弁護士の職務上の氏名


目次
1 弁護士の職務上の氏名の制度
2 弁護士の職務上の氏名の利用状況
3 弁護士の職務上の氏名の限界
4 銀行口座等の旧姓使用に係る協力要請
5 通称使用の拡大に関する最高裁判決の補足意見
6 宮崎裕子最高裁判所判事の旧姓使用
7 関連記事その他

1 弁護士の職務上の氏名の制度
(1) 弁護士は,日弁連への届出等により,戸籍上の氏名以外の氏名を,職務上の氏名として,弁護士の職務を行うに当たり使用できることとした,職務上の氏名に関する規程(平成20年12月5日日弁連会規第89号)は,平成22年12月1日に施行されました。
(2)ア 弁護士は,例えば,以下の場合について,日弁連に届け出をすることにより職務上の氏名を利用することができます(職務上の氏名に関する規則(平成21年2月19日日弁連規則第138号)2条)。
① 戸籍上の氏名に変更があった場合における,変更前の氏名
→ 戸籍上の氏名は,結婚,離婚,養子縁組等により変更されます。
② 外国籍の者で外国人住民に係る住民票に通称名が記載されている場合における,当該通称名
イ 弁護士は,戸籍上の氏名以外の氏名を使用する必要性及び合理性のある場合であって,日弁連の許可を得たときは,当該必要性及び合理性のある氏名を職務上の氏名として利用することができます(職務上の氏名に関する規則(平成21年2月19日日弁連規則第138号)3条)。
(3)ア 弁護士は,職務上の氏名の届出等をしている場合,弁護士の職務を行うに当たり,当該職務上の氏名を使用しなければなりません(職務上の氏名に関する規程3条本文)。
イ 法令により戸籍上の氏名の使用が義務付けられている場合その他正当な理由としては,登記関係,銀行実務関係のほか,事務所利用のための賃貸借契約に印鑑証明書の添付を求められ戸籍上の氏名を併記せざるを得ない場合が想定されています(日弁連の平成20年10月23日付の臨時総会招集通知104頁参照)。
(4) 毎月下旬ぐらいに官報号外に掲載される「弁護士の職務上の氏名の使用」を見れば,戸籍上の氏名と職務上の氏名の対応関係が分かります。

2 弁護士の職務上の氏名の利用状況
(1) 平成20年12月5日の日弁連臨時総会の会場発言として,以下の発言がありました(リンク先のPDF26頁及び27頁)。
 日弁連は、昭和57年から事実上通称を職務上の氏名として使用することを認めてきた。これは私の同期の弁護士、司法修習34期であるが、その弁護士が日弁連に申請をして事実上の使用を認められたというものであった。しかし、当時は会則改正には至らなかった。その後も、私の友人は会則改正をしてほしいとの要望書を出していたが、会則改正がなされないまま、実に26年間経ってしまった。先ほどの副会長の話にもあったが、平成20年11月末の時点で925名の方が通称を使用されているとのことであり、通称使用者は今後さらに増加していくことが予想される。男性弁護士でも通称使用の方が110名いるとのことである。
(2) 令和3年4月1日現在の日弁連会員のうち,女性の約37%及び男性のが1.3%が職務上の氏名を使用しています(弁護士の職務上の氏名を使用する口座の開設に関する要望書(令和3年9月3日付の日弁連会長の文書)資料1参照)。


3 弁護士の職務上の氏名の限界
(1) 弁護士の職務上の氏名を使用する口座の開設に関する要望書(令和3年9月3日付の日弁連会長の文書)資料1によれば,職務上の氏名に関する実際の困難事例として以下のものがあります。
【成年後見】
① 成年後見の際に,職務上の氏名での登記ができなかった。
② 戸籍上の氏名で成年後見の登記をするため,職務上の氏名で職務を行うにあたり,様々な書類で証明する必要があった。毎回不便である。
③ 登記が戸籍上の氏名であるため,職務上の氏名の人物と戸籍上の氏名の人物が同一であることを証明するための証明書を求められた。
④ 成年後見人として被後見人の携帯を解約する際に,成年後見人の本人確認のために戸籍の提出を求められた。
【任意後見】
① 戸籍上の氏名でしか登記できなかった。
② 任意後見契約の公正証書作成にあたり,職務上の氏名,事務所住所のみでの記載ができないと言われ,戸籍上の氏名と住民票上の住所でしか記載できなかった。
【未成年後見】
① 未成年者の戸籍に記載されるのが戸籍上の氏名となるため,戸籍上の氏名での後見人業務を余儀なくされた。
② 未成年者の戸籍に,行為兼任である弁護士の戸籍上の氏名と本籍地や筆頭者が記載されてしまうため,プライバシーが関係者に開示されてしまった。
【遺言作成/遺言執行】
① 遺言執行者として不動産を売却する際に,戸籍上の氏名での手続を求められた。
② 戸籍上の氏名と職務上の氏名の架橋を余儀なくされ,手続が煩雑になった。
③ 職務上の氏名での公正証書の作成を拒否された。
【相続財産管理人/不在者財産管理人/特別代理人等(裁判所関連)】
① 清算人の登記は職務上の氏名で行えなかった。
② 金融機関で身分証明書と職務名をつなぐ書類の提出を求められた。費用も手間もかかって多大な不利益を感じる。
③ 相続財産管理人として不動産の名義変更をする際に,郵便局から職務上の氏名と公的身分証明書の姓が異なるため郵便物の交付を拒否され,本人限定郵便で送られた書類を受け取ることが出来なかった。
【行政から委託された委員】
① 職務上の氏名での就任を受け付けない場合や辞令の交付が戸籍上の氏名でしかもらえないことがあった。
② 職務上の氏名で活動するに当たり,交渉や書類の提出を余儀なくされた。
③ 行政から委託された委員の報酬を戸籍上の氏名の口座にしか振り込めないと言われた。
【調停委員/司法委員/調整官等裁判所から委託された職務】
① 調停委員としての報酬を弁護士名の報酬口座に振り込んでほしいと依頼したが,戸籍上の氏名の口座でないとできないと言われた。
【社外役員/第三者委員会等(民間から委嘱された職務)】
① 行政機関への届出や登記は,戸籍上の氏名(ただし,併記可能な場合も一部ある)となった。
② 届出や登記が戸籍上の氏名であるため,職務上の氏名で業務が行えないことがあった。
【その他】
① 職務上の氏名で銀行口座を解説しているのに,当該口座へ送金する際,送金者が操作しているATM上で表示されるのは戸籍上の氏名であったため,混乱が生じた。
② 事業用の口座や預り口座の氏名を,戸籍上の氏名に変更するように求められた。
③ 職務上の氏名での口座開設をしてもらえなかった。
④ 業務用に携帯電話の契約をしようとしたが,公的な身分証明書に記載されている(戸籍上の)氏名しか使えないと言われた。
⑤ 弁護士業務に必要な契約であるにもかかわらず,戸籍上の氏名での契約を余儀なくされた(業務に必要な携帯電話の契約等)。
(2) 控訴人の主張を摘示した東京高裁令和2年10月23日判決7頁には以下の記載があります。
    弁護士が成年後見人,保佐人,補助人及び成年後見監督人,保佐監督人,補助監督人の業務を行う際,弁護士会に旧氏を職務上の氏名として届け出ている場合には,職務上の氏名と戸籍上の氏名を併記した選任の審判がされるが,登記事項証明書に旧氏が併記されることはないため,取得1回につき500円を要する弁護士会の会員証明書を提示しなければならないなど,煩雑な対応を余儀なくされている。
(3) 自由と正義2021年11月号の「ひと筆 何とかなるよ-思った道を進んでいったらいい-」(筆者は53期の波多江愛子弁護士(福岡県弁護士会))には以下の記載があります。
 今は正直言って複雑な気分だ。
    プライベートで様々な名義変更の手続を強いられたのは仕方がないとして、本人確認が厳しくなった昨今、仕事上使うのに、職務上の氏名では携帯電話一つ買えない。クレジットカードも持てない。求められる本人確認書類を何一つ出せないことも多く(弁護士会の身分証明書では不可)、まるで偽名を使っているような、やましい気持ちにさせられる。
    職務上通称使用が可能といっても、全てできる訳ではない。例えば、登記が関係する後見人や不動産取引では、職務上の氏名ではどうにもならない。結局「波多江愛子こと松本愛子」(山中注:「松本」は仮の姓であって,実際の姓は別です。)という審判書や身分証明書を使うことになり、「波多江愛子」は法律上存在しないことを実感させられる。大変切ない。
    いっそまた届を出して波多江に戻りたいぐらいだ。
(4) 平成27年2月27日以降につき,婚姻により氏を改めた人が取締役,監査役等の役員に就任する場合,商業登記規則81条の2に基づき,婚姻前の氏を会社の商業登記簿に併記してもらえるようになりました(米持司法書士事務所HPの「役員の婚姻前の旧姓を併記したい場合」参照)。
(5) 弁護士の職務上の氏名である婚姻前の氏名により商業登記を申請することは認められていません(弁護士法人古家野法律事務所HPの「当法人社員につき旧姓での商業登記を求めて審査請求をしました」(2018年9月27日付)参照)。


4 銀行口座等の旧姓使用に係る協力要請
(1)    金融庁HPの「業界団体との意見交換会において金融庁が提起した主な論点」につき,「銀行口座等の旧姓使用に係る協力要請について」(平成29年7月・8月の文書)には以下の記載があります。
○ 政府としては、女性活躍の視点に立った制度整備の一環として、「旧姓の通称としての使用の拡大」に向けた取組みを進めているところ。
○ その中で、先日、内閣府男女共同参画局長から、銀行口座等の旧姓使用に関する協力要請がなされたものと承知。
○ 各金融機関におかれては、本取組みの趣旨をご理解いただき、口座開設等の申し込みを行う方等が希望した場合に、実情に応じて可能な限り円滑に旧姓による口座開設等が行えるよう、よろしくお願いしたい。
(2) 以下の資料を掲載しています。
・ 弁護士の職務上の氏名を使用する口座開設について(令和3年10月12日付の,金融庁監督局総務課長の周知依頼)9通
・ 銀行口座等の旧姓使用の協力要請について(平成29年7月5日付の内閣府男女共同参画局長の依頼)8通
・ 旧姓の通称としての使用の拡大に向けた取組について(平成29年7月5日付の内閣府男女共同参画局長の依頼)5通


5 通称使用の拡大に関する最高裁判決の補足意見等
(1) 最高裁大法廷令和3年6月23日決定の裁判官深山卓也,同岡村和美,同長嶺安政の補足意見には以下の記載があります。
     通称使用の拡大は,これにより夫婦が別氏を称することに対する人々の違和感が減少し,ひいては,戸籍上夫婦が同一の氏を称するとされていることの意義に疑問を生じさせる側面があることは否定できないが,基本的には,平成27年大法廷判決が判示するとおり,婚姻に伴い氏を改める者が受ける不利益を一定程度緩和する側面が大きいものとみられよう。
(2) 夫婦同姓を定めた民法750条は憲法24条に違反しませんし(最高裁大法廷平成27年12月16日決定),民法750条を受けて夫婦が称する氏を婚姻届の必要的記載事項と定めた戸籍法74条1号は憲法に違反しません(最高裁大法廷令和3年6月23日決定)。


6 宮崎裕子最高裁判所判事(31期)の旧姓使用
(1)ア 平成30年1月9日就任の宮崎裕子弁護士(31期)の「宮崎」は職務上の氏名かつ旧姓です(「深山卓也及び竹内(宮崎)裕子を最高裁判所判事に任命した際の閣議書(平成29年12月8日付)」参照)から,同人は旧姓を使用する初めての最高裁判所判事となりました。
イ 宮崎裕子弁護士につき,閣議書添付の履歴書には,氏名として「竹内裕子」と記載されていて,旧氏名として「宮崎裕子」と記載されていますところ,内閣官房内閣総務官の行政文書開示手続では,「竹内裕子」と記載されている部分も開示されました。
ウ 当初の報道では,戸籍名の「竹内裕子」という氏名が記載されていました(5ちゃんねる(旧2ちゃんねる)の「【人事】最高裁長官 大谷直人氏起用を閣議決定 来月9日づけで発令 」参照)。
(2) 2018年1月26日の毎日新聞のネット記事には,「「『宮崎裕子』を名乗ることができないと言われたら、(判事を受けるかどうか)かなり悩んだと思う」。昨秋、最高裁は裁判官が判決文や令状で旧姓を使うことを認めた。旧姓を使う初の最高裁判事となった点を記者に問われると、率直な思いを明かした。」と書いてあります。
(3) 宮崎裕子弁護士は,所属弁護士会又は日弁連における活動実績が特にないといわれています。
(4)ア 宮崎裕子弁護士(登録番号16685)は,最高裁判所判事への就任が内定した後と思われる平成29年12月頃に弁護士氏名変更の届出を行い,かつ,弁護士の職務上の氏名として「宮崎」姓を使用するという届出をしました(平成30年2月6日官報号外第25号22頁)。
イ 弁護士が戸籍上の氏名以外の氏名を職務上の氏名として使用するためには日弁連への届出が必要です(職務上の氏名に関する規程2条,職務上の氏名に関する規則2条1項1号)。
   そのため,宮崎裕子弁護士が,日弁連への届出以前の段階で,職務上の氏名として「宮崎」姓を使用していた法的根拠は不明です。
(5) 同姓同名の別人の弁護士として,48期の宮崎裕子弁護士(登録番号24661)がいます。

平成30年2月6日官報号外第25号22頁(宮崎裕子弁護士(登録番号16685番)に関する「弁護士氏名変更の公告」及び「弁護士の職務上の氏名の使用」が載っています。)


7 関連記事その他
(1) 東弁リブラ2018年4月号「性別にかかわりなく,個性と能力を発揮できる弁護士会を 第25回 職務上の氏名(旧姓・通称)使用における不都合,支障の解消に向けて」が載っています。
(2) 内閣府男女共同参画局HPに「各種国家資格における旧姓使用の状況について」(平成29年5月)が載っています。
(3) 世知NOTE「同じ銀行で口座を複数作れる銀行一覧!違う支店の口座を開設したい方へ」には「最近は金融犯罪防止のため口座は原則一人一つという銀行がほとんどでした。」と書いてあります。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 出産・育児を理由とする弁護士会費の免除
 裁判所職員の旧姓使用
・ 最高裁判所判事の旧姓使用
・ 歴代の女性最高裁判所判事


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