁には以下の記載があります(1を①に変えています。)。
① 秘匿すべき住所の他に記載すべき住所がない場合,訴状の住所の記載はどうすればよいのか?
訴状に記載する住所は,現住所(生活の本拠)を記載するのが原則である。

    秘匿情報保護を理由とする場合は,当事者の特定に支障がなければ,住民票上の住所,前住所,実家の住所等を記載することでかまわない。また,当事者を特定できるのであれば,本籍と生年月日の記載だけでもかまわない。
    ただし,以下の(1)及び(2)に留意する必要があり,保護申出人にも教示すべきである。
(1) 当事者の特定は,裁判官が判断する。
    訴状審査権は裁判長(官)の権限に属するものであり,当事者の特定に足りる事項が記載されているか否かは,裁判官によって判断されるため,事件が配てんされた部において,裁判官の指示に従って訂正や補充をしてもらうことがある。
(2) 移送の申立てが認められることがある。
    管轄が義務履行地として原告の居住地で定まる場合に,当該居住地が秘匿情報であって,被告から管轄違いによる移送(法16条1項),遅滞を避ける等のための移送(法17条)の申立てがされた場合には,裁判所が連絡メモ等で事実上把握している原告の現居住地の情報は記録外の情報にすぎないことから,それを判断材料とすることはできず,移送の申立てが認められることもあり得る。そのため,少なくとも当該裁判所の管轄区域内に居住していることは明らかにしてもらう必要が生じ得る。
    例えば,訴状記載の原告の住所を「●●市(以下秘匿)」等としてもらうことが考えられる。
※ 訴状に実際の居住地を記載しなくともよいとする上記の扱いは,訴訟手続内においては,本人特定ができるのであれば,その取扱いをしても双方当事者にとって差し支えないということが理由となるにとどまるものであるから,将来の強制執行を見込むのであれば,住民票でつながりが証明し易いように訴状段階で「住民票上の住所(現在又は過去の特定の時点の)」を記載しておいてもらうことが望ましい。もっとも,将来の強制執行との関係では,債務名義となる判決等に記載される住所が問題となるところ,この住所をどのように記載すべきかは裁判事項なので,訴え提起段階では,当事者の特定の観点を中心に検討すれば足りる。したがって,特定ができるのであれば,原告と連絡がつく,代理人事務所,実家の住所,(過去の)住民票上の住所,知人の住所などを記載してもらうことでよいと考えられる。(なお,強制執行申立段階では,強制執行等申立書記載の債権者等と判決等の債務名義に記載された原告等との同一性が証明されなければ,執行裁判所により申立てが却下され得るほか,後述のとおり困難な問題がある。)
2 京都地裁民事部秘匿情報管理に関する申合せ(平成28年3月10日最終改正)19頁及び20頁には,訴状において住所を秘匿した場合における強制執行の取扱いに関して以下の記載があります(8,9及び10をそれぞれ⑧,⑨及び⑩に変えています。)。
⑧ 保護申出人である原告が勝訴した場合,住所を秘匿した状態での不動産執行による差押登記の嘱託は可能か?
    不動産執行で差押登記を嘱託する場合は,嘱託書に債権者の住所を記載することとなるが,例えば,過去の住民票上の住所といういわば虚偽住所を記載して差押登記の嘱託をすることは,不実登記の嘱託となるため,これを行うことはできない。したがって,執行申立書上の住所と債務名義上の住所が異なり,債務名義上の住所が過去の住民票上の住所である旨表示されていた場合は,執行係は,当事者の特定のために住民票(又は戸籍附票)により住所のつながりを証明させるなどして開始決定を行い,現住民票上の住所での登記嘱託をすることとなる(本案訴訟において,現住民票上の住所が秘匿情報とされていた場合であっても同様である。)。
    もっとも,執行申立書上の住所と債務名義上の住所が同一であれば,当事者の特定として問題はない(執行係では,債務名義上の住所が過去の住民票上の住所であることは分からない)から,そのまま登記嘱託を行うこととなるが,この場合でも,当事者の申出や債務名義の内容から,執行申立書上の住所が現住民票上の住所と異なっていることが判明したときは,やはり不実登記の嘱託という問題が生ずるので,そのまま登記嘱託を行うか否かは検討を要する。なお,不動産登記請求訴訟に関しても,上記不動産執行と同様の問題がある(判決後では,更正決定ができるかという問題が残るので,少なくとも,弁論終結までには住民票の写しを提出させるべきである。)。
⑨ 本案訴訟事件の被告が,同事件で債務名義を得た原告(実際の居住地を秘匿している者)を被告としてその債務名義の効力を否定するために請求異議等の執行関係訴訟を提起した場合に,被告(本案訴訟事件の原告)の住所が調査を尽くしても不明であるとして公示送達の申立てがあった。裁判所としては,公示送達申立てをどのように処理すればよいか?
    執行関係訴訟を担当する書記官は,本案訴訟事件の受訴裁判所との連絡を密にし,その指示を受けながら事件処理を行う必要がある。
    通常,公示送達の申立てをする段階では,債務名義上の住所を含め,明らかとなっている住所等の調査をしていることが多いであろうから,まずはそれらの調査がされているか否かを確認し,調査漏れがあった場合は,書記官から追加調査を依頼することになる。必要な追加調査を経ても住所が判明しなかった場合は,原則どおり,公示送達の申立てを認めざるを得ないと思われる(そのような事態が起こり得るということは,本案訴訟事件において秘匿情報保護の申出があった段階で,保護申出人に対し十分説明しておくべきである。)
⑩ 承継執行文付与申立ての際,債務名義上の当事者(実際の居住地を秘匿している者)と被相続人が同一であることの証明はどうするか。また,承継人の現居住地も秘匿してほしいとの申出があった場合の対処はどうするか?
    承継執行文付与申立ての際には,戸籍謄本等と債務名義が提出されることとなそれらと事件記録(本体記録)及び秘匿情報記載書面が綴られた別冊とるためを照合して,債務名義上の当事者と被相続人との同一性を認定する。したがって,事件記録廃棄後は,同一性の証明は困難なことが多いと思われる。
    また,執行文付与申立てには,申立人が特定できる範囲で住所等を記載すれば足りるので(実家の住所,過去の住民票上の住所等),現居住地の秘匿を希望する承継人に対してはその旨教示する。なお,承継執行文及び戸籍謄本等の承継を証明する文言は,その性格上,そのまま債務者に送達する必要がある(民事執行法29条,27条2項)ので,その点は,承知してもらう。

第4 秘匿情報について閲覧等請求があった場合の対応
・ 京都地裁民事部秘匿情報管理に関する申合せ(平成28年3月10日最終改正)10頁ないし12頁には,秘匿情報について閲覧等請求があった場合の対応に関して以下の記載があります。
(1) 請求者への対応
    当事者等から,秘匿情報保護申出がある事件記録(曳舟の別冊を含む。)につき閲覧等請求があった場合は,請求者に対し,秘匿情報保護申出がある旨を告げ,閲覧等の範囲から秘匿情報を任意に除外するよう説得する。
    閲覧等の範囲や理由を聴取したり,秘匿情報保護の申出がされている事実を伝えたりするなどのやりとりをする中で,申出理由に応じた範囲での閲覧等に絞ることにつき,請求者の了解を得られるよう試みる(この際の対応経過は,権利濫用性の判断資料となることから,必ず記録化する。)。
    請求者が上記説得に応じない場合は,秘匿情報部分につき閲覧等の不許可処分を行うことを検討するが,書記官は,閲覧等請求が権利濫用と認められる場合に限り,不許可処分を行うことができ,それ以外の場合は閲覧等を許可せざるを得ない。いずれの判断をするにせよ,書記官は,請求者との上記やりとりを含め,判断資料の収集を十分に行い,受訴裁判所と協議の上で慎重に判断すべきである。
※ 対応経過は,閲覧等請求書と一体にした上で,第3分類に編てつする。
※ 当事者間では秘匿情報保護を求めるが,第三者に対しては秘匿情報保護を求めないという場合も考えられるが,この場合であっても,秘匿情報保護の申出がされていることに変わりはなく,他方当事者が第三者を介して秘匿情報を取得することも考えられることから,本文と同様の対応となる。ただし,第三者については,権利濫用性の判断が当事者に比べて容易ではないので,より調査が必要である(例えば,保護申出人に対し,当該第三者と他方当事者との関係を聴取するなど)。
※ 不許可処分(一部不許可)の方法
    秘匿情報部分について不許可処分(一部不許可)を行う場合は,民事事件記録等閲覧・謄写票の「許否及び特別指定条件」欄に,例えば「郵便送達報告書の債権者の住所地を特定する部分を除いて許」などと記載する。なお,一部不許可の場合であるので,票の「許・否」欄には○印は付さない。(民事実務講義案Ⅱ(四訂補訂版)87頁(注3))
(2) 権利濫用性の判断について
閲覧等請求が権利の濫用(民法1条3項,法2条参照)に当たるか否かについては,権利行使の害意性(主観面)と,私権と公共的利益との利益衡量(客観面)という二つの要素をもとに判断することになると考えられる。

    例えば,DVの加害者が,全く請求が成り立たないにもかかわらず,DVの被害者を被告として訴訟を提起し,訴状の送達の際の転送等によって居場所を突き止めたいなどという目的を有していた場合で,訴状の送達報告書等に記載された被告の住所を閲覧したいというときには,請求認容の可能性がなく,執行の可能性もないことからすると,私権の実現の利益を保護する必要はなく(客観面),害意がある(主観面)ことから,閲覧等請求は権利の濫用と判断しやすい。一方,既に請求認容の判決が出ているが,裁判官の判断で被告の住所を記載しない判決であったという場合で,強制執行のために被告の住所を知りたいというときには,閲覧等請求に対する権利の濫用の判断は慎重にせざるを得ない。
    その他,権利濫用性の判断に当たっては,後掲参考文献等目録7の最高裁判所平成20年6月24日第二小法廷決定・刑集62巻66号1842頁の判決文及び調査官解説が参考となると思われる。
(3) 異議申立ての教示
    不許可処分を行う場合は,請求者に対し,受訴裁判所への異議申立てが可能である旨の教示をするのが適当である(法121条,費用法3条1項,別表第1の17イ(イ)(手数料500円))。必要に応じて請求者に交付できるよう,異議申立書のひな形(別紙様式)もあらかじめ準備しておくべきである。


閲覧等不許可処分に対する異議申立書の書式(京都地裁)

第5 関連記事その他
1 公益社団法人商事法務研究会HPの「証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会」「証拠収集手続の拡充等を中心とした民事訴訟法制の見直しのための研究会報告書-被害者の身元識別情報を相手方に秘匿する民事訴訟制度の創設に向けて-」(令和3年6月)が載っています。
2 薬院法律事務所HP「相手に住所を知らせず訴訟ができる?」が載っています。
3(1) 以下の事務連絡等を掲載しています。
・ 訴状等における当事者の住所の記載の取扱いについて(平成17年11月8日付の事務連絡)
・ 人事訴訟事件及び民事訴訟事件において秘匿の希望がされた住所等の取扱いについて(平成25年12月4日付の事務連絡)
・ 家事事件手続における非開示希望情報等の適切な管理について(平成28年4月26日付の最高裁判所家庭局第二課長及び総務局第三課長の事務連絡)
・ 秘匿情報管理に関する事務処理態勢を維持・継続するための取組について(平成29年2月22日付の最高裁判所刑事局第二課長の事務連絡)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 秘匿情報の管理に関する裁判所の文書
・ 司法修習生の守秘義務違反が問題となった事例
 司法修習生に関する規則第3条の「秘密」の具体的内容が書いてある文書

Pocket

スポンサーリンク