メインコンテンツへスキップ
       

地方裁判所において尋問調書の作成が省略される場合(AIリライト)

第1 この記事でいう「尋問調書の作成省略」

地方裁判所の民事訴訟では,証人尋問,当事者尋問又は鑑定人尋問を実施した後に訴訟上の和解等によって訴訟が裁判によらずに完結した場合,裁判長の許可を得て,証人等の陳述部分及び検証の結果の記載又は記録を省略することがある。この取扱いが,実務上「尋問調書の作成省略」又は「調書省略」と呼ばれることがある。

もっとも,民事訴訟法160条は,裁判所書記官が口頭弁論について期日ごとに電子調書を作成することを定めている。民事訴訟規則67条2項が省略の対象とするのは電子調書全体ではなく,証人,当事者本人及び鑑定人の陳述並びに検証の結果の部分であるため,尋問期日の電子調書自体が存在しなくなるわけではない。

第2 令和8年5月21日前後の適用関係

1 新旧制度を分ける基準

裁判所の民事訴訟手続デジタル化の説明によれば,令和8年5月21日以後に提起された訴えにはオンライン手続及び電子化された訴訟記録が適用され,同日前に提起された訴えは原則として従前どおり書面により審理される。したがって,新旧制度を分ける基準は尋問日ではなく,原則として訴えの提起日である。

2 現行制度と旧制度の対応

令和8年5月21日以後に提起された訴えでは,民事訴訟法160条の電子調書が作成され,民事訴訟規則67条2項は証人等の陳述及び検証結果の「記録」の省略を定める。同日前に提起された訴えでは,従前の紙の口頭弁論調書が作成され,改正前の同項に基づいて同じ部分の「記載」を省略することがある。

項目令和8年5月21日以後に提起された訴え同日前に提起された訴え
基本となる調書電子調書紙の調書
規則67条2項による省略陳述等の記録を省略陳述等の記載を省略
規則68条1項による代替録音・録画の電磁的記録をファイルに記録録音テープ又はビデオテープ等に記録
当事者の申出後に作る文字情報規則67条1項3号の事項を記録した電磁的記録証人等の陳述を記載した書面

第3 裁判によらないで訴訟が完結した場合の省略

1 省略の要件

民事訴訟規則67条2項による省略には,①訴訟が裁判によらないで完結したこと,及び②裁判長の許可があることが必要である。訴訟上の和解,訴えの取下げ,請求の放棄又は認諾によって訴訟が完結した場合がこれに当たり,尋問後に和解が成立した事件では陳述部分の記録が省略されることがある。

公開資料から省略される頻度を示す統計は確認できないため,一般に又は常に省略されるとはいえない。実務書では,当事者に供述記録を必要とする事情がないことを確認した上で許可する取扱いが紹介されている。

この制度の前身に関する第96回国会衆議院法務委員会昭和57年8月6日会議録では,和解成立時に裁判所側から当事者又は代理人へ調書省略の可否を確認し,代理人が本人に確認する必要がある場合などに1週間以内の申出を用いることが想定されていた。これは現在の運用を直接拘束する資料ではないが,1週間の申出が当事者に供述記録の必要性を確認する機会として設けられた経緯を示している。

2 省略される事項と残る事項

省略できるのは,証人,当事者本人及び鑑定人の陳述並びに検証の結果である。これに対し,期日,裁判所,裁判官,裁判所書記官,出頭者等の形式的事項のほか,証人等の宣誓の有無及び宣誓をさせなかった理由まで省略できるわけではない。

したがって,調書省略がされた事件でも,尋問を実施した期日の存在や証人等の出頭に関する記録と,証人等が何を述べたかという陳述内容の記録とは区別して考える必要がある。

3 完結を知った日から1週間以内の申出

当事者が訴訟の完結を知った日から1週間以内に陳述等を記録すべき旨を申し出たときは,民事訴訟規則67条2項ただし書により省略できない。起算点は形式的な完結日ではなく,当事者が訴訟の完結を知った日である。

和解等によって当該訴訟が終了しても,関連訴訟,求償,行政手続その他の場面で供述内容を確認する必要が残ることがある。その可能性があるときは,1週間の期間を徒過する前に,どの供述を何のために利用する可能性があるかを検討する必要がある。

第4 録音・録画を電子調書の記録に代える場合

1 規則67条2項の省略との違い

民事訴訟規則67条2項は,裁判によらない完結後に陳述等の記録を作らない制度である。これに対し,同規則68条1項は,証人等の陳述を録音又は録画した電磁的記録をファイルに記録し,これを電子調書の陳述部分の記録に代える制度である。

後者では,録音・録画記録自体が正式な代替記録となるため,「尋問調書が存在しない」と表現するのは正確でない。文字による陳述記録が作られていなくても,録音・録画の電磁的記録が訴訟記録として残る。

2 当事者の意見と同意の要否

録音・録画による代替には裁判長の許可が必要であり,当事者は許可の際に意見を述べることができる。もっとも,規則68条1項は当事者の同意を許可要件としていないため,当事者に拒否権がある制度ではない。

3 当事者の申出により作る追加の記録

現行の規則68条2項は,訴訟が完結するまでに当事者の申出があったとき,規則67条1項3号により電子調書に記録すべき証人等の陳述を記録した電磁的記録を作成し,ファイルに記録することを定める。訴訟が上訴審に係属中であり,上訴裁判所が必要と認めた場合も同様である。

改正前の規則68条2項は「証人等の陳述を記載した書面」の作成を定めており,実務上「陳述記載書面」と呼ばれていた。この書面は録音媒体そのものを置き換える正式な調書ではなく,録音内容を文字で把握するための説明的・補充的な資料と解されていた。現行規則に基づく追加の電磁的記録も,規則68条1項の録音・録画による代替記録と区別する必要がある。

なお,規則68条2項の追加記録の作成者について,条文は尋問に立ち会った特定の裁判所書記官に限定していない。一般には立会書記官が作成すると説明されることがあるものの,異動後は必ず現担当書記官が作成するという一律の運用は,公開された現行資料から確認できない。

第5 録音反訳方式との違い

1 規則76条に基づく録音反訳

民事訴訟規則76条は,裁判所が必要と認めるときに口頭弁論の陳述を録音し,裁判所が相当と認めるときは,その録音を反訳した電子調書を作成する制度を定める。この場合の録音は文字による調書を作るための基礎資料であり,録音・録画自体が電子調書の陳述部分に代わる規則68条1項の記録とは役割が異なる。

最高裁事務総局の録音反訳方式に関する通達によれば,立会書記官が2台の録音機器で同時に録音し,立会メモを作成する。反訳受託者が作成した反訳書を立会書記官が音声記録及び立会メモと照合して校正し,その反訳書を利用して電子調書を作成する。

2 補助録音の保存と消去

録音反訳方式の音声記録は,電子調書の正確性に対する異議申立期間が経過した後に消去される取扱いである。同期間内に訴訟関係人から聴取の要望があったときは,裁判長又は裁判官の了解を得た上で,裁判所職員の立会いの下で聴取させることができる。

証人尋問等の記録媒体への保存等に関する最高裁事務総局通達も,調書の一部又は正式な代替記録となる電磁的記録と,調書作成の補助として作成され用済み後に消去される記録とを区別している。尋問が録音されているという事情だけから,その音声が正式な訴訟記録として保存され,当事者が自由に複写できるとは限らない。

第6 簡易裁判所の省略制度との違い

民事訴訟規則170条は,簡易裁判所について特則を置いている。地方裁判所の規則67条2項による省略は訴訟が裁判によらないで完結した場合に限られるが,簡易裁判所では終了原因を問わず,裁判官の許可を得て証人等の陳述又は検証結果の記録を省略でき,当事者は許可の際に意見を述べることができる。

簡易裁判所で記録を省略する場合,裁判官の命令又は当事者の申出があれば,裁判所書記官は当事者の裁判上の利用に供するために陳述等を録音又は録画した電磁的記録を作成しなければならない。当事者が複写を申し出たときは,その複写を許さなければならない点も地方裁判所の規則67条2項とは異なる。簡易裁判所の取扱いの詳細は,簡易裁判所においては尋問調書の作成が原則として省略されることで整理している。

第7 旧様式,国会答弁及び旧法下の裁判例

1 旧様式の「調書省略」欄

最高裁事務総局の旧通達「民事事件の口頭弁論調書等の様式及び記載方法について」は,第4号様式の証人等目録に「調書省略」と「調書記載に代わる録音テープ等」の別々の欄を設けていた。規則67条2項による省略又は規則68条1項による録音媒体への代替の場合,別紙の第5号様式である証人等調書を作成する必要はないとされていた。

この様式は,実務上「尋問調書を作成しない」と表現される外観を示す一方,紙の調書を前提とする旧法適用事件の資料である。新法適用事件の電子調書について同じ欄を持つ一般公開様式は,裁判所ウェブサイトでは確認できない。

2 録音反訳方式と速記に関する国会答弁

第190回国会衆議院法務委員会平成28年3月16日会議録では,録音反訳方式と速記はいずれも逐語録の需要に対応すること,反訳業者の反訳書は裁判所書記官が確認及び校正して調書として完成させること,最短48時間で反訳書を作る運用例があること,利用者の要望だけで速記調書を作成することにはならないことが答弁されている。

この答弁は逐語調書を作成する二つの方法を比較したものであり,規則67条2項の省略要件又は規則68条1項の録音・録画による代替の要件を説明したものではない。

3 最高裁昭和26年2月22日判決の射程

最高裁昭和26年2月22日第一小法廷判決(昭和24年(オ)第224号,民集5巻3号102頁)は,口頭弁論における証人尋問調書を弁論終了と同時に適式に完成することは不可能であるとの上告論旨を独自の見解として排斥した。さらに,別件記録が法廷に顕出され,その証人尋問調書が書証として援用され,相手方が成立を認めて異議を述べた形跡がないことから,提出時に調書が未作成であったとの主張を退けた。

同判決は,調書完成時期をめぐる旧民事訴訟法下の個別事案であり,現行の民事訴訟規則67条2項による省略の要件を判示したものではない。

第8 関連記事

民事事件記録一般の閲覧・謄写手続

録音反訳方式による逐語調書

簡易裁判所においては尋問調書の作成が原則として省略されること

裁判文書の文書管理に関する規程及び通達

出典・参考資料

1 法令・規則

民事訴訟法(平成8年法律第109号)160条(e-Gov法令検索)

民事訴訟規則67条,68条,76条及び170条(裁判所ウェブサイト,PDF27頁~28頁・44頁)

改正前の民事訴訟規則67条,68条及び170条(裁判所ウェブサイト,PDF17頁~18頁・32頁)

2 裁判例

最高裁判所第一小法廷昭和26年2月22日判決(昭和24年(オ)第224号,民集5巻3号102頁,裁判所ウェブサイト)

3 裁判所資料・国会会議録

裁判所「改正民訴法等で変わる民事訴訟手続の概要」(裁判所ウェブサイト)

②最高裁判所事務総局「民事事件の口頭弁論調書等の様式及び記載方法について」(昭和54年7月20日総三第65号,PDF4頁~5頁・12頁)

③最高裁判所事務総局「録音反訳方式に関する事務の運用について」(平成10年3月20日総三第57号,令和8年2月27日改正,PDF2頁)

④最高裁判所事務総局「訴訟等関係人の尋問,供述等の記録媒体への保存等に関する事務の取扱いについて」(令和7年3月3日総三第114号,令和8年2月27日改正,PDF2頁~3頁)

第96回国会衆議院法務委員会会議録第27号(昭和57年8月6日,国立国会図書館国会会議録検索システム)

第190回国会衆議院法務委員会会議録第4号(平成28年3月16日,衆議院)

4 文献

①秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅲ[第2版]』(日本評論社,2018年)438頁~440頁

②梶村太市監修・矢野亜紀子・鈴木哲広編著『民事訴訟―最新裁判書式体系2』(青林書院,2023年)395頁

③瀬木比呂志『民事訴訟法[第3版]』(日本評論社,2025年)277頁

④福田剛久『IT・AI時代の民事訴訟』(日本評論社,2025年)148頁