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簡易裁判所における尋問調書の記録省略,録音データの複写及び反訳(AIリライト)

第1 「簡裁では尋問調書が原則省略される」という説明の射程

1 民事訴訟規則170条が定めるもの

現行の民事訴訟規則170条は,簡易裁判所の口頭弁論に係る電子調書について,裁判官の許可を得て,証人等の陳述又は検証の結果の記録を省略できると定めている。

ここでいう「省略」は,証人等の陳述内容を電子調書に逐語的又は要約的に記録しないという意味である。尋問そのものが行われないこと,期日の電子調書が一切作成されないこと,又は尋問内容が当然に録音されることを意味しない。

2 全国一律の原則とまでは確認できないこと

民事訴訟規則170条1項は記録の省略を「できる」と定める許容規定であり,省略を義務付ける規定ではない。また,裁判官が許可する際には,当事者が意見を述べることができる。

東京弁護士会LIBRA2021年10月号の「東京簡裁書記官に訊く」9頁は,当時の東京簡易裁判所では尋問調書の記載を原則として省略している旨を説明している。しかし,この説明は東京簡易裁判所における令和3年当時の運用に関するものであり,現在の全国の簡易裁判所に共通する運用であることを示す公表資料は確認できない。

したがって,「簡易裁判所では尋問調書が原則として省略される」と全国一律の取扱いのように説明するのは正確でない。本記事では,規則上は省略が可能であり,少なくとも東京簡易裁判所では原則省略と説明された時期がある,という二つの事柄を区別する。

3 省略時にも録音等が自動作成されるわけではないこと

民事訴訟規則170条2項によれば,電子調書への記録を省略する場合に録音又は録画をした電磁的記録が作成されるのは,裁判官の命令又は当事者の申出があるときである。

したがって,当事者が後日必要になる可能性のある音声等を確保したいときは,尋問前に録音又は録画を申し出ておく必要がある。省略された以上は裁判所に録音データが当然に残っている,と考えるべきではない。

第2 令和8年5月21日前後で異なる記録制度

1 同日以後に提起された事件

民事裁判手続のデジタル化により,令和8年5月21日以後に提起された民事訴訟では,訴訟記録が原則として電子化され,口頭弁論についても電子調書が作成される。裁判所の「民事裁判手続のデジタル化」案内及び民事訴訟手続のデジタル化の概要が制度の概要を公表している。

現行170条も,従来の「調書の記載」「録音テープ等の複製」という表現から,「電子調書への記録」「電磁的記録の複写」という表現に改められた。単なる用語変更ではなく,電子事件記録を前提とする制度へ移行したことを踏まえて読む必要がある。

2 同日前に提起された事件

裁判所の新旧対照条文190頁~191頁が示すとおり,改正前170条は,紙の口頭弁論調書における記載の省略と,録音テープ等への記録及びその複製を定めていた。

福岡高等裁判所の案内によれば,新旧いずれの手続によるかは,原則として第一審事件が令和8年5月21日より前に提起されたか否かで決まる。控訴の提起日だけを見て判断するものではなく,同日前に提起された事件が同日後に控訴審へ移った場合も旧制度の対象となる。

3 新旧制度を混同しないための呼称

以下では,令和8年5月21日以後に第一審が提起された事件を「新制度の事件」,同日前に第一審が提起された事件を「旧制度の事件」と呼ぶ。

ただし,個別事件に経過措置の例外がないか,提出又は複写の方法として何が利用できるかは,担当部に確認するのが安全である。裁判所の民事訴訟等の書式ページも随時更新されるため,申出時の案内を確認する必要がある。

第3 現行民事訴訟規則170条の内容

1 裁判官の許可と当事者の意見

現行170条1項による省略には,裁判官の許可が必要である。当事者には意見を述べる機会があるが,同項は当事者全員の同意を要件としていない。

当事者が省略に反対する場合には,後日の争点,信用性判断の重要性,上訴の可能性及び反訳負担を具体的に示して意見を述べることになる。もっとも,意見を述べたことだけで詳細な電子調書の作成が義務付けられるわけではない。

2 録音・録画記録の作成

省略が許可された場合,裁判官の命令又は当事者の申出があれば,裁判所書記官は,当事者の裁判上の利用に供するため,証人等の陳述又は検証の結果を録音又は録画した電磁的記録を作成しなければならない。

録音等の申出は,尋問終了後に初めて行うのでは遅いことがある。裁判所が職権で録音等を命じることに依存せず,必要があれば尋問開始前に,対象者,対象期日及び利用目的を明らかにして申し出るのが実務上重要である。

3 電磁的記録の複写

170条2項後段は,当事者の申出があるときは,裁判所書記官が当該電磁的記録の複写を許さなければならないと定める。

現行条文の用語は「複写」である。旧制度で用いられた「録音テープ等の複製」という表現を,新制度の説明にそのまま用いない方が分かりやすい。

4 現行通達上の保存先と公表資料の限界

令和7年3月3日最高裁総三第114号総務局長通達「訴訟等関係人の尋問,供述等の記録媒体への保存等に関する事務の取扱いについて」は,簡易裁判所で証人等の陳述等の記録を省略したときの電磁的記録について,書換えのできない保存用記録媒体,多機能サーバ上の共有フォルダ又は裁判所が利用するクラウド保存領域を保存先としている。

同通達は,共有フォルダ又はクラウド保存領域に保存した記録について,他の通達が定める保管期間の経過後に速やかに消去し,期間の定めがない場合は用済みとなったときに速やかに消去するとしている。他方,公開されている同通達だけからは,170条2項の記録に固有の正確な保管期間や,控訴審への送付方法までは確認できない。

したがって,新制度の事件では,旧制度の保存期間や「控訴審へ送付しない」とした旧事務連絡を当然に適用せず,必要な複写を早期に申し出るべきである。

第4 民事訴訟規則67条・68条との違い

1 67条2項による記録省略

現行67条1項は,口頭弁論に係る電子調書に証人,当事者本人及び鑑定人の陳述並びに検証の結果を記録すべきことを定める。

同条2項は,訴訟が裁判によらず完結した場合には,裁判長の許可を得てこれらの記録を省略できるとする。ただし,当事者が訴訟の完結を知った日から1週間以内に記録を求めたときは省略できない。簡易裁判所だけに適用される170条とは,要件と適用場面が異なる。

2 68条による電子調書の代替

現行68条1項は,裁判長の許可があれば,証人等の陳述を録音又は録画した電磁的記録を事件のファイルに記録し,電子調書の記録に代えることができると定める。

この場合,訴訟の完結前に当事者の申出があれば,陳述内容を記録した電磁的記録を作成して事件のファイルに記録しなければならない。上訴係属中に上訴裁判所が必要と認めたときも同様である。

3 170条の記録との区別

68条1項の録音・録画記録は,事件のファイルに記録され,電子調書の記録に代わるものである。これに対し,170条2項の電磁的記録は,当事者の裁判上の利用に供するために作成されるものであり,条文上,それ自体を電子調書に代えるものとはされていない。

したがって,「裁判所が録音した」という一点だけで,68条の電子調書代替記録か,170条の利用用記録かを区別することはできない。どの規定に基づく記録であるかを確認する必要がある。

第5 旧制度の事件における録音テープ等

1 訴訟記録との区別と上訴裁判所への送付

平成9年12月8日最高裁判所事務総局民事局第二課事務連絡「民事訴訟規則第68条第1項及び第170条第2項の録音テープ等への記録の手続等について」は,改正前68条1項の録音テープ等を訴訟記録の一部として扱う一方,改正前170条2項の録音テープ等を訴訟記録とは別に扱っていた。

同事務連絡によれば,後者は移送先又は上訴裁判所へ送付しない取扱いであった。このため,旧制度の事件で控訴審が尋問内容を検討する必要があるときは,当事者が録音テープ等の複製を得て,必要な範囲を反訳し,書面又は書証として提出することが重要となる。

2 旧事務連絡上の保管期間

同事務連絡が定めた改正前170条2項の録音テープ等の保管期間は,事件の終了原因によって異なっていた。

① 移送の裁判又は終局判決で事件が終了した場合は,事件終了の日から1年間である。ただし,判決が確定したとき,又は上訴審の事件が終了したときは,その日から2週間である。

② 訴えの取下げ,和解,請求の放棄又は認諾により終了した場合は,事件終了の日から2週間である。

この短い期間を踏まえると,旧制度の事件では,控訴又はその準備に録音内容が必要であれば,判決確定や上訴審終了を待たずに複製を申し出るべきである。

3 旧制度における複製方法

同事務連絡は,当事者が複製用の録音テープ等を準備し,裁判所書記官が複製する方式を定め,複製自体の手数料は徴収しない取扱いとしていた。

もっとも,現在利用できる媒体,ファイル形式,提出方法及び必要書類は裁判所の設備と運用に左右される。古い書式や媒体をそのまま持参せず,事前に担当書記官へ確認する必要がある。

第6 録音記録を確保し控訴審で利用する手順

1 尋問前に録音等を申し出る

第一に,電子調書への陳述記録が省略される可能性を確認し,尋問内容が後日の争点となり得るときは,民事訴訟規則170条2項前段に基づく録音又は録画を尋問前に申し出る。

申出は口頭でも排除されていないが,対象と根拠を明確にし,記録を残すためには書面によるのが安全である。担当部が用意する書式又は運用があるときは,それに従う。

2 尋問後に複写を申し出る

第二に,作成された電磁的記録について,170条2項後段に基づく複写を速やかに申し出る。

録音等の申出と複写の申出は別の行為である。尋問前に録音等を申し出ただけで,当事者へデータが自動交付されるわけではない。

3 複写申出書の記載例

以下は,現行170条2項に基づく申出の要素を示す参考例であり,裁判所の公式書式ではない。事件番号,係名,媒体及び提出方法は担当部の指示に合わせる必要がある。

令和8年(ハ)第○○号 ○○請求事件
原告 ○○
被告 ○○
○○簡易裁判所民事○係 御中

証人等の陳述を録音等した電磁的記録の複写申出書

令和8年○月○日
申出人 ○○

頭書事件の令和8年○月○日口頭弁論期日における○○の陳述について,民事訴訟規則170条2項後段に基づき,録音又は録画をした電磁的記録の複写を申し出る。

複写方法及び媒体については,担当部の指示に従う。

4 反訳範囲と提出方法を検討する

控訴審で反訳が必要か,必要であるとして全文か争点に関係する部分だけかは,控訴理由,答弁内容及び尋問供述の重要性によって異なる。

① 供述の信用性そのものを争う場合は,質問と回答の連続性,言いよどみ又は訂正を含む広い範囲が必要になり得る。

② 特定事実について第一審判決の認定との食い違いを示す場合は,該当箇所とその前後に絞る余地がある。

③ 提出前に,控訴裁判所へ提出形式,対象範囲,時刻表示,証拠番号及びデータ自体の提出要否を確認するのが安全である。

第7 司法協会へ反訳を依頼する場合

1 簡裁調書の料金

一般財団法人司法協会の録音反訳案内によれば,「簡裁調書」は録音1分当たり300円であり,最低料金は30分相当である。例えば,録音時間60分であれば,反訳料金は1万8000円となる。

同案内の「完全逐語録」は1分当たり350円である。料金と取扱条件は変更され得るため,依頼時に最新の案内を確認する必要がある。

2 納期と納品形式

令和8年8月9日に確認した同案内は,繁忙状況により作業着手まで約2週間から20日を要し,作業開始後は録音1時間につきおおむね1週間を要するとしている。

納品は電子メールによるWord又は一太郎形式に対応している。他方,動画ファイルには対応せず,音声のみを扱うとされているため,裁判所から複写を受けた記録が動画を含む場合は事前確認が必要である。

3 認証製本

同案内は,反訳書の「認証製本」を別料金で扱っている。基本料金は1200円であり,これに頁数に応じた料金が加算される。

これは司法協会のサービス名称である「認証製本」であり,裁判所が交付する「認証正本」を意味しない。控訴審への提出に認証製本が必要かは,提出先の運用を確認して判断すべきである。

第8 反訳費用と提出負担

1 依頼時の支払と訴訟費用の額は同じではないこと

司法協会その他の反訳業者へ依頼した当事者は,まず契約に従って反訳料金を支払うことになる。しかし,その実費全額が訴訟費用として当然に相手方負担となるわけではない。

民事訴訟費用等に関する法律2条6号は,書証の写し,訳文等の書類の作成及び提出費用を費用項目に含めるが,その額は実費ではなく,最高裁判所が定める基準額による。民間業者へ支払った反訳委託料それ自体を独立の費目として全額計上する規定は,同条からは確認できない。

2 訴訟費用と損害賠償は別問題であること

反訳費用が不法行為その他の損害として請求できるかは,訴訟費用額の確定とは別の問題であり,必要性,相当性及び因果関係を個別に検討する必要がある。

簡裁の尋問記録を反訳したという事実だけから,その全額が常に損害になる,又は常に損害にならない,と一般化することはできない。

3 法制審議会で指摘された負担

法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会第5回会議議事録3頁~4頁では,簡易裁判所の録音記録が訴訟記録にならず,控訴時に当事者が反訳書を提出する従来の運用について,費用負担及び当事者間の公平の観点から問題提起がされた。

これに対し,事務当局は,簡易裁判所の事件数と控訴件数の差,簡易迅速な処理の必要性及び67条・68条による別の記録方法を挙げ,170条の仕組みを維持する方向を説明した。令和8年改正後も170条は電子化に対応した形で存続している。

第9 裁判所が逐語調書を作成する録音反訳方式との区別

1 裁判所の録音反訳方式

平成10年3月20日総三第57号総務局長通達「録音反訳方式に関する事務の運用について」は,事件内容や供述内容等を考慮し,録音した供述等を裁判所外の受託者に反訳させて逐語調書を作成することが相当な場合の運用を定めている。

この方式では,裁判所書記官が2台の録音機器で同時録音し,音声記録と立会メモを反訳受託者へ送り,提出された反訳書を校正して調書を作成する。

2 当事者が司法協会へ依頼する場合との違い

裁判所の録音反訳方式は,裁判所が逐語調書を作成するための内部手続である。民事訴訟規則170条により記録が省略された後,当事者が複写データを司法協会へ持ち込み,自ら提出する反訳書を作成する場合とは異なる。

したがって,裁判所に録音設備や反訳委託の仕組みがあることから,当事者が求める反訳書を裁判所が当然に作成してくれるとはいえない。

第10 実務上の確認事項

1 尋問前

① 電子調書への証人等の陳述の記録を省略する予定があるかを確認する。

② 省略される場合,民事訴訟規則170条2項前段に基づく録音又は録画を申し出る。

③ 新制度の事件か旧制度の事件かを,第一審の提起日で確認する。

2 尋問後

① 録音又は録画をした記録が作成されたことを確認する。

② 必要があれば,同項後段に基づく複写を速やかに申し出る。

③ 受領媒体,ファイル形式,再生可能性及び音声の欠落の有無を確認する。

3 控訴時

① 争点と第一審判決の認定を対照し,反訳が必要な供述範囲を特定する。

② 控訴裁判所に提出形式と提出期限を確認する。

③ 全文反訳,部分反訳又は専門業者への依頼を,必要性,正確性,費用及び期限から選択する。

第11 関連記事

証人尋問及び当事者尋問は,尋問の準備及び進行全般を扱っている。

地方裁判所における尋問調書の記載省略等は,民事訴訟規則67条・68条に関する制度を扱っている。

録音反訳方式に関する事務の運用は,裁判所が逐語調書を作成する録音反訳方式の通達を掲載している。

民事事件記録の閲覧謄写は,訴訟記録の閲覧,謄写及び電子化後の取扱いを扱っている。

裁判文書に関する例規通達は,裁判所が公表している関係通達への案内を掲載している。

第12 出典・参考資料

1 法令・規則

① 民事訴訟規則67条,68条及び170条

② 民事訴訟規則等の一部を改正する規則新旧対照条文190頁~191頁

③ 民事訴訟費用等に関する法律2条

2 最高裁判所通達・事務連絡

① 令和7年3月3日最高裁総三第114号総務局長通達「訴訟等関係人の尋問,供述等の記録媒体への保存等に関する事務の取扱いについて」

② 平成10年3月20日総三第57号総務局長通達「録音反訳方式に関する事務の運用について」

③ 平成9年12月8日最高裁判所事務総局民事局第二課事務連絡「民事訴訟規則第68条第1項及び第170条第2項の録音テープ等への記録の手続等について」

3 公的資料・実務案内

① 法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会第5回会議議事録3頁~4頁

② 裁判所「民事裁判手続のデジタル化」

③ 福岡高等裁判所「民事裁判手続のデジタル化について」

④ 東京弁護士会LIBRA2021年10月号「東京簡裁書記官に訊く」9頁

⑤ 一般財団法人司法協会「録音反訳」

4 文献

① 岩田和壽『基礎から学ぶ簡易裁判所の諸手続』(日本評論社,平成29年)15頁

② 岡口基一『民事訴訟マニュアル 第3版 下巻』(ぎょうせい,令和3年)309頁

③ 高倉武『簡裁事件における事実認定の在り方』(司法協会,平成30年)41頁

④ 山本正名『簡易裁判所における交通事故訴訟と和解の実務』(新日本法規出版,令和4年)89頁

⑤ 秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅴ〔第2版〕』(日本評論社,令和4年)397頁~399頁

⑥ 田中敦編『民事裁判実務論点大系』(ぎょうせい,令和7年)555頁