第1 「2000円上告」の対象と現在の結論
1 旧法事件と新法事件では手数料が異なる
数量的に可分な一個の金銭請求について,上告受理申立ての対象を控訴審請求額のうち10万円に限定すれば,訴訟物の価額10万円に対応する申立手数料で申立てをすることが考えられる。
ただし,「2000円の収入印紙を貼付する」という説明が当てはまるのは,原則として第一審の訴えが令和8年5月21日より前に提起された旧法事件である。
同日以後に提起された新法事件では,訴訟物の価額10万円の場合,電子申立ての手数料は3,100円であり,紙による申立てが許される場合の手数料は4,700円である。
裁判所の民事事件の手数料額早見表にも,この3区分が掲載されている。
旧法事件か新法事件かは,上告受理申立てをする日ではなく,原則として第一審の訴えを提起した日によって区別する。
具体的な経過措置については,mints対象事件の記事で説明している。
2 利用を検討できるのは数量的に可分な一個の金銭請求である
この方法は,一個の金銭請求のうち10万円の部分だけを当初の不服申立ての範囲とする場面を想定している。
複数の別個の請求を後から追加する場合,金銭請求とは性質が異なる請求を追加する場合又は数量的に分けられない請求には,そのまま利用できない。
申立書,上告受理申立て理由書及び後に提出する範囲拡張の書面では,どの請求のどの部分を不服申立ての対象としているかが一致していなければならない。
単に訴訟物の価額を10万円と記載するだけで,不服申立ての範囲が当然に特定されるわけではない。
3 申立手数料を抑えても受理要件は変わらない
民事訴訟法318条1項によれば,最高裁判所は,判例と相反する判断がある事件その他の法令の解釈に関する重要な事項を含むと認められる事件について,上告審として受理することができる。
申立ての対象を10万円に限定しても,この受理要件は変わらない。
申立手数料を低くした場合に上告受理決定の可能性が上がることを示す公的資料は確認できない。
この方法は費用負担を限定する方法であって,理由の乏しい申立てを適法又は有力にする方法ではない。
第2 訴訟物の価額10万円の場合の申立手数料
1 新法事件と旧法事件の金額
訴訟物の価額10万円の場合の申立手数料は,次のとおりである。
| 適用手続 | 申立方法 | 申立手数料 | 郵便費用の扱い |
|---|---|---|---|
| 旧法事件 | 紙による申立て | 2,000円 | 別途予納する |
| 新法事件 | 電子申立て | 3,100円 | 1,100円相当が手数料に含まれる |
| 新法事件 | 許容される紙申立て | 4,700円 | 2,700円相当が手数料に含まれる |
民事訴訟費用等に関する法律3条及び別表によれば,訴訟物の価額10万円に対応する第一審手数料1,000円の2倍が,上告及び上告受理申立ての基礎となる2,000円である。
新法事件では,電子申立てについて1,100円,紙による申立てについて2,700円の郵便費用相当額が加わる。
2 新法事件の納付方法
新法事件の弁護士等には,原則として電子提出義務がある。
電子申立ての方法,提出先及び提出後に保存すべき受付情報については,mintsで控訴・上告・上告受理申立てをする方法の記事で説明している。
民事訴訟費用等に関する法律8条1項では,新法対象手続の手数料は原則として現金で納めることとされている。
収入印紙による納付が認められるのは,紙による申立てが許され,かつ,やむを得ない事由がある場合である。
そのため,新法事件を「収入印紙を貼付する手続」と説明するのは正確でない。
3 旧法事件の郵便費用
旧法事件では,2,000円の申立手数料とは別に郵便費用を予納する。
必要額は裁判所,事件及び送達を受ける相手方の人数等によって確認する必要があるため,過去の特定の裁判所における固定額を現在の一般的な金額として使用すべきではない。
上告と上告受理申立てを同時に行う場合,両者の利益が共通する範囲では,一方について納めた手数料が他方についても納付されたものとみなされることがある。
民事訴訟費用等に関する法律3条4項の適用範囲は,不服申立ての対象が両手続で一致しているかを含め,個別事件ごとに確認する必要がある。
第3 上告受理申立てから理由書提出まで
1 申立書は原裁判所へ提出する
上告受理申立書の宛先は最高裁判所であるが,提出先は原裁判所である高等裁判所である。
裁判所が公表している上告受理申立書記載例でも,宛先を最高裁判所とし,高等裁判所の事件番号及び判決内容を記載する形式が示されている。
民事訴訟法313条が準用する同法285条本文により,上告受理申立ては原判決の送達を受けた日から2週間以内にしなければならない。
この期間は不変期間であるため,訴訟物の価額,手数料又は委任状の検討を理由に申立書の提出自体を遅らせることはできない。
2 申立範囲と訴訟物の価額を一致させる
控訴審請求額の一部10万円だけについて申し立てる場合,申立書には,原判決のどの部分を不服とするか,その部分の訴訟物の価額が10万円となる理由及び後に拡張する可能性がある範囲を区別して記載する。
mintsを利用する新法事件では,画面上の入力,添付する申立書PDF及び手数料計算の不服申立範囲を一致させる必要がある。
送信後は,受付日時,提出先,事件番号及び提出済み書類を確認できる情報を保存する。
3 上告受理申立て理由書は通知書送達から50日以内である
申立書に上告受理申立ての理由を記載しなかった場合,民事訴訟規則199条2項が準用する同規則194条により,上告受理申立通知書の送達を受けた日から50日以内に理由書を原裁判所へ提出する。
この50日は不変期間ではなく,裁判所による期間伸長の余地があるが,当然に延長されるものではない。
理由書作成は当初の50日以内の提出を前提として進め,伸長が必要な事情がある場合は,早期に申立ての要否を検討する必要がある。
理由書では,民事訴訟法318条1項に該当する判例違反又は法令解釈上の重要事項を具体的に示す。
同条2項により,同法312条1項及び2項に規定する上告理由を,上告受理申立ての理由とすることはできない。
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上の画像は令和2年9月当時の大阪高等裁判所の説明文書である。
提出方法及び費用については令和8年5月21日施行後の制度と異なる部分があるため,現在の手続を確認する必要がある。
第4 不服申立ての範囲を後から拡張する場合
1 最高裁昭和44年7月10日判決
最高裁昭和44年7月10日第一小法廷判決・昭和41年(オ)第805号・民集23巻8号1423頁は,上告状で不服申立ての範囲を原判決の一部に限定していても,適法な上告によって事件全部について上告審への移審の効力が生じるとした。
同判決は,上告理由書提出期間内であれば,不服申立ての範囲を拡張し,その理由を主張できると判示している。
したがって,将来拡張する可能性がある部分についても,理由書提出期間内に理由を具体的に記載することが重要である。最高裁昭和44年7月10日判決
2 上告受理申立てに当てはめる場合の注意
民事訴訟法318条4項は,上告審として事件を受理する決定があった場合,上告があったものとみなすと定めている。
また,同条5項は,同法313条から315条まで及び316条1項を上告受理申立てに準用している。
もっとも,昭和44年判決が直接扱ったのは上告理由書提出期間内の範囲拡張であり,現在の上告受理申立てについて,提出期間経過後のどの時点まで拡張できるかを同判決だけから断定することはできない。
本記事では,期間経過後の拡張を通常の手順として案内しない。
3 「拡張予定」と別個請求の追加を区別する
一個の請求について金額を増やす数量的拡張と,別個の請求又は質的に異なる請求を加えることは同じではない。
当初の不服申立て部分について適法な理由があっても,別個の請求について期限後に新たな理由を追加できることにはならない。
上告受理決定があった後に範囲を拡張し,不足する手数料を納める場合は,拡張する請求の同一性,理由書に記載した範囲,提出する書面,追納額及び納付期限を原裁判所に確認する必要がある。
第5 訴額10万円とする旧法事件の申立書記載例
1 この記載例の対象
以下は,第一審の訴えが令和8年5月21日より前に提起された旧法事件について,数量的に可分な一個の金銭請求の一部10万円だけを対象として,紙で上告受理申立書を提出する場合の参考例である。
新法事件,電子提出,共同当事者,複数請求又は不服申立ての範囲が複雑な事件には,そのまま使用できない。
また,申立ての趣旨は,実際の控訴審判決の主文及び不服申立ての範囲に合わせて作成する必要がある。
2 記載例
上告受理申立書 令和○年○月○日 最高裁判所 御中 申立人訴訟代理人弁護士 ○○○○ 当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり ○○請求上告受理申立て事件 訴訟物の価額 金100,000円(控訴審請求額の一部) 貼用印紙額 金2,000円 上記当事者間の○○高等裁判所令和○年(ネ)第○号○○請求控訴事件について,令和○年○月○日に判決正本の送達を受けたが,原判決中,申立人敗訴部分のうち金100,000円の支払請求に関する部分を不服として,上告受理の申立てをする。 第二審判決の表示 原判決主文を正確に記載する。 上告受理申立ての趣旨 不服申立ての範囲が金100,000円の部分に限られることが分かるよう,事件に応じて記載する。 上告受理申立ての理由 追って,上告受理申立て理由書を提出する。 添付書類 1 上告受理申立書副本 相手方の数に応じた通数 2 委任状 必要に応じて1通
裁判所の記載例は「全部不服」の場合を示しているため,10万円に限定する場合は,不服申立ての対象を本文及び申立ての趣旨の双方で具体的に特定する。
旧法事件の郵便費用は,原裁判所へ必要額を確認する。
第6 委任状と特別授権
1 上告受理申立てには特別の委任が必要である
民事訴訟法55条2項3号により,上告,上告受理申立て又はこれらの取下げには特別の委任が必要である。
控訴審の訴訟代理人であったというだけで足りるのではなく,既に提出されている委任状に必要な特別授権が含まれているかを確認する必要がある。
2 特別授権がある場合の代理権と提出実務
最高裁昭和23年12月24日第二小法廷判決・昭和23年(オ)第104号・民集2巻14号500頁は,上告提起について特別委任を受けた訴訟代理人が,上告審で必要な訴訟行為を行う権限を有するとした。
最高裁昭和23年12月24日判決
東京弁護士会LIBRA2015年5月号5頁は,控訴審では委任状を提出し直すことは厳密には不要である一方,実務上は改めて提出するよう求められると説明している。
上告受理申立てでも,代理権が既に存在するかという問題と,裁判所から委任状の提出を求められるかという実務上の問題を分けて考える必要がある。東京弁護士会LIBRA2015年5月号
第7 原裁判所による審査の範囲
1 受理要件の実質判断は最高裁判所が行う
最高裁平成11年3月9日第一小法廷決定・平成11年(許)第8号・集民192号109頁は,上告受理申立てに係る事件が民事訴訟法318条1項の事件に当たるかどうかは,最高裁判所だけが判断できるとした。
原裁判所は,法令解釈上の重要事項を含まないと実質的に判断したことを理由として,上告受理申立てを却下することはできない。最高裁平成11年3月9日決定
2 形式的な不備は別に審査される
原裁判所が受理要件を実質判断できないことと,申立書又は理由書の形式的な不備を審査できないことは同じではない。
申立期間の徒過,手数料の不納付,理由書の不提出又は民事訴訟規則所定の記載方式に適合しないことについては,民事訴訟法316条及び318条5項等による却下又は補正の問題が生じる。
最高裁平成12年7月14日第二小法廷決定・平成12年(オ)第547号・集民198号457頁は,上告状及び上告理由書提出期間内の書面に民事訴訟法312条1項又は2項の上告理由が全く記載されていない場合,後日の補正によって上告を適法にすることはできないとした。
この決定は上告に関するものであるが,法定の期間内に必要な理由を記載することの重要性を示している。最高裁平成12年7月14日決定
第8 申立て前後の確認事項
この方法を検討する場合は,少なくとも次の事項を順に確認する必要がある。
①第一審の訴えを提起した日が令和8年5月21日より前か,同日以後か。
②対象が数量的に可分な一個の金銭請求であるか。
③原判決のどの部分について不服を申し立てるか。
④10万円の部分について,申立書,mintsの入力及び添付PDFの記載が一致しているか。
⑤原判決送達から2週間以内に原裁判所へ申立てが到達するか。
⑥上告受理申立通知書の送達日と50日の理由書提出期限を記録したか。
⑦将来拡張する可能性がある部分についても,期限内に具体的な理由を記載したか。
⑧委任状に上告及び上告受理申立ての特別授権があるか。
⑨電子提出後の受付日時,提出先,事件番号及び提出書類を保存したか。
⑩受理決定後に範囲を拡張する場合の書面,追納額及び期限を原裁判所に確認したか。
第9 関連記事
上告及び上告受理申立ての電子提出,提出先,期間及び提出証跡については,mintsで控訴・上告・上告受理申立てをする方法の記事で説明している。
訴訟物の価額ごとの手数料及び旧法・新法の計算については,民事訴訟の申立手数料の計算方法の記事で説明している。
上告制度,上告理由及び上告受理申立てに関する一般的な事項については,上告及び上告受理申立てに関するメモを参照されたい。
第10 出典・参考資料
1 法令
2 裁判例
①最高裁昭和44年7月10日第一小法廷判決・昭和41年(オ)第805号・民集23巻8号1423頁
②最高裁平成11年3月9日第一小法廷決定・平成11年(許)第8号・集民192号109頁
③最高裁平成12年7月14日第二小法廷決定・平成12年(オ)第547号・集民198号457頁
④最高裁昭和23年12月24日第二小法廷判決・昭和23年(オ)第104号・民集2巻14号500頁
3 裁判所の手続資料
4 文献
①東京弁護士会「東京高裁書記官に訊く―民事部・刑事部編―」LIBRA2015年5月号2頁~11頁