簡易裁判所においては尋問調書の作成が原則として省略されること


目次
1 尋問調書の作成が省略されていること
2 録音テープの取扱い及び反訳
3 録音テープ等の複製の申出書の記載例
4 最高裁判所の事務連絡
5 尋問調書の作成が省略されるようになった背景
6 関連記事その他

1 尋問調書の作成が省略されていること
(1)ア 簡易裁判所における尋問は通常,証人等の陳述の記載,つまり,尋問調書の作成が省略され(民事訴訟規則170条1項参照),当事者の裁判上の利用に供するため,録音テープ等で記録されるだけです(民事訴訟規則170条2項前段)。
    つまり,簡易裁判所における尋問の内容は紙ベースでは裁判所に残りません。
イ この場合,第4号書式(証人等目録)の「調書の作成に関する許可等」欄では,「調書省略」にレ点が付きます。
(2) 地方裁判所における尋問を実施した後に訴訟上の和解が成立した場合,民事訴訟規則67条2項本文に基づき,尋問調書の作成が省略されることが多いですものの,民事訴訟規則170条1項とは別の話です。
(3) 民事訴訟規則170条(証人等の陳述の調書記載の省略等)の条文は以下のとおりです。
① 簡易裁判所における口頭弁論の調書については、裁判官の許可を得て、証人等の陳述又は検証の結果の記載を省略することができる。この場合において、当事者は、裁判官が許可をする際に、意見を述べることができる。
② 前項の規定により調書の記載を省略する場合において、裁判官の命令又は当事者の申出があるときは、裁判所書記官は、当事者の裁判上の利用に供するため、録音テープ等に証人等の陳述又は検証の結果を記録しなければならない。この場合において、当事者の申出があるときは、裁判所書記官は、当該録音テープ等の複製を許さなければならない。
イ 「証人等」は,「証人、当事者本人又は鑑定人」のことです(民事訴訟規則68条1項)。

2 録音テープの取扱い及び反訳
(1) 録音テープの取扱い
ア 民事訴訟規則170条2項前段に基づき簡易裁判所における尋問を記録した録音テープ等は訴訟記録ではありません(東京高裁平成24年7月25日判決)。
    そのため,控訴審である地方裁判所は録音テープ等を聴取する必要がありませんし,そもそも録音テープ等は控訴審である地方裁判所に送付しません。
    その結果,簡易裁判所における尋問内容を控訴審の証拠としたい場合,録音テープ等の複製(民事訴訟規則170条2項後段)をした上で,その反訳文を控訴審に提出する必要があります。
 録音テープ等又はその反訳文を控訴審に提出しない場合,簡易裁判所における尋問の内容は一切,控訴審の証拠にはならないこととなります。
(2) 録音テープの反訳
ア 簡易裁判所の録音テープ等について司法協会に録音反訳(テープ起こし)を依頼した場合,60分当たり1万6800円(1分当たり280円)が必要となります。
    また,納期の目安として,90分の録音データの場合,中9日で,Eメールで納品されるとのことです(司法協会HPの「録音反訳(テープ起こし)」参照)。
イ オプションとしての認証正本については,録音反訳文の証拠方法を原本とするために1部を作成してもらえばいいと思います。
(3) 録音テープの反訳費用は自己負担となること
ア 交通事故に基づく損害賠償請求訴訟において,簡易裁判所で実施された尋問の録音反訳に要した費用は,交通事故と相当因果関係のある損害とはいえないとされています(控訴審たる富山地裁平成29年6月21日判決及び上告審たる名古屋高裁平成30年2月27日判決(いずれも判例秘書に掲載)参照)。
イ 名古屋高裁令和2年5月27日決定(公刊物未登載)は以下のとおり判示しており,反訳費用は訴訟費用に含まれないとしています。
    民事訴訟費用等に関する法律は,一般的に権利の伸張又は防御に必要であると考えられる費用を類型化して列挙するとともに,その額もできる限り権利の伸張又は防御に必要な限度のものを法定したものであり(費用法定主義),当該紛争の解決過程を通じて支出された一切の費用について当事者等に負担させることにすると,その範囲は極めて漠然とするばかりでなく,金額が過大になり,訴訟に伴う費用負担の危険性が著しく,司法制度の利用を阻害する結果ともなる恐れがあるため,その負担すべき範囲が明確に定められているものと解される。
    かかる同法の趣旨に鑑みれば,同法に費用の種目として掲げられていないものは考慮する必要はなく,掲げられたものに該当する当事者等の出費のみが償還の対象となるものと解され,反訳費用については,同法に費用の種目として掲げられていない以上,訴訟費用となる余地はないことになる。
ウ 最高裁令和2年4月7日判決は以下のとおり判示していますから,名古屋高裁令和2年5月27日決定を支持することは確実と思います。
    費用法2条が法令の規定により民事執行手続を含む民事訴訟等の手続の当事者等が負担すべき当該手続の費用の費目及び額を法定しているのは,当該手続に一般的に必要と考えられるものを定型的,画一的に定めることにより,当該手続の当事者等に予測できない負担が生ずること等を防ぐとともに,当該費用の額を容易に確定することを可能とし,民事執行法等が費用額確定処分等により当該費用を簡易迅速に取り立て得るものとしていることとあいまって,適正な司法制度の維持と公平かつ円滑なその利用という公益目的を達成する趣旨に出たものと解される。
エ したがって,録音テープの反訳費用は自己負担となります。


3 録音テープ等の複製の申出書の記載例
・ 録音テープ等の複製の申出書の記載例は以下のとおりです。

令和5年(ハ)第◯◯◯◯号 損害賠償等請求事件
原  告  ◯◯◯◯
被  告  ××××

大阪簡易裁判所民事◯◯係 御中

録音テープ等の複製の申出書

令和5年◯月◯◯日

原告訴訟代理人弁護士   山 中 理 司

電話:06-6364-8525

    頭書事件について,令和5年2月◯◯日に実施された口頭弁論期日において,原告本人及び被告本人の陳述の結果が録音テープ等に記録されましたが,それの別添CD-Rに対する複製を申し出ます。

受 領 書

令和5年  月  日

大阪簡易裁判所民事◯◯係 御中

原告訴訟代理人弁護士  山 中 理 司

    上記複製したCD-Rを受領しました。


4 最高裁判所の事務連絡等

(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 「民事訴訟規則第68条第1項及び第170条第2項の録音テープ等への記録の手続等について」(平成9年12月8日付の最高裁判所民事局第一課長,総務局第三課長事務連絡)
・ 民事事件の口頭弁論調書等の様式及び記載方法について(平成16年1月23日付の最高裁判所総務局長,民事局長及び家庭局長通達)
・ 事件記録等の閲覧等に関する事務の取扱いについて(平成9年8月20日付けの最高裁判所総務局長通達)
(2) 民事訴訟規則(調書の記載に代わる録音テープ等への記録)68条1項の録音テープ等は事件記録の一部となっているのに対し,民事訴訟規則170条(証人等の陳述の調書記載の省略等)2項の録音テープ等は訴訟記録とは別に保管されており,保管期間の終期は,判決による終了の日から1年となっています。

5 尋問調書の作成が省略されるようになった背景
(1) 簡易裁判所の民事訴訟事件は通常,1,2回の期日にわたる証拠調べによって, 口頭弁論が終結される簡易なものが多く,その判決に対する控訴率も低いことから,証人等の陳述や検証の結果を調書に記載する必要性は地方裁判所におけるそれと比べると低いものと考えられます。
    また,録音テープに証人等の陳述を記録していた場合,旧民事訴訟法358条ノ2第1項(調書ハ当事者ニ異議アル場合ヲ除クノ外裁判官ノ許可アルトキハ之ニ記載スヘキ事項ヲ省略スルコトヲ得)に基づき証人等の陳述の調書への記載の省略について当事者から異議が出されることもありませんでした。
    そのため,平成10年1月1日施行の民事訴訟規則170条では,簡易裁判所の民事訴訟事件では,尋問調書の作成を省略できることとなりました(条解民事訴訟規則357頁参照)。
(2) 25期の菅原雄二最高裁総務局第二,第三課長(平成13年3月3日,博多港発のフェリーから投身自殺)は,最高裁総務局・人事局各課長,参事官を囲む座談会(平成2年5月11日開催)において以下の発言をしています(全国裁判所書記官協議会会報第111号14頁。改行を追加しています。)。
    最高裁民事局が中心となって行っている録音体利用実験の状況でありますが、昭和六三年六月から平成元年五月までの一年間についての実験結果によると、当該期間中の対象となる合計一四一九の証人、本人調べのうち、省略されたのが七六九人、率にして約五四%と、従来の調書省略率に比べて相当高い率となっており、録音帯利用が調書省略の運用に有益であるという結果が出ていると考えられます。
    こうした結果及び簡裁で人証の取調べをした全民訴既済事件のうち、取り調べた証人又は本人の延べ人数が三人以下の事件が約八五%を占めている実情を考慮して、平成元年七月に、今後は、集中的取調べの可能な事件について、当事者の理解を得ながら、録音体の利用による調書省略を運用していただくようお願いしたいところであります。

6 関連記事その他
(1) 簡易裁判所における尋問の場合,補充尋問の直前,裁判官の隣に座っている司法委員から質問されることがあります(民事訴訟規則172条参照)。
(2) 東弁リブラ2021年10月号「東京簡裁書記官に訊く-民事訴訟手続を中心に-」が載っています。
(3) 民事訴訟法271条は「訴えは、口頭で提起することができる。」と定めていますところ,事件の受付及び分配に関する事務の取扱いについて(平成4年8月21日付の最高裁判所事務総長通達)には以下の記載があります(リンク先の3頁)。
第2 受付
1 受付手続
(1) 書類を受領した場合には、2から12までに定めるところにより、閲読、受付日付の表示、帳簿への登載、符号及び番号の記載、収入印紙の消印等の手続を行うものとし、その日のうちにこれを終えなければならない。
(2) 口頭による申述について自ら調書を作成した場合には、 の定めを準用する。
(4) 以下の記事も参照してください。
・ 民事事件記録一般の閲覧・謄写手続
 地方裁判所において尋問調書の作成が省略される場合
 録音反訳方式による逐語調書
 裁判文書の文書管理に関する規程及び通達


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