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検察庁法改正案の成立前後における,検事長の勤務延長の取扱い

第1 この記事の対象と結論

本記事は,調査基準日である2026年9月10日現在の法令に基づき,①2020年1月の黒川弘務東京高検検事長の勤務延長,②同年に提出されて廃案となった検察庁法改正部分を含む法案,③2021年に成立して2023年に施行された現行制度を区別して説明するものである。
公開された法令,国会資料,法務省文書及び裁判例の照合と構成にAIを用いて作成した。

結論として,第201回国会に提出された2020年案は成立していない。
その後に成立した2021年改正法は内容が異なり,現行検察庁法22条2項は,国家公務員法81条の7が定める定年による退職の特例を検察官に適用しないと明記している。

本記事でいう「勤務延長」とは,定年後も同じ職員を引き続き勤務させる国家公務員法上の制度を指す。
これに対し,検察官としての定年が65歳であることと,次長検事又は検事長が63歳でその役職を離れることは別の制度である。

第2 2020年の勤務延長から現行法までの経過

年月日出来事法的又は資料上の位置付け
2020年1月16日法務省内で検察官にも勤務延長制度を適用できるとの検討メモが作成された2020年の政府解釈の形成過程
2020年1月24日関係省庁から異論がない旨の回答を得て政府内の結論に至ったと法務省が説明した政府の説明
2020年1月31日内閣が黒川弘務東京高検検事長の勤務を同年8月7日まで延長することを決定した閣議決定
2020年3月13日国家公務員法等の一部を改正する法律案(第201回国会閣法第52号)が提出された2020年案
2020年6月17日第201回国会が閉会し,同案の衆議院審査は審査未了となった成立せず廃案
2021年4月13日内容を変更した国家公務員法等の一部を改正する法律案(第204回国会閣法第63号)が提出された2021年案
2021年6月4日2021年案が参議院本会議で可決されて成立した成立法
2021年6月11日令和3年法律第61号として公布された公布
2023年4月1日改正法が原則施行され,検察官への勤務延長制度の適用除外が明文化された現行制度の施行
2024年6月27日大阪地方裁判所が解釈変更関係文書の不開示決定の一部を取り消した情報公開訴訟の判決
2025年4月1日経過措置の対象期間が終わり,検察官の定年が一律65歳となった現行の定年年齢

第3 黒川検事長の勤務延長と2020年の解釈変更

1 閣議決定と政府が示した理由

令和2年1月31日の定例閣議案件には,黒川弘務東京高検検事長を同年2月8日から8月7日まで引き続き勤務させることが記載されている。
当時の根拠とされたのは,改正前の国家公務員法81条の3第1項である。

政府は,東京高検管内の重大かつ複雑困難な事件の捜査公判に対応するため,黒川検事長の経験と知識に基づく指揮監督が不可欠であり,当分の間その職務を続けさせる必要があると説明した。
対象事件の内容については,捜査機関の活動内容と体制に関わるとして国会で明らかにしなかった。

2 従前の理解からの変更

政府は,国家公務員法に勤務延長制度が導入された1981年当時,この制度は検察官には適用されないと理解していた。
法務省は2019年12月頃から国家公務員法と検察庁法の関係を再検討し,2020年1月,検察庁法が定める特例は定年年齢と退官時期に限られるため,勤務延長制度は検察官にも適用できるとの解釈に変更したと国会で説明した。

法務省の「勤務延長制度(国公法第81条の3)の検察官への適用について」及び「検察庁法改正案策定経緯文書」は,この検討と関係省庁との協議経過を示す公文書である。
政府は国会で,社会経済情勢と犯罪の複雑困難化を理由に解釈変更は適法かつ有効であると説明したが,その手続,時期及び個別人事との関係については国会審議で争われた。

3 当時の解釈と現在の制度は同じではないこと

2020年の勤務延長は,当時の政府が採用した法解釈に基づく個別の人事措置である。
後記の大阪地裁判決も,勤務延長の閣議決定そのものの適法性を直接判断したものではないため,判決によって当時の法的議論が全面的に確定したと捉えることはできない。

他方,2023年4月1日に施行された現行検察庁法22条2項は,検察官に国家公務員法上の勤務延長制度を適用しないと明記した。
したがって,2020年の解釈を現在の検事長にそのまま用いる余地はない。

第4 廃案となった2020年の検察庁法改正案

1 法案が予定していた制度

一般に「2020年の検察庁法改正案」と呼ばれたものは,検察庁法の改正部分を含む国家公務員法等の一部を改正する法律案(第201回国会閣法第52号)である。
同案は,検事総長以外の検察官の定年を段階的に65歳へ引き上げるとともに,国家公務員法上の勤務延長制度を読替えの上で検察官にも適用する内容を含んでいた。

同案は,次長検事及び検事長が63歳に達した日の翌日に検事となる仕組みを設ける一方,一定の事由がある場合にはその役職にとどまらせる特例も予定していた。
この役職継続の特例と,定年後も検察官として勤務させる特例は別の制度であったが,いずれも内閣又は法務大臣の判断が検察人事に及ぼす影響との関係で国会審議の対象となった。

2 同案は現行法ではないこと

衆議院の審査経過によれば,2020年案は同年3月13日に提出され,内閣委員会で4回審査されたものの,議決結果は「審査未了」である。
同案に含まれていた勤務延長の読替規定と役職継続の特例は成立せず,施行されていない。

2021年に成立した法案は,2020年案の同じ条文をそのまま成立させたものではない。
「検察庁法改正案が成立した」とだけ表現すると両案を混同するため,提出回次と法案番号を併記すると区別が明確になる。

第5 2021年改正法と現行の検事長の取扱い

1 検察官の定年は65歳であること

第204回国会閣法第63号は2021年6月4日に成立し,令和3年法律第61号として同月11日に公布された。
改正後の検察庁法22条1項は,検察官が65歳に達した時に退官すると定めている。

2023年4月1日から2025年3月31日まで,検事総長以外の検察官の定年は経過措置により64歳であった。
この対象期間は既に終了しているため,2026年9月10日現在は,検事総長を含む検察官の定年は65歳である。

2 国家公務員法上の勤務延長は適用されないこと

現行検察庁法22条2項は,「検察官については,国家公務員法第八十一条の七の規定は,適用しない」と定めている。
同条が適用を除外する国家公務員法81条の7は,定年による退職の特例である勤務延長制度を定めた条文である。

このため,現行法上の検察官について,2020年の黒川検事長の場合と同じ国家公務員法上の勤務延長を行うことはできない。
最初の延長ができない以上,その期限を更に延長する「再延長」も現行制度上の問題にはならない。

3 検事長は63歳で役職を離れること

現行検察庁法22条3項により,次長検事及び検事長は,63歳に達した日の翌日に検事に任命される。
同法20条2項も,63歳に達した者を次長検事又は検事長に任命することができないと定めている。

したがって,検事長は63歳でその役職を離れるが,検察官としては原則として65歳まで在職できる。
2020年案が設けようとした役職継続の特例に相当する規定は,現行法には置かれていない。

検事総長については,63歳で検事に任命するとの規定は適用されないため,65歳の定年まで検事総長の職にあることが条文上は可能である。
ただし,検事総長にも勤務延長制度は適用されないので,65歳を超えてその職にとどまることはできない。

第6 2020年案と現行法の相違

比較項目2020年案(第201回国会閣法第52号)現行法(令和3年法律第61号による改正後)
法的状態審査未了で成立せず,施行されていない2021年成立,2023年4月1日原則施行
検察官の定年検事総長以外も段階的に65歳へ引上げ2025年4月1日以降は一律65歳
国家公務員法上の勤務延長読替えの上で検察官にも適用する予定検察庁法22条2項が適用を明文で除外
次長検事・検事長の63歳後の役職原則として検事となるが,役職継続の特例を予定翌日に検事となり,役職継続の特例はない

2021年の国会審議で,法務省は,2020年案について国民の理解が十分に得られなかったことを重く受け止め,同じ内容の再提出を避け,検察官に勤務延長を適用しないとの政策判断をしたと説明した。
これは法務省が国会で示した説明であり,法的な結論そのものは現行検察庁法22条2項の文言によって確認できる。

第7 大阪地裁令和6年6月27日判決の内容と限界

1 情報公開訴訟として示された判断

大阪地裁令和6年6月27日判決(令和4年(行ウ)第5号・行政文書不開示決定処分取消等請求事件)は,黒川検事長の勤務延長に関する法解釈変更の検討文書を法務省が保有していたかが争われた情報公開訴訟の判決である。
同判決は,2020年の解釈変更に至る時期と法案作成の経過を検討し,解釈変更は黒川検事長の勤務延長を目的として行われたものと推認した。

その上で,法務省は請求対象文書1ないし3を保有していたと認定し,文書不存在を理由としてこれらを不開示とした決定部分を取り消した。
法務大臣は2024年7月12日の記者会見で,控訴して判決を是正するまでの実益が乏しいとして,国は控訴しなかったと説明した。

2 勤務延長自体の違法性を判断した判決ではないこと

同判決が直接判断した対象は,行政文書不開示決定の適法性と国家賠償請求である。
2020年1月31日の勤務延長の閣議決定を取り消したものでも,その法的効力を無効としたものでもない。

したがって,同判決は,解釈変更の目的と関連文書の存否を理解する上で重要であるが,「裁判所が勤務延長そのものを違法と判断した」と要約するのは正確ではない。
また,現行の検事長に勤務延長制度が適用されない根拠は,同判決ではなく現行検察庁法22条2項である。

第8 関連記事

第9 出典・参考資料

1 法令

検察庁法(昭和22年法律第61号)9条,10条,20条2項,22条及び附則3条。
国家公務員法(昭和22年法律第120号)81条の7。

2 国会提出法案・審議経過

① 衆議院,国家公務員法等の一部を改正する法律案(第201回国会閣法第52号),2020年3月13日提出。
② 衆議院,同案の法律案等審査経過概要
③ 衆議院,国家公務員法等の一部を改正する法律案(第204回国会閣法第63号),2021年4月13日提出。
④ 衆議院,同案の議案審議経過情報
⑤ 衆議院法務委員会,第201回国会法務委員会第8号,2020年4月10日。
⑥ 衆議院法務委員会,第204回国会法務委員会第15号,2021年4月20日。
⑦ 衆議院内閣委員会,第204回国会内閣委員会第21号,2021年4月23日。

3 所管行政機関の説明・公文書

① 首相官邸,令和2年1月31日(金)定例閣議案件
② 法務省,勤務延長制度(国公法第81条の3)の検察官への適用について,2020年1月,PDF1頁~2頁。
③ 法務省,検察庁法改正案策定経緯文書,2020年7月22日公表,PDF1頁~3頁。
④ 法務省,令和6年7月12日法務大臣閣議後記者会見の概要

4 裁判例

大阪地裁令和6年6月27日判決・令和4年(行ウ)第5号・行政文書不開示決定処分取消等請求事件,判決書1頁及び28頁~30頁。