外務省国際法局長経験のある最高裁判所判事

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目次
第1 外務省国際法局長経験のある,歴代の最高裁判所判事(新しい順)
9 長嶺安政最高裁判所判事(令和3年2月8日任命・令和6年4月15日限り定年退官予定)
8 林景一最高裁判所判事(平成29年4月10日任命・令和3年2月7日限り定年退官)
7 竹内行夫最高裁判所判事(平成20年10月21日任命・平成25年7月19日限り定年退官)
6 福田博最高裁判所判事(平成7年9月4日任命・平成17年8月1日限り定年退官)
5 中島敏次郎最高裁判所判事(平成2年1月24日任命・平成7年9月1日限り定年退官)
4 高島益郎最高裁判所判事(昭和59年12月17日任命・昭和63年5月2日死亡退官)
3 藤崎萬里最高裁判所判事(昭和52年4月5日任命・昭和59年12月15日限り定年退官)
2 下田武三最高裁判所判事(昭和46年1月12日任命・昭和52年4月2日限り定年退官)
1 栗山茂最高裁判所判事(昭和22年8月4日任命・昭和31年10月5日限り定年退官)
第2 2012年以降の外務省国際法局長(着任順)
1 兼原信克(昭和56年入省)
2 石井正文(昭和55年入省)
3 秋葉剛男(昭和57年入省)
4 斎木尚子(昭和57年入省)
5 三上正裕(昭和61年入省)
6 岡野正敬(昭和62年入省)
第3 外務省国際法局長経験者枠での次の最高裁判所判事
第4 外務省国際法局の組織
第5 関連記事その他

第1 外務省国際法局長経験のある,歴代の最高裁判所判事(新しい順)

・ 外務省国際法局長経験のある最高裁判所判事は,着任日の新しい順に以下のとおりです。
9 長嶺安政最高裁判所判事(令和3年2月8日任命・令和6年4月15日限り定年退官予定)
・ 昭和52年に外務省に入省し,平成22年8月20日から平成24年9月10日までの間,外務省国際法局長をしていました。
・ 最高裁判所判事に任命される直前は駐英大使をしていました。


8 林景一最高裁判所判事(平成29年4月10日任命・令和3年2月7日限り定年退官)
・ 昭和49年に外務省に入省し,平成14年9月20日から平成17年8月2日までの間,外務省国際法局長(ただし,平成16年7月31日までは外務省条約局長)をしていました。
・ 最高裁判所判事に任命される直前は駐英大使をしていました。
7 竹内行夫最高裁判所判事(平成20年10月21日任命・平成25年7月19日限り定年退官)
・ 昭和42年に外務省に入省し,平成9年8月1日から平成10年7月28日までの間,外務省条約局長をしていました。
・ 平成17年1月4日に外務事務次官を退任した後,最高裁判所判事に任命される直前は政策研究大学院大学連携教授をしていました。
6 福田博最高裁判所判事(平成7年9月4日任命・平成17年8月1日限り定年退官)
・ 昭和35年に外務省に入省し,平成元年1月27日から平成2年8月31日までの間,外務省条約局長をしていました。
・ 最高裁判所判事に任命される直前は外務審議官(政務担当)をしていました。
・ 中島敏次郎最高裁判所判事の後任は,外務省条約局長経験者である小和田恒国連大使(昭和30年入省。当時の皇太子妃雅子の父親)であると報道されたことがあります
5 中島敏次郎最高裁判所判事(平成2年1月24日任命・平成7年9月1日限り定年退官)
・ 昭和23年に外務省に入省し,昭和51年1月22日から昭和52年9月15日までの間,外務省条約局長をしていました。
・ 最高裁判所判事に任命される直前は駐中国大使をしていました。
4 高島益郎最高裁判所判事(昭和59年12月17日任命・昭和63年5月2日死亡退官)
・ 昭和16年に外務省に入省し,昭和47年1月18日から昭和48年8月7日までの間,外務省条約局長をしていました。
・ 太平洋戦争中,陸軍に召集され,終戦後に北朝鮮で捕虜となり,そのままソ連で抑留生活を送った結果,極寒のために凍傷にかかり,足の小指を失いました。
・ 最高裁判所判事に任命される直前は駐ソ連大使をしていました。
3 藤崎萬里最高裁判所判事(昭和52年4月5日任命・昭和59年12月15日限り定年退官)
・ 昭和12年に外務省に入省し,昭和39年3月19日から昭和42年12月26日までの間,外務省条約局長をしていました。
・ 駐オランダ大使及び駐タイ大使を経験し,最高裁判所判事に任命される直前は海洋開発審議会委員をしていました。
2 下田武三最高裁判所判事(昭和46年1月12日任命・昭和52年4月2日限り定年退官)
・ 昭和6年に外務省に入省し,昭和27年5月30日から昭和32年1月23日までの間,外務省条約局長をしていました。
・ 最高裁判所判事に任命される直前は駐米大使をしていました。
1 栗山茂最高裁判所判事(昭和22年8月4日任命・昭和31年10月5日限り定年退官)
・ 昭和2年8月13日から同年11月25日までの間,外務省条約局長(心得)をしていました。

第2 2012年以降の外務省国際法局長(着任順)
1 兼原信克(昭和56年入省)
・ 平成24年9月から同年12月まで外務省国際法局長をしていました。
・ その後の役人としてのキャリアは内閣官房副長官補(H24.12~)→内閣官房副長官補兼国家安全保障局次長(H26.1~)→退官(R1.10)です。


2 石井正文(昭和55年入省)
・ 平成25年1月から平成26年7月まで外務省国際法局長をしていました。
・ その後の外務省でのキャリアは,駐ベルギー大使(H26.7.29~)→駐インドネシア大使(H29.3.3~)→退官(R2.10)です。
3 秋葉剛男(昭和57年入省)
・ 平成26年7月から平成27年10月5日まで外務省国際法局長をしていました。
・ その後の役人としてのキャリアは,総合外交政策局長→外務審議官(政務担当)(H28.6.7~)→外務事務次官(H30.1.19~)→退官(R3.6)→国家安全保障局長(R3.7~)です。
4 斎木尚子(昭和57年入省)
・ 平成27年10月6日から平成29年7月まで外務省国際法局長をしていました。
・ 日刊ゲンダイに「事務次官の妻を局長に 安倍官邸「外務省人事」に大ブーイング」(2015年9月28日公開)が載っています。
・ その後の外務省でのキャリアは外務省研修所長(H29.7~)→退官(H31.1)です。
5 三上正裕(昭和61年入省)
・ 平成29年7月から令和元年7月まで外務省国際法局長をしていました。
・ その後の外務省でのキャリアは駐カンボジア大使(R2.8~)です。
6 岡野正敬(昭和62年入省)
・ 令和元年7月から外務省国際法局長をしています。

第3 外務省国際法局長経験者枠での次の最高裁判所判事
1 1977年4月に外務省に入省し,2012年9月10日まで外務省国際法局長をしていた長嶺安政(1954.4.16生)は,2021年2月8日に最高裁判所判事となりました。
2(1) 長嶺安政最高裁判所判事が定年退官する2024年4月時点でいえば,秋葉剛男(1958.12.19生),斎木尚子(1958.10.11生),三上正裕(1962.7.10生)及び岡野正敬(1964.6.15生)の4人が外務省国際法局長経験者枠で最高裁判所判事に任命される可能性があることとなります。
(2) 最高裁判所判事としての任期で考えた場合,三上正裕及び岡野正敬は長すぎますから,長嶺安政の後任にはならないと思います。
    また,同じような経歴的資源を有する場合,女性の方が最高裁判所判事に任命されやすいと思います。
    そのため,外務省国際法局長経験者枠での次の最高裁判所判事としては,女性である斎木尚子が最有力の候補者であると個人的に思います。

第4 外務省国際法局の組織
1 外務省組織令12条によれば,外務省国際法局の所掌事務は以下のとおりです。
① 国際法に係る外交政策に関すること。
② 条約その他の国際約束の締結に関すること。
③ 条約その他の国際約束及び確立された国際法規の解釈及び実施に関すること。
④ 日本国政府として処理する必要のある渉外法律事項に関すること。
⑤ 国際司法裁判所常設仲裁裁判所国際法委員会及びアジア・アフリカ法律諮問委員会に関すること。
⑥ 第三号及び第五号に掲げるもののほか、条約その他の国際約束(経済の分野に係る事項に関するものに限る。)に基づく紛争解決の処理に関すること。
⑦ 第二号から前号までに掲げるもののほか、条約その他の国際約束及び確立された国際法規並びに日本国政府として処理する必要のある渉外法律事項に関する対外関係事務の処理及び総括に関すること。
2 令和3年4月現在,外務省国際法局には,国際法課,条約課,経済条約課及び経済紛争処理課並びに社会条約官が置かれています(外務省組織令78条)。
3 外務省国際法局に経済紛争処理課が設置されたのは令和2年8月3日です(新日本法規HPの「外務省組織令の一部改正(令和2年7月31日政令第232号 令和2年8月3日から施行)」参照)。
4 外務省国際法局研究序説-政軍関係への影響に注目して-が参考になります。

第5 関連記事その他
1 立命館大学HPに「戦後日本における外務官僚のキャリアパス―誰が幹部になるのか?―」(立命館法学2011年3号)が載っています。
2 以下の記事も参照してください。
 最高裁判所裁判官の任命に関する各種説明
 最高裁判所長官任命の閣議書
 高輪1期以降の,裁判官出身の最高裁判所判事

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