第1 適用事業所と役員個人の被保険者資格を分けて考える
1 本記事でいう社会保険
結論として,弁護士会又は日本弁護士連合会の会長,副会長その他の役職に就いたことだけで,健康保険及び厚生年金保険の被保険者となるわけではない。
最初に,弁護士会又は日弁連の事務所が強制適用事業所に当たるかを確認し,次に,個々の役員がその事務所に常態的に使用され,労務の対価として報酬を受ける者に当たるかを確認する必要がある。
本記事の「社会保険」は,健康保険及び厚生年金保険を指す。雇用保険及び労災保険では労働者性等について別の基準が用いられるため,本記事の結論から適用の有無を決めることはできない。
2 弁護士会及び日弁連は法人の適用事業所である
弁護士法31条2項及び45条3項は,弁護士会及び日弁連を法人とする。
日本年金機構は,株式会社等の法人の事業所を,事業主だけの場合を含めて健康保険及び厚生年金保険の強制適用事業所としている。
したがって,弁護士会及び日弁連についても,まず法人の事業所としての適用を考えることになる。
もっとも,事務所が適用事業所であることと,そこで活動する全ての人が被保険者になることは別問題である。
健康保険法3条1項は適用事業所に使用される者を被保険者とし,厚生年金保険法9条は適用事業所に使用される70歳未満の者を被保険者とする。
日本年金機構の「適用事業所と被保険者」も,適用事業所で働き,労務の対価として給与又は賃金を受ける使用関係を必要としている。
第2 令和8年3月18日付厚労省通知による判断基準
1 昭和24年通知から令和8年通知へ
厚生省は,昭和24年7月28日保発第74号通知により,法人の代表者又は業務執行者であっても,法人から労務の対償として報酬を受ける者は,被保険者資格を取得させる取扱いを示した。
厚生労働省は,令和8年3月18日保保発0318第1号・年管管発0318第1号通知により,法人役員の判断基準を明確にした。
同通知の表題には「個人事業主等」とあるが,通知の第1項は法人役員一般の被保険者資格を扱っている。
判断の中心となるのは,①業務が法人の経営への参画を内容とする経常的な労務の提供であること及び②報酬がその業務の対価として法人から経常的に支払われることの二要件である。
2 経営参画を内容とする経常的な労務
役員会等に出席しているだけで,役員間の連絡調整又は職員への指揮監督に従事していない場合は,基本的に適用がない。
求めに応じて意見を述べるだけの場合,自己研さんのための勉強会等に参加するだけの場合,単なる活動報告又は情報共有をするだけの場合及び事業の紹介等に協力するだけの場合も,原則として経営参画を内容とする経常的な労務とは認められない。
これに対し,指揮命令をする職員の有無,担当業務についての決裁権,役員間の取りまとめ又は代表者への報告,定期的な会議への出席頻度,会議以外の業務及びその業務のための出勤頻度は,経営参画の実態を示す判断要素となる。
旧記事が掲げていた出勤,兼職及び会議出席等の六つの事情は参考にはなるが,どれか一つで結論を出すものではない。
令和8年通知が示した権限及び業務実態を中心に,個別具体的に総合判断する必要がある。
3 経常的な報酬
報酬については,金額の多寡だけではなく,経営参画を内容とする経常的な労務の対価として定期的に支払われているかを確認する。
役員会等への出席に対する手当,旅費等の実費弁償的な支払及び退職手当は,基本的に経常的な業務の対価には当たらない。
ただし,退職手当が毎月の給与又は賞与に上乗せして前払いされる場合は,報酬等に当たり得る。
報酬規程上の名目だけではなく,支払周期,算定方法,実費精算との区別及び担当業務との対応関係を確認すべきである。
社会保険審査会令和3年(健厚)第220号・令和4年1月31日裁決は,取締役兼使用人の被保険者性が認められた事案で,役員報酬を取締役職務分と使用人職務分に分けて一部だけを報酬から除外する主張を退けた。
弁護士会役員について直ちに同じ結論を導く裁決ではないが,被保険者資格を認めた後に報酬を恣意的に二分することはできないことを示す参考となる。
4 弁護士会費との関係
令和8年通知は,個人事業主等が法人に対し,役員報酬を上回る会費等を支払っている場合には,原則として業務の対価となる経常的な支払があるとは認められないとする。
もっとも,同通知は,社会保険料の削減をうたい,役員報酬を上回る会費等を支払わせる事業所を念頭に置いている。
弁護士会費については,会員一般が負担する会費か,役員就任の実質的な条件として支払う会費か,役員報酬と経済的に一体の仕組みかを区別する必要がある。
したがって,弁護士会費と役員報酬の金額を単純に比較するだけで,被保険者資格の有無を決めるべきではない。
第3 役職ごとの検討
1 日弁連会長及び副会長
弁護士法35条1項及び50条により,日弁連会長は日弁連の代表者である。
副会長は,会長に事故がある場合又は会長が欠けた場合に,会長の職務を行う。
しかし,代表者又は副会長という法律上の地位だけで,被保険者資格が当然に発生するわけではない。
担当分野の決裁権,事務局職員への指揮監督,役員間の連絡調整,会議以外の継続的業務及びその対価となる経常的な報酬を確認する必要がある。
これらが認められれば被保険者となる方向に働き,会議出席と意見表明にとどまり,支払も出席手当又は実費弁償にすぎなければ,適用がない方向に働く。
日弁連会長及び副会長の制度自体については,本ブログの「日弁連の会長及び副会長」も参照されたい。
2 単位弁護士会の会長及び副会長
弁護士法35条によれば,単位弁護士会の代表者は会長であり,副会長は一定の場合に会長の職務を行う。
もっとも,会員数,会務の分担,事務局の規模,役員の権限,出勤頻度及び報酬制度は弁護士会ごとに異なる。
小規模会の会長であること又は大規模会の副会長であることから,主たる職務か否かを一律に推測することはできない。
各会の会則,役員職務規程,事務分掌,報酬規程,決裁規程及び実際の活動記録により,令和8年通知の二要件を検討する必要がある。
3 日弁連事務総長及び事務次長
事務総長及び事務次長は,弁護士法35条が定める会長及び副会長とは異なる職であるため,法定の代表者又はその代行者という理由だけで判断することはできない。
任用関係,職務規程,勤務実態,指揮監督及び報酬の内容を確認し,適用事業所に常態的に使用されているかを判断する。
常勤性の高い執行職で,事務局を継続的に指揮監督し,給与等を受けている場合は被保険者となる方向に働くが,役職名だけで結論を出すことはできない。
制度の概要については,本ブログの「日弁連の事務総長及び事務次長」も参照されたい。
第4 二以上事業所勤務となる場合
1 所属法律事務所等でも被保険者である場合
弁護士会役員が,弁護士法人,企業又は他の適用事業所ですでに被保険者となっていても,そのことだけで弁護士会役員としての被保険者資格が否定されるわけではない。
弁護士会との関係でも令和8年通知の二要件を満たす場合には,二以上の適用事業所に使用される者となる。
反対に,所属法律事務所で被保険者であることを理由に,実態のない弁護士会役員資格を届け出ることもできない。
それぞれの事業所について使用関係を判定する必要がある。
2 届出,標準報酬月額及び保険料
日本年金機構の「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」によれば,被保険者本人は事実発生から10日以内に「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を提出する。
主たる事業所を選択した上で,各事業所の報酬月額を合算して標準報酬月額が決定され,保険料は各事業所の報酬月額に基づいて按分される。
弁護士会側の資格取得届だけで手続が完結するわけではないため,役員本人の既存の加入状況も確認すべきである。
第5 日本弁護士国民年金基金の加入員資格
1 「脱退」ではなく法定の資格喪失である
国民年金基金への加入は任意であるが,加入後に本人の都合だけで任意に脱退することはできない。
他方で,厚生年金保険の被保険者となり,それにより国民年金の第2号被保険者となった場合には,国民年金基金の加入員資格を法律上失う。
したがって,「弁護士会役員になれば基金を脱退しなければならない」という表現は正確でない。
弁護士会役員として厚生年金保険の被保険者となるかを個別に判断し,その結果として第2号被保険者となった場合に,基金の加入員資格が喪失するという順序である。
2 資格喪失日は第2号被保険者となった日である
国民年金法127条3項1号は,加入員が第2号被保険者又は第3号被保険者となったときは,その日に加入員資格を喪失すると定める。
日本弁護士国民年金基金規約39条1号も同じ取扱いである。
資格喪失日は翌日ではない。
役員就任日,社会保険の資格取得日及び基金への届出日が一致するとは限らないため,実際の資格取得記録に基づいて処理する必要がある。
3 既払掛金は返還されず将来給付につながる
国民年金基金連合会の「加入条件・資格」によれば,資格喪失までに支払った掛金を途中で引き出すことはできないが,将来,基金又は国民年金基金連合会から年金として支給される。
したがって,資格喪失は,それまでに積み立てた権利が消滅すること又は掛金が直ちに返還されることを意味しない。
後に再び加入資格を満たす場合の再加入,掛金及び年金額は,資格喪失事由,空白期間,年齢及びその時点の規約等によって異なる。
予定利率又は年齢別掛金の古い一覧を本記事で固定的に示すことは避け,最新情報は本ブログの「日本弁護士国民年金基金(AIリライト)」及び基金の公式資料で確認すべきである。
第6 実務上の確認手順
1 弁護士会が確認する資料
弁護士会又は日弁連が役員の資格取得届を検討するときは,少なくとも次の資料をそろえるべきである。
① 会則,役員職務規程,事務分掌及び決裁規程
② 役員会等の開催頻度,会議以外の担当業務及び活動記録
③ 職員への指揮監督,役員間の連絡調整及び代表者への報告の実態
④ 報酬規程,支払記録,旅費等の実費精算及び会費との関係
⑤ 役員本人の他の適用事業所における資格及び報酬
2 役員本人が確認する手続
役員本人は,資格取得日,標準報酬月額,二以上事業所勤務届の要否及び選択事業所を確認する必要がある。
日本弁護士国民年金基金の加入員である場合は,第2号被保険者となる日と基金の資格喪失手続も併せて確認すべきである。
社会保険の資格は当事者の希望だけで選択できないため,保険料又は基金の給付が有利か不利かによって結論を変えることはできない。
3 一律処理を避ける
「会長だから加入」「非常勤だから非加入」「報酬が少額だから非加入」「本業が別にあるから非加入」という一律の処理は,いずれも令和8年通知の総合判断と整合しない。
疑義がある場合は,事実関係を整理した上で,管轄の年金事務所又は加入する健康保険組合に確認すべきである。
弁護士の所属形態と社会保険一般については,本ブログの「弁護士の社会保険」も参照されたい。
第7 出典・参考資料
1 法令及び通知
⑤ 昭和24年7月28日保発第74号「法人の代表者又は業務執行者の被保険者資格について」
⑥ 令和8年3月18日保保発0318第1号・年管管発0318第1号「法人の役員である個人事業主等に係る被保険者資格の取扱いについて」
2 公的機関等の資料
① 日本年金機構「適用事業所と被保険者」
② 日本年金機構「複数の事業所に雇用されるようになったときの手続き」
③ 日本年金機構「被保険者記録の疑義照会(厚生年金保険適用)」
④ 社会保険審査会令和3年(健厚)第220号・令和4年1月31日裁決
⑥ 国民年金基金連合会「加入条件・資格」
3 文献
① あいわ税理士法人・社会保険労務士法人大野事務所編『税務と労務をまるごと解決する海外勤務者・来日外国人の給与実務ダブルガイド〈第2版〉』中央経済社,2016年,322頁~323頁
② 小島彰監修『事業者必携 入門図解 社会保険・労働保険のしくみと実務ポイント』三修社,2023年,16頁
③ 近藤美穂監修『聴ける!実用法律書 改訂新版 図解で早わかり 社会保険・労働保険の基本と手続きがわかる事典』三修社,2026年,20頁