検察権行使の機関(検察官の独任制官庁と検察官同一体の原則)

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   七訂版 検察庁法(平成31年3月の法務総合研究所の文書)27頁ないし35頁には,「第3節 検察権行使の機関(検察官の独任制官庁と検察官同一体の原則)」として以下の記載があります(文中の「庁法」は検察庁法のことであり,「章程」は検察庁事務章程のことです。)。

1 検察権は,前節で述べたように, 司法権の独立に準じて,他の力に左右されることなく,公正に行使されなければならない。また,検察権は,その内容,すなわち,捜査,公訴の提起,遂行等の個々の行為が,国家刑罰権の実現という目的を持ち,最初の行為から次の行為へと発展していく段階的な発展的過程を形成するものであるから,迅速・的確に行使されなければならない。
   したがって,検察権行使の権限は,検察事務を遂行するために必要な範囲の, それを委ねるにふさわしい資格のある者に与えられ,かつ,その者が独立して行使する必要がある(例えば,法廷での訴訟行為が,上司の了解がない限り有効に行使できないものとしたら,公訴の遂行は事実上不可能である。)。そのため,検察権は,個々の検察官に属し,検察事務については,個々の検察官が自ら国家意思を決定表示する権限を有するとされる。庁法第4条は, 「検察官は, ・・・事務を行う。」,庁法第6条は「検察官は,・・・捜査することができる。」と主語を「検察官」として規定し,検察権を行使する主体が検察官であることを示している。これは,個々の検察官がこれら各条に定める事務を取り扱う独立の官庁であるとし,検察官が独任制官庁であることを明らかにするものである(注1)。
   検察官は,後に見るように,検察官同一体の原則によって,その上司の指揮監督に服するのではあるが,飽くまで一人一人が独立の官庁として検察事務に関する権限を行使するのであるから,仮に上司の決裁を受けないで捜査を開始したり,上司が不起訴処分に付するように指揮したのに, これを起訴したりしても, その捜査や起訴が違法,無効となることはない(ただし,上司の指揮監督に反した場合,それが国家公務員法上の懲戒処分の理由(同法第82条)になり得ることは別論である。 )。また,起訴状等に決裁印,庁印がなくても,起訴等の効力は左右されない。
   しかし, その反面,上司の指揮により, 自己の信ずるところと異なる処理をしたとしても,上司の命令によったものであるといって責任を回避することは許されないのである。すなわち,前記のとおり,検察権は他の力に左右されることなく公正に行使されなくてはならないのであるから,その行使機関である検察官は,裁判官における憲法第76条第3項のような明文の規定はないけれども,その良心と,法令に従って事務を処理すべきであり(検察官の独立), 自己の良心を曲げて事務を処理したとするならば,職務に関する責任の意織に欠けているとの非難を甘受しなくてはならない。

2 一般の行政組織は,内閣を最上級官庁とし, その権限を受けて各省大臣という上級官庁があり,その権限を受けて外周, 内部部局,施設等機関,地方支分部局,現業行政機関等の下級級官庁が存在する(国家行政組織法第2条第1項,第3条第2・3項,第5条第1項,第7条,第8条の2,第9条,第20条等参照)。すなわち,一般行政機関においては,内閣,各省大臣を頂点とし, その一人の長が権限の全てを持ち,その権限を例えば,局長,課長,係長というように,次々と分掌していく形をとっているので, あたかもその組織は上下に階層をなす統一的なピラミッド型を構成している。 したがって,一般の行政組織は,本来,権限の主体が一個であるところの単体であり,権限や主体が複数の検察官であるところの検察の組織とは本質的に異なる。

3 しかし,検察権も行政権の一部であるから,検察権の行使についても国の正しい行政意思が統一的に反映される必要があるとともに,検察権の行使が全国的に均斉になされることは, ことが国民の基本的権利雑務に関する事柄であるだけに,極めて重要であるといわなければならない。このような要請を満たす上に,最も適切な方策の一つとして認められているのが,検察官同一体の原則である。
   この同一体の原則の法律的根拠としては, (1)庁法第7条第1項中の検事総長による「すべての検察庁の職員」に対する指揮監督権, (2)第8条中の検事長による「その庁並びにその庁の対応する裁判所の管轄区域内に在る地方検察庁及び区検察庁の職員に対する指揮監督権, (3)第9条第2項中の検事正による「その庁及びその庁の対応する裁判所の管轄区域内に在る区検察庁の職員」に対する指揮監督権, (4)第10条第2項中の上席検察官,指定副検事又は一人の検事若しくは副検事こよる「その庁の職員」に対する指挿監督権, (5)第12条の検事総長,検事長又は検事正が「その指揮監督する検察官の事務を, 自ら取り扱い又はその指揮監督する他の検察官に取り扱わせることができる」権限(事務引取移転権,なお「指揮監督する検察官の事務を自ら取り扱う」 ことを事務引取権,「指揮監督する他の検察官に取り扱わせる」ことを事務移転権という。)に関する各規定を挙げることができる。
   これらの規定から明らかなように,検察官同一体の原則は,それぞれ独立の官庁である全国の検察官が,検事総長を頂点とし,検事総長,検事長及び検事正の指揮監督権(注2,3)によって結合されたビ‘ラミッド型の機能上の機構を形成していること,及び独立の官庁である一人の検察官の事務を検事総長,検事長及び検事正の有する事務引取移転権を媒介として,別個の官庁である他の検察官が取り扱うことができ,しかも,一つの官庁が事務を処理したのと同様の法律効果が与えられることをその内容としている(注4,5,6)。

4 このように,検察官は,検察権行使について上司の指揮監督を受ける地位に置かれているが, これは,個々の検察官が検察権行使の意思決定機関であるという原則を否定するものではない。上司の指揮監督下にあっても,個々の検察権行使の権限と責任は,一人一人の検察官にあることはいうまでもない。
   同じように,検察官の独立性(注7) も上司の指揮監督権を否定するものではない。 この両者は, ともに検察権の本質そのものから導き出されるところのものであり,相互に対立するものではなく,上司の指揮監督権も検察官の独立性と調和するものでなければならない。
   例えば,捜査中の事件の起訴・不起訴についてや第一審事件の判決に対する控訴の要否について,主任検察官の意見と上司の見解とが異なる場合,主任検察官は良心を捨てても上司の指揮に従わねばならないか,飽くまでも良心に従って上司の指揮に服従しないことができるかという問題がある。 もとより,上司の指揮が法令に違背するものであれば, その指揮に従わなくてもよいことは当然であるが,その場合も, それ以外の場合にも,主任検察官は, 自己の信ずるところとそのよって来たるゆえんについて,十分上司に意見を述べ,上司もまた,主任検察官の意見を否とする理由を虚心に説明し,相互の意見調整を図ることによって解決されるべきものである。なぜなら, 主任検察官も上司も,検察権の行使が適正であることを期しているのであるから,意見調整をなし得ないことはないはずだからである。仮に,意見調整をなし得なかったとすれば, それは,上司・主任検察官のいずれか,あるいは両者ともその資格に欠けているものといわねばならないのである(注8)。
   このようにして,検察官は,庁法第4条及び第6条に規定する事務については,上司の指揮監督の下に,独任制官庁として,その固有の権限に基づいてその職務を行うものである。

5 検察官が職務を遂行するための補助機関として,検察庁には検察事務官・検察技官が置かれ(庁法第27,28条),検察官は,検察庁の組織機櫛に従ってその検察官の分担する事務を補佐・補助する職員を指揮監督する (章程第8条)のである。

(注1)ここにいう官庁とは,行政法用語を正しく使えば「行政官庁」のことで「国家のために意思決定をし,かつ, これを外部に表示し得る国家機関」のことをいい,例えば,国士交通大臣,税務署長といった行政処分の権限を持つ,対外的責任者だけを意味する。国土交通省,税務署といった,行政官庁なども包含する人的・物的設俄の全体(官署) とは区別される。
(注2) 指揮監督椎の意義
   一般に指揮監督権については, 「上級機関が下級機関の権限の行使を指揮し,その適法性と合目的性を保陣するためにする作用を監督の権限という。行政機関は, 内閣を最高とし, その下に,上級機関が下級機関の権限の行使を監督することによって,行政の統一を期していると定義されている。また,指揮監督の方法,手段としては, (1)監視権(上級機関が下級機関の権限行使の状況を知るために,報告を徴したり,書類帳簿等を査閲したり, 自ら又は職員を派遺して実地に事務を視察したりする様限),(2)
許認可権(一定の事項について下級機関は上級機関の許可又は認可を受けるべきものとする場合の権限),(3)訓令権(訓令とは,上級機関が下級機関の権限行使を指揮するために発する命令をいい,その訓令を発する権限。狭義において指揮権ともいう。訓令は具体的事項について発せられる場合もあり,抽象的,一般的事項について発せられる場合もある。), (4)取消,停止権(下級機関の違法又は不当な行為を取消し,又は停止する権限),(5)代執行権(上級機関が監督権の内容として,下級機関の権限に属する事務を自ら代わって行うことをいう), (6)罷免権(上級機関の命令に服さない下級機関は,職務上の義務違反を理由として罷免される。), (7)権限争議の裁定権(上級機関は,本来,下級機関の所掌事務の総体をその所掌事務とするのであるから,権限争議についての裁定権は,本来その上級機関の権限に属する。)があるとされている。
   しかし,検察事務は,独立官庁たる個々の検察官固有の権限に基づくものであって,検察行政事務のように,庁の長の権限に由来し, その委任を受けもしくはその補助として行うものではないから,検察事務に側する限り,上記の指揮監督権を,そのまま肯定することはできない。
すなわち,検察事務においては,個々の検察官が主体であって,上司の指揮監督権は部下の事務の統括を内容とするもので補助的なものだとされる。
(注3) 検察事務に関する上司の指揮監督の方法,手段
   その指揮監督の方法,手段として,次のようなものを挙げることができる。
(ア)監視権(進行管理権)
   部下の権限行使や職務遂行状況を観察し,必要があればその状況を報告せしめ,適宜これを点検するなどの方法により,職務進行過程を統制する権限である。事件の捜査もしくは公判の過程において, 中問報告を求めたり記録を検討したり,また,未済事件の状況を調べたりするのは,この権限の発動である。
(イ)審査権
   部下の職務執行が適正妥当であるかどうかを検討する権限である。事前審査権と事後審査権に分けられる。事前審査は,いわゆる決裁の前提として行使されるし,事後審査は主として監査により実行される。
(ウ)承認権
   監督権者は自ら決定を行わないが, 決定を内容とする提案に対して承認もしくは拒否する権限である。検察官が起訴もしくは不起訴の提案をし,監督権者が審査権に基づいて内容を審査し,提案が妥当であれば承認し,妥当でなければ承認を拒否するものである。
(エ)調整権
   同種の権限相互間もしくは異なった上下の権限の間の関連調整を計り,有機的組織体としての活動を行わしめる権限である。例えば,個々の検察官の起訴・不起訴の不均衡を是正したり,求刑の高低を調整して個人差を少なくし,組織としての一体性を保つなどがこの適例である。
(オ)命令権
   一定の基準その他の規範を示してこれに従うことを要求する権限。例えば,執務細則を制定して遵守を要求するとか,一定の犯罪の起訴基準や求刑基準を定めて従わしめるなどの基準制定権と,一定の事件を検察官に割り当てて,捜査処理せしめるとか等である。
   この命令権は,(ア)ないし(エ)の指揮監督のために存在するものである。
(注4)事務引取移転権は,①事件処理に関する意見が検事正と担当検察官とで食い違ったため,検事正が当該事件を引き取って処理したり,他の検察官に処理させたりする場合,②個々の検察官の職務の繁閑,能力等を考慮したりする, いわゆる「事件の割替え」, ③担当検察官が退官したり,転勤したときのいわゆる「事件の引継ぎ」,④公判担当検察官に事故があったときの, いわゆる「臨時立会」,⑤公判関与検察官以外の検察官による上訴の申立て,⑥大事件が発生したとき等に,他の検察庁の検察官の事務を応援させる,いわゆる「事務取扱」 ,⑦検事の不足をカバーするために行われる副検事による地方検察庁検察官の事務取扱などに活用されており,検察運営の上で,事実上大きな潤滑油的な役割を果たしている。
(注5)事務引取移転権の特異性
   個々の検察官に具体的にどのような検察事務を配分するかは,指揮監督権に基づく検察行政事務であり,その具体的配分は,検察庁事務章程により部制等の機構(章程第5条,第7条,「係検事に関する規程」)によってある程度定められ, さらに捜査,公判等の事務においては,個々の事件の配分(配点)によって定まる。また,検察官は,その所属検察庁を異にすることによって,検察事務の管轄を異にする。 しかしながら,事務引取移転権によって検事総長,検事長又は検事正は,①部下検察官に配点されている班件を自ら引き取って処理できるのみならず,②例えば,刑事部の検察官に公判立会事務を取り扱わせるなど,機構を超えた検察事務の配分ができ,③一人の検察官に配点した事件を他の検察官に取り扱わせることができ,④さらに,一つの検察庁の検察官に他の庁の検察官の事務を取り扱わせることもできる。一般行政機関において,組織法令上一つの下級行政機関の事務とされたことを組織法令上分掌権限のない他の下級行政機関に取り扱わせたりするようなことが,上級機関にとって許されないのに比して,検察庁における事務引取移転権の存在は, きわめて特色のあるもの
といえる。
(注6)検察官同一体の原則という用語は,検察官は,全ての面で相互に協力するものであるという精神的な意味で使われることも多い。
(注7)検察権の独立と検察官の独立
   検察権の独立と検察官の独立とは,権限に着目するか,その権限を行使する機関に着目するかの相違によるもので,前者は,検察権が行政権の一部でありながら他の行政権から独立した性格を持っていることをいい(詳細は第2章第2節参照),後者は,検察官は検察官同一体の原則により上司の指揮監督を受けるので,裁判官のような完全な職務上の独立性(憲法第76条第3項)は認められないが, 「その良心に従ひ独立してその職権を行ひ, この憲法及び法律にのみ拘束される。」(同項) との精神は検察官にも要請されることをいう。究極的には社会正義と真実の追及という検察に課せられた使命達成のための基本的な理念であり,観点の相違ということに帰着する。
(注8)意見調整の努力にもかかわらず,上司と主任検察官の意見が一致しない場合,主任検察官は上司に対して事務引取移転権の発動を求めるのが杣当であるとするのが一般である。上司がその事件を自ら処理し, あるいは他の検祭官に処理させることによって上司の指揮監督権と部下検察官の良心との矛盾が解決されるとするのである。次に,事務引取移娠権の発動が上司から拒否された場合については,その上司の命令に服しないことが,懲戒事由とならないとする考え, 消極的不服従のみ懲戒事由にならないとする考え,およそ不服従は懲戒事由になるので良心を守るためには主任検察官は辞職すべきであるとの考えがある。
   しかしながら,上司の承認すらも得られない意見を固守し,それを容れられないからといって安易に事務引取移転権の発動を求めたり,官を辞したりすることは, 良心の持ち方として正しいとは思われない。 ここでいう良心とは,かたくなな個人的信念等をいうのではなく,検察官として正しい検察権の行使をする心・態度のことである。 したがって, 良心に忠実であればあるほど,飽くまでも上司との意見の調整に努めて,最も適正なものに到達し,それの実現を図ることが,良心に従うことであると考える。

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