労災隠し

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目次
1 総論
2 労災隠しの原因
3 労災保険の利用と会社との関係
4 交通事故が労働災害に該当する場合において,労災保険を利用するメリット等
5 労災隠しに伴う被災労働者のデメリット
6 関連記事

1 総論
(1) 労災隠しとは,「故意に労働者死傷病報告を提出しないこと」又は「虚偽の内容を記載した労働者死傷病報告を所轄労働基準監督署長に提出すること」をいいます。
    このような労災隠しは適正な労災保険給付に悪影響を与えるばかりでなく,労働災害の被災者に犠牲を強いて自己の利益を優先する行為であって,労働安全衛生規則97条に違反して労働者死傷病報告を提出しない点で労働安全衛生法100条に違反しますし,同法120条5号に基づき50万円以下の罰金に処せられることがあります(厚生労働省HPの「「労災かくし」の送検事例」参照)。
(2) 被災労働者に100%の過失がある場合であっても,重過失がない限り,労災保険を利用することができます労災保険法12条の2の2参照)。

2 労災隠しの原因
(1)   20人以上の事業所において,業務災害が全くない場合,労災保険料率が基準額から最大で40%割引となるのに対し,業務災害がたくさんある場合,労災保険料率が基準額から最大で40%割増となります(外部HPの「労災保険のメリット制に関する基礎知識」参照)。
    ただし,通勤災害の場合,事業主に責任がないことから,労災保険料率の割増にはつながりません。
(2) 本来は災害防止努力を促すためのメリット制については,労働災害が発生すると保険料負担が増えるという認識を事業主が持つこととなり,その結果,労働災害を隠すという行動につながっています。
    特に公共事業を受注する事業主について労働災害が発生した場合、国,都道府県,市町村などの発注者から指名停止処分を受けることがあるため,労災隠しをすることがあります。
    また,元請業者は下請業者や孫請業者の起こした災害も元請業者の災害となる(労働基準法87条参照)ことから,下請業者等に虚偽の報告を行わせたり,逆に下請業者が今後,元請業者からの仕事が来なくなることを恐れて労災事故を隠すことがあります。

3 労災保険の利用と会社との関係
(1)ア 労災保険を利用する場合,①負傷又は発病の年月日,②災害の原因及び発生状況等について事業主の証明を受ける必要があります(労災保険法施行規則12条1項3号及び4号・同条2項等)。
イ   会社が事業主の証明をしてくれない場合であっても,労災保険を利用できることがあります日本法令HP「会社が「事業主証明」を拒否した場合の労災保険給付請求書の取扱い」参照)から,この場合,労基署に相談して下さい。
(2) 事業主である会社は,被災労働者が労災保険を利用するのに助力する必要がある(労災保険法施行規則23条)反面,労基署長に対し,業務災害又は通勤災害に該当するかどうかについて意見を申し出ることができます(労災保険法施行規則23条の2)。
(3) 交通事故が業務災害に該当する場合,事業主は,所轄の労基署に対し,労災申請とは別に,労働者死傷病報告書(労働安全衛生規則97条)を提出する必要があります(外部HPの「労働者死傷病報告書」参照)。

4 交通事故が労働災害に該当する場合において,労災保険を利用するメリット等
(1) 交通事故が労働災害に該当する場合において,労災保険を利用するメリットは以下のとおりです。
① 過失相殺後の賠償金を確保できること
    自由診療の場合,公的医療保険の2倍ぐらいの費用がかかることが多いのに対し,労災保険の場合,1点12円で計算しますから,公的医療保険の1.2倍の費用で済みます。
    そのため,被害者にも過失がある場合,治療費を安くすることで,過失相殺後の賠償金を確保できます。
② 休業特別支給金を別枠でもらえること
    休業損害の約20%に相当する休業特別支給金は,休業損害とは別枠で支給してもらえます。
③ 障害特別支給金及び障害特別年金又は障害特別一時金を別枠でもらえること
    (a)障害特別支給金(例えば,後遺障害等級8級の場合は65万円,後遺障害等級14級の場合は8万円),及び(b)障害特別年金(後遺障害等級7級以上の場合)又は障害特別一時金(後遺障害等級8級以下の場合)は,後遺障害逸失利益とは別枠で支給してもらえます。
(2) 例えば,労災保険を利用した場合の治療費が120万円,通院慰謝料が100万円,過失割合が3割の場合,220万円の損害額のうち,相手方に対して請求できる損害額は154万円となりますところ,120万円は治療費に充当されますから,追加で請求できるのは34万円となります。
    これに対して,任意保険会社の一括払を利用し続けた場合,自由診療として1点20円で計算される結果,公的医療保険を利用した場合の治療費の2倍ぐらいとなることがあります(ただし,自賠責保険診療費算定基準が適用されている場合,1.44倍ぐらいです。)。
    そのため,例えば,治療費が公的医療保険を利用した場合の2倍である200万円(労災保険を利用した場合は120万円となります。),通院慰謝料が100万円,過失相殺が3割の場合,300万円の損害額のうち,相手方に対して請求出来る損害額は210万円となりますところ,200万円は治療費に充当されますから,追加で請求できるのは10万円だけとなります。

5 労災隠しに伴う被災労働者のデメリット
(1) そもそも労働災害に該当する場合,健康保険を使用できないところ(厚生労働省HPの「「労災かくし」は犯罪です。」参照),被災労働者が労災隠しに協力して健康保険を使用した場合,労災隠しの共犯者になることのほか,以下のデメリットがあります。
①  健康保険の傷病手当金として約67%の賃金補償を最長で1年6月間,受けられるに過ぎません。
→ 労災保険を利用した場合,休業補償給付及び休業特別支給金として約80%の賃金補償を症状固定日まで受けることができます。
② 1年6月を経過した後に後遺障害が残った場合,健康保険から特段の補償はなく,重度の後遺障害が残った場合に限り,障害厚生年金又は障害基礎年金を受けられるに過ぎません。
→ 労災保険を利用した場合,軽度の後遺障害が残った場合であっても障害補償給付等を受けられますし,重度の後遺障害が残った場合,障害厚生年金又は障害基礎年金と併せて,障害補償給付等を受けられます。
(2) 労働災害に該当する交通事故の被害者が労災隠しに協力した場合,以下のデメリットもあります。
① 損害賠償金とは別枠でもらえる,休業損害の約20%に当たる休業特別支給金を支給してもらえません。
② 後遺障害逸失利益に相当する部分について,迅速に支給してもらえる障害(補償)給付を支給してもらえません。
③ 損害賠償金とは別枠でもらえる,障害特別支給金及び障害特別一時金を支給してもらえません。

6 関連記事その他
(1) 吉崎麻美社労士事務所(神奈川・東京)HP「2017年健康保険から労災保険への切り替え方」が載っています。
(2) 被害者が労災保険給付を受けてもなお塡補されない損害について直接請求権を行使する場合は,他方で労災保険法12条の4第1項により国に移転した直接請求権が行使され,被害者の直接請求権の額と国に移転した直接請求権の額の合計額が自賠責保険金額を超えるときであっても,被害者は,国に優先して自賠責保険の保険会社から自賠責保険金額の限度で自賠法16条1項に基づき損害賠償額の支払を受けることができます最高裁平成30年9月27日判決)。
(3) 以下の記事も参照して下さい。
 労災保険の給付内容
 労災保険に関する書類の開示請求方法
 労災保険の特別加入制度
・ 労災保険に関する審査請求及び再審査請求
・ 弁護士の社会保険
 民間労働者と司法修習生との比較
 業務が原因で心の病を発症した場合における,民間労働者と司法修習生の比較
 平成30年度全国労災補償課長会議資料
・ 厚生労働省労働基準局の,労災保険に係る訴訟に関する対応の強化について

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