目次
1 新様式判決の導入時の留意点
2 新様式判決導入時の経緯
3 新様式判決の具体的内容
4 「事案の概要」の記載に関する留意事項
5 「争点に対する判断」の記載に関する留意事項
6 新様式判決に関する共同提言の受け止め方
7 新様式判決に対する批判的意見
8 新様式判決に関する令和2年度民事事件担当裁判官等協議会の協議内容
9 明治時代の判決書の様式
10 関連記事その他
1 新様式判決の導入時の留意点
(1) 判例タイムズ715号(平成2年2月25日付)4頁ないし35頁に,「民事判決書の新しい様式について」(東京高地裁民事判決書改善委員会、大阪高地裁民事判決書改善委員会の共同提言)が載っています(いわゆる「新様式判決」に関する記事です。)ところ,同号5頁によれば,特に以下の点に留意したと書いてあります(1,2,3及び4を①,②,③及び④に変えました。)。
① 当事者のための判決であることを重視し、事件における中心的争点を浮かび上がらせ、これに対する判断を平易簡明な文体を用い、分かりやすい文章で示すよう心掛ける。「窺知(きち)」、「爾余の点」のような難しい言葉や文語調の文章は避ける。
② 裁判官にとって、書きやすいものであることも念頭に置く。文体に習熟しなければ書けないようなものではなく、常識的な文章の起案能力があれば書ける判決書を目指す。
③ 判決書は、形式的な記載、重複記載等の無駄を省き、簡潔なものとなるように心掛ける。そのためには、事実及び理由を一括して記載することも合理的であろう。前の記述を後で繰り返したり、引用したりするよりも、できるだけ一括して記述することを工夫する。
④ 事実及び理由は、全体を通じて、主文が導かれる論理的過程が明瞭に読み取れる程度の記載で足りるものとする。ただし、中心的争点については、具体的な事実関係が明らかになるよう、主張と証拠を摘示しながら丁寧に記述するよう心掛ける。
(2) 「事実」については当事者の主張の全てを請求原因,抗弁,再抗弁等とその認否として整理して摘示し,「理由」については事実欄に摘示された論理的な構造に従って順次判断するという構造を採るという,司法研修所の「民事判決起案の手引」に従った様式の判決は在来様式の判決といわれます(「民事判決書の在り方についての一考察」末尾64頁)。
新様式の判決書については、東京高地裁民事判決書改善委員会「新様式による民事判決書の在り方について」、東京地裁プラクティス委員会第一小委員会「効果的で無駄のない審理を経た事件での新様式判決の在り方」(判タ1340)、矢尾渉ほか「判決の現状と今後の在るべき姿について」(判タ1415)
— sbkyk (@kyshfm) March 20, 2017
2 新様式判決導入時の経緯
(1) 一歩前へ出る司法116頁ないし118頁には以下の記載があります(改行を追加しています。)。
それまでの民事判決書は、当事者の主張について、請求の原因、これに対する認否、抗弁、これに対する認否、再抗弁、これに対する認否という順序で、立証責任の分配に従って分類整理して記載するというものです。しかも、実体法で要件とされる事実のみに絞り込み、取引経緯などの事情はぜい肉として切り落とすという考え方のものです。
従来の判決書様式は、骸骨の裸踊りなどとからかわれることもありますが、法律要件を正確に押さえて無駄がないという点で優れていることは間違いありません。ただ、立証責任の分配、要件事実の絞り込みに、裁判官のエネルギーが取られ、判決が遅くなる一因にもなっておりました。
私は、民事紛争で当事者が裁判所の判断を求める真の争点というものは、一つか二つに絞られるもので、判決もその争点にズバリ答えるという様式でもよいのではないかと思いました。
しかし、民事局が様式の中身にまで口を出すべきではありません。現場の裁判官方のお考えに任せるべきです。そこで、東京高裁・地裁と大阪高裁・地裁に民事判決書改善委員会を作ってもらい、検討をお願いしようと考え、矢口長官にもご相談したのです。
当時、矢口さんは、弁護士からの裁判官任官を進めようと考えていたのですが、なかなか任官者が現れません。弁護士会の中には、途中から裁判官になっても、今のように技術的な判決は書くことが難しいから、任官者が現れないのだとおっしゃる方もおられました。矢口さんは、判決書の様式を常識的な文書の起案能力があれば書けるものにすれば、弁護士からの任官者を増やすことができると考えられて、判決書の様式の見直しに賛成してくれました。動機が私とは異なるのですが、賛成していただいたのです。
東京と大阪の民事判決書改善委員会は、それぞれに検討を重ねた上で、合同会議を開いて意見を交換し、一九九○年一月に「民事判決書の新しい様式について」という提言をまとめられました。提言は、「当事者のための判決であることを重視し、事件における中心的争点を浮かび上がらせ、これに対する判断を平易簡明な文体を用い、分かりやすい文書で示すよう心掛ける」等として、判決モデルも示すものです。今日では、ほとんどが新様式の判決書になっております。
(2) 「裁判官は劣化しているのか」(2019年2月23日出版)(著者は46期の岡口基一裁判官)119頁には以下の記載があります。
新様式判決の導入は最高裁の民事局長が最高裁長官の賛同を得て始めたものであったことから、裁判所実務の現場では、裁判所当局への忠誠度を競い合うような様相になりました。従来様式の判決を使い続けることは、あたかも新様式判決の普及の音頭を取っている裁判所当局に逆らっていると思われかねなかったのです。そこで、そうは思われたくない裁判官らは、一気に判決を従来様式から新様式へと切り替え、まるで廃仏毀釈運動のように従来様式判決はなくなっていきました。
その結果、従来様式判決を使うのは、その方が起案しやすい「欠席判決」など、使う理由を裁判所当局に説明できるものに限られ、多くの裁判官は、それ以外の判決については、全て新様式判決を使うようになっていったのです。
当然、今の判事補は最初から新様式判決やなあ。おじさんは平成元年任官だから、旧様式判決で主張整理・認否を詳細に書き、認否不知の書証の成立も証拠で認定し、肝心の理由にかかる頃は息切れして、夜中に泣きながら起案して、部長にズタボロに添削されただよ。今や何が旧様式か分からんやろうが
— くまちん(弁護士中村元弥) (@1961kumachin) March 20, 2017
3 新様式判決の具体的内容
(1) 判例タイムズ715号(平成2年2月25日付)5頁及び6頁には,「第三 新しい様式の具体的内容」として以下の記載があります(項目部分を太字表記にしています。)。
このような構想で作成する判決書の内容については、別添の判決モデル及びその説明に譲るが、概要は、以下のとおりである。
一 事件番号、事件名、標題、当事者、代理人等の表示
従前のとおりとする。
二 主文
従前のとおりとする。
三 事実及び理由
1 請求(申立て)
従前のとおりとする。ただし、訴訟費用の負担の申立て、仮執行の宣言の申立て及び請求の趣旨に対する答弁は、全面的に省略する。
2 事案の概要
事案の概要は、当該事件がどのような類型の事件であって、どの点が中心的な争点であるのかを概説するものである。何が中心的争点であるかについては、適切な訴訟指揮によってあらかじめ当事者との間で確認しておく必要がある(この点は、調書上も明確にしておくことが望ましい。)。
「事案の概要」の記載は、次の「争点に対する判断」の記載と総合して、主文が導かれる論理的過程を明らかにするものである。したがって、中心的争点以外の事実主張も、主文を導き出すのに必要不可欠なものである限り、概括的に記載しておかなければならない。
具体的な記載方法は、事件の類型に応じて工夫されてよいが、争いのない事実と主要な争点とを簡潔に記載する方法が基本型になるものと考えられる。事案によっては、その変型や当事者双方の主張を対比させてその骨子を簡潔に記載する方法、あるいはこれらの混合方式などが適当な場合も考えられる。
冒頭に事案の要旨を記載すると、事案の概要全体を理解するのに便利なこともある。「争点に対する判断」の記載自体から「事案の概要」が明らかになるときは、事案の要旨を記載するだけでよいこともあろう。
3 争点に対する判断
中心的争点についての判断は、認定事実とこれに関連する具体的証拠との結び付きをできるだけ明確にしながら、丁寧に記述する。これ以外の争点については、主文が導かれる論理的過程を明らかにするのに必要な限度で、概括的に判断が示されていれば足りる。
証拠判断については、次のとおりとする。
(1) 書証の成立に関する判断は、それが重要な争点になっている場合を除き、記載しない。成立に争いがない旨の説示もしない。
(2) 証拠の評価が訴訟の勝敗を決するような場合には、証拠を採用する理由又はこれを排斥する理由を丁寧に説示する。
(3) (2)の場合を除き、反対証拠を採用しない旨又はそれが存在しない旨の断り書きはしない。
4 法律上の問題点についての説示
裁判所が採用する見解とその論拠を簡潔に示せば足りる。
5 結論及び法律の適用の説示
判決文の末尾に謂求に対する結論を記載することは不要である。
訴訟費用の負担等に関する法律の適用の説示も省略する。
四 裁判所の表示及び裁判官の署名
従前のとおりとする。
(2) 「法律上の問題点についての説示」が記載される場合,「争点に対する判断」の中で記載されると思います。
裁判書の作成における読点の取扱いについて(令和4年3月16日付の最高裁判所裁判官の申合せ)を添付しています。 pic.twitter.com/3AEPmL9lsA
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) August 7, 2022
4 「事案の概要」の記載に関する留意事項
・ 判例タイムズ715号(平成2年2月25日付)7頁及び8頁には,「第四 事案の概要の記載について」として以下の記載があります。
一 「事案の概要」欄は、従来の判決書にはなかった欄であるだけに、どのような事項をどのような方法で記載すべきかについては、ある程度考え方に幅があり得るところである。この欄の記載の目的が、裁判の対象となった事案の内容を当事者に分かりやすく知らせることにあるという点に配慮して、具体的な記載方法を工夫すべきであろう。
この「事案の概要」の記載は、後の「争点に対する判断」の記載と総合して主文が導かれる論理的過程を明らかにするという目的を持っているから、「争点に対する判断」の欄にどのような事項がどの程度記載されることとなるかとの関連で、この欄の記載事項の内容と記載方法が決まってくるという面をもっている。したがって、新様式による判決書の起案に当たっては、まず、「争点に対する判断」の欄の構想を整えた上で、その記載内容との関連に留意しながら、必要な事項を落とさないよう、また無用な重複を生じないよう、「事案の概要」欄に記載すべき内容を検討するという配慮も必要であろう。
また、この欄の記載は、当該事件がどのような類型の事件であって、どの点が中心的な争点であるかを概説するという目的をもっている。したがって、当事者双方の事実主張から、以上の目的を達成するのに必要な①主文を導き出すのに必要不可欠な事実と②事案を説明するのに必要なその余の事実をそれぞれ選び出して、その概要を、当事者間で争いのない事実とそれ以外の事実とに分けて、記載しておく必要がある。
なお、「事案の概要」欄の冒頭に、事件の類型が一見して分かるような事案の要旨を記載しておくことも、事案の把握のために便利な場合があろう(モデル2,3,4参照)。
二 この欄については、前記のような事項を「争いのない事実」と「争点」とに分けて記載する方法が基本型となる(モデル2,3,4,6,7,8,9参照)。
ただ、事案によっては、中心的争点とはいえないがその前提となっており、しかも自白が成立していないため証拠によって認定する必要のある事実関係について、その認定判断の結果をこの欄に記載しておいた方がよい場合もある。そうすることによって、中心的争点を浮き彫りにし、「争点に対する判断」の欄の記載を中心的争点に関するもののみに限定できることとなるため、判決書の記載を分かりやすくすることができるからである(モデル1、5参照)。
また、離婚事件のように、争いのない事実が訴訟法上意味を持たない事案では、当事者双方の主張を対比させて、その要点を記載するという方法をとらざるを得ないこととなろう(モデル10参照)。
三 従来の判決書では、まず事実欄で当事者の事実主張の内容を詳細に摘示した上で、理由欄でそれに対する判断を逐一説示する方式がとられていた。そのため、ややもすると事実欄の記載を理由欄で再度繰り返す形になり、その記載の重複によって判決書が長文化する弊害があった。
新様式による判決書では、「争点に対する判断」の欄の記載から自ずから明らかになるような事実関係については、次のとおり、「事案の概要」の欄の記載をできるだけ省略し、あるいは簡略化することによって、このような重複記載を避ける配慮をしている。
もっとも、「事案の概要」の欄の記載と、「争点に対する判断」の欄の記載とを総合すれば、主文を導き出すのに必要な要件事実の存否が漏れなく判断されていることが要求されることに留意する必要がある。
1 損害賠償請求事件における損害の具体的な内容、項目、金額等については、その点が争点となっている場合には、「争点に対する判断」の欄で具体的かつ詳細な判断が示されることとなるのであるから、「事案の概要」の欄ではその記載を省略して差し支えない場合が多いであろう(モデル2参照)。
2 借地法や借家法上の正当事由や信頼関係を破壊する事実の存否が争いとなっている事案では、正当事由等の存否を基礎付ける個々の具体的な事実については、「争点に対する判断」の欄でその存否等に対する詳細な判断が示きれることとなるから、「事案の概要」の欄では、せいぜいどのような類型の事由が正当事由等の存否を基礎付ける事由として主張されているかを記載しておけば足りるであろう(モデル6,8参照)。
3 表見代理の成否、詐欺による意思表示の取消しの成否等が争点となっている事案では、「事案の概要」の欄の記載としては、これらの主張を構成する要件事実を網羅的に記載するのではなく、極く概括的に「表見代理(民法110条の越権代理)」あるいは「詐欺による取消し」が主張されている旨を記載するにとどめ、個々の具体的な要件事実の存否に関しては、「争点に対する判断」の欄にその記載を譲るということで足りるであろう(モデル1、3、4、5参照)。
四 このような方式による事案の概要の記載が簡潔で分かりやすいものになるためには、その事件の中心的争点がどの点にあるかについて、裁判所と当事者の間でできるだけ突き詰めた認識の一致が得られていることが望ましい。この点に関して当事者と裁判所の間で一定の確認ができた場合には、その結果を調書上でも明確にしておくことも望ましいといえよう。
五 その他、言い換えによる略語の使用に当たっては、誤認を生ずるおそれのない場合には、煩雑な断り書きを付することを省略し(モデル1、3参照)、また、事案によっては図面を活用する(モデル2,8参照)等事案の概要の記載を簡潔で分かりやすいものとするための様々な工夫が行われるべきである。
判決書による事実認定については、山木戸克己「判決の証明効」(『民事訴訟法論集』所収145頁以下)で詳細に言及されている。加藤新太郎編『民事事実認定と立証活動Ⅰ』91頁以下にも、非常に示唆に富む須藤典明、村田渉両裁判官の発言が紹介されている。 https://t.co/pX8MiHrpFr
— venomy (@idleness_venomy) August 16, 2022
5 「争点に対する判断」の記載に関する留意事項
・ 判例タイムズ715号(平成2年2月25日付)8頁及び9頁には,「第五 争点に対する判断の記載について」として以下の記載があります。
一 新様式による判決書では、「争点に対する判断」の欄の記載が、判決書の中心部分を構成することとなる。したがって、この欄では、中心的争点に対する裁判所の判断内容を、分かりやすくしかも丁寧に記載しておく必要がある。
この欄の記載を分かりやすいものとするため、判断事項ごとにその部分でどの争点に対する判断が示されているのかが一見して明らかとなるような見出しを付ける(モデル1、4,7参照)等各事案に即した記載方法を工夫する必要があろう。
二 この欄の記載の構成としては、最初に認定事実を一括して記載し、次いでこれを引きながら個々の争点についての判断を順次行っていく方法(モデル5,6参照)と、争点ごとに関係する認定事実とこれに基づく判断とをセットにして記載していく方法(モデル7参照)とが考えられる。
前者の方法によった場合は、全体としての事実の流れは把握しやすいが、反面、事案によっては、どの認定事実がどの争点との関係で必要となるのかが不明確になるおそれもある。後者の方法によった場合には、これと丁度逆のことがいえよう。
事案の内容、特徴に応じて、これらの方法を適宜使い分ける必要がある。
三 認定事実と証拠との関係については、関係証拠を認定事実の冒頭あるいは末尾にまとめて記載する方法と、小項目又は個々の事実ごとに関係証拠を挙示する方法とが考えられる。
後者の方法によると、個々の認定事実と証拠との結び付きを明確にすることができるというメリットがある(モデル2,4,9参照)。
しかし、事案によっては、全認定事実に共通する証拠が多いため、個々の認定事実ごとに関係証拠を挙示するとかえって煩雑になる場合もあろう。そのような場合には、前者の方法(モデル5,6参照)によるか、あるいは、全体に共通する証拠を最初にまとめて示し、その後に各誕定事実ごとに個別の証拠を挙示する方法(モデル7,8参照)が分かりやすいであろう。
四 書証の成立に関する判断は、原則として記載しないこととなるが、書証の成立の真否が実質的に争われている場合には、その成立に関する判断をできるだけ分かりやすく記載すべきである(モデル4参照)。
証拠の挙示の仕方も、書証については単に「甲一」、「乙このような、また供述証拠についても「証人甲」、「原告」のような、簡略な記載方法を用いて差し支えないであろう。また、事案によっては、供述証拠の直接の関係部分を調書のページ数や項目番号で示しておくといった工夫も考えられてよいであろう(モデル1、4参照)。
五 従前の判決書において理由欄の末尾に付記されていた結論及び法令の適用に関する説示は、いずれも記載を省略することとなる。
ただ、事案によっては、「事案の概要」の欄の記載と「争点に対する判断」の欄の記載とを対比しても、原告の請求のどの部分が認容されたのかが一見しただけでは分かりにくい場合がある。
そのような場合には、結論的に請求認容部分を明らかにするための記載をしておいたほうが分かりやすいであろう(モデル1参照)。
仮執行宣言の申立てを却下した場合にも、欠席判決などでは特にその旨の記載をしない扱いが、既に一部で行われている。新様式による判決書の記載も、その扱いによっている。
旧様式判決だと、判断の脱漏部分が露わになるから、結審してから苦しむのだが、新様式判決だと、争点の設定が多少おかしくても形になってしまいそうという欠点が以前から指摘されていた https://t.co/IsAjS7prb7
— くまちん(弁護士中村元弥) (@1961kumachin) August 14, 2020
6 新様式判決に関する共同提言の受け止め方
・ 民裁教官室だより(10)(司法研修所民事裁判教官室編)2頁ないし4頁には以下の記載があります。
民事判決書作成には、従来、多様な目的があると説明されてきた。すなわち、①訴訟当事者に対して、判決内容を知らせるとともに、上訴するかどうか考慮する機会を与えること、②上級審に対して、その再審査のために認定事実及び理由を明らかにすること、③一般国民に対して、具体的事件の判断を通じて法規範を明らかにし、裁判所の判断過程を示すことによって裁判の公正を保障すること、④判決をする裁判官が、自己の判断を客観視し、再検討の契機とすること等が民事判決書作成の目的である(七訂民事判決起案の手引一頁)。これは、従来判決害が果たしてきたと思われる機能を説明するものとして、現在でも基本的には妥当する。しかし、それらの目的のうちにも、おのずから優先順位があることは明らかであり、右目的のうち①が最優先のものであることは異論がないであろう。当事者のための判決害であることを第一義とすれば、分かりやすい判決が要請されることは当然のことである。したがって、判決書において、ことさらに一般に使われていない難解な用語(例えば、「爾余」、「窺知」、「措信」など)を使うのは避けた方がよい。この意味で、共同提言の考え方は適切である。
判決書において、最も重要なものは、誤りなき判断である。判決書の体裁がいかに精緻を極めていたとしても、主要な争点についての判断に見落としがあったり、結論を誤っていては意味がない。すなわち、事件の筋がよくとらえられており、そのため争点が絞られていて、証拠調べもその争点に照準を合わせて実施され、その判断に落ちがなく、正しい結論が導かれていることが重要なのであって、判断の表現形式である判決書の様式が、一定のものでなければならない論理的必然性はないのである。そのことは、比較法的にみても、歴史的にみても、明らかなように思われる。例えば、西ドイツ(当時)、フランスなどの事実審における民事判決書を比較してみると、それぞれ工夫されてはいるが、判決書のスタイルはまちまちである(最高裁事務総局・外国の民事判決書に関する参考資料〔民裁資料一八一号〕参照)。また、わが国の実務においても、かつては、当事者ごとにその主張をまとめる当事者別連続摘示方式(この方式については、法律実務誰座5 六五頁)が多数であったが、現在では、事項別交互摘示方式(民事判決起案の手引による方式)が大勢を占めるに至っている。そのようなことを考えると、判決害の様式は、常に工夫が重ねられることが重要なのであるが、各人が自己流に陥ることを避けるために、一定の目安が必要であることもまた明らかである。
以上にみたとおり、判決書の最も重要な機能に着目すれば、その実質を充実させることが必要であり、形式を整えるだけの記戦を省略してもよいとする考え方には、合理的な理由がある。共同提言にいう新様式の具体的内容も、さしあたり一定の目安とするに十分である。したがって、審理の充実のための方策(一①)が実施され、その中で的確な訴訟指揮が行われ、要件事実的思考に基づく主張分析と争点整理がされ、誤りのない判断が担保されるのであれば、その判断の表現方法である判決書について新たな様式によることは、適切なこととして支持することができる。
7 新様式判決に対する批判的意見
(1) 裁判官からの批判的意見
ア 「最高裁の持ち廻り合議と例文判決について」(著者は5期の武藤春光弁護士(元広島高裁長官))には以下の記載があります(自由と正義1997年1月号90頁及び91頁)。
新様式判決は、書き流しの物語方式で足り、主張事実の厳密な検討をしなくても書けるわけであるから、しばしば重要な主張事実とそれに対する判断を見落とす危険がある。そこで、この判決については、勝訴した非法律家の当事者だけは気持ちよく読みやすいという印象を持つかもしれないが、敗訴当事者は自己の主張が無視されたという不満を抱くことになり、上級審は事実整理を初めからやり直すという負担を負わされることになる。筆者は、比較的長く控訴審の裁判を担当した経験を有するが、新様式判決の上記の欠点は、時に眼に余るものがあった。
確かに、少数の練達の裁判官にとっては、判決の様式など意に介するところではなく、現様式でも新様式でも的確な判決を書くことができるであろう。しかし、大多数の裁判官にとっては、書くのに多少の時間がかかっても、いわば誤判防止装置付きの現様式判決の方が望ましいはずである。新様式判決は、裁判の現場を知らない当時の当局者の思いつきによるものと言われ、いずれ消えていくものと考えられていたが、悪貨は良貨を駆逐するの譬えのとおり、むしろ盛んになっていく風潮も見られる。そして、この風潮は、上記の最高裁による判決様式の軽視によって支えられているように思われる。司法にとって何よりも大切な判決の適正を確保するために、例文判決も新様式判決も速やかに消えていくことが望ましい。
イ 東京大学法科大学院ローレビュー第10巻(2015年11月)の「民事判決書の在り方についての一考察」(著者は52期の家原尚秀裁判官)では以下の問題点が指摘されています。
① 裁判官が,判決作成に当たって法律要件を正解せず,要件事実を十分に検討していないのではないかという指摘もされている。
② 当事者の準備書面の表現をそのまま写し,コピーアンドペーストを多用して長文化する傾向があるとの指摘もされている。
③ 「争点に対する判断」の冒頭に,物語方式で時系列的に事実を認定する方式の判決書が増えてきている。
ウ 「裁判官は劣化しているのか」(2019年2月23日出版)(著者は46期の岡口基一裁判官)120頁ないし123頁には以下の記載があります(1ないし7を①ないし⑦に変えています。)。
① 新様式判決は、当事者の主張については、単に争点に関する各当事者の主張を羅列するだけです。そのため、その裁判官が、請求の内容、個数、複数ある請求の関係について正確に把握できているのかは、判決書を見てもわかりません。請求原因、抗弁等の攻撃防御方法の全体像や個別の要件について正確に把握しているのかもわかりません。裁判官が間違って把握している可能性もありますが、そのことが判決書から検証できなくなったのです。
代理人弁護士も、従来であれば、当該訴訟において、複数の請求の関係はどうであったのか、請求原因、抗弁等の攻撃防御方法の全体像がどうなっていたのか等について、判決書の「当事者の主張」欄を見ることで、その「正解」を知ることができたのですが、新様式判決では、それがわからないままになりました。
② 判決をする際には、弁論主義の第1テーゼの問題をクリアするため、必要な事実主張がされているか否かの確認作業が必要ですが、新様式判決では、その確認結果についての検証ができなくなりました。
③ 当事者の主張した事実が当該要件にあてはまるか否かという「あてはめ」についても、新様式判決では、それが「争点」になっていない限り、判決書で検証することができなくなりました。
④ 従来様式判決では、人間ルールブック化した裁判官が、当事者の事実主張について、法的に全く正しい記載をしており(動詞の過去形と現在形の使い分けなど)、判決書の「当事者の主張」欄において、それを確認することができたのですが、新様式判決では、争点に関する各当事者の主張を、裁判官が自らの言葉で表現すればよいことになったので、言葉遣いにこだわる必要もなくなりました。ルールブック人間は不要となり、ルールが口頭伝承されることもなくなりました(それは、そのルールの背後にある「智」の伝承が行われなくなったことをも意味します)。
⑤ 裁判長は、判事補を指導する際のシールとして従来様式判決の「当事者の主張」欄を使うことができなくなりました。これまでは、判事補に従来様式判決の「当事者の主張」欄を起案させていたので、それをたたき台とすることができました。判事補がどこを理解していないかは、判事補が起案した「当事者の主張」欄を見れば一目瞭然でしたし、人間ルールブックである裁判長は、法的な観点からより正しい事実摘示ができるように判事補にルールを口頭伝承することもできたのです。
⑥ 書証の成立についても、いかなるルールによって成立を認めたのか判決で検証することができなくなりました。それどころか、判決書にも口頭弁論期日調書にも書証の成否の記載を原則としてしなくなったことから、書証の成否の審理は、しないのが通常となりました。その運用が定着したことにより、書証の成否の審理の方法を十分に理解していない裁判官も現れています。書証の成立が争われているのにその審理をしていないのです。
⑦ 昔の裁判所実務では、要件事実を真実解明のためのツールとして使っていましたが、最近はそれも行われていません。若い裁判官において「たまねぎの皮むき理論」を知っている人はもはや一人もいません。その「智」は承継されなかったのです。
(2) 弁護士からの批判的意見
・ 弁護士村本道夫の山ある日々ブログの「裁判と事実認定を考える」には以下の記載があります。
実際,代理人として判決を受け取ると,裁判官が主観的に設定した「争点」について,感情に流れ,バイアスに充ちた判断を繰り返す耐えがたい判決書が決して少なくない。要件事実に沿って判断していれば決してあり得ないことだし(私の修習生のときに裁判官から,判決を書く段階になって整理すると,ときにそれまで思っていた結論が変わることがあるという話を聞いて,要件事実に基づく判決をを見直したことがある。),要件事実が認定できないから請求が棄却されたというのであれば,さらなる立証を考えれば足りるのだが,主観的な思い込みを吐露されても是正しようがない。
裁判官は弁護士の要件事実の無理解,主張,立証の不備を盛んに指摘したがるが,自分達の新様式「判決書」が,裁判制度の不安定さ,誤判率の高さや,その反面としての裁判官の権威主義的体質を招いているということに無自覚である。ここでは新様式の判決書が導入された当時の裁判官が修習生に及ぼす影響を危惧して書いた「指導方針」を読んでみよう(こちらに引用)。修習生を裁判官に置き替えてみればその危うさが良く分かる。
民事新様式判決についての岡口本の記載 「まるで廃仏毀釈運動のように従来様式判決はなくなっていきました」(「裁判官は劣化しているのか」119頁) これ、平成初期に裁判所にいた人間は「廃仏毀釈運動」という比喩がいかに的確か分かるのよね
— くまちん(弁護士中村元弥) (@1961kumachin) March 12, 2019
8 新様式判決に関する令和2年度民事事件担当裁判官等協議会の協議内容
・ 令和2年度民事事件担当裁判官等協議会の協議結果要旨(資料編を含む。)には以下の記載があります(リンク先のPDF19頁)。
(5) 部内で旧様式判決と新様式判決の異同等について協議したことはありますか。
◯ 新様式判決については,いわゆる共同提言(東京高等・地方裁判所民事判決書改善委員会及び大阪高等・地方裁判所民事判決書改善委員会が平成2年2月に行った共同提言)から約30年が経過していることから, 旧様式判決が果たしてきた役割・機能,新様式判決が提唱された背景,新様式判決の基本コンセプト,各記載事項の意義等を十分に理解されておらず,また新様式判決が,現行民事訴訟法において目指された争点・証拠の整理手続を意識した構造となっていることについても十分に理解されていないとも考えられることから,協議においては,改めて旧様式判決と新様式判決の異同等について意見交換を行った。
◯ 協議においては,旧様式判決を利用する場合がどのような場合かを一つの例として協議が行われたが,①訴訟物が特殊で,争点の位置づけが分からない場合,②事実整理についての共通認識を示す必要がある場合,③争いがない事実がほぼない場合,④争点を設定するのが難しい事案(数多くの主張がされるが,いずれも理由がないもの等)には旧様式判決を使用することが有用であるとの意見が出された。また,攻撃防御の構造が複雑な事案においては,争点の位置づけを明確にするために旧様式判決で書いた方が分かりやすいが,新様式判決においても,争点の欄に当該争点がどの攻撃防御方法に関係するのかについて位置づけを示すことで,同じく攻撃防御方法の位置づけが明確になるとの指摘があった。
書記官事務処理過誤の防止策について(平成29年3月31日付の宇都宮地裁民事首席書記官の事務連絡)1/2を添付しています。 pic.twitter.com/enu9Ww0Dot
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) September 25, 2022
9 明治時代の判決書の様式
・ 10期の藤原弘道裁判官は,民事裁判の充実と促進(平成6年5月刊行)に「新様式式判決と事実摘示-当事者の主張する事実を判決書に記載することがどうしても必要か-」と題する論文を寄稿していますところ,そこには以下の記載があります(同書742頁ないし744頁)。
手引型判決(山中注;新様式判決に対して従来様式の判決といわれるものです。)が一般化する以前には、当事者の主張を原告側と被告側とに分け、原告側には請求原因・被告の抗弁に対する陳述・再抗弁等々を一まとめにし、被告側は請求原因に対する陳述・抗弁・再抗弁に対する陳述等々を一まとめにして記載することが慣行となっており、明治以来数十年にわたってこれが民事判決書の「事実」の型となっていた。
(中略)
当時(山中注:明治5年8月3日の司法職務定制が制定された当時)は、民事訴訟法や民商法などの実体法は存在せず、判決書の記載事項について定めた太政官布告等の法令もなかったわけであるが、裁判所の発足当初から、民事判決書の記載内容にはほぼ一定の型があり、当事者の表示に続いて、①原告の主張の要旨、次いで②被告主張の要旨、そして最後に③裁判所の判断(理由)を記載するという構成のものがほとんどであった。
10 関連記事その他
(1)ア 「最高裁判所事務総局編 民事判決書の新しい様式について 」(平成2年5月20日第1版第1刷発行)の中身は,平成2年5月1日付の「まえがき」(財団法人法曹会)及び平成2年2月付の「はしがき」(最高裁判所事務総局民事局)を除き,判例タイムズ715号(平成2年2月25日付)4頁ないし35頁と全く同じです。
イ 令和4年10月,「民事第一審訴訟における判決書に関する研究 現在に至るまでの整理と更なる創意工夫に向けて」が出版されました。
(2) 事実認定の根拠として判決に引用する文書が真正に成立したこと及びその理由は,判決書の必要的記載事項ではありません(最高裁平成9年5月30日判決)。
(3) 「簡易裁判所における交通損害賠償訴訟事件の審理・判決に関する研究」(2016年12月1日出版)がアマゾンで売っていますところ,当該書籍について,「裁判官は劣化しているのか」(2019年2月23日出版)129頁には以下の記載があります。
裁判官向けのマニュアルは、今のところこの一冊だけであり、これ以外に作成されるとも思えません。裁判官がマニュアルに従って判決を書いているというのでは、判決の重みは失われ、そのイメージダウン、権威の失墜は避けられないからです。
(4) 裁判長は,相当と認めるときは,準備的口頭弁論,弁論準備手続又は書面による準備手続を終了するに当たり,当事者に準備的口頭弁論における争点及び証拠の整理の結果を要約した書面を提出させることができる(民事訴訟法165条2項,170条5項及び176条4項)ことを重視した場合,主張整理は本来,当事者の責務であって,裁判所が尋問前に主張整理案を作成する責務はないと思います。
(5) 7期の後藤勇裁判官は,民事裁判の充実と促進(平成6年5月刊行)に「新様式の判決」と題する論文を寄稿していますところ,そこには以下の記載があります(同書上巻730頁)。
実務の実際では、厳密に究極の立証責任が、原告・被告のどちらにあるかを決めなくても、権利の発生、変更、消滅に関する実体法上の法律要件事実を的確に把握して、当事者が、これに該当する具体的事実(主要事実)を正確に誤りなく主張しているか否かについて、絶えず注意をしていれば、足りるのであって、ある事実が、究極的に何方の側に立証責任があるか(したがって、否認か抗弁か)についての判断をしていなくても、通常は、事件の審理に差し支えはないのではないではなかろうか。
(6) 53期の田辺麻里子裁判官は,判例タイムズ1510号(令和5年8月25日発売)に「大阪民事実務研究会
新様式判決は,なぜ「史上最長の判決」になったのか〜デジタル化時代の「シン・新様式判決」の提言〜」を寄稿しています。
(7) 文化庁HPに「公用文作成の考え方(建議)(付)「公用文作成の考え方(文化審議会建議)」解説」(令和4年1月7日付)が載っています。
(8)ア 以下の資料を掲載しています。
・ 判決書の書式等の標準的な設定について(平成29年7月24日付の最高裁判所総務局長等の書簡)
・ 判決書の書式等の標準的な設定に従った参考書式等の送付について(平成29年7月24日付の最高裁判所総務局第一課長,民事局第一課長,刑事局第一課長等の事務連絡)
・ 民事第一審の審理・判決上の留意点(平成14年9月の司法研修所の文書)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 裁判文書及び司法行政文書がA4判・横書きとなった時期
・ 裁判文書の文書管理に関する規程及び通達
・ 司法行政文書に関する文書管理
・ 最高裁判所裁判部作成の民事・刑事書記官実務必携
だから感情論に訴えるのが当然とまでは言わないが、事件の見た目が悪いと裁判官の「直感」を引き寄せることができないという問題がある。要件事実と法律論だけ淡白に書く書面は格好いいのだが、事件の見せ方をどうするかというのはとても悩ましい
— スドー🦀 (@stdaux) March 6, 2022
【2022/10/21の新刊】「民事第一審訴訟における判決書に関する研究 現在に至るまでの整理と更なる創意工夫に向けて」(売れています!) https://t.co/SOokYfY0Wo
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