七訂版 検察庁法(平成31年3月の法務総合研究所の文書)49頁ないし53頁には,「第1節 検察庁の意義」として以下の記載があります(文中の「庁法」は検察庁法のことであり,「章程」は検察庁事務章程のことです。)。
1 検察庁は,検察官の行う事務を統括するところである (庁法第1条第1項)。
一般の行政機関の場合には,前章第3節において述べたとおり,一つの官庁を中心に, これを補助する多数の職員が集まって,一つの役所ないし官署を形成しているのに対し,検察庁では,庁法第4条及び第6条の検察事務に関する限り,一人一人の検察官が独任制官庁であり,しかも,検察庁には複数の検察官がいる場合が多いのであるから,多数の官庁が一つの役所の内に存在する形となっている。ここに「官庁」 とは,例えば,内閣,各省大臣,各省の外局たる庁の長官のように,国家のため意思決定をし,かつ, これを外部に表示する国家機関のことをいう。
そこで検察庁の場合は,複数の官庁(検察官)が,それぞれ複数の補助者(検察事務官等)を指揮して国家意思を決定表示しているところの役所ないし官署であるといえる。 しかし,検察官が独任制官庁であるからといって,それぞれの検察官が全体としての統一を欠いたまま事務を行うことは,検察権が行政権の一作用であるという本質からして,許されない。そのため,検察官の権限行使について,相互の間の矛盾衝突を防ぎ,全体が有機的な一つの組織体として運営されることが必要である。
すなわち,検察事務を総合的にすべ(統)つつ,しめくくる(括) ことが行われなければならないのであって,その統括をするところが必要である。
庁法は,その統括するところを検察庁と定めているが, 「検察庁」という官署が統括するということはありえないから,統括する主体は,庁法第7条ないし第10条に定める各検察庁の長である検察官(章程第1条)である。
2 統括事務(ひいては,その手段としての指揮監督の事務も)は,検察行政事務である。 この統括事務及び検察事務の運営上当然これに随伴し検察事務遂行のため必要な間接的補助的な行政事務である総務・文書・会計等の事務などの検察行政事務は,例えば,庁法第7条第1項が「検事総長は,最高検察庁の長として,庁務を準理し,且つ,全ての検察庁の職員を指揮監督する。」 と規定するように,各検察庁の長の事務である。各検察庁の長以外の検察庁聯員(検察官・検察事務官等)の検察行政事務についての権限は,一般行政機関と同様に,長である検察官の権限を分掌したものにすぎない。
庁法第1条第1項の「検察官の行う事務」は,検察事務と検察行政事務との両者を含む。前者は庁法第4条及び第6条に定める事務であり,後者は庁法第7条から第10条までに定める事務とその他の行政事務である。庁法は,検察事務のみを表現するのに「第4条及び第6条に規定する検察官の事務」 (庁法第14条) という文言を用いており,検察事務及び検察行政事務の双方を含む場合は「検察官の事務」 (庁法第12条及び附則第36条)の文言を用いている。 「検察官の事務」 と 「検察官の行う事務」は同義に解される(注1,2)。
(注1) 検察事務の種類
検察事務は,検察官が自ら行う本来の事務とそれに付随する事務(検務事務) とに分けられる。それを種類別にみてみると,
(1)捜査,公判の本来の検察事務は,個々の検察官が独立して, 自ら決定,管理及び実施までしていて, この部門については,個々の検察官を中心とし,検事正,次席検事,部長のルートが,その上司として指揮監督機関となっており,部下の検察事務官は検察官の個々的な補佐官ないし執行官として(庁法第27条第3項後段),事実上の事務の手助けにあたっている。
(2)検察事務のうち,本来の検察事務に比較し付随的で類型化され集合処理し得る事務があり,事件,証拠品,令状,執行,徴収,犯歴,記録,統計等に種類別にまとめられている。これは総務部若しくは検務部門の業務として,ある程度の組織体系をもって動いており,検務事務と呼ばれる。
検務事務は,その組織の長である検察官(例えば,総務部長,検務主任)の権限を根源とし,検察事務官をもって組成する下部組織の検務監理官,統括検務宮,検務専門官,検祭事務官によって補助されるものであるから,検務事務の実施にあたる第一線職員に対する指揮監督は,一般の行政事務におけると同質である。ただ,検務事務の組織の頂点にある検察官に対する上司の指揮監督は,検察事務におけるそれによることとなる。
(注2)事務章程において,検察庁の事務の細目として,取り上げられている事務
(1)事務監査
検事総長,検事長及び検事正は, 自庁及び管内下級検察庁の事務監査を行い, 又はその指定する職員にこれを行わせなければならない(章程第24条第1項)。
事務監査の対象となる事務は,検察事務であると検察行政事務であるとを問わず, また,検察官が自ら行う事務であると検察事務官によって行われる事務であるとを問わず,いやしくも検察庁において行われる事務の全般にわたる。 もっとも,個々の事務監査にあたって,その対象を限定して監査を行うことが差支えないことはいうまでもない。また,監査の目的は,独り不正ないし不当な事務処理の指摘及びその是正にとどまらず,事務処理の適正,能率化のための方途の検討,指導にもわたる。
事務監査は, どの検察庁についても,少なくとも1年に1回の自庁監査又は上級庁による監査のいずれか一つが行われるように配慮しなくてはならないものとされている(同条第2項)。
(2)請訓,報告等
法務大臣に対して請訓若しくは報告をするとき,又は重要な事項に関して上申するときには,上司においてもそれらに関して了知して時宜に応じて適切な指揮監督あるいは意見具申を行う必要があるから,別段の例規がある場合を除いて,全て上司を経由すべきものとされている(章程第26条第1項)。 もっとも,緊急の事項については,例外的に,直接法務大臣に請訓,報告又は上申を行い,速やかに上司にその旨を報告すれば足りるものとされている(同条第2項)。
(3)中央官庁等と往復文書
検察庁と中央官庁,在外公館又は外国官庁との問における往復文書は,別段の例規のあるものを除き,法務大臣を経由しなければならない(章程第27条)。
法務大臣の所管下にある検察庁と中央官庁等との間の交渉について法務大臣が了知していないために生ずる不都合を防ごうというのが主たる趣旨であるが, さらに,在外公館については, その所管大臣である外務大臣を経由して交渉するのが適当と考えられるし,外国官庁との交渉については,国際慣行上外務大臣を経由して行うのが妥当であることも考慮されている。 この趣旨からするときは, 中央官庁,在外公館又は外国官庁から直接検察庁に対して照会があった鳩合には,おおむね,法務大臣を経由して照会されたい旨を申し添えて,一応返戻するのが妥当であろう。
(4)宿直
地方検察庁においては,法務大臣が指定する庁及び支部を除き,検察官又は検察事務官が事件の捜査処理等のための宿直勤務をしなければならない(章程第28条第1項)。また,検察庁においては,法務大臣が指定する庁又は支部を除き,検察事務官が庁舎,設備等の保全及び文書の収受等のための宿直勤務をしなければならない(伺粂第2項)。前者が事件当直,後者が行政当直と呼ばれるものである。検察庁の長は,やむを得ない場合には,検察事務官以外の繊員に行政当直をさせることができる。ただし,区検察庁については,検事正がこの措置を採る(同条第3項)。宿直勤務に関する事項は,検察庁の長(ただし,区検察庁については検事正)が定めることとされている(同条第4項)。
3 以上要するに,庁法第1条第1項は, 「検察庁は,検察事務及び検察行政事務がその長によって統括されるところである。」 ということを定めたものである。
その事務のうち検察事務については,検察官がその固有の権限に基づいて行うのであり, ただ,検察権の本質上,権限を行使するに当たって上司の指揮監督を受けるのである。 これに反し,検察行政事務については,その庁の長の権限に由来するのであって,その命の下に行われるのが当然であり,統括という表現が適当であるかどうか疑問の余地なしとしないが,検察庁において最も重要な,かつ, 中心的な事務は個々の検察官による検察事務であるから,検察事務と検察行政事務とを一括して,統括するという表現を用いたものと考えられる。
なお,検察庁が国家行政組織法上いかなる種類の行政機関であるかについて,従来議論のあったところであるが,昭和58年法律第77号「国家行政組織法の一部を改正する法律」によって同法第8条の3 (「特別の機関」の設置)が追加されたので,検察庁は,法務省設置法第4条第7号,第14条等により, 「検察に関すること」を処理するために設置された「特別の機関」であるということができる。