控訴審に関するメモ書き


目次
第1 民事・刑事の共通事項

1 下級審裁判官が既存の最高裁判例に反する裁判をなす場合
2 下級審判決の位置づけ
第2 民事事件関係
1 控訴提起に際しての委任状
2 控訴期間を経過した場合の例外的な救済手段
3 控訴の利益
3の2 控訴提起に伴う弁済の提供
3の3 必要的共同訴訟において一部の当事者から控訴があった場合の取扱い
3の4 共同訴訟的補助参加と控訴
4 控訴理由書
5 控訴審における請求の追加・変更
5の2 控訴審における反訴
6 控訴審口頭弁論における,原審口頭弁論の結果陳述
7 民訴法260条2項(仮執行の原状回復及び損害賠償)の申立て
8 その他仮執行宣言関係
9 不利益変更禁止の原則
10 控訴権の濫用,及び代理人弁護士に対する懲戒事例
11 控訴審に関する体験談等
12 控訴審の判決書の点検事項
13 その他民事事件関係のメモ書き
第3 刑事事件関係
1 量刑不当を理由とする控訴趣意書の記載
2 刑訴法382条の事実誤認
3 刑事控訴審が原判決を破棄する場合,実務上は原則として自判していること
4 控訴審の未決算入基準
5 裁判員制度の趣旨と控訴審の役割
6 その他刑事事件関係のメモ書き
第4 関連記事その他


第1 民事・刑事の共通事項
1 下級審裁判官が既存の最高裁判例に反する裁判をなす場合
(1) 「刑事実務と下級審判例」(著者は11期の小林充裁判官)が載ってある判例タイムズ588号の12頁及び13頁には以下の記載があります。
 次に、特殊な場合として下級審裁判官が既存の最高裁判例(または大審院判例-裁判所法施行令5条参照)に反する裁判をなす場合につき若干考察しておく。
 まず、それがまったく容認され得ないものでないことはいうまでもない。最高裁判所の拘束力の根拠は、当該事件に関する国の裁判所としてのあるべき法解釈の推測資料として、最高裁が同種事件についてなした法解釈が重要な意味をもつということにあった。すなわち、そこで重要なのは、最高裁判例それ自体ではなく、国家機関としてのあるべき法解釈ということにあるといわなければならない。ところで、法解釈は社会情勢の変化等に対応して不断に生成発展すべき性質をも有するものであり、最高裁判例も、常にあるべき法解釈を示すとは限らない。このことは、刑訴法410条2項において最高裁自体によって既存の最高裁判例が変更されることが予定されていることから明らかであろう。そして、下級審裁判官としては、あるべき法解釈が既存の最高裁判例と異なると信ずるときには、既存の最高裁判例と異なる裁判をなすことが容認されるといい得るのである。
 ただ、あるべき法解釈というのが、既に述べたように、当該裁判官が個人的に正当であると信ずる法解釈ではなく、国の裁判所全体としてのあるべき法解釈、換言すれば、当該事件が最高裁判所に係属した場合に最高裁が下すであろう法解釈を意味するものであるとすれば、下級裁判所裁判官が右のように信じ得るのは、当該事件が最高裁に係属した場合に最高裁が従前の判例を変更し自己の採った法解釈を是認することが見込まれる場合ということにほかならない。そして、最高裁判例の変更が見込まれるということの判断がしかく容易にされるものではないことは明らかである。その意味では、下級審裁判官が最高裁の判例に従わないことは例外的にのみ許容されるといってよいであろう。下級審裁判官としてただ単に最高裁判例に納得できないということが直ちにこの判断と結びつくものではないことはもとより、最高裁判例に従わない所以を十分の説得力をもって論証できると考えるときも、そのことから直ちに右判例の変更が見込まれるということはできないであろう。下級審裁判官として、最高裁判例の変更が見込まれるかどうかの判断に当たっては、当該判例につき、最近に至るまで何回も同趣旨の判例が反復して出されているか古い時期に一度しか出ていないものであるか、大法廷の判例であるか小法廷の判例であるか、少数意見の有無およびその数の多少、同種の問題につき他の判例と調和を欠くものでないか、それが出された後これに反する下級審判決が現われているか等を、慎重に勘案すべきであろう。
(2) 35期の元裁判官である弁護士森脇淳一HP「裁判官の身分保障について(3)」(平成31年2月21日付)には,「刑事実務と下級審判例」(著者は11期の小林充裁判官)は,裁判官国家機関説(一審の裁判官たるものは,高裁や最高裁がするであろう判断と異なる判断をしてはならないとする説)を裁判官全体に浸透させるのに大いに力があったという趣旨のことが書いてあります。

2 下級審判決の位置づけ
(1) 訴訟の心得25頁には以下の記載があります。
     実務家は,高裁判決や地裁判決を見つけると,それで大きな手がかりを掴んだと思ってホッとしてしまうが,裁判官は,下級審判決にはほとんどそれに倣うという意識がない。その判示内容が説得的な理由になっていれば,それと同じ意見となることはあるが,説得的でない,あるいはケースが違うとみれば,全く従わない。比喩的に言うなれば,実務家は,最高裁,高裁,地裁の判決の信頼度を,たとえばそれぞれ100%,90%,80%というような感じで受け止めていると思われる。しかし,実際は,100%,30%,10%かも知れない。
     アーバンコーポレーションの一連の事件も,10件ほどに分かれてそれぞれ判決に至ったが,地裁,高裁の判決は全くばらばらであり,相互に全く影響されなかったように感じる。
(2) ウエストロージャパンHPの「第216回 株価下落の算定要因における「経営難」に陥った企業行動に関する評価の相違~アーバンコーポレイション最高裁判決の一分析~」では,アーバンコーポレーションに関する最高裁平成24年12月21日判決の解説が載っています。


第2 民事事件関係
1 控訴提起に際しての委任状
(1) 原審の訴訟代理人が控訴の特別委任まで受けていた場合,第一審判決後の委任状を添付することなく,控訴することができます(最高裁昭和23年12月24日判決参照)。
(2) 東弁リブラ2015年5月号の「東京高裁書記官に訊く-民事部・刑事部編-」には,「地裁段階での代理人が高裁で委任状を提出することが必要であるか否かという点については,厳密に言えば不要であるが,代理権を明確にするため,実務では提出を求めている。」と書いてあります(リンク先のPDF4頁)。

2 控訴期間を経過した場合の例外的な救済手段
(1) 当事者の帰責事由なく控訴期間を経過したとしても,その事由が消滅した後1週間以内であれば,民事訴訟法97条1項に基づき控訴の追完ができます(最高裁昭和36年5月26日判決 及び最高裁平成4年4月28日判決参照)。
(2) 控訴の追完期間を経過したとしても,判決書の送達が無効である場合,再審事由を知った日から30日以内であれば,民事訴訟法338条1項3号に基づき再審請求ができます(最高裁平成4年9月10日判決及び最高裁平成19年3月20日決定)。


3 控訴の利益
・ 事件が一人の裁判官により審理された後,判決の基本となる口頭弁論に関与していない裁判官が民訴法254条1項により判決書の原本に基づかないで第1審判決を言い渡した場合において,全部勝訴した原告が控訴をすることができます(最高裁令和5年3月24日判決)。

3の2 控訴提起に伴う弁済の提供
・  交通事故によって被った損害の賠償を求める訴訟の控訴審係属中に,加害者が被害者に対し,第一審判決によって支払を命じられた損害賠償金の全額を任意に弁済のため提供した場合には,その提供額が損害賠償債務の全額に満たないことが控訴審における審理判断の結果判明したときであっても,原則として,その弁済の提供はその範囲において有効であり,被害者においてその受領を拒絶したことを理由にされた弁済のための供託もまた有効です(最高裁平成6年7月18日判決)。


3の3 必要的共同訴訟において一部の当事者から控訴があった場合の取扱い
・ 高裁民事部ベーシックQA(令和4年3月の大阪高裁民事部ベーシックQA作成プロジェクトの文書)16頁及び17頁には以下の記載があります。
     必要的共同訴訟において,誰が上訴人となり,誰が被上訴人となるかですが,判例では,共同訴訟人の一部の者が上訴した場合には,共同訴訟人の全員が上訴人となる旨を判示した(最三小判昭和38・3・12民集17-2-310,建物につき所有権移転請求権保全の仮登記にもとづき所有権移転の本登記を経由した原告から, 同建物につき共同して競落したことを原因として所有権移転登記を経由した被告らに対し,共有名義の所有権移転登記の抹消登記手続を請求する訴訟は必要的共同訴訟であると解すべきであるので,一人の被告のした控訴の提起の効果によって,他方の被告は,控訴人たる地位を取得する) もの,逆に,共同訴訟人の一部の者が上訴した場合には,他の共同訴訟人は被上訴人となる旨を判示した(最三小判平成11・11・9民集53-8-1421,土地の共有者のうちに境界確定の訴えを提起することに同調しない者がいるため,隣接する土地の所有者と訴えを提起することに同調しない者とを被告にして境界確定の訴えを提起した場合の判決に対し,隣地の所有者が共有者のうちの原告となっている者のみを相手方として上訴した場合には,共有者のうちの被告となっている者は被上訴人としての地位に立つ) もの, また,上訴をしなかった共同訴訟人は,上訴人にも被上訴人にもならない旨を判示した(最大判平成9・4・2民集51-4-1673,複数の住民の提起した住民訴訟はいわゆる類似必要的共同訴訟と解するのが相当であるが,住民訴訟については, 自ら上訴をしなかった共同訴訟人をその意に反して上訴人の地位に就かせる効力まで生ずると解するのは相当でない)ものがあります。
     このように同じ必要的共同訴訟といっても紛争態様に応じて取り扱いが異なることから,誰を上訴人とし誰を被上訴人とするか担当裁判官とよく相談する必要があります。

3の4 共同訴訟的補助参加と控訴
・ 高裁民事部ベーシックQA(令和4年3月の大阪高裁民事部ベーシックQA作成プロジェクトの文書)19頁には以下の記載があります。
 共同訴訟的補助参加(例えば,破産管財人の訴訟に参加する破産者,遺言執行者の訴訟に参加する相続人,債権者の代位訴訟(民法423条)に参加する債務者)の場合には,補助参加人の訴訟行為は,それが被参加人の利益になるものである限り,被参加人の訴訟行為と抵触するものであっても,その効力が認められます。よって,補助参加人のした上訴について被参加人のみが上訴を取り下げても,取下げの効力は生じませんし(大判昭13.12.28民集17-2878,最判昭40.6.24民集19-4-1001),さらに,上訴期間自体も,必要的共同訴訟人の場合と同様に,被参加人と独立に計算される(福岡高判昭49.3. 12判夕309-289)等,上記の通常の補助参加の場合とは異なる取り扱いとなりますので,注意が必要です。


4 控訴理由書
(1) 庶民の弁護士伊藤良徳HP「控訴理由書を書く基本姿勢」には以下の記載があります。
     証拠弁論(提出済みの書証に基づき、それを評価して、どのような事実が認定されるかを論証する)的な主張(原判決の法解釈について誤りを指摘せず、さらにいえば控訴審で新たに有力な証拠も提出しないで原審の証拠だけで「証拠弁論」にとどめた場合)で関心を持ってくれるケースがどれだけあるかはちょっと疑問に思いますが、原判決の論理構造を把握した上でどこを突けば結論が変わるかを考えそこを前に出すべきという指摘は、肝に銘じておきたいところです。
(2) 訴訟の技能―会社訴訟・知財訴訟の現場から 139頁には,「控訴審の合議」に関して以下の記載があります。
     控訴審は、いわゆる続審とは言いますが、ほとんどがやはり控訴理由書に基づいた事後審的な運営をしていると思います。検討の手順から言いますと、主任裁判官が、まず事件受理と同時に原審記録を読んで、口頭弁論期日の1週間ほど前に合議メモを書き上げて、粗ごなしの合議をして、そして第1回期日に臨んで、場合によっては、ただちに終結するというのが通常のパターンだと思います。合議メモには、通常、第1回期日に行う予定の事柄とともに、控訴棄却とか続行相当などの結論も示されます。
(3) 広島高裁HPに「高等裁判所が第二審としてした判決に不服がある場合の手続について(Q&A)」が載っています。
(4) 控訴審でも訴訟救助を利用できますところ,訴訟救助の判断は控訴理由書の提出後にされるみたいです(庶民の弁護士伊藤良徳のサイトの「裁判所に納める費用が払えないとき(訴訟救助)」参照)。

5 控訴審における請求の追加・変更
(1) 大阪弁護士会作成の「令和2年度司法事務協議会 協議結果要旨」57頁及び58頁には,大阪高裁が提出した,「控訴審における請求の追加・変更について」という協議事項に関して以下の記載があります。
     控訴人が控訴審において請求の追加・変更(新たな請求原因事実を主張する場合であって請求の趣旨に変更がない場合も含む。)をする場合には,そのことが一見して分かるように,「訴え変更申立書」などの表題を付した独立の書面を提出するか,「控訴理由書(兼訴え変更申立書)」などの表題を付して,本文中でも独立の項目を設けるなどの配慮をされたい。
     また,被控訴人が控訴審において,請求の追加・変更をする場合(訴訟物を変更するのみで請求の趣旨自体は変更しないときを含む。)にも同様のことが起こりうるが,特にこのときには附帯控訴の手続を要することに留意されたい。
(提出理由)
     控訴理由書や準備書面における主張の中に,請求の追加・変更に当たる記載が混在している例がある。裁判所としては,実体の審理をする上での検討だけでなく,送達や附帯控訴の要否など訴訟手続上の検討もする必要があるので,訴えの変更を含むことが明確になるよう配慮されたい。
(コメント)

     問題と提出理由は記載のとおりである。控訴審においては控訴人による請求の追加・変更は,請求の追加・変更の申立書を送達するということが必要になる。また,被控訴人が請求の追加・変更をする場合には附帯控訴が必要となって,附帯控訴状を送達するということになる。特に訴訟物の追加・変更がされても請求の趣旨自体には変更がない場合,控訴理由書や控訴答弁書等の中で請求の追加・変更が一見したのでは分からず,他の記載と区別がつかない形で記載されていることが間々あるので,ぜひ注意していただきたい。
(2) 控訴審において訴えの変更により新訴が係属した場合,新訴については,控訴裁判所は,事実上第一審としての裁判をすべきであり,たとえ新訴に対する結論が旧訴に対する第一審判決の主文の文言と合致する場合であっても,控訴棄却の裁判をすべきではありません(最高裁昭和31年12月20日判決)。
(3) 相手方の陳述した事実に基づいて訴を変更する場合でも,これがため著しく訴訟手続を遅滞させる場合,訴えの変更は許されません(最高裁昭和42年10月12日判決)。
(4)ア 訴え却下判決に対する控訴審における訴えの追加的変更の申立てについて、原則として許されません(知財高裁平成31年2月19日判決及び知財高裁平成31年3月4日判決のほか,イノベンティアHPの「確認の訴えの却下判決に対する控訴審における訴えの追加的変更申立てを許さなかった知的財産高等裁判所判決について」参照)。
イ 高裁民事部ベーシックQA(令和4年3月の大阪高裁民事部ベーシックQA作成プロジェクトの文書)8頁には「控訴審で訴え変更した場合の手数料」として以下の記載があります。
① 第1審が請求について判断した場合
     「変更後の請求につき2の項(控訴手数料)により算出して得た額」から「変更前の請求に係る (控訴)手数料の額」を控除した額です(5の項の括弧内)。
② 第1審が請求について判断していない場合
     そもそも, この場合に訴えの変更が許されるかどうか疑問が生じますが,仮に訴えの変更が許された場合は,「変更後の請求につき1の項(訴え提起手数料)により算出して得た額」から「変更前の請求に係る(訴え提起)手数料の額」を控除した額とするのが相当です(5の項の括弧外)。


5の2 控訴審における反訴
(1) 高裁民事部ベーシックQA(令和4年3月の大阪高裁民事部ベーシックQA作成プロジェクトの文書)23頁には以下の記載があります(1及び2を①及び②に変えています。)。
① 控訴審においても反訴を提起することはできます。反訴の要件は第1審における反訴と同様ですが,控訴審における反訴の要件には,それに加えて,相手方の同意を要する旨の特別の定めがあります(民訴法300条1項)。
    ただし,相手方が異議を述べないで反訴の本案について弁論をしたときは,反訴の提起に同意したものとみなされます(民訴法300条2項) し,判例(最判昭38・2・21民集17-1-198)によれば,相手方から第1審の審判を受ける利益を実質上奪うおそれのない場合は,相手方の同意を要しないことになります。
    従って,反訴の提起があったときは,反訴状送達前に,同意の要否,進行の見込みについて担当裁判官とよく相談する必要があります。なお,人事訴訟に関する反訴については,相手方の同意は不要とされています(人訴法18条)。
② 控訴審における反訴につき相手方が同意しなかった(異議を述べた) ときは,管轄権を有する第1審裁判所に移送するという判例(東京高判昭46・6・8判時637-42)と,不適法として却下するという判例(大阪高判昭56・9・24判タ455-109) とがあります。
③ 控訴審における反訴提起の手数料については,次のとおりです。
(1) 第1審が本訴請求について判断した場合
民費法別表第1の6の項本文の括弧内により,「2の項(控訴提起手数料)により算出して得た額」 となります。
ただし,本訴(現に控訴審に係属している請求に限ります。) とその目的を同じくする反訴については,本訴の控訴提起手数料額を控除した額が反訴提起手数料となります。
(2) 第1審が本訴請求について判断していない場合
民費法別表第1の6の項本文の括弧内に該当しないので, 「1の項(訴え提起手数料)により算出して得た額」 とするのが相当です。
なお,手数料額の控除については,第1審における反訴の場合と同じです。
(2) 民事訴訟費用等に関する法律(昭和46年4月6日法律第40号)の施行に伴って廃止された民事訴訟用印紙法(明治23年8月16日法律第65号)に関する最高裁昭和41年4月22日判決は,「 控訴審において提出する反訴状には、民事訴訟用印紙法第四条にあたるときのほかは、同法第五条の規定により、第一審において提出する場合に貼用すべき印紙額の一倍半の印紙を貼用すべきである。」と判示していました。

6 控訴審口頭弁論における,原審口頭弁論の結果陳述
(1)ア 控訴審口頭弁論において,原審口頭弁論の結果を陳述するに際し,「第一審判決事実摘示のとおり陳述する」旨弁論したときは,第一審の口頭弁論で主張した事項であって,第一審判決の事実摘示に記載されていない事実は,控訴審口頭弁論では陳述されなかったことになります(最高裁昭和41年11月10日判決)。
イ 「民事判決書の新しい様式について」(東京高地裁民事判決書改善委員会、大阪高地裁民事判決書改善委員会の共同提言)には,「第五 控訴審における対応」として以下の記載があります(判例タイムズ715号(平成2年2月25日付)6頁)ところ,最高裁昭和41年11月10日判決との整合性はよく分かりません。
     この様式による判決について控訴があったときも、原判決の「事案の概要」と「争点に対する判断」の記載を通じてみれば、主文を導き出すのに必要不可欠な事実関係は漏れなく記載されており、その余の事実主張も主要なものは概括的に記載されているであろうから、「原判決記載のとおり」という形で原審の口頭弁論の結果を陳述させ、その範囲で控訴審の審理を進めることが可能であり、通常はそれで支障を生じないであろう。事実主張が概括的にのみ記載されている場合であっても、その主張を構成する要件事実が原審で具体的に主張されているときは、この方式による弁鎗の更新によって、控訴審においても原審どおりの具体的主張がされたものとしてよいであろう。
(2) 当事者の一方が口頭弁論期日に欠席したときは,出頭した方の当事者に双方にかかる第一審口頭弁論の結果を陳述させることができます(最高裁昭和42年5月23日判決。なお,先例として,最高裁昭和29年10月29日判決最高裁昭和33年7月22日判決参照)。

7 民訴法260条2項(仮執行の原状回復及び損害賠償)の申立て
(1) 条文 
ア 民訴法260条2項は,「本案判決を変更する場合には、裁判所は、被告の申立てにより、その判決において、仮執行の宣言に基づき被告が給付したものの返還及び仮執行により又はこれを免れるために被告が受けた損害の賠償を原告に命じなければならない。」と定めています。
イ 現在の民訴法260条2項は,旧民訴法198条2項に相当する条文です。
(2) 「仮執行の宣言に基づき被告が給付したもの」の意義
・ 被告が,仮執行宣言付判決に対して上訴を提起したのちに,同判決によつて履行を命じられた債務につきその弁済としてした給付は,それが全くの任意弁済であると認められる特別の事情のないかぎり,民訴法260条2項の「仮執行の宣言に基づき被告が給付したもの」に当たります(最高裁昭和47年6月15日判決参照)。
(3) 「仮執行により被告が受けた損害」の意義
・ 仮執行により被告が受けた損害とは,仮執行と相当因果関係にある財産上及び精神上のすべての被告の損害をいいます(最高裁昭和52年3月15日判決参照)。
(4) 受付の手続及び手数料
 第一審判決に対する控訴事件の係属中になされた民訴法260条2項の申立てにつき,その手数料は民事訴訟費用等に関する法律別表第一・6項(反訴の提起)に準じて納付することとなっていますし,その受付の手続は控訴事件に準じて行われることになっています(民事訴訟法第198条第2項による申立事件の手数料および立件の可否について(昭和47年1月12日付の最高裁判所民事局長等の通知)(旧民訴法198条2項は現在,民訴法260条2項です。)参照)。
イ 民訴法260条2項の申立てをする場合,申立てをする審級に応じた手数料を納付する必要があります(「三訂版 事例からみる訴額算定の手引」26頁)。
(5) 原状回復等の主張方法
ア 仮執行により又はこれを免れるために被告が受けた損害の賠償については,別訴で請求できる(最高裁昭和29年3月9日判決)ほか,民訴法260条2項の申立てによって請求することもできます。
イ 民訴法260条2項の申立ては上告審ですることもできる(最高裁昭和34年2月20日判決参照)ものの,上告審で民訴法260条2項の申立てをするためには控訴審の段階でしておく必要があります(最高裁昭和55年1月24日判決)。
ウ  仮執行宣言付の第一審判決に対して控訴があったときは,その執行によって弁済を受けた事実を考慮することなく,請求の当否が判断されます(最高裁昭和36年2月9日判決)。
エ 東京地裁令和3年8月30日判決は,「債務の存在を争いつつ行った弁済の受領の催告について,債務の本旨に従った弁済の提供と認められた事例」です。
オ 札幌高裁令和4年3月8日判決(判例時報2563号)は,仮執行の原状回復及び損害賠償についての民事訴訟法260条2項の規定は、訴訟に先立つ仮処分に基づく金員支払には類推適用されないとした事例です。
(6) 民訴法260条2項の申立ての実例
ア 広島高裁松江支部平成25年10月23日判決(判例秘書に掲載)の事件番号は平成23年(ネ)第36号,平成25年(ネ)第52号となっていますから,控訴審で勝訴の見込みが出た後に民訴法260条2項の申立てをしたと思われますところ,判決文によれば,控訴の趣旨等は以下のとおりとなっています。
 1 控訴の趣旨
   主文1項(1),(2)同旨
 2 民訴法260条2項の規定による裁判を求める申立て
   被控訴人は,控訴人に対し,1750万8875円及び内1630万9167円に対する平成25年3月16日から返還済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 最高裁令和3年5月25日判決の事件名は「執行判決請求、民訴法260条2項の申立て事件」となっていて,最高裁令和3年6月29日判決の事件名は「報酬等請求本訴,不当利得返還請求反訴,民訴法260条2項の申立て事件」となっていて,前者については,民訴法260条2項の申立て事件に関する主文が載っています。
     また,両者の最高裁判決につき,(オ)の事件番号と(受)の事件番号はそれぞれ一つずつとなっています。
ウ 控訴審において民訴法260条2項の申立てをする場合,「民訴法260条2項の申立書」という表題の書面に,申立ての趣旨及び申立ての理由を書けばいいと思います。
エ ぎょうせいオンラインショップHP「仮執行の原状回復及び損害賠償を命ずる裁判の申立書」が載っています。


8 その他仮執行宣言関係
(1) 債務者について更生手続開始決定がされた場合の取扱い
・ 最高裁平成25年4月26日決定の裁判要旨は以下のとおりです。
① 仮執行宣言付判決に対する上訴に伴い,金銭を供託する方法により担保を立てさせて強制執行の停止がされた後に,債務者につき更生手続開始の決定がされた場合,その被担保債権である損害賠償請求権は,更生担保権ではなく,更生債権に当たる。
② 仮執行宣言付判決に対する上訴に伴う強制執行の停止に当たって金銭を供託する方法により担保が立てられた場合,被供託者は,債務者につき更生計画認可の決定がされても,会社更生法203条2項にいう「更生会社と共に債務を負担する者に対して有する権利」として,供託金の還付請求権を行使することができる。
(2) 期間の猶予を認めた仮執行宣言
・ 横田基地夜間飛行差止等請求事件に関する東京高裁平成6年3月30日判決(判例秘書に掲載)は以下の判示をしています。
     仮執行のために、例えば郵便局等国民の生活に密接な関係のある国の施設の現金が執行の対象となると、一般国民に迷惑をかけることになるので、このような事態を避けるために国が執行の対象となる現金を準備する期間の猶予を与えるため、仮執行につき執行開始の時期を定めるのが相当である(判決をする裁判所は、仮執行宣言を付するかどうかにつき相当の範囲で裁量の権限を有するのであるから、このような期間の猶予を認めて仮執行宣言を付することももちろん許されると解される。)。


9 不利益変更禁止の原則
(1) 控訴審の口頭弁論は当事者が第一審判決の変更を求める限度においてのみ行われますし(民事訴訟法296条1項),第一審判決の取消し及び変更は不服申立ての限度においてのみ行うことができることをいいます(民事訴訟法304条)。
     そのため,相手方の控訴も附帯控訴もない場合,控訴人の不利に原判決が変更されることはないところ,このことを不利益変更禁止の原則といいます。
(2) 訴訟上の和解が成立したことによって訴訟が終了したことを宣言する終局判決である第1審判決に対し,被告のみが控訴し原告が控訴も附帯控訴もしなかった場合において,控訴審が,当該和解が無効であり,かつ,請求の一部に理由があるが第1審に差し戻すことなく自判をしようとするときには,控訴の全部を棄却するほかありません(最高裁平成27年11月30日判決)。

10 控訴権の濫用,及び代理人弁護士に対する懲戒事例
(1) 民事訴訟法303条は以下のとおりです。
① 控訴裁判所は、前条第一項の規定により控訴を棄却する場合において、控訴人が訴訟の完結を遅延させることのみを目的として控訴を提起したものと認めるときは、控訴人に対し、控訴の提起の手数料として納付すべき金額の十倍以下の金銭の納付を命ずることができる。
② 前項の規定による裁判は、判決の主文に掲げなければならない。
③ 第一項の規定による裁判は、本案判決を変更する判決の言渡しにより、その効力を失う。
④ 上告裁判所は、上告を棄却する場合においても、第一項の規定による裁判を変更することができる。
⑤ 第百八十九条の規定は、第一項の規定による裁判について準用する。
(2) 過払金返還請求事件において,控訴人が被控訴人において請求していない民法704条所定の利息請求をあたかも請求しているものとしてこれに反論をしているのにすぎず,しかも,これを唯一の控訴理由としていた事案につき,控訴権の濫用があったとして,大阪地裁平成23年1月14日判決(判例秘書に掲載。裁判長は34期の田中俊次)は,民法303条1項に基づき3万円を国庫に納付することを命じました。
(3) 令和2年11月2日発効の第二東京弁護士会の戒告では,以下の行為が弁護士職務基本規程5条等に違反するということで懲戒処分の対象となりました。
     被懲戒者は、Aの弁護士が2016年11月21日にウェブサイト運営者Bの代理人として、Cに対して提起したウェブサイトの利用代金を請求する訴訟の第一審判決において、Bによる請求が詐欺的取引に基づくものであることが示されていたのだから、Bの請求が違法行為ではないことを確認する義務を負い、その請求が詐欺的取引ではないかとの懸念を払拭するような調査結果を得ていなかったのに、Bの代理人として、上記訴訟の控訴審を追行し、また、控訴棄却判決に対して上告してBの違法行為を助長した。


11 控訴審に関する体験談等
(1) WebLOG弁護士中村真「和解に思うこと」には以下の記載があります。
それぞれの性格にもよりますが、
ひどい人だと、
「判決書きたくねえんだ俺は」という態度を
余り隠そうとしない裁判官もいたりして、
そういう場合は、
「原告100万請求で被告は全額否認やから50万な」的な
ダイナミックな和解案が出てくることも少なくありません。

(2) 訴訟の心得80頁には以下の記載があります。
ア 筆者は弁護士になり立ての頃,ある控訴審の事件を受けて,いくつかの主張をする準備書面を書いた。A,さもなくば予備的にB,といった感じである。そうしたら高裁の裁判官が,「Aの部分は陳述,Bの部分は陳述しません。」とおっしゃった。なり立ての筆者は,主位的な主張を陳述させて予備的な主張を陳述させないということは,主位的な主張で勝たせてくれるということかな,と思案して,そのままそれに従った。判決を見たら,敗訴しており,しかもその中で,「Aの主張は認められない。控訴人はBという予備的主張をしないから,控訴棄却」とのたもうた。筆者は心の底からびっくりした。「裁判官が一方的に陳述させないと言い放ったのではないか!」と。
イ  土地所有権確認請求訴訟の第一審で請求を認容された甲が,控訴審において,右土地の時効取得の主張を予備的に追加し,その後これを撤回した場合に,右主張が維持されていれば請求が認容されることも十分に考えられ,誤解ないし不注意に基づいて右の撤回をしたとみられるなどといった事情があるときは,右の撤回について甲の真意を釈明することなく請求を棄却することは,釈明権不行使の違法を免れません(最高裁平成7年10月24日判決)。


12 控訴審の判決書の点検事項
・ 初めて控訴審の事務を担当するあなたへ-控訴審書記官はどのように事件に関わるべきか-(平成19年4月の大阪高裁Qmac民事小委員会の文書)11頁及び12頁には,「第5 判決書の点検」として以下の記載があります。
ここまで述べてきたところは,詰まるところ,当事者の訴えに対する応答である「判決」の充実を目指しているものであることは言うまでもない。だから,幾ら充実した審理を行っても判決で大きな誤りを犯せば,国民の信頼は得られない。書記官の判決点検は,適正で迅速な裁判を求める国民の要請にこたえるために大切な事務である。
◯ 最も大切なのは,①弁論終結時の構成と判決の署名が一致しているかどうか②主文とよって書きが一致しているかどうかの確認だろう。さらに③請求に関する判断がすべてなされているか④不利益変更はないか。この4つはまず最初に点検しよう。続いて⑤事件番号,事件名,言渡し日,弁論終結日の確認⑥当事者,請求,主文等の記録に基づく形式的事項の確認,⑦段落,項立ての確認,⑧表現や呼称(控訴人と被控訴人が逆になっていないか。控訴人ら,控訴人○○など複数の場合の呼称など)の確認をする。
◯ 形式的事項の確認は,誤ると非常に大きな過誤となる(弁論終結時の裁判官の構成や請求と主文の確認など)事項も含まれていることから,特に慎重に行う。また,誤字,脱字のレベルであっても,内容に影響しないなら問題ないとする意見もあろうが,判決を受け取った当事者から見ると,判決の信用性が低下することにもなりかねないので,できる限りなくしていこう。
◯ また形式面にとどまらず,内容面まで点検を行うように心がけよう。
(1) 判決の論理の点検
① 論理の一貫性を備えているか。
判決の理由は,判決の結論の至る過程(論理)を説明し,説得するものであるから,論理の一貫性を備えている必要がある。
② わかりやすく,説得力を備えているかどうか。
③ 判決の記載内容は↑必要かつ十分か。
(2) 条文の確認
言うまでもないことではあるが,適用した条文は直接当たって確認する。条文を確認することによって,その法規の他の要件を落としていないか,判決の表現が条文に合致しているかなども明らかになる。
(3) 引用されている判例の確認
引用されている判例が正確かどうかを確認する。
◯ 点検漏れを防止するには,判決点検表(別紙⑨)が役に立つだろう。

初めて控訴審の事務を担当するあなたへ-控訴審書記官はどのように事件に関わるべきか-(平成19年4月の大阪高裁Qmac民事小委員会の文書)に含まれる文書です。

13 その他民事事件関係のメモ書き
・ 請求について判断しなかった判決(訴え却下,訴訟終了宣言等)に対する控訴提起の手数料は通常の控訴提起手数料額の2分の1の額となります(民事訴訟費用等に関する法律3条,別表第一の4項)(東弁リブラ2015年5月号の「東京高裁書記官に訊く─ 民事部・刑事部 編 ─」参照)
・ 控訴審において訴の一部取下が適法になされ,かつ,控訴を棄却する場合には,当該取下部分につき主文で原判決の一部取消を言い渡さなくても違法ではありませんし,訴訟費用負担及び仮執行宣言の担保判定は裁判所の自由裁量になります(最高裁昭和37年6月8日判決)。
・ 本案判決に対して控訴がされた後に,不服申立ての対象とされなかった部分につき訴えの利益が損なわれた場合には,控訴審は,同部分につき職権で第1審判決を取り消して訴えを却下すべきです(最高裁平成15年11月11日判決)。
・ 原審の口頭弁論の終結に至るまでに離婚請求に附帯して財産分与の申立てがされた場合において,上訴審が,原審の判断のうち財産分与の申立てに係る部分について違法があることを理由に原判決を破棄し,又は取り消して当該事件を原審に差し戻すとの判断に至ったときには,離婚請求を認容した原審の判断に違法がない場合であっても,財産分与の申立てに係る部分のみならず,離婚請求に係る部分をも破棄し,又は取り消して,共に原審に差し戻すこととなります(最高裁平成16年6月3日判決)。
・ 東京のビジネス弁護士赤塚洋信公式サイト「控訴の手続き(民事訴訟)」には「例えば平成29年度の司法統計によれば、控訴審たる高裁で口頭弁論が行われた事件数1万2538件のうち、1回結審で終わった事件は9830件(約78%)にのぼります。」と書いてあります。
・ いったん終結した弁論を再開すると否とは当該裁判所の専権事項に属し,当事者は権利として裁判所に対して弁論の再開を請求することができません(最高裁昭和56年9月24日判決。なお,先例として,最高裁昭和23年4月17日判決,最高裁昭和23年11月25日判決,最高裁昭和38年8月30日判決,最高裁昭和45年5月21日判決)。


第3 刑事事件関係
1 量刑不当を理由とする控訴趣意書の記載
・ 大阪弁護士会作成の「令和2年度司法事務協議会 協議結果要旨」4頁には,大阪高裁が提出した,「2 量刑不当を理由とする控訴趣意書の記載について」という協議事項に関して以下の記載があります。
     量刑不当を理由とする控訴趣意書を作成する際には,その主張の前提となる量刑事情とこれに対する評価をできるだけ具体的に記載されたい。特に,原判決が(量刑の理由で)指摘している量刑事情やその評価を取り上げる場合には,原判決の量刑事情に係る事実認定やその評価内容にどのような問題があるのかについて意識して主張を展開されたい。
(提出理由)
     近時,量刑不当を理由とする控訴趣意書には,原審弁護人が,弁論の中で主張していた量刑事情をそのまま羅列的に記載したものや,原判決が,量刑理由中で明示的に被告人に有利に考慮している事情を繰り返すに止まるようなものが散見される。控訴審という訴訟構造を踏まえて,これに見合った主張内容となるよう改善を求めたい。


2 刑訴法382条の事実誤認
(1) 最高裁平成24年2月13日判決の裁判要旨は以下のとおりです。
① 刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいう。
② 控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示す必要がある。
③ 覚せい剤を密輸入した事件について覚せい剤を輸入する認識がなかった旨の弁解が排斥できないなどとして,被告人を無罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決は,その弁解が客観的事実関係に一応沿うもので第1審判決のような評価も可能であることなどに照らすと,第1審判決が論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものとはいえず(判文参照),刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,同法411条1号により破棄を免れない。
(2)ア 最高裁平成30年12月14日判決は,検察官上告に基づき,詐欺の被害者が送付した荷物を依頼を受けて名宛人になりすまして自宅で受け取るなどした者に詐欺罪の故意及び共謀があるとされた事例です。
イ 最高裁令和3年1月29日判決は,検察官上告に基づき,自動車を運転する予定の者に対し,ひそかに睡眠導入剤を摂取させ運転を仕向けて交通事故を引き起こさせ,事故の相手方に傷害を負わせたという殺人未遂被告事件について,事故の相手方に対する殺意を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例です。
ウ 最高裁令和4年5月20日判決は,検察官上告に基づき,外国公務員等に対して金銭を供与したという不正競争防止法違反の罪について,共謀の成立を認めた第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例です。


3 刑事控訴審が原判決を破棄する場合,実務上は原則として自判していること
(1) 刑事控訴審としての高裁が原判決を破棄する場合,事件を原裁判所に差し戻し,又は原裁判所と同等の他の裁判所に移送することが原則であって,手元の記録から直ちに判決をすることができる場合に限り,例外的に自判することになっています(刑事訴訟法400条)。
     しかし,平成18年に終局した事件について言えば,高裁が被告人側の上告に基づいて原判決を破棄した2195件のうち,2163件が自判であり,32件が差戻し又は移送であり,このうち「事実の誤認」を理由とするものについていえば,377件のうち,367件が自判であり,10件が差戻し又は移送です(裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第2回)(平成19年7月13日公表)311頁参照)。
(2) 令和3年7月30日に裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第9回)が公表されましたところ,前述した第2回報告書と同趣旨のデータは確認できません。

4 控訴審の未決算入基準
・ 情状弁護ハンドブック96頁には以下の記載があります。
   現在の実務では,控訴審において原判決が維持された場合には,控訴申立から控訴審判決前日までの日数から60日を引いて計算されるのが一般的です。
    もっとも,未決勾留日数は裁判所の裁量により算入されますのですので,原判決後の情状を考慮しつつも原判決を破棄するまでの事情はないが.相応の情状として認められる場合に未決勾留日数を若干多めに算入して調整することもあります(前掲.原田「量刑判断の実際」236頁)。
    原判決が破棄された場合には,一審判決から控訴審判決前日までの全日数が未決勾留日数として算入されます。したがって,控訴審判決において原判決が破棄されると,実質的に破棄判決からさらに刑が軽減されるという非常に大きな効果をもたらします。

5 裁判員制度の趣旨と控訴審の役割
・ 最高裁平成27年2月3日判決の裁判官千葉勝美の補足意見は,「裁判員制度の趣旨と控訴審の役割」について以下の説示を行っています。
    本件は,第1審の裁判員裁判で死刑が宣告されたが,控訴審でそれが破棄され無期懲役とされた事件であり,これについては,裁判員裁判は刑事裁判に国民の良識を反映させるという趣旨で導入されたはずであるのに,それが控訴審の職業裁判官の判断のみによって変更されるのであれば裁判員裁判導入の意味がないのではないかとの批判もあり得るところである。
    裁判員制度は,刑事裁判に国民が参加し,その良識を反映させることにより,裁判に対する国民の理解と信頼を深めることを目的とした制度である(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律(以下「裁判員法」という。)第1条参照)。そして,死刑事件を裁判員制度の対象とすることに関しては,反対する意見も存するところであるが,死刑という究極の刑罰に対する国民の意見・感覚は多様であり,その適用が問題となる重大事件について国民の参加を得て判断することにより,国民の理解を深め,刑事司法の民主的基盤をより強固なものとすることができるのであって,国民の司法参加の意味・価値が発揮される場面でもある。
    ところで,裁判員法の制定に当たり,上訴制度については,事実認定についても量刑についても,従来の制度に全く変更は加えられておらず,裁判員が加わった裁判であっても職業裁判官のみで構成される控訴審の審査を受け,破棄されることがあるというのが,我が国が採用した刑事裁判における国民参加の形態である。すなわち,立法者は,裁判員が参加した裁判であっても,それを常に正当で誤りがないものとすることはせず,事実誤認や量刑不当があれば,職業裁判官のみで構成される上訴審においてこれを破棄することを認めるという制度を選択したのである。その点については,米国の陪審制度の多くは事実認定についての上訴を認めないという形での国民参加の形態を持っているが,これとは異なるものである。
    もっとも,国民参加の趣旨に鑑みると,控訴審は,第1審の認定,判断の当否を審査する事後審としての役割をより徹底させ,破棄事由の審査基準は,事実誤認であれば論理則,経験則違反といったものに限定されるというべきであり,量刑不当については,国民の良識を反映させた裁判員裁判が職業裁判官の専門家としての感覚とは異なるとの理由から安易に変更されてはならないというべきである。
    そうすると,裁判員制度は,このような形で,国民の視点や感覚と法曹の専門性とが交流をすることによって,相互の理解を深め,それぞれが刺激し合って,それぞれの長所が生かされるような刑事裁判を目指すものであり(最高裁平成22年(あ)第1196号同23年11月16日大法廷判決・刑集65巻8号1285頁参照),私は,このような国民の司法参加を積み重ねることによって,長期的な視点から見て国民の良識を反映した実りある刑事裁判が実現されていくと信じるものである。

6 その他刑事事件関係のメモ書き

(1) 裁判所が自首減軽する必要がないと思ったときは,たとえ自首の事実があっても,特にこれを判決に示す必要はありません(最高裁昭和23年2月18日判決)。
(2) 「刑事施設にいる被告人が上訴の提起期間内に上訴の申立書を刑事施設の長又はその代理者に差し出したときは、上訴の提起期間内に上訴をしたものとみなす。」と定める刑事訴訟法366条1項は,在監者が控訴趣意書を差し出す場合には準用されません(最高裁昭和29年9月11日決定)。
(3) 第一審裁判所から控訴審裁判所への記録の送付が4年1月を費やしたとしても,本件記録が他事件の記録の一部になつており,被告人側から審理促進を求める積極的な申し出もなく,被告人の防禦権の行使に特に障害を生じたものとも認められない等の事情のある本件においては,いまだ憲法37条1項に定める迅速な裁判の保障条項に反する異常な事態に立ち至ったものとはいえません(最高裁昭和50年8月6日判決)。
(4)  死刑判決の言渡しを受けた被告人が,その判決に不服があるのに,死刑判決の衝撃及び公判審理の重圧に伴う精神的苦痛によって精神障害を生じ,その影響下において,苦痛から逃れることを目的として控訴を取り下げたなどといった事実関係の下においては,被告人の控訴取下げは,自己の権利を守る能力を著しく制限されていたものであって,無効です(最高裁平成7年6月28日決定)。
(5) 被告人の記名のみがあり署名押印がいずれもない控訴申立書による控訴申
立ては,同申立書を封入した郵便の封筒に被告人の署名があったとしても,無効です(最高裁令和元年12月10日決定)。
(6) 第1審判決について,被告人の犯人性を認定した点に事実誤認はないと判断した上で,量刑不当を理由としてこれを破棄し,事件を第1審裁判所に差し戻した控訴審判決は,第1審判決を破棄すべき理由となった量刑不当の点のみならず,刑の量定の前提として被告人の犯人性を認定した同判決に事実誤認はないとした点においても,その事件について下級審の裁判所を拘束します(最高裁令和5年10月11日決定)。
(7) 以下の資料を掲載しています。
・ 平成24年度検察庁職員による職務上の過誤調べ→検察月報675号(平成25年6月)からの抜粋
・ 検察官のための過誤防止上の留意点その1ないしその9→平成24年10月から平成25年10月までの検察月報からの抜粋


第4 関連記事その他
 東弁リブラ2015年 5月号「東京高裁書記官に訊く-民事部・刑事部編-」が載っています。
2 近弁連HPに「民事控訴審の審理に関する意見書」(平成30年8月3日付)が載っています。
3(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 破棄等判決・決定等写しの原審送付について定めた平成27年6月22日付の大阪高裁長官書簡
・ 上訴審の判決及び決定の管内への情報提供について(平成27年6月22日付の大阪高裁民事部主任書記官申合せ)
・ 裁判官別事件担任表について定めた平成8年8月12日付の大阪高裁長官書簡
・ 大阪高裁民事部の主任決議集(令和3年3月15日改訂)
・ 訴訟救助事件及び迅速処理のための国庫立替における書記官事務処理要領(平成30年3月16日付の大阪高裁民事部の文書)
・ 高等裁判所における上告提起事件及び上告受理申立て事件の処理について
→ 上告審から見た書記官事務の留意事項(令和3年分)に含まれている資料です。
・ 補助参加事件の対策について(平成30年3月16日付の大阪高裁民事部主任書記官申合せ)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 高裁の部総括判事の位置付け
・ 上告審に関するメモ書き
・ 最高裁の破棄判決等一覧表(平成25年4月以降の分),及び最高裁民事破棄判決等の実情
・ 最高裁判所に係属した許可抗告事件一覧表(平成25年分以降),及び許可抗告事件の実情
・ 新様式判決


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