第1 表彰制度の全体像
民事調停委員及び家事調停委員には,裁判所内部の表彰として,最高裁判所長官表彰,高等裁判所長官表彰並びに地方裁判所長表彰及び家庭裁判所長表彰がある。
これらは,国の栄典である勲章及び褒章とは別の制度である。
1 調停委員の位置付け
調停委員は,非常勤の裁判所職員であり,最高裁判所によって任命される。
民事調停委員及び家事調停委員規則1条によれば,弁護士となる資格を有する者,民事又は家事の紛争解決に有用な専門知識・経験を有する者又は社会生活上の豊富な知識経験を有する者であって,人格識見の高い40歳以上70歳未満の者の中から任命するのが原則である。
任期は2年である(同規則3条)。
2 3段階の表彰と国の栄典
公開通達から確認できる3段階の表彰は,次のとおりである。
| 表彰 | 主な対象 | 決定者 | 通達上の表彰方法 |
|---|---|---|---|
| 最高裁判所長官表彰 | 現職者及び前年7月1日以後に退職した者であって,調停制度への貢献が特に顕著な者 | 最高裁判所長官 | 最高裁判所において表彰状を授与し,副賞を贈呈 |
| 高等裁判所長官表彰 | 人格識見が高く,職務に精励し,功績が顕著な者 | 高等裁判所長官 | 表彰状を授与し,副賞を贈呈 |
| 地方裁判所長表彰・家庭裁判所長表彰 | 当該年度に退任し,又は退任予定の者のうち,原則68歳以上でおおむね8年以上職務に精励し,調停制度の発展に特に貢献した者 | 地方裁判所長又は家庭裁判所長 | 表彰状又は感謝状を授与 |
同一人が民事調停委員と家事調停委員を兼ねている場合には,高裁長官表彰及び地家裁所長表彰の選考では,双方の功績を総合して評価する。
もっとも,表彰の種別は,主として功績を挙げた一方の種別とされる。
第2 最高裁判所長官表彰
1 目的及び対象
本記事で確認した公開通達は,長年にわたり民事調停委員又は家事調停委員として職務に精励し,調停制度の発展に特に顕著な貢献をした者を表彰し,その功績に報いるとともに,調停制度の発展に資することを目的としている。
対象は,表彰時の現職者及び前年7月1日以後に退職した者であって,次の要件を満たす者である。
① 人格識見が高く,職務に精励して他の模範となったこと
② 調停制度の発展に特に顕著な貢献をしたこと
2 「15年以上・200件以上」は旧基準であること
平成28年4月1日改正前の旧通達には,原則として,調停委員としての実歴年数が15年以上であり,その間の取扱件数が200件以上であることという数値基準があった。
ただし,旧通達でも,調停制度の発展に特に顕著な貢献をした者については,数値基準にかかわらず表彰できるものとされていた。
平成28年4月1日実施の改正によって,この「15年以上・200件以上」という要件は通達本文から削除された。
したがって,これを現在の必須基準として説明するのは正確でない。
現在確認できる公開通達上の要件は,前項に記載した人格識見,職務への精励,他の模範及び調停制度への特に顕著な貢献である。
3 推薦及び決定の手続
高等裁判所長官は,最高裁判所事務総局人事局長が年度ごとに通知する候補者数の範囲内で候補者を選考し,最高裁判所長官に推薦する。
推薦書類には,候補者名簿,人事記録の写し,功績調書及び表彰理由書を添付する。
被表彰者は,この推薦に基づいて最高裁判所長官が決定する。
公開されている決定方法の通達では,原則として毎年7月15日までに推薦書類を提出するとされている。
推薦後に候補者の異動,死亡その他の事情が生じた場合には,速やかに人事局長へ報告する仕組みである。
4 表彰の日及び方法
表彰の日は,毎年度,最高裁判所事務総局人事局長が定める。
令和7年度の表彰日は,令和7年10月17日であった。
表彰は,最高裁判所において,最高裁判所長官の表彰状を授与し,副賞を贈呈して行う。
推薦後に死亡した者を表彰するときは,死亡の日にさかのぼって行う。
第3 年度別通知及び被表彰者名簿
1 年度別の候補者通知
年度ごとの候補者数及び表彰日は,最高裁判所事務総局人事局長の通知で確認できる。
公開している通知は,次のとおりである。
① 令和2年度
② 令和3年度
③ 令和4年度
④ 令和5年度
⑤ 令和6年度
⑥ 令和7年度
令和7年度の通知は,8高裁の推薦候補者数を合計120人と定めていた。
これは推薦できる候補者数であり,実際の被表彰者数と同じとは限らない。
令和2年度民事調停委員及び家事調停委員に対する最高裁判所長官表彰の被表彰人員等について(令和2年6月25日付の最高裁判所人事局長の通知)を添付しています。pic.twitter.com/oV1GSbUdeg
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) December 27, 2020
2 被表彰者名簿及び近年の人数
平成25年度から令和7年度までの被表彰者名簿は,最高裁判所長官表彰の被表彰者名簿にまとめている。
令和2年度以降の名簿に掲載された人数は,次のとおりである。
| 年度 | 被表彰者数 |
|---|---|
| 令和2年度 | 119人 |
| 令和3年度 | 120人 |
| 令和4年度 | 120人 |
| 令和5年度 | 119人 |
| 令和6年度 | 119人 |
| 令和7年度 | 111人 |
令和7年度については,候補者数の上限が120人であったのに対し,被表彰者名簿の掲載人数は111人である。
公開資料だけでは,この差が生じた理由までは確認できない。
3 平成24年度以前の名簿
令和2年1月31日付の司法行政文書不開示通知書によれば,平成24年度以前の最高裁判所長官表彰被表彰者名簿は,同日までに廃棄されたとされている。
したがって,現存する公開名簿が平成25年度以降に限られることは,平成24年度以前に表彰がなかったことを意味しない。
第4 高等裁判所長官表彰
高等裁判所長官表彰は,人格識見が高く,職務に精励し,その功績が顕著な民事調停委員及び家事調停委員に対して行われる。
各高等裁判所長官は,最高裁判所事務総局民事局長及び家庭局長が定める人員の範囲内で被表彰者を決定する。
民事調停委員と家事調停委員を兼ねる者については双方の功績を総合して評価する一方,司法委員及び参与員としての功績は選考の対象に含めない。
表彰の日は高等裁判所長官が定め,表彰状の授与及び副賞の贈呈によって行う。
被表彰者が表彰日前に死亡した場合には,死亡の日にさかのぼって表彰する。
第5 地方裁判所長表彰及び家庭裁判所長表彰
地方裁判所長表彰及び家庭裁判所長表彰は,原則として,当該年度の4月1日から翌年3月31日までに退任し,又は退任する予定の調停委員のうち,次の要件を満たす者を対象とする。
① 原則として68歳以上であること
② おおむね8年以上にわたり職務に精励したこと
③ 調停制度の発展に特に貢献したこと
地方裁判所長又は家庭裁判所長が被表彰者を決定する。
民事調停委員と家事調停委員を兼ねる者の功績は総合して評価する一方,司法委員及び参与員としての功績は選考の対象に含めない。
表彰は当該年度中に行い,表彰状又は感謝状を授与する。
被表彰者が表彰日前に死亡した場合には,死亡の日にさかのぼって表彰する。
第6 叙勲・褒章との違い
1 瑞宝章
裁判所の表彰は,各裁判所の長が調停委員としての功績を顕彰する制度である。
これに対し,勲章は国の栄典であり,内閣府の制度説明によれば,瑞宝章は,公務等に長年にわたり従事し,成績を挙げた者を対象とする。
調停委員としての功労を主要経歴とする瑞宝章受章者は,令和7年秋の叙勲及び令和8年春の叙勲など,内閣府が公表する春秋叙勲の名簿で確認できる。
2 藍綬褒章
藍綬褒章も国の栄典である。
内閣府の制度説明は,会社経営,各種団体での活動等を通じて産業の振興,社会福祉の増進等に優れた業績を挙げた者又は国や地方公共団体から依頼されて行われる公共の事務に尽力した者を授与対象としている。
内閣府は,国や地方公共団体から依頼されて行われる公共の事務の例として,調停委員の事務を明記している。
3 裁判所の表彰との関係
裁判所の3段階の表彰と叙勲・褒章は,根拠,決定手続及び授与主体が異なる。
裁判所の表彰を受けたことが叙勲又は褒章の法的な要件であるとする公開資料は,本記事の調査では確認できなかった。
調停委員の叙勲,褒章及び表彰の各推薦事務については,叙勲,褒章及び裁判所の表彰について,推薦事務上の重複や優先順位を調整するための内部資料である。
このような事務上の調整があることと,一方が他方の必須条件であることとは区別する必要がある。
第7 表彰制度の沿革
1 高裁長官表彰及び最高裁判所長官表彰の開始
日本調停協会連合会『調停制度と日調連の歩み』の年表によれば,高等裁判所長官による調停委員の表彰は昭和22年度に始まり,最高裁判所長官による調停委員の表彰は昭和36年度に始まった。
同書には,昭和26年10月2日に藍綬褒章受章者及び代表調停委員が皇居内で拝謁した際の写真も掲載されている。
調停委員の功績を裁判所の表彰だけでなく国の栄典によっても顕彰する歴史が早くからあったことが分かる。
2 昭和49年の国会答弁
昭和49年4月2日の衆議院法務委員会では,調停委員の実員数の5%を対象とする表彰予算が,退任者数をあらかじめ定める趣旨ではないかと質問された。
最高裁判所長官代理者は,その数字は表彰する員数であって,退任を指導する人数ではないと答弁した。
その後の答弁では,各庁における退任の実績がおおむね5%であり,その者の退職時の表彰として予算を要求していた旨も説明している。
この答弁は,少なくとも当時の表彰予算上の人数を,そのまま退任予定者数と読むことができないことを示している。
第8 関連資料
① 最高裁判所表彰規程(昭和31年4月1日施行)
② 最高裁判所長官表彰の金杯等の売買契約書(令和元年5月13日付)
③ 民事調停委員及び家事調停委員の表彰に関する通達及び事務連絡
④ 民事調停委員及び家事調停委員の任免等について
⑤ 民事調停委員及び家事調停委員の任免手続等について
⑥ 民事調停委員の再任等について
⑦ 平成27年10月1日付の最高裁判所長官表彰状の掲載例
⑧ 調停委員
⑨ 調停委員協議会の資料
⑩ 裁判所関係者及び弁護士に対する叙勲の相場
⑪ 勲章受章者名簿
第9 出典・参考資料
1 裁判所・行政資料
- 裁判所「調停委員」
- 民事調停委員及び家事調停委員規則1頁
- 最高裁判所事務総長依命通達「民事調停委員及び家事調停委員に対する最高裁判所長官表彰について」(昭和60年12月28日付最高裁人能A第8号)1頁~2頁
- 最高裁判所人事局長通達「民事調停委員及び家事調停委員に対する最高裁判所長官表彰の被表彰者の決定方法について」(平成28年3月24日付最高裁人能第195号)3頁~4頁
- 最高裁判所事務総長通達「民事調停委員及び家事調停委員に対する高等裁判所長官表彰について」(平成29年4月28日付最高裁人能A第4号)10頁~11頁
- 最高裁判所事務総長通達「民事調停委員及び家事調停委員に対する地方裁判所長表彰又は家庭裁判所長表彰について」(平成元年4月1日付最高裁人能A第5号)16頁~17頁
- 令和7年度民事調停委員及び家事調停委員に対する最高裁判所長官表彰の候補者等について1頁
- 内閣府「勲章の種類及び授与対象」
- 内閣府「褒章の種類及び授与対象」
- 内閣府「令和7年秋の叙勲」
- 内閣府「令和8年春の叙勲・褒章」
前記4通達の頁は,「民事調停委員及び家事調停委員の表彰に関する通達及び事務連絡」一括PDFのPDF実頁である。
2 国会会議録・文献
- 第72回国会衆議院法務委員会第23号(昭和49年4月2日)
- 日本調停協会連合会『調停制度と日調連の歩み』(昭和52年10月7日)巻頭写真頁,141頁及び146頁