幹部裁判官の定年予定日

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1 幹部裁判官の定年予定日
・ 令和 元年10月 2日時点のもの
・ 平成31年 1月 1日時点のもの
・ 平成30年 1月29日時点のもの
・ 平成29年 7月14日時点のもの
・ 平成29年 1月 1日時点のもの

2 裁判官及び検察官の定年
(1) 最高裁判所裁判官の定年は70歳であり(憲法79条5項,裁判所法50条),高等裁判所,地方裁判所及び家庭裁判所の裁判官の定年は65歳であり,簡易裁判所判事の定年は70歳です(憲法80条1項ただし書,裁判所法50条)。
(2)ア 検事総長の定年は65歳であり,その他の検察官の定年は63歳です(検察庁法22条)。
イ 佐藤藤佐司法省刑事局長は,昭和22年3月28日の貴族院検察庁法案特別委員会において以下の答弁をしています。
   裁判官の職務と檢察官の職務は、其の性質上の差もあります關係から、職務を執行される職員の能力と申しますか、體力の點に於ても、檢察官が裁判官に比べて積極的に活動することを必要と致します關係から、裁判官程高い定年を設けることは適當ではなからうと云ふ考の下に、現行法通り定年を六十三と致したのでありまして、長官級の方はそれより高めて、現在の檢事總長の定年を六十五と斯う云ふ程度に止めたのであります
(3) 一般職の国家公務員について60歳定年制が導入されたのは昭和60年3月31日です(「国家公務員の定年引上げをめぐる議論」4頁参照)。

3 戦前の判事及び検事の定年
(1)ア 大審院長及び検事総長の定年は65歳であり,その他の判事及び検事の定年は63歳でした。
   ただし,判事の場合,控訴院又は大審院の総会決議により,検事の場合,司法大臣の決定により,さらに3年間在職することができました(大正10年5月18日公布の法律第101号による改正後の裁判所構成法74条の2及び80条の2)。
イ 大審院長及び検事総長が担当する,一般を指揮監督するという任務は,その職務の性質上,それ以外の任務と異なり細かいことをする必要がないし,大審院部長及び控訴院長並びに検事長以下と異なり裁判事務はほとんどせずに司法行政事務だけをすればいいから定年を2年遅くしたのであって,両者に対して敬意を払うために定年を2年遅くしたわけではないことになっています(大正10年3月24日の衆議院裁判所構成法中改正法律案外一件委員会における鈴木喜三郎司法次官の答弁(会議録6頁及び8頁)参照)。
ウ 当初の政府案では,60歳,63歳及び65歳の3段階の定年制でしたが,枢密院の審議の結果,63歳及び65歳の2段階の定年制となりました(大正9年7月15日の貴族院裁判所構成法中改正法律案外一件特別委員会における鈴木喜三郎司法次官の答弁(会議録1頁)参照)。
エ 大正10年当時,判検事の人数は1600人ぐらいであり,定年退官の対象者は年間10人ぐらいでした(大正10年3月24日の衆議院裁判所構成法中改正法律案外一件委員会における鈴木喜三郎司法次官の答弁(会議録9頁)参照)。
オ 満60歳以上であり,相続の単純承認をする家督相続人がいた場合,裁判所の許可がなくても戸主が隠居することができました(旧民法752条・普通隠居)が,それ以外の場合,裁判所の許可がない限り隠居できませんでした(旧民法753条・特別隠居)。
(2) 裁判所構成法74条の2及び80条の2は,昭和12年9月1日公布の法律第82号による改正があり,定年退職日は5月31日又は11月30日に統一されました。
(3) 判事及び検事以外の官吏についても定年制の導入が検討されたものの,定年まで在官することが権利のごとく考えられるとかえって沈滞の空気が濃化するおそれがあるという考え等のために導入されませんでした(「国家公務員の定年引上げをめぐる議論」1頁参照)。
(4)ア 明治憲法58条2項は「裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒ノ處分ニ由ルノ外其ノ職ヲ免セラルヽコトナシ」と定めており,定年の定めはありませんでした。
   そのため,裁判官に対する定年制の導入を内容とする裁判所構成法の改正案に対しては,明治憲法58条2項に違反するのではないかという質問が帝国議会で繰り返し行われました。
イ 裁判所構成法74条は「判事身體若ハ精神ノ衰弱ニ因リ職務ヲ執ルコト能ハサルニ至リタルトキハ司法大臣ハ控訴院又ハ大審院ノ總會ノ決議ニ依リ之ニ退職ヲ命スルコトヲ得」と定めていましたが,精神の衰弱を判断することは著しく困難であったため,精神の衰弱を理由とする退職決議の提案すらされことはありませんでした(大正10年3月23日の衆議院裁判所構成法中改正法律案外一件委員会における鈴木喜三郎司法次官の答弁(会議録6頁)参照)。
ウ 身体の衰弱を理由とする退職決議についても,明治40年以降は0件となりました(大正9年7月15日の貴族院裁判所構成法中改正法律案外一件特別委員会における鈴木喜三郎司法次官の答弁(会議録3頁)参照)。
エ 戦後の裁判官分限法の場合,執務不能を理由とする分限裁判は,最高裁大法廷昭和33年10月28日決定(7年以上の療養生活)及び大阪高等裁判所昭和61年2月19日決定(失踪)の2件だけです。
(5)ア Wikipediaの「横田国臣」(1906年7月3日から1921年6月13日まで,大審院長をしていた司法官僚)は以下の記載があります。
   1904年には検事総長に返り咲き、1906年には大審院院長まで昇りつめた。以後、1921年に定年退職するまで約15年の長きに渡って院長を務め、歴代院長の中で最長在職期間(戦後の最高裁判所長官を含めても歴代1位)を記録している。1921年に裁判所構成法の改正により判事定年制が導入されたのは、横田が自発的に退職しなかったためであると言われる。大物大審院院長であった横田に引導を渡したのは原敬内閣であり、この法律は俗に「横田退治法」などと呼ばれた。
イ 大正10年当時の帝国議会会議録を見る限り,政府委員の説明として,現職の大審院院長への言及は確認できません。
(6) 戦前の陸軍の場合,大将は65歳,中将は62歳,少将は58歳が定年であり,戦前の海軍の場合,大将は65歳,中将は60歳,少将は56歳が定年でしたが,元帥府に列せられた陸軍大将又は海軍大将については定年がありませんでした(Wikipediaの「停限年齢」参照)。
(7) 昭和30年代後半までは,民間企業の多くで導入されていたのは55歳定年制でした(「国家公務員の定年引上げをめぐる議論」3頁参照)。

4 定年制の趣旨
・ 最高裁平成30年6月1日判決は以下の判示をしています。
   定年制は,使用者が,その雇用する労働者の長期雇用や年功的処遇を前提としながら,人事の刷新等により組織運営の適正化を図るとともに,賃金コストを一定限度に抑制するための制度ということができるところ,定年制の下における無期契約労働者の賃金体系は,当該労働者を定年退職するまで長期間雇用することを前提に定められたものであることが少なくないと解される。

5 平均寿命及び平均余命の変化
(1) 大正10年当時の日本人男性の平均寿命は42.06歳であり,65歳男性の平均余命は9.31年でした(厚生労働省HPの「表2 完全生命表における平均余命の年次推移」参照)。
(2) 昭和22年当時の日本人男性の平均寿命は50.06歳であり,昭和35年当時の日本人男性の平均寿命は65.32歳であり,平成28年当時の65歳男性の平均余命は19.55年です(厚生労働省HPの「主な年齢の平均余命」参照)。
(3) 「世界の平均寿命ランキング・男女国別順位、WHO 2018年版」によれば,イエメン(142位)の平均寿命が65.3歳であり,アフガニスタン(157位)の平均寿命が62.7歳であり,ソマリア(177位)の平均寿命が55.4歳であり,レソト(183位。統計がある中では最下位)の平均寿命が52.9歳です。

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