名誉毀損又はプライバシー侵害が違法となる場合


目次
第1 公共的事項に関する表現の自由及び事前抑制の許容範囲

1 公共的事項に関する表現の自由
2 事前抑制の許容範囲
第2 表現の自由の制限に関する一般論,及び思想の自由市場への登場の重要性
第3 名誉毀損の取扱い
1 社会的評価の低下の有無の判断基準
2 事実を摘示しての名誉毀損(事実摘示型名誉権侵害)の取扱い
3 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損(意見論評型名誉権侵害)の取扱い等
4 噂,伝聞形式の表現による名誉毀損の取扱い
5 名誉毀損の成否に際して表現媒体の違いは関係がないと思われること
6 名誉毀損行為が公務員に関する事実である場合の取扱い等
7 その他
第4 プライバシー侵害の取扱い
1 プライバシー侵害が不法行為となる場合
2 少年法61条が禁止している推知報道に当たるかどうかの判断基準
3 プライバシー侵害を理由とする差止請求
4 民事訴訟における主張立証活動とプライバシー侵害
第5 表現の自由に関する東京弁護士会の会長声明等
第6 法人の名誉権侵害と無形損害
第7 人種差別撤廃条約に関する日本国政府の留保
第8 肖像の無断使用と不法行為

第9 関連記事その他


第1 公共的事項に関する表現の自由及び事前抑制の許容範囲
1 公共的事項に関する表現の自由
・ 最高裁大法廷昭和49年11月6日判決(猿払事件上告審判決)は以下の判示をしています。
     憲法二一条の保障する表現の自由は、民主主義国家の政治的基盤をなし、国民の基本的人権のうちでもとりわけ重要なものであり、法律によつてもみだりに制限することができないものである。そして、およそ政治的行為は、行動としての面をもつほかに、政治的意見の表明としての面をも有するものであるから、その限りにおいて、憲法二一条による保障を受けるものであることも、明らかである。国公法一〇二条一項及び規則によつて公務員に禁止されている政治的行為も多かれ少なかれ政治的意見の表明を内包する行為であるから、もしそのような行為が国民一般に対して禁止されるのであれば、憲法違反の問題が生ずることはいうまでもない。
2 事前抑制の許容範囲
・ 最高裁大法廷昭和61年6月11日判決(北方ジャーナル事件上告審判決)は以下の判示をしています。
① 主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもつて自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としているのであるから、表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであり、憲法二一条一項の規定は、その核心においてかかる趣旨を含むものと解される。
② 表現行為に対する事前抑制は、新聞、雑誌その他の出版物や放送等の表現物がその自由市場に出る前に抑止してその内容を読者ないし聴視者の側に到達させる途を閉ざし又はその到達を遅らせてその意義を失わせ、公の批判の機会を減少させるものであり、また、事前抑制たることの性質上、予測に基づくものとならざるをえないこと等から事後制裁の場合よりも広汎にわたり易く、濫用の虞があるうえ、実際上の抑止的効果が事後制裁の場合より大きいと考えられるのであつて、表現行為に対する事前抑制は、表現の自由を保障し検閲を禁止する憲法二一条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件のもとにおいてのみ許容されうるものといわなければならない。


第2 表現の自由の制限に関する一般論,及び思想の自由市場への登場の重要性
・ 最高裁平成5年3月16日判決(教科書検定に関する国家賠償請求事件)は以下の判示をしています。
① 不合格とされた図書は、右のような特別な取扱いを受けることができず、教科書としての発行の道が閉ざされることになるが、右制約は、普通教育の場において使用義務が課せられている教科書という特殊な形態に限定されるのであって、不合格図書をそのまま一般図書として発行し、教師、児童、生徒を含む国民一般にこれを発表すること、すなわち思想の自由市場に登場させることは、何ら妨げられるところはない
② 憲法二一条一項にいう表現の自由といえども無制限に保障されるものではなく、公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあり、その制限が右のような限度のものとして容認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである。
③ 所論引用の最高裁昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決・民集四〇巻四号八七二頁は、発表前の雑誌の印刷、製本、販売、頒布等を禁止する仮処分、すなわち思想の自由市場への登場を禁止する事前抑制そのものに関する事案において、右抑制は厳格かつ明確な要件の下においてのみ許容され得る旨を判示したものであるが、本件は思想の自由市場への登場自体を禁ずるものではないから、右判例の妥当する事案ではない。


第3 名誉毀損の取扱い
1 社会的評価の低下の有無の判断基準
(1) 新聞記事がたとえ精読すれば別個の意味に解されないことはないとしても,いやしくも一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に従う場合,その記事が事実に反し名誉を毀損するものと認められる以上,これをもつて名誉毀損の記事と目すべきことは当然であるとされています(最高裁昭和31年7月20日判決)。
(2) テレビジョン放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断されます(最高裁平成15年10月16日判決)。
2 事実を摘示しての名誉毀損(事実摘示型名誉権侵害)の取扱い

(1) 事実を摘示しての名誉毀損にあっては,その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に,摘示された事実がその重要な部分について真実であることの証明があったときには,右行為には違法性がなく,仮に右事実が真実であることの証明がないときにも,行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されます(最高裁平成9年9月9日判決お,先例として,最高裁昭和41年6月23日判決及び最高裁昭和58年10月20日判決参照)。
(2)  他人の名誉を毀損する事実を摘示した者は、その重要な部分について真実性を立証することによつて、免責を受けることができます(最高裁昭和58年10月20日判決)。
(3) 裁判所は,名誉毀損に該当する事実の真実性につき,事実審の口頭弁論終結時において客観的な判断をすべきであり,その際に名誉毀損行為の時点では存在しなかった証拠を考慮することも許されます(最高裁平成14年1月29日判決)。
(4) 「インターネット削除請求・発信者情報開示請求の実務と書式」78頁及び79頁には,検索結果(起訴猶予・略式請求)の削除請求に関して以下の記載があります。
     最終的に起訴猶予・略式手続となった事件では,事件から15年以上経過していても,前掲最三小決(山中注:最高裁平成29年1月31日決定のこと。)以降,裁判所は検索結果の削除決定を発令しなくなりました。判断内容はほぼ最三小決と同じで,「今なお公共の利害に関する事項である」としている印象です。


3 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損(意見論評型名誉権侵害)の取扱い等
(1) 特定の事実を基礎とする意見ないし論評の表明による名誉毀損について,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図ることにあって,表明に係る内容が人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない場合に,行為者において右意見等の前提としている事実の重要な部分を真実と信ずるにつき相当の理由があるときは,その故意又は過失は否定されます(最高裁平成9年9月9日判決)。
(2) 新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分において表現に推論の形式が採られている場合であっても,当該記事についての一般の読者の普通の注意と読み方とを基準に,当該部分の前後の文脈や記事の公表当時に右読者が有していた知識ないし経験等も考慮すると,証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を右推論の結果として主張するものと理解されるときには,同部分は,事実を摘示するものとなります最高裁平成10年1月30日判決)。
(3)  名誉毀損の成否が問題となっている法的な見解の表明は,判決等により裁判所が判断を示すことができる事項に係るものであっても,事実を摘示するものとはいえず,意見ないし論評の表明に当たります(最高裁平成16年7月15日判決)。


4 噂,伝聞形式の表現による名誉毀損の取扱い
・  「人の噂であるから真偽は別として」という表現を用いて公務員の名誉を毀損する事実を摘示した場合において,刑法230条の2所定の事実の証明の対象となるのは,風評そのものの存在ではなく,その風評の内容たる事実が真実であることです(最高裁昭和43年1月18日決定)。


5 名誉毀損の成否に際して表現媒体の違いは関係がないと思われること
(1) 新聞記事による名誉毀損にあっては、他人の社会的評価を低下させる内容の記事を掲載した新聞が発行され、当該記事の対象とされた者がその記事内容に従って評価を受ける危険性が生ずることによって、不法行為が成立するのであって、当該新聞の編集方針、その主な読者の構成及びこれらに基づく当該新聞の性質についての社会の一般的な評価は、右不法行為責任の成否を左右するものではありません(最高裁平成9年5月27日判決)。
(2) インターネットの個人利用者による表現行為の場合においても,他の表現手段を利用した場合と同様に,行為者が摘示した事実を真実であると誤信したことについて,確実な資料,根拠に照らして相当の理由があると認められるときに限り,名誉毀損罪は成立しないものと解するのが相当であって,より緩やかな要件で同罪の成立を否定すべきではありません(最高裁平成22年3月15日決定)。
(3) インターネット上のウェブサイトに掲載された記事が,それ自体として一般の閲覧者がおよそ信用性を有しないと認識し,評価するようなものではありません(最高裁平成24年3月23日判決)。


6 名誉毀損行為が公務員に関する事実である場合の取扱い等
(1) 名誉毀損行為が公務員に関する事実に係る場合,真実であることの証明がある限り,名誉毀損罪が成立することはありません(刑法230条の2第3項)。
(2) 憲法15条1項は「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。」と定め,憲法16条は「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。」と定めています。
(3) 46期の岡口基一裁判官に対する令和3年6月16日付の訴追状8頁には以下の記載があります。
     これらを不特定多数の者が閲覧可能な状態にし,もって裁判を受ける権利を保障された私人である訴訟当事者による民事訴訟提起行為を一方的に不当とする認識ないし評価を示すとともに,当該訴訟当事者本人の社会的評価を不当におとしめたものである。


7 その他
(1) 判例タイムズ1470号(2020年5月1日付)に「 名誉権に基づく出版差止め ―北方ジャーナル事件以降の裁判例の整理」(筆者は51期の廣瀬孝 札幌地裁5民部総括)が載っていて,そこでは,私人に対する表現行為における判断基準,出版後の差止めにおける判断基準,対象者の同定可能性,販売を終了した出版物及び回収請求の可否について論じています。
(2) 自己の正当な利益を擁護するため,やむをえず他人の名誉を損なう言動を行った場合は,それが当該他人による攻撃的な言動との対比で,方法及び内容において適当と認められる限度を超えない限り,違法性が阻却されます(最高裁昭和38年4月16日判決参照)ところ,最高裁昭和38年4月16日判決の事例では,甲学界誌において掲載の承諾を得ている外国人学者の講演内容を,乙学界誌が,本人の承諾を得ずに原判示のような不明朗な手段で,通訳から講演訳文原稿を入手した上,甲誌に先がけて掲載発表する等原判決認定のような経緯があるときは,甲誌編集者らが乙誌を非難するのに「盗載」「犯罪的不徳行為」等の言辞を用いたとしても,乙誌の名誉信用を害するものとはいえないとされました。
(3)ア ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第10回には以下の記載があります。
     最高裁が平成23年判決(山中注:最高裁平成23年4月28日判決のこと。)で地方新聞社をなぜ免責したかというと、そもそも地方新聞社自身で取材するのが期待できない状況があることを前提に、通信社が地方新聞社のかわりに取材をしたと言ってよいような密接な関係があった、そこで通信社が十分な取材をしていれば免責してあげよう。これが最高裁のいう「一体性」の背景にある利益衡量かなと思います。もしこの理解が正しければ、個々のインターネットユーザーに高度な取材を期待できず、少なくとも新聞社自身が一般のインターネットユーザーによる拡散やコメントを期待してSNSによるコメント機能を設けているような状況であれば、新聞社がインターネットユーザーのかわりに取材をしたといってよいような密接な関係があったと言えるのではないか、そしてそのような場合には、平成23年判決の法理を類推してインターネットユーザーを免責する余地があるのではないか。こういうことを考えています。
イ 「ウェブ連載版『最新判例にみるインターネット上の名誉毀損の理論と実務』第44回」に以下の記載があります。
     一般には、対抗言論が可能な状況が存在する場合において、それだけで一律に名誉毀損を否定するといったドラスティックな見解は採用されていない。但し、よりマイルドに、対象者に事後的な対抗言論を通じて名誉回復を行う機会があることを、社会的評価の低下の有無や違法性阻却の可否、損害等で考慮するべきではないかという問題意識自体は存在するところである(本書323頁)。
(4) 東弁リブラ2021年7・8月合併号「SNS等のネット中傷問題-プロバイダ責任制限法の改正経緯とポイント-」が載っています。


第4 プライバシー侵害の取扱い
1 プライバシー侵害が不法行為となる場合 
(1) 個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となります(最高裁平成29年1月31日決定。なお,先例として,最高裁昭和56年4月14日判決最高裁平成6年2月8日判決最高裁平成14年9月24日判決最高裁平成15年3月14日判決及び最高裁平成15年9月12日判決参照)。
(2) プライバシー侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立します(最高裁令和2年10月9日判決。なお,先例として,最高裁平成6年2月8日判決及び最高裁平成15年3月14日判決)。
(3) 最高裁大法廷令和3年6月23日決定の裁判官宮崎裕子,同宇賀克也の反対意見(リンク先のPDF17頁以下)には以下の記載があります(リンク先のPDF30頁)。
     何をプライバシー侵害と感ずるかについては,個人差があり,例えば,自分が難病にかかったことを公表する人も少なくないが,他方,それを他人に知られたくないと思う人も少なからず存在すると考えられる。後者の人にとって,難病にり患していることを他人に知られない利益はプライバシー権として憲法上保障されるべきであって,そのような事実を他人に知られないことを望まない人がある程度存在するからといって,それを他人に知られることを望まない人の利益をプライバシー権として保障することを否定することにはならない。


2 少年法61条が禁止している推知報道に当たるかどうかの判断基準
・ 少年法61条が禁止しているいわゆる推知報道に当たるか否かは,その記事等により,不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断されます(最高裁平成15年3月14日判決)。
3 プライバシー侵害を理由とする差止請求
・ プライバシー侵害又は名誉感情侵害がある場合において,侵害行為が明らかに予想され,その侵害行為によって被害者が重大な損失を受けるおそれがあり,かつ,その回復を事後に図るのが不可能ないし著しく困難になると認められるときは,差止請求まで認められます(最高裁平成14年9月24日判決参照)。
4 民事訴訟における主張立証活動とプライバシー侵害
・ 横浜地裁令和2年12月11日判決(判例体系に掲載)は,弁護士に対する大量懲戒請求事案に関し,損害賠償請求をした弁護士が裁判所に懲戒請求者のリストを提出した行為について不法行為は成立しないと判断しました(IT・システム判例メモ「懲戒請求者リストの訴訟上の提出と不法行為 横浜地判令2.12.11(令和2ワ2097)」参照)ところ,以下の判示をしています。
     民事訴訟における主張立証活動は、それ自体は事実の公表を目的とする行為ではないものの、訴訟記録が閲覧可能な状態に置かれることなどにより、第三者がその事実を知り得る状態に至り、結果的に公表と同様の効果をもたらすことがあるため、プライバシーの侵害の成否が問題となり得る。このような場面では、その事実を公表されない法的利益と当該主張立証活動に係る法的利益とを比較衡量し、前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するものと解されるが(なお、前者が後者に優越する場合であっても、違法性阻却事由があるときには、不法行為が成立しないことは、言うまでもない。)、その判断に際しては、当事者が主張立証活動を尽くし、裁判所がこれを踏まえて事実認定及び法的判断を行うことにより私的紛争の適正な解決を実現するという民事訴訟の性格上、当事者の主張立証活動の自由を保障する必要性が高いことを踏まえることが重要である。


第5 表現の自由に関する東京弁護士会の会長声明等
1 「表現の不自由展・その後」展示中止を受け、表現の自由に対する攻撃に抗議し、表現の自由の価値を確認する会長声明(2019年8月29日付の東京弁護士会の会長声明)には以下の記載があります。
① 本年8月1日から10月14日までの予定で愛知県で開催されている国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が、開始からわずか2日後の8月3日に中止された。
 この企画展は、従軍慰安婦を象徴する「平和の少女像」や昭和天皇の写真を含む肖像群が燃える映像作品など、過去に展示を拒否されたり公開中止になったりした作品を展示したものであった。
 これらの作品は、観る人によって、好悪さまざまな感情を抱くものであろう。人それぞれの受け止め方があることは当然のことながら、異論反論その他主張したいことがあれば、合法的な表現行為によって対抗するのが法治国家であり民主主義社会である。
② 憲法21条で保障される表現の自由は、自己の人格を形成・発展させる自己実現の価値を有するとともに、国民が政治的意思決定に関与する自己統治の価値をも有する、極めて重要な基本的人権である。政治的表現が芸術という形をとって行われることも多く、芸術を含む多種多様な表現活動の自由が保障されることは、民主主義社会にとって必要不可欠である。 
 我々は、思想信条のいかんを問わず、表現の自由が保障される社会を守っていくことが重要であるという価値観を共有したい。
2 令和2年11月27日にZoomウェビナーで開催された,第31回近畿弁護士連合会人権擁護大会シンポジウム(第1分科会)のテーマは,「あいちトリエンナーレから考える表現の自由の現在(いま)」でした(大阪弁護士会HPの「第31回近畿弁護士会連合会人権擁護大会シンポジウム第1分科会「あいちトリエンナーレから考える表現の自由の現在(いま)」を開催します」参照)。


第6 法人の名誉権侵害と無形損害
1 法人の名誉権が侵害され,無形の損害が生じた場合でも,右損害の金銭評価が可能であるかぎり,民法710条の適用があります(最高裁昭和39年1月28日判決)。
2(1) 京都朝鮮学校へのヘイトスピーチ事件に関する京都地裁平成25年10月7日判決(控訴審判決は大阪高裁平成26年7月8日判決です。)は,原告が設置運営する朝鮮学校に対し,隣接する公園を違法に校庭として占拠していたことへの抗議という名目で3回にわたり威圧的な態様で侮蔑的な発言を多く伴う示威活動を行い,その映像をインターネットを通じて公開した被告らの行為は,判示の事実関係の下では,原告の教育事業を妨害し,原告の名誉を毀損する不法行為に該当し,かつ,人種差別撤廃条約上の「人種差別」に該当するとして被告らに対する損害賠償請求を一部認容し,また,一部の被告が上記学校の移転先周辺において今後同様の示威活動を行うことの差止め請求を認容した事例に関するものです。
(2) 同判決には以下の判示があります(改行を追加しています。)。
 法人は,生身の人間ではなく,精神的・肉体的な苦痛を感じないため,苦痛に対する慰藉料の必要性は想定し難いが,学校法人としての教育業務を妨害されれば,そこには組織の混乱,平常業務の滞留,組織の平穏を保つため,あるいは混乱を鎮めるための時間と労力の発生といった形で,必ずや悪影響が生じる(前記第1の7に認定の事実は,学校法人に悪影響が発生した事実を認定したものである。)。
 混乱の対応のため費やすことになった時間と労力は,積極的な財産支出や逸失利益という形での損害認定こそ困難であるものの,被告らによる業務妨害さえなければ何ら必要がなかった(あるいは他の有用な活動に振り向けることができた)時間と労力なのであって,原告の学校法人としての業務について生じた悪影響であることは疑いがない。
 このような悪影響をも損害として観念しなければ,民法709条以下の不法行為法の理念(損害の公平な分担)を損なうことが明らかである。このような悪影響は,無形損害という形で金銭に見積もるべき損害というべきである。
 すなわち,本件活動による業務妨害により,本件学校における教育業務に及ぼされた悪影響全般は,無形損害として,金銭賠償の対象となる。 


第7 人種差別撤廃条約に関する日本国政府の留保
・ 外務省HPの人種差別撤廃条約Q&Aには以下の記載があります。
Q6 日本はこの条約の締結に当たって第4条(a)及び(b)に留保を付してますが、その理由はなぜですか。
A6 第4条(a)及び(b)は、「人種的優越又は憎悪に基づくあらゆる思想の流布」、「人種差別の扇動」等につき、処罰立法措置をとることを義務づけるものです。
これらは、様々な場面における様々な態様の行為を含む非常に広い概念ですので、そのすべてを刑罰法規をもって規制することについては、憲法の保障する集会、結社、表現の自由等を不当に制約することにならないか、文明評論、政治評論等の正当な言論を不当に萎縮させることにならないか、また、これらの概念を刑罰法規の構成要件として用いることについては、刑罰の対象となる行為とそうでないものとの境界がはっきりせず、罪刑法定主義に反することにならないかなどについて極めて慎重に検討する必要があります。我が国では、現行法上、名誉毀損や侮辱等具体的な法益侵害又はその侵害の危険性のある行為は、処罰の対象になっていますが、この条約第4条の定める処罰立法義務を不足なく履行することは以上の諸点等に照らし、憲法上の問題を生じるおそれがあります。このため、我が国としては憲法と抵触しない限度において、第4条の義務を履行する旨留保を付することにしたものです。
なお、この規定に関しては、1996年6月現在、日本のほか、米国及びスイスが留保を付しており、英国、フランス等が解釈宣言を行っています。


第8 肖像の無断使用と不法行為
1 人はみだりに自己の容ぼう,姿態を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有し,ある者の容ぼう,姿態をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断して決せられます(最高裁平成17年11月10日判決)。
2 人の氏名,肖像等を無断で使用する行為は,①氏名,肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で氏名,肖像等を商品等に付し,③氏名,肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら氏名,肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,当該顧客吸引力を排他的に利用する権利(いわゆるパブリシティ権)を侵害するものとして,不法行為法上違法となります(最高裁平成24年2月2日判決)。


第9 関連記事その他
1  大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例(平成28年大阪市条例第1号)2条,5条~10条は,憲法21条1項に違反しません(最高裁令和4年2月15日判決)。
2 最高裁令和4年6月24日判決は, ある者のプライバシーに属する事実を摘示するツイートがされた場合にその者がツイッターの運営者に対して上記ツイートの削除を求めることができるとされた事例です。


3 月刊ペン事件に関する最高裁昭和56年4月16日判決は,一般論として以下の判示をしています。
① 私人の私生活上の行状であつても、そのたずさわる社会的活動の性質及びこれを通じて社会に及ぼす影響力の程度などのいかんによつては、その社会的活動に対する批判ないし評価の一資料として、刑法二三〇条の二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたる場合がある。
② 刑法二三〇条の二第一項にいう「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたるか否かは、摘示された事実自体の内容・性質に照らして客観的に判断されるべきであり、これを摘示する際の表現方法や事実調査の程度などは、同条にいわゆる公益目的の有無の認定等に関して考慮されるべきことがらであつて、摘示された事実が「公共ノ利害ニ関スル事実」にあたるか否かの判断を左右するものではない。
4 新聞社は,新聞広告を掲載する場合において,その内容の真実性について疑念を抱くべき特別の事情があって読者に不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し,又は予見し得たときは,右広告内容の真実性について調査確認をする注意義務があります(最高裁平成元年9月19日判決)。
5 衆議院HPに「知る権利・アクセス権とプライバシー権に関する基礎的資料―情報公開法制・個人情報保護法制を含む―基本的人権の保障に関する調査小委員会(平成 15 年 5 月 15 日の参考資料」が載っています。
6 京都産業大学HPの「憲法学習用基本判決集(須賀博志)」には,憲法判例の第一審判決及び控訴審判決も載っています。
7(1) 四畳半襖の下張事件に関する最高裁昭和55年11月28日判決の裁判要旨は「文書のわいせつ性の判断にあたつては、当該文書の性に関する露骨で詳細な描写叙述の程度とその手法、右描写叙述の文書全体に占める比重、文書に表現された思想等と右描写叙述との関連性、文書の構成や展開、さらには芸術性・思想性等による性的刺激の緩和の程度、これらの観点から該文書を全体としてみたときに、主として、読者の好色的興味にうつたえるものと認められるか否かなどの諸点を検討することが必要であり、これらの事情を総合し、その時代の社会通念に照らして、それが「徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもの」といえるか否かを決すべきである。」というものです。
(2) 刑法175条1項にいう「わいせつ」の概念は不明確であるとはいえません(最高裁令和5年9月26日決定)。
8 令和2年総務省令第82号(プロバイダに対して開示を請求することのできる発信者情報に発信者の電話番号を追加するもの)の施行前に特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は,上記施行後に発信者の電話番号の開示を請求できます(最高裁令和5年1月30日判決)。
9 14期の塩崎勤裁判官は,判例タイムズ1055号(2001年5月15日号)に「名誉毀損による損害額の算定について」を寄稿しています。
10(1) 以下の資料を掲載しています。
・ 「刑法等の一部を改正する法律」の施行について(令和4年6月29日付の法務省刑事局長の依命通達)
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 弁護士の懲戒事由
・ 弁護士法56条1項の「品位を失うべき非行」の具体例
・ 弁護士の懲戒請求権が何人にも認められていることの意義


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