内閣法制局参事官経験のある裁判官

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目次
1 内閣法制局参事官経験のある裁判官
2 内閣法制局参事官経験のない,裁判官出身の内閣法制局長官
3 内閣法制局参事官の位置づけ
4 関連記事その他

1 内閣法制局参事官経験のある裁判官

(1) 内閣法制局第一部参事官経験のある裁判官
・ プロパーの検事及び期外を除き,新しい順に以下のとおりです(最後の職が最高裁裁判官である人は赤文字表記とし,最後の職が高裁長官である人は紫文字表記としています。)。
53期の畑佳秀裁判官(R3.8.1 ~ )
48期の馬渡直史裁判官(H28.8.1 ~ R3.7.31)
45期の菊池章裁判官(H23.8.1 ~ H28.7.31)
40期の舘内比佐志裁判官(H18.8.7 ~ H23.7.31)
37期の八木一洋裁判官(H12.8.10 ~ H18.8.6)
33期の青柳勤裁判官(H7.7.3 ~ H12.8.9)
26期の永井敏雄裁判官(H2.8.1 ~ H7.7.2)
19期の堀籠幸男裁判官(S59.8.13 ~ H2.7.9)
15期の鈴木康之裁判官(S54.7.1 ~ S59.8.13)
10期の上谷清裁判官
(S49.4.15 ~ S54.6.30)
(2) 内閣法制局第二部参事官経験のある裁判官
・ プロパーの検事及び期外を除き,新しい順に以下のとおりです(最後の職が最高裁裁判官である人は赤文字表記とし,最後の職が高裁長官である人は紫文字表記としています。)。
50期の衣斐瑞穂裁判官(H30.8.1 ~ )
47期の岡田幸人裁判官(H25.8.1 ~ H30.7.31)
42期の森英明裁判官(H20.8.1 ~ H25.7.31)
37期の尾島明裁判官(H15.8.1 ~ H20.7.31)
38期の岩井伸晃裁判官(H13.6.4 ~ H18.7.23)
33期の野山宏裁判官(H11.10.1 ~ H15.7.31)
28期の高橋利文裁判官(H6.9.1 ~ H11.9.30)
21期の雛形要松裁判官(S58.6.15 ~ H1.7.17)
13期の町田顕裁判官(S52.1.27 ~ S58.6.14)
8期の梅田晴亮裁判官(S42.9.6 ~ S52.2.28)


2 内閣法制局参事官経験のない,裁判官出身の内閣法制局長官
(1) 1期の味村治裁判官は,昭和48年10月1日に法務大臣官房司法法制調査部長から内閣法制局第二部長となり,その後,第一部長及び次長を経て,昭和61年7月22日に内閣法制局長官となりました。
(2) 14期の大森政輔裁判官は,昭和58年11月1日に法務省民事局参事官から内閣法制局総務主幹となり,その後,第二部長,第一部長及び次長を経て,平成8年1月11日に内閣法制局長官となりました。
(3) 内閣法制局総務主幹は各省の官房長に相当するポストであり,内閣法制局各部の部長は各省の局長に相当するポストであり,内閣法制次長は各省の事務次官に相当するポストであり,内閣法制局長官は各省の大臣に相当するポストです。

3 内閣法制局参事官の位置づけ
(1) 国立公文書館HPの「内閣法制局移管文書について」には以下の記載があります。
   それぞれの部には、部長以下 11~15 名ほどの参事官・事務官が配置されている。法案審査を担当する参事官は、伝統的に他省庁から出向した、法律及び実務についての知識も経験も豊かな概ね在職 10~15 年の本省課長クラスの職員で占められている。参事官に他省庁からの出向者をあてるという制度は戦前から続くもので、彼らは「将来の幹部候補を目する、行政経験および法制面でも「優秀」な人物」と見られている。したがって、内閣法制局への出向者に選ばれることは「名誉」であり、選ばれた各人は、参事官として「中正高次の立場に立って所信を貫く責任感と誇り」をもつという。
(2)ア 「「法の番人」内閣法制局の矜持」(著者は阪田雅裕 元内閣法制局長官)には以下の記載があります。
(25頁の記載)
    もともと法制局は、明治18年(1885年)に内閣制度ができるのと同時にスタートしているのですが、その当時からずっと独自の採用はやっていません。一番大きな理由は組織が小さいことではないかと思います。小さな組織で優秀な職員を定期的に採ることは難しいし、大量に採用すると必ず処遇の問題が出てくる。他の組織と違ってラインでの仕事ではなくて、参事官は専門性をもったスタッフとして働いているわけですから。70人あまりのうち、部長も含めれば30人以上が課長、参事官以上というような組織です。そういう組織で新しい人を採用して局内で育てるというのが物理的に不可能ということが、一番の理由だと思います。
(26頁の記載)
    第一部から第四部まで、それぞれ参事官が5人ないし6人配置されていますから、全部で20人あまりです。部長や総務主幹も参事官を兼ねていますから、参事官が全部で26、27人といった数になる。こんな頭でっかちの組織というのは、ラインで仕事をするところでは考えられませんね。
(36頁の記載)
    むろん全員ではないですが、(山中注:参事官の在任期間は)原則として5年以上にどうしてもなってしまいますね。はじめの1年くらいは本人も大変ですし、それをチェックする部長も負担は大きいと思います。
(40頁の記載)
    役所にはエリートコースというのがあって、なんとなくここにはエリートが行くのだと思われているポストがある。役所によっては、内閣法制局参事官の経験者がその後、局長や長官、事務次官になるケースが少なくない。裁判所もそうですが、そういう省庁では、先々その役所の幹部になりそうな人材を法制局に出すのが慣例になったりするわけです。反対に、私のいた大蔵省などは、私自身を含め必ずしもそうではなかった。そういうのはよくないと思っていたのです。来た人自身の士気にもかかわるし、法制局の権威にもかかわりますから。
イ 内閣法制局長官については,「官吏ハ己ノ職務ニ関スルト又ハ他ノ官吏ヨリ聞知シタルトヲ問ハス官ノ機密ヲ漏洩スルコトヲ禁ス其職ヲ退ク後ニ於テモ亦同様トス」と定める官吏服務紀律(明治20年勅令第39号)4条1項の適用があると解されています(参議院議員藤末健三君提出特別職公務員の守秘義務に関する質問に対する答弁書(平成21年7月10日付))。
(3)ア 内閣法制局は,国家公務員採用一般職試験からの新人採用はしています(内閣法制局HPの「採用情報」参照)ものの,このルートで採用された新人が参事官になることはないのであって,参事官付として意見事務又は審査事務に関与するに過ぎません。
イ 内閣法制局HPの「職員からのメッセージ」を見れば,一般職試験から採用された人の業務内容が伺えます。

4 関連記事その他
(1) 明治大学西川伸一ゼミナールHP「内閣法制局を見学してきました」に,審査風景及び参事官の執務部屋の写真が載っています。
(2)ア 司法試験に合格した後に5年間,内閣法制局参事官をすれば,法務大臣が指定する研修の課程を終了した旨の法務大臣の認定通知(弁護士法5条の3)を受けるだけで,弁護士登録ができます(弁護士法5条1号)ところ,例えば,平成23年9月2日から平成24年1月13日まで法務大臣をしていた平岡秀夫衆議院議員(当時)の場合,東大法学部在学中の昭和50年10月に司法試験に合格した後に大蔵省に入省し,平成5年7月2日から平成10年7月2日までの5年間,内閣法制局参事官を経験した後に弁護士登録をしました。
イ 弁護士資格に特例を認めた法の趣旨は,単にその者に特殊な法律専門知識があることだけに着眼したものではなく,少くとも弁護士法四条所定の司法修習生の修習を終えた者と同じ程度の一般的な法律的素養にも欠けるところがないことを予定しているものです(最高裁昭和43年11月15日判決)。
(3) 以下の記事も参照してください。
・ 内閣法制局長官任命の閣議書
・ 内閣法制局に関するメモ書き
・ 行政機関等への出向裁判官
・ 平成16年4月1日創設の,弁護士資格認定制度
・ 弁護士資格認定制度に基づく認定者数の推移

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