目次
1 具体的な方法
2 理論面の説明
3 上告受理申立書の記載例
4 再度の委任状提出は不可欠ではないこと
5 上告理由等を記載する場合の形式的注意点
6 高裁で却下することは難しいこと
7 関連記事その他
1 具体的な方法
(1) 数量的に可分な金銭請求が問題となっている場合,債権者であると債務者であるとを問わず,以下の方法を取れば,2000円の印紙を貼付するだけで上告受理申立てをすることができます。
① 訴訟物の価額を金10万円として,上告受理申立書を提出する。
・ 判決書の送達を受けた日から2週間以内です(民事訴訟法313条・285条本文)。
② 上告受理申立理由書の提出期間内に,上告受理の申立てをしていない部分も含めて,控訴審判決に対する上告受理申立ての理由を記載するとともに,上告受理決定が出た場合における上告受理申立ての範囲の拡張を予告しておく。
・ 上告受理申立通知書の送達(民事訴訟規則199条2項・189条1項)を受けた日から50日以内です(民事訴訟規則199条2項・194条)。
・ 上告受理申立理由書の提出期間経過後に新たな理由を追加して主張することは許されないのであって,上告審は当該主張について審理判断してくれません(最高裁大法廷昭和28年11月11日判決参照)。
・ 上告受理申立理由書の付言として,「本件事件について上告受理決定が出た場合,上告受理申立ての範囲の拡張を申し立てる予定である。」という風に書いておけばいいと思います。
③ 上告受理決定が出た場合,追加の印紙を貼付した上で,上告受理申立ての範囲を拡張する。
・ 上告不受理決定が出た場合,2000円の印紙を貼付しただけで終わることとなります。
(2) 2000円の印紙だけを貼付した上告受理申立ての適法性について高等裁判所から問い合わせがあった場合,「「2000円上告」というキーワードで検索すれば出てくる,山中弁護士のブログを読んでくれ。」といえばいいと思います。
(3) 2000円の印紙だけを貼付した上告受理申立書を提出した場合と,そうでない場合とで,上告受理決定が出る可能性に違いがあるかどうかは不明です。
上告するための印紙代が準備できなかったときにこれでやったことあります。あっさり不受理決定くらいましたが…泣 https://t.co/h2BafJ4ZPM
— 半端ない弁護士 (@IkemenBengoshi) September 18, 2020
2 理論面の説明
(1) 上告審は,申立人が不服を申し立てた限度においてのみ原判決の当否を判断することができます(民事訴訟法320条)。
そのため,上告受理決定が出た場合に上告受理申立ての範囲を拡張していないと,10万円の部分についてしか原判決を破棄してもらえないこととなります。
(2) 上告受理申立てにより,上告受理申立ての対象となった終局判決によって判断された事件の全部が上告審に移審します。
(3)ア 上告受理申立ての範囲の拡張は,理由書提出期間内であれば当然に可能であります(最高裁昭和44年7月10日判決参照)ところ,理由書提出期間を経過していたとしても上告審の口頭弁論を経る場合,口頭弁論終結時までに拡張すれば足ります。
イ 「最高裁判所における民事上告審の手続について」(筆者は50期の武藤貴明裁判官(元最高裁判所調査官))には以下の記載があります(判例タイムズ1399号(2014年6月発行)64頁)。
拡張が1個の請求の量的な範囲の拡張にとどまる場合には,当初の不服申立ての範囲について適法な理由の主張があれば,拡張部分について不適法となることはない。
R030219 最高裁の不開示通知書(「大法廷回付」,「小法廷での評議」,「棄却相当」,「破棄相当」といった分類をして最高裁判所調査官が答申を行うことになっていること)を添付しています。 pic.twitter.com/r1gwsjVOaE
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) February 21, 2021
3 上告受理申立書の記載例
2000円の印紙を貼付するだけの上告受理申立書の記載例は以下のとおりです(予納郵券額につき,大阪地裁HPの「民事訴訟等手続に必要な郵便切手一覧表」参照)。
上告受理申立書
令和2年9月12日最高裁判所 御中
申立人代理人弁護士 山 中 理 司
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり損害賠償請求上告受理申立事件 訴訟物の価額 金 100,000円(控訴審請求額の一部) 貼用印紙額 金2,000円 予納郵券額 金6,074円 上記当事者間の大阪高等裁判所令和2年(ネ)第○○○○号損害賠償請求控訴事件について,令和2年8月○○日に判決の言渡しがあり,同日,判決正本の送達を受けたところ,一部不服であるから上告受理の申立てをする。
原判決の主文の表示1 本件控訴を棄却する。2 控訴費用は控訴人の負担とする。上告受理申立ての趣旨1 本件上告を受理する。2 原判決を破棄し,さらに相当の裁判を求める。
上告受理申立ての理由追って上告受理申立理由書を提出する。添付書類1 上告受理申立書副本 1通2 委任状 1通(山中注:当事者目録は省略)4 再度の委任状提出は不可欠ではないこと
(1)ア 原審の訴訟代理人が上告受理申立ての特別委任まで受けていた場合,高裁判決後の委任状を添付することなく,上告受理申立てをすることができます(最高裁昭和23年12月24日判決参照)から,当事者より上告提起の特別委任を受けた訴訟代理人がある場合,第二審判決の送達後上告提起の期間内にその当事者が死亡しても訴訟手続は中断しません(最高裁昭和23年12月24日判決)。
イ 当事者より上訴の特別委任を受けた訴訟代理人がいない場合,訴訟委任による訴訟代理人の権限は当該審級に限られます(民事訴訟法55条2項3号)から,判決書の送達があった時点で訴訟手続は中断します(大審院昭和6年8月8日決定(判例秘書に掲載))。
(2) 東弁リブラ2015年5月号の「東京高裁書記官に訊く-民事部・刑事部編-」には,「地裁段階での代理人が高裁で委任状を提出することが必要であるか否かという点については,厳密に言えば不要であるが,代理権を明確にするため,実務では提出を求めている。」と書いてあります(リンク先のPDF4頁)。
5 上告理由等を記載する場合の形式的注意点
(1) 上告理由(民事訴訟法312条1項及び2項)を上告受理申立て理由として主張することはできません(民事訴訟法318条2項)。
イ 上告受理申立理由として,第一審の準備書面又は控訴理由書を援用することはできません(最高裁大法廷昭和28年11月11日判決参照)。
(2) 上告状及び上告理由書提出期間内に上告人から提出された書面のいずれにも民訴法312条1項,2項に規定する事由の記載がないときは,原裁判所は,民訴規則196条1項所定の補正命令を発すべきではなく,民訴法316条1項に基づき,直ちに決定で上告を却下すべきとされています(最高裁平成12年7月14日決定)。
(3) 上告理由書において他の書面を引用し,又は共同上告人の上告理由を援用する形による上告の理由の記載は許されないところ,関連する最高裁判例としては以下のものがあります。
① 最高裁昭和26年6月29日判決及び最高裁昭和32年10月10日決定(他事件についての上告理由書を引用した例)
→ 最高裁昭和26年6月29日判決は裁判所HPに載っていないものの,仮処分決定取消請求事件に関するものとして,判例秘書に掲載されています。
② 最高裁大法廷昭和28年11月11日判決(第一審記録に添付した準備書面を引用した例)
③ 最高裁昭和37年4月27日判決(原審に提出した準備書面を引用した例)
④ 最高裁昭和39年11月17日判決(共同上告人の上告理由中,利益なものを援用すると主張した例)
(4) いわゆる上告理由としての理由不備(民訴法312条1項6号)とは,主文を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうのであって,事実の摘示及び判断を欠くという意味での判断遺脱(例えば, 抗弁を認めながらこれに対する再抗弁の摘示がなかった場合)は上告受理申立て理由となるにすぎません(最高裁平成11年6月29日判決)。
6 高裁で却下することは難しいこと
(1)ア 上告受理申立て理由が形式的にでも主張されていれば,原裁判所が,それが実質的には法令の解釈に関する重要事項を含まないとして上告受理申立てを却下することは,たとえそれが明白であっても許されません(最高裁平成11年3月9日決定参照)。
イ 最高裁平成11年3月9日決定の解説記事である判例タイムズ1000号256頁及び257頁には以下の記載があります。
立法経緯及び許可抗告制度との対比からすれば、「法令の解釈に関する重要な事項を含むものと認められる事件」という要件の具備についての判断は、上告裁判所である最高裁判所に専属するものと解されるのであり、原裁判所である高等裁判所においてこれを判断することは、たとえ具備しないことが「明らかであるとき」に限定するとしても、上告受理制度の趣旨に反し、許されないものというべきであろう。
(2) 上告審から見た書記官事務の留意事項(令和2年分)8頁には以下の記載があります。
上告受理申立書又は上告受理申立て理由書に記載された上告受理申立ての理由が民訴規則199条1項,191条2項,3項の方式に違反する場合には,同規則199条2項において補正命令を発出すべき条文(同規則196条1項)が準用されているが,形式的にでも法令違反である旨が記載されていればこの記載が民訴法318条1項の事件に該当するか否かを判断するのは最高裁のみになるから,実際には高裁において補正命令を発した上で却下することは困難である(例えば,「民法違反」とのみ記載があり,条項等の記載がないときは補正命令の対象とすることも考えられるが,通常は不服の内容から理解可能であり,補正されなかったとしても却下することは難しいことが多いと思われる。)。上告受理申立て理由書の点検に当たっては,書記官としても記載内容に目を通し,形式的にでも法令違反等の記載がある場合には,事件を送付すべき旨を裁判官に進言する。
7 関連記事その他
(1)ア 上告人が訴訟の完結を遅延させることのみを目的として上告を提起したと認められる場合,上告権の濫用として,上告棄却の「判決」の主文において制裁金の納付を命じられることがあります(民事訴訟法313条・303条1項及び2項。なお,旧民訴法時代の実例として最高裁昭和41年11月18日判決)。
しかし,このような場合,実務上は直ちに上告棄却・不受理決定が送られてくるだけだと思います。
イ 庶民の弁護士 伊藤良徳HPの「まだ最高裁がある?(民事裁判編)」には以下の記載があります。
民事事件(行政事件を除く)の最高裁への上告と上告受理申立てについての、2013年以降の10年間の各年度の既済件数(判決、決定等により終了した件数)、原判決破棄件数、既済件数中の破棄率を見ると次の通りになっています(最高裁での民事事件としては1審が簡裁の事件の高裁の判決に対する特別上告が年間数十件ありますが、これは除いています)。原判決破棄の割合は、ばらつきはありますが、ならして約1%です(最近の10年を見ると、それ以前よりさらに減少傾向にあるように見えます)。言い換えれば、上告棄却(または却下)・不受理が97%程度を占めています(取り下げその他が2%前後)。
(2)ア 以下の資料を掲載しています。
① 平成24年12月21日付の上告受理申立理由書
・ 平成17年度日弁連副会長の必要経費に関する,東京高裁平成24年9月19日判決に対するものであり,最高裁平成26年1月17日決定により上告不受理となったものの,上告受理申立理由書の書き方自体は非常に参考になりますし,「結語」部分(PDF31頁)については法令の条文を置き換えることで,そのまま使い回しができると思います。
・ 国税庁HPの「最高裁不受理事件の意義とその影響」において,「弁護士会費懇親会事件」として紹介されています。
② 事件記録の保管及び送付に関する事務の取扱いについて(平成7年3月24日付の最高裁判所総務局長通達)
③ 事件記録の保管及び送付に関する事務の取扱いについて(平成25年7月26日付の最高裁判所大法廷首席書記官の指示)
イ 以下の記事も参照してください。
・ 上告審に関するメモ書き
・ 最高裁判所裁判部作成の民事・刑事書記官実務必携
・ 最高裁の破棄判決一覧表(平成25年4月以降の分),及び最高裁民事破棄判決等の実情
・ 最高裁判所に係属した許可抗告事件一覧表(平成25年分以降),及び許可抗告事件の実情
・ 最高裁の既済事件一覧表(民事)
・ 上告不受理決定等と一緒に送られてくる予納郵券に関する受領書
・ 最高裁判所調査官
・ 上告審から見た書記官事務の留意事項
・ 最高裁判所における民事事件の口頭弁論期日
・ 最高裁判所の事件記録符号規程
・ 最高裁判所事件月表(令和元年5月以降)
上告受理申立て理由書の提出について(令和2年9月当時の,大阪高等裁判所の説明文書)
控訴の趣旨記載例→令和元年度司法事務協議会協議事項(民事関係)抜粋を添付しています。 pic.twitter.com/fLZApqxaHi
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) November 28, 2020