平成5年4月27日発生の,東京地裁構内の殺人事件に関する国会答弁


目次
第1 平成5年5月25日の参議院法務委員会における質疑応答
第2 平成6年3月29日の参議院法務委員会における質疑応答
第3 警察官等に係る傷病補償年金,障害補償又は遺族補償の特例
第4 関連記事その他

第1 平成5年5月25日の参議院法務委員会における質疑応答
・ 最高裁判所長官代理者(泉徳治君)は,15期の泉徳治最高裁判所人事局長であり,下稲葉耕吉は昭和57年から昭和59年まで警視総監をした後,昭和63年7月から参議院議員をしていた人です。

○下稲葉耕吉君 商法の審議に入ります前に一件ほど御質問いたしたいと思います。
    今、カンボジア問題で大変国内が沸き立っているわけでございますが、その中で中田さん、高田警視の痛ましい殉職がございました。私も大変関心を持ってその問題に取り組んでいる一人でございますけれども、当委員会の所管でございます裁判所でも実は本当に痛々しい殉職事件があったわけでございます。
    新聞報道によりますと、四月二十七日の十時ごろ、東京地方裁判所において田村善四郎警備員、警備係長が殉職された事案が報道されているわけであります。
    ひとつその問題につきまして、事案の概要等を最高裁の方から御報告いただきたい。
○最高裁判所長官代理者(泉徳治君) ただいま委員からお話のございましたように、本年四月二十七日、東京地裁で田村法廷警備員が民事事件の当事者に登山ナイフで刺し殺されるという事件が発生いたしました。
    この民事事件は、二十四歳の女性原告が四十四歳の男性被告に対しまして婚姻無効の確認を請求するというものでございます。訴状によりますと、二人は昭和六十三年に同棲を始めまして、平成三年に同棲を解消したにもかかわらず、平成四年に男性被告が勝手に婚姻届を行った、こういうことで無効確認を求めるというものでございます。
    四月二十七日午前十時から、東京地裁六階の六一五号法廷におきまして第一回口頭弁論が開かれる予定になっておりました。九時四十六分ころには原告の女性とその代理人の弁護士が出頭いたしまして、法廷内で開廷を待っておりました。九時五十分ころに被告の男性が出頭いたしまして、法廷内の原告女性を見つけ、いきなり顔面を殴るなどいたしましてその場に転倒させ、その左手首におもちゃの手錠をかけまして、ジャンパーの下に隠し持っておりました刃渡り十六センチの登山ナイフを取り出しまして、逃さないぞ、おまえを殺しておれも死ぬつもりだなどと叫びながら、ナイフを女性の背中に突きつけ、法廷から廊下に連れ出そうといたしました。制止しようとした廷吏に対しましても、近づくとおまえも殺すぞとおどしております。九時五十五分ころに、この騒ぎを聞きつけて駆けつけました隣の法廷の廷吏が、法壇に備えつけてございます緊急連絡用のボタンを押しまして警務課に連絡いたしました。
    そこで、警務課長と法廷警備員八名が六一五号法廷に急行いたしましたところ、ちょうど男が女性を法廷から連れ出すというところでございました。このとき、廷吏は法廷警備員に対しまして男がナイフを持っているということを告げてございます。
    男は、女性を抱えるようにして廊下を歩き出しまして、その周りを法廷警備員が取り囲むようにして一団となって移動する形になりました。警務課長が男に対しまして、どうしたのか、とまりなさい、放しなさいなどと話をしているうちに、女性が男を振り切りまして、助けてと叫びながら反対方向に走り出しました。これを男がナイフを持って追いかける形になったのでございます。
    そこで、亡くなりました田村善四郎法廷警備員が男に後ろから飛びつき、取り押さえようといたしました。このときに、田村法廷警備員は男にナイフで刺されたのでございます。
    男は、後日起訴されておりますが、起訴状によりますと、男は取り押さえられそうになったためにナイフで田村法廷警備員の右肩を力任せに刺したということでございます。
    田村法廷警備員は、救急車で日大病院に運ばれましたが、午前十一時二十七分、出血多量で死亡いたしました。享年五十九歳でございました。
    なお、女性の方は、廷吏の誘導で法廷専用エレベーターによりまして十階に逃れまして、裁判所の医師、看護婦の付き添いで警察病院に収容されましたが、こちらの方は、幅一センチ、深さ〇・五センチの軽傷で、手当てを受けた後そのまま帰宅しております。
    また、男の方はそのまま逃走いたしましたが、翌日逮捕されまして、五月十九日に殺人罪で起訴されております。
    このように、裁判所職員が職務遂行中に殺害されるというのは初めてのことでまことに残念でございまして、痛惜の念にたえないところでございます。また、このような不幸な事件を防止することができなかったことにつきまして、関係者一同反省もいたしているところでございます。
○下稲葉耕吉君 大変痛ましい、そしてまた壮絶な殉職でございまして、心からお悔やみ申し上げたいと思うのでございます。
そこで、私が問題にいたしたいのは、今御説明がございましたように、裁判所では初めての経験だということでございました。それだけに、殉職に伴う遺族の方々に対する褒賞といいますか、そういうふうなものがどういうふうになっているのか、ひとつ簡明に御答弁いただきたいと思います。

○最高裁判所長官代理者(泉徳治君) 私どもでは、田村法廷警備員は民間人の生命を守るためにナイフを振りかざす犯人に立ち向かいまして犠牲になったものでございますので、裁判所職員表彰規程の「危険を顧みず身をていして職員を尽した者」ということで最高裁長官表彰を行った次第でございます。
    また、田村法廷警備員は、本年四月一日付で東京地裁の警務課警備第二係長に昇進いたしまして六級十五号俸に昇格したばかりでございますが、殉職の四月二十七日付で警務課課長補佐へ昇任させまして、また八級十四号俸への昇格昇給の措置をとったところでございます。また、叙位叙勲につきましても現在申請中でございます。
    今お尋ねの御遺族に対するどういう手当てがなされるかということでございますが、退職金が二千五百四万三千二百八円、それから、これは公務災害でございますので、公務災害補償が千五百十三万二千二百六十円、それから遺族共済年金といたしまして百六十八万五千六百円、合計で四千百八十六万一千六十八円の給付がなされるという状況でございます。
○下稲葉耕吉君 ここに大臣もいらっしゃいますけれども、私も長いこと警察の仕事に従事させていただきまして、私自身も殉職者を出したりいろいろな事案がございました。
    そういうふうなことで、そういうような背景でお伺いいたしたいんですが、公務災害補償につきましても、特殊公務災害ですか、人事院の規則等によりまして、普通の災害補償より五割増しの規定がございます。多分これは初めてのことだということでそういうふうな規定が整備されていないんじゃないかというふうな感じもいたします。
    それから、警察官等の賞じゅつ金につきましては、また別に殉職者賞じゅつ金制度というものがほとんどの都道府県で条例で制定されております。加えて、警察庁長官の殉職者特別賞じゅつ金という制度もございます。さらに、今回の高田警視の例に見られるような殉職につきましては、それに加えまして内閣総理大臣の特別褒賞金というふうなものもあるわけでございます。
    今私が申し上げました点につきましては、今回の事案についてはそれまで規定が整備されていないだろうと思います。最高裁判所は法律の有権的な解釈をなさるんだけれども、自分たちのそういうような問題につきましては規定の整備がなされていないというのが私は実情ではなかろうかと思います。
    これ以上申し上げませんけれども、大変起きたことは残念なことでございますが、早急にそういうふうな問題について整備されまして、そして遡及して適用ができるような手だてを積極的にお取り組みいただきたい、私どもも積極的に御支援してまいりたい、このように思いますが、局長の御感想なり決意があればお聞かせいただきたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(泉徳治君) ただいま大変御理解のあるお言葉をいただきまして大変感謝いたしております。
    先ほど申しましたように、こういった殉職という事態が発生いたしましたのが今回初めてでございましたものですから、私どもでは賞じゅつ金支給規程がつくられておりませんで賞じゅつ金を支給するという制度ができていないのでございます。それから、御指摘の公務災害の一・五倍の給付ということにつきましても適用の対象職員となっていないのでございます。
    私どもといたしましては、今回の事態を受けまして、法務省職員でありますとか警察官等に設けられております賞じゅつ金の制度を裁判所職員についてもつくることができないかという観点から、早速他省庁の賞じゅつ金規程を取り寄せるなどいたしまして、現在検討いたしているところでございます。あわせまして、公務災害の一・五倍の支給につきましても裁判所職員が適用対象にならないか、現在調査研究して検討いたしているところでございます。

第2 平成6年3月29日の参議院法務委員会における質疑応答
○下稲葉耕吉君 私は、この法律案(山中注:裁判所職員定員法の一部を改正する法律案)の質疑に入ります前に、若干関連あるわけでございますが、昨年の五月二十五日の当委員会におきまして、当時法務大臣は後藤田大臣でいらっしゃいましたけれども、昨年四月二十七日に東京地方裁判所において田村善四郎という警備員の方が殉職されました。その御報告をいただきまして、この殉職事案に対します裁判所の補償の問題についてお伺いいたしました。
    裁判所にはそういう殉職を予定したような法令といいますか、規則の整備がされておりませんでした。そこで、例えば警察官等の殉職の事例を申し上げまして、総理大臣なりあるいは警察庁長官なり、あるいは条例によって都道府県の警察なり、あるいはまた公務災害補償につきまして特別公務災害補償の適用を受けられるようなこと等もお考えになったらどうだろうかというふうなことを申し上げたことがあるわけでございます。
    当時の泉局長は、一生懸命努力いたしますということでございましたが、その後どういうふうに最高裁判所として善処されたか、ひとつ御報告いだだきたいと思います。
○最高裁判所長官代理者(泉徳治君) ただいま下稲葉委員から仰せの事故が昨年四月に発生いたしまして、本委員会にも御報告申し上げましたところでございます。
    こういった痛ましい事故と申しますのは裁判所始まって以来のことでございまして、こういった特殊な殉職に対する補償の制度というものが不備でございました。本委員会でも下稲葉委員から警察官等の殉職の場合の補償制度等についていろいろ貴重な御教示をいただきまして、その後私ども関係当局と交渉いたしておりまして、でき上がった制度につきまして御報告申し上げたいと思います。
    まず、最初の公務災害の特例でございますけれども、国家公務員災害補償法の二十条の二というところに「警察官等に係る傷病補償年金、障害補償又は遺族補償の特例」という規定がございまして、その特例の対象にならないかということで検討しておりましたが、昨年の秋に法廷警備員等法廷の警備に携わる職員もこの特例の対象にするということで規則を制定いたしました。そして、田村善四郎法廷警備員の事故にさかのぼって適用するという措置をいたしました。この措置によりまして、御遺族にお支払いいたします遺族補償年金、遺族特別給付金、これにつきましては一般の公務災害の場合よりも一・五倍、五割増の補償を行うということができまして、御遺族にお支払いをしたところでございます。
    また、その際、下稲葉委員から警察官等につきまして賞じゅつ金の規定があるという御示唆もいただきました。これにつきましては、来年度の予算に向けまして財政当局と折衝をいたしておりまして、その了解も得られましたので、新会計年度に向けましてこの賞じゅつ金の制度をつくるべくただいま規定の整備を行っているところでございます。
以上でございます。
○下稲葉耕吉君 わかりました。いろいろ努力いたしておられる様子がよくわかるわけでございます。こういうふうな事案があってはならないわけでございますけれども、絶対ないとは言い切れないわけでございまして、ひとつよく検討されまして、今後の対応に誤りのないようにお願いいたしたいと思います。


第3 警察官等に係る傷病補償年金、障害補償又は遺族補償の特例
1 国家公務員災害補償法20条の2(警察官等に係る傷病補償年金、障害補償又は遺族補償の特例)は以下のとおりです。
    警察官、海上保安官その他職務内容の特殊な職員で人事院規則で定めるものが、その生命又は身体に対する高度の危険が予測される状況の下において、犯罪の捜査、被疑者の逮捕、犯罪の制止、天災時における人命の救助その他の人事院規則で定める職務に従事し、そのため公務上の災害を受けた場合における当該災害に係る傷病補償年金、障害補償又は遺族補償については、第十二条の二第二項の規定による額、第十三条第三項若しくは第四項の規定による額、第十七条第一項の規定による額又は第十七条の六第一項の人事院規則で定める額は、それぞれ当該額に百分の五十を超えない範囲内で人事院規則で定める率を乗じて得た額を加算した額とする。
2 傷病補償年金等の特例の適用を受ける裁判所職員の範囲等を定める規則(平成5年9月22日最高裁判所規則第4号)は以下のとおりです(制定時から令和3年9月までの間に改正されたことがありません。)。
(傷病補償年金等の特例の適用を受ける裁判所職員の範囲及びその職務)
第一条 裁判所職員臨時措置法(昭和二十六年法律第二百九十九号。以下「法」という。)本則第五号において読み替えて準用する国家公務員災害補償法(昭和二十六年法律第百九十一号)第二十条の二の最高裁判所規則で定める職員は、法廷の秩序維持等にあたる裁判所職員に関する規則(昭和二十七年最高裁判所規則第二十三号)第一条の規定により同条に規定する事務を取り扱うべきことを命ぜられた裁判所職員とする。
2 法本則第五号において読み替えて準用する国家公務員災害補償法第二十条の二の最高裁判所規則で定める職務は、次に掲げる職務とする。
一 裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)第七十一条第二項又は第七十二条第一項若しくは第三項の規定による命令の執行又は処置の補助
二 法廷等の秩序維持に関する法律(昭和二十七年法律第二百八十六号)第三条第二項の規定による行為者の拘束に係る措置
三 その他の他法廷又は裁判所若しくは裁判官の職務が行われる法廷外の場所における秩序の維持のため裁判長又は裁判官により特に命ぜられた事務
(傷病補償年金等の加算額に係る率)
第二条 法本則第五号において読み替えて準用する国家公務員災害補償法第二十条の二の最高裁判所規則で定める率は、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第二条に規定する一般職に属する国家公務員の例による。
附 則
 この規則は、公布の日から施行し、平成五年四月一日以後に発生した事故に起因する公務上の災害に係る傷病補償年金、障害補償又は遺族補償について適用する。
3 人事院規則16-0(職員の災害補償)32条(警察官等に係る傷病補償年金、障害補償又は遺族補償の特例)は以下のとおりです。
    補償法第二十条の二の人事院規則で定めるものは、皇宮護衛官、海上保安官補、刑事施設の職員、入国警備官、麻薬取締官、内閣府沖縄総合事務局又は国土交通省地方整備局若しくは北海道開発局に所属し、河川又は道路の管理に従事する職員、警察通信職員(人事院が定める職員に限る。)及び国土交通省地方航空局に所属し、消火救難業務に従事する職員(人事院が定める職員に限る。)とし、同条の人事院規則で定める職務は、職員の区分に応じ、次の表に定める職務とする。

職員
職務
一 警察官、皇宮護衛官、海上保安官及び海上保安官補
一 犯罪の捜査
二 犯人又は被疑者の逮捕、看守又は護送
三 勾引状、勾留状又は収容状の執行
四 犯罪の制止
五 天災、危険物の爆発その他の異常事態の発生時における人命の救助その他の緊急警察活動又は警備救難活動
二 刑事施設の職員
一 刑事施設における被収容者の犯罪の捜査
二 刑事施設における被収容者の犯罪に係る犯人又は被疑者の逮捕
三 被収容者の看守又は護送
三 入国警備官
一 入国、上陸又は在留に関する違反事件の調査
二 収容令書又は退去強制令書の執行
三 入国者収容所、収容場その他の収容施設の警備
四 麻薬取締官
一 麻薬、向精神薬、大麻、あへん又は覚醒剤に関する犯罪の捜査
二 麻薬、向精神薬、大麻、あへん又は覚醒剤に関する犯罪に係る犯人又は被疑者の逮捕又は護送
三 麻薬、向精神薬、大麻、あへん又は覚醒剤に関する犯罪に係る勾引状、勾留状又は収容状の執行
五 内閣府沖縄総合事務局又は国土交通省地方整備局若しくは北海道開発局に所属し、河川又は道路の管理に従事する職員
豪雨等異常な自然現象により重大な災害が発生し、又は発生するおそれがある場合における河川又は道路の応急作業
六 警察通信職員(人事院が定める職員に限る。)
警察官が一の項の職務欄に掲げる職務に従事する場合に当該警察官と協同して行う現場通信活動
七 国土交通省地方航空局に所属し、消火救難業務に従事する職員(人事院が定める職員に限る。)
空港又はその周辺における次に掲げる職務
一 航空機その他の物件の火災の鎮圧
二 天災、危険物の爆発その他の異常事態の発生時における人命の救助又は被害の防ぎよ

第4 関連記事その他
1 東京高裁及び東京地裁の庁舎で所持品検査が開始したのは,平成7年3月20日に地下鉄サリン事件が発生した後の同年5月16日でした。
2 大阪高裁平成27年1月22日判決(裁判長は30期の森宏司裁判官)は,
   平成19年「5月24日」,兵庫県龍野高校のテニス部の練習中に発生した高校2年生の女子の熱中症事故(当日の最高気温は27度)について,
   兵庫県に対し,「元金だけで」約2億3000万円の支払を命じ,平成27年12月15日に兵庫県の上告が棄却されました(CHRISTIAN TODAY HP「龍野高校・部活で熱中症,当時高2が寝たきりに 兵庫県に2億3千万円賠償命令確定」参照)。
   その結果,兵庫県は,平成27年12月24日,3億3985万5520円を被害者代理人と思われる弁護士の預金口座に支払いました(兵庫県の情報公開文書を見れば分かります。)。
3(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 裁判所の敷地内において加害行為が発生した際の留意点について(平成28年8月23日付の最高裁判所総務局参事官の事務連絡)
・ 平成31年3月20日に東京家裁で発生した殺人事件に関して東京家裁が作成し,又は取得した文書
(2) 以下の記事も参照してください。
 裁判所の所持品検査
 全国の下級裁判所における所持品検査の実施状況
・ 裁判所の庁舎等の管理に関する規程及びその運用
・ 平成31年3月20日発生の,東京家裁前の殺人事件に関する国会答弁


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