国家公務員法81条の3に基づき,検察官の勤務延長が認められる理由としては,以下のものが考えられます。
1 検察官の勤務延長に関する政府見解(私が独自に政府答弁を要約したものです。)
一般法たる国家公務員法の懲戒,服務等の諸規定については,特に読替規定を置くこともなく,当然に検察官にも適用されているのであって,例えば,任命権者から懲戒処分を受けた職員は人事院に不服申立てを行ってその審査を受けることができるものとされているところ、これは内閣が任命する検事長についても変わらない。
また,公務員の中の新陳代謝を図りながら,きちっとした年齢まで働けるということを前提に,安心して人生設計をさせて,しっかり職務に当たらせるという定年制度の意義自身は,同じ国家公務員たる検察官と一般の公務員とで同じであるから,そこのところについて何か検察官の特殊性がどうこうという議論は基本的にはない。
さらに,検察庁法32条の2は,その職務執行の公正が直接刑事裁判の結果に重大な影響を及ぼすという検察官の職務と責任の特殊性は国家公務員法施行後も変わらないことから,検察庁法中,検察官の任免に関する規定を国家公務員法の特例としたというものであり,他の一般の国家公務員についても定年が定められた昭和56年の国家公務員法改正後において検察官に特別の定年が定められているのは,その職務と責任に特殊性があることによるものと解される。
ところで,昭和55年10月の総理府人事局作成の想定問答には,検察官の場合,勤務延長が認められないと記載されているものの,その理由は必ずしも明らかではないし,大学の教員についても勤務延長が認められない理由が職務の特殊性によるものかどうかも明らかではないし,当時と比べて色々検察行政が複雑化しているといった情勢の変化からすれば,行政府の判断として責任を持って解釈変更をするのであれば問題はない。
また,司法大臣の決定により最大で3年間,引き続き検事は在職できるとしていた裁判所構成法80条ノ2と同趣旨の規定が検察庁法で定められなかった理由について帝国議会議事録等でも特段触れられていないため,その理由は必ずしも明らかではない。
そのため,国家公務員が定年により退職するという規範そのものは,検察官であっても一般法たる国家公務員法によっているというべきであって,検察官の定年による退職は,検察庁法22条により定年年齢及び退職時期について修正された国家公務員法81条の2第1項に基づくものと解される。
よって,前条第1項の規定により退職した場合に適用される国家公務員法81条の3は検察官にも適用されるものと解される。
2 政府答弁で言及されていないものの,政府見解を支持することにつながる理由
① 「一級の検察官は、内閣が、二級の検察官は、内閣総理大臣が、これを任免する。」と定めていた検察庁法15条3項が昭和24年5月31日法律第138号により削除され,検事及び副検事の任免権者に関する定めが検察庁法に存在しなくなった結果,国家公務員法55条1項及び61条に基づき,法務総裁(昭和27年8月1日以降は法務大臣)が検事及び副検事の任免権者となった(国家公務員法55条1項の適用につき昭和24年5月11日の参議院法務委員会における高橋一郎法務庁検務局長の答弁参照)。
また,「この法律の規定は、国家公務員法の如何なる条項をも廃止し、若しくは修正し、又はこれに代わるものではない。」と定める検察官俸給法(昭和23年7月1日法律第76号)附則8条は,国家公務員法の規定が検察官俸給法に優先するものであるという一つの思想を表現したものである(昭和23年5月5日の参議院司法委員会における岡咲恕一法務庁調査意見第一局長の答弁参照)ことからしても,検察官に対する国家公務員法の適用が避けられていたわけでは全くない。
そのため,これらのことからしても,検察庁法に定めのない事項については,国家公務員法が当然に適用されるといえる。
② 検察庁法32条の2は,国家公務員法(昭和22年10月21日法律第120号)が制定された後の昭和24年5月31日法律第138号によって追加された条文であるところ,当時の国家公務員法には定年年齢及び退職時期の定めがなかったため,勤務延長が問題となることもなかった。
そのため,定年年齢及び退職時期について定めているだけの検察庁法22条は,昭和56年6月11日法律第77号によって追加された国家公務員法81条の3(定年による退職の特例)の特例まで定めたものとはいえない。
③ 大学の教員については,教育を通じて国民全体に奉仕する教育公務員の職務とその責任の特殊性に基き,制定当時の教育公務員特例法(昭和24年1月12日法律第1号)8条2項に基づき,停年が定められていた。
そして,平成13年4月1日以降,国立大学の教員については平成11年7月7日法律第83号による改正後の教育公務員特例法8条の2第2項(平成16年4月1日の国立大学法人化に伴い,平成15年7月16日法律第117号に基づき削除)に基づき,公立大学の教員については平成11年7月22日法律第107号による改正後の教育公務員特例法8条の3第2項(現在の8条2項)に基づき,勤務延長を定める国家公務員法81条の2及び地方公務員法28条の3の適用が明文で排除されるようになった。
それにもかかわらず,検察庁法については同趣旨の改正が行われなかった。
④ 職務と責任に特殊性があること又は欠員の補充が困難であることにより定年を60歳とすることが著しく不適当と認められる官職を占める職員については,60歳を超えて65歳を超えない範囲内の定年を人事院規則で定めることが予定されている(国家公務員法81条の2第2項3号)ところ,例えば,事務次官,外局の長官,会計検査院事務総長及び人事院事務総長の定年は62歳とされている(人事院規則11-8(職員の定年)別表)。
そのため,職務と責任の特殊性は,定年年齢を遅くする方向に考慮すべき事情といえる。
⑤ 人事院は内閣の所轄の下にある(国家公務員法3条1項前段。なお,憲法73条4号の「官吏に関する事務を掌理すること。」参照)とはいえ,国家行政組織法の適用が除外されている(国家公務員法4条4項後段)し,会計検査院は内閣に対し独立の地位を有している(会計検査院法1条。なお,憲法90条1項参照)。
そのため,これらの機関は,法務省に置かれる特別の機関であり(法務省設置法14条1項),検察に関する事務をつかさどる法務省(法務省設置法4条1項7号)の長である法務大臣(法務省設置法2条2項)の一般的な指揮監督を受ける検察庁(検察庁法14条本文)よりも高度の独立性を有しているといえる。
そして,人事院事務総局(国家公務員法13条)の職員及び会計検査院事務総局(会計検査院法2条及び12条)の職員についても勤務延長に関する国家公務員法81条の3が適用されることからすれば,独立性を確保する必要性が高いというだけの理由により勤務延長を一律に否定する必要があるとはいえない。
⑥ 両議院の同意を経て,内閣が任命する人事官(国家公務員法5条1項)は,任命前の5年間において,政党の役員等をしていた者が任命されることはできないし(国家公務員法5条4項),同一の大学学部を卒業した人が2人以上任命されることはできない(国家公務員法5条5項)ぐらい,政治的中立性が要求されているところ,引き続き12年を超えて在任することができない(国家公務員法7条2項)とはいえ,定年の定め自体がない。
そのため,政治的中立性を確保する必要性が高いというだけの理由により勤務延長を一律に否定する必要があるとはいえない。
⑦ 昭和56年4月28日の衆議院内閣委員会における斧誠之助人事院任用局長の答弁は,何ら理由を述べることなく,改正国家公務員法に基づく定年制が適用されないと説明しているに過ぎないし,そもそも検察庁法を所管している法務省刑事局長の答弁ではない。
定年延長の是非は別にして、、、
検察制度ついて議論する際にはこうした話を知っておくと、より深く理解できるし、論点も頭の中も整理できて的をハズしたコメントが少なくなると思う。 https://t.co/ztuoGnU00E
— 官僚たちの四季 (@real_bureaucrat) June 23, 2020
*0 検察官の勤務の再延長については,人事院の承認が必要です(国家公務員法81条の3第2項)。
*1 以下の記事も参照してください。
① 東京高検検事長の勤務延長問題
② 検察庁法改正案の成立前後における,検事長の勤務延長の取扱い
③ 令和2年の検察庁法改正案及び検察官俸給法改正案に関する法案審査資料
*2 朝日新聞HPに載っている「東京高検検事長の定年延長についての元検察官有志による意見書」には以下の記載があります。
この閣議決定(山中注:令和2年1月31日付の閣議決定のこと。)による黒川氏の定年延長は検察庁法に基づかないものであり、黒川氏の留任には法的根拠はない。この点については、日弁連会長以下全国35を超える弁護士会の会長が反対声明を出したが、内閣はこの閣議決定を撤回せず、黒川氏の定年を超えての留任という異常な状態が現在も続いている。
*3 辻田力文部事務官は,昭和23年12月9日の参議院文教委員会において,教育公務員特例法案(8条2項は「教員の停年については、大学管理機関が定める。」でした。)に関して以下の答弁をしています。
大学につきましてはこの採用昇任の外に、轉任或いは降任、免職、休職或いは任期、停年、懲戒、その他服務等に特別に、大学としての自治の精神、大学の自主性或いは学問の自由の保障という観点から、それぞれ大学におきまして、原則として自治的に自主的に運営できるような規定を各條に設けた次第であります。
*4 国家公務員の定年制度について(昭和54年8月9日付の,総理府総務長官宛の人事院総裁の書簡)(法令解説資料総覧26号(昭和57年2月発行)15頁及び16頁に掲載されているもの)には以下の記載があるものの,検察官及び大学の教員について勤務延長の適用を否定する実質的理由の記載はありません。
定年制度は、適正な新陳代謝の促進を図るとともに、計画的な安定した人事管理の確保等を目的とするものであるので、任期を定めて又は臨時的に任用される職員を除く一般職に属する常勤の職員に適用するものとする。ただし、検察官及び大学の教員については、すでに検察庁法及び教育公務員特例法により、定年制度に関する規定が設けられているので,それらの規定するところによるものとする。
*5 人事院の平成11年度年次報告書の「定年後の新たな再任用制度の導入及び在職期間の長期化」には以下の記載があります。
① 定年後の新たな再任用制度の導入
本格的な高齢社会を迎える中、平成13年4月から公的年金(基礎年金に相当する定額部分)の支給開始年齢が引き上げられることとされており、雇用と年金との連携を図るとともに、高齢者が長年培った能力・経験を有効に発揮できるよう65歳までの継続雇用を推進することは国全体の課題とされている。
公務部門における高齢者雇用については、平成10年5月に人事院が行った意見の申出に基づき、平成11年7月、「国家公務員法等の一部を改正する法律」(平成11年法律第83号)が成立し、定年退職した者等を最長65歳まで再雇用する新たな再任用制度が導入され、年金の支給開始年齢の引上げが開始される平成13年4月1日から施行されることとなっている。人事院は、新再任用制度の円滑な導入に向けた準備が各省庁において適切に行われるよう、平成11年10月、同制度の実施のために必要な事項を定めた規則11-9(定年退職者等の再任用)を制定した。
② 在職期間の長期化
公務においては、ピラミッド型組織構造の下で年次主義的な昇進管理が行われてきたため、幹部職員の多くが50歳代前半に退職し、所属省庁のあっせんにより民間企業や特殊法人等に再就職する人事慣行が行われてきた。このような慣行は、円滑に組織の新陳代謝がなされる面があるが、官民の癒着が生じたり、長年培った職員の能力を公務に十分活用できないなどの弊害があり、近時是正する必要性が高まっている。
人事院は、平成11年の給与勧告時の報告において、早期退職慣行の是正に向けて具体的な取組が必要であることを表明した。その際、幹部職員についても60歳(定年)までの在職を目指し、できるだけ長く公務部内で活用できるよう人事システムを再構築していくべきこと、当面、幹部職員の過半数が53歳以前で勧奨退職している現状の是正を図るべきであることを指摘した。また、在職期間の長期化に当たっては、行政をめぐる状況の変化に対応するために必要となるスタッフ職・専門職の充実やポストの再評価等を有効に活用することが必要であることも併せて表明した。
人事院は、引き続き退職管理の適正化のため、関係機関との連携を図りながら検討を進めることとしている。
*6 参議院議員小西洋之君提出政府の憲法解釈の変更に関する質問に対する答弁書(平成27年10月6日付)には以下の記載があります。
憲法を始めとする法令の解釈とは、法令の適用の前提として法令の意味内容を明らかにすることであり、法令解釈の変更とは、従前の法令解釈を変更することをいうが、憲法解釈の変更に当たっては、衆議院議員島聡君提出政府の憲法解釈変更に関する質問に対する答弁書(平成十六年六月十八日内閣衆質一五九第一一四号)一についてで述べたとおり、「憲法を始めとする法令の解釈は、当該法令の規定の文言、趣旨等に即しつつ、立案者の意図や立案の背景となる社会情勢等を考慮し、また、議論の積み重ねのあるものについては全体の整合性を保つことにも留意して論理的に確定されるべきものであり、政府による憲法の解釈は、このような考え方に基づき、それぞれ論理的な追求の結果として示されてきたものであって、諸情勢の変化とそれから生ずる新たな要請を考慮すべきことは当然であるとしても、なお、前記のような考え方を離れて政府が自由に憲法の解釈を変更することができるという性質のものではない」と考えており、この考え方は、憲法の下位規範である法令の解釈についても当てはまるものである。