第1 裁判修習の旧通知と現在の利用環境を区別すること
司法修習で使用するパソコン,USBメモリ,保存先及び通信方法は,当期の情報セキュリティ通知と修習先の指示を確認して判断する必要がある。
平成20年12月25日付けの裁判修習に関する通知は,当時の情報管理を具体的に知る資料であるが,その記載を現在の司法修習全体へそのまま当てはめることはできない。
例えば,第78期用の「修習におけるオンライン利用の手引」は,最高裁判所が管理するMicrosoft 365の環境内でTeams等を利用する取扱いを定めている(本文1頁,PDF4頁)。
したがって,司法修習で使うパソコンを一律に,常時インターネットから切り離すものと説明することは適切でない。
他方,指定環境での利用から,私用クラウドへの保存や外部サービスへの送信が一般に認められると判断することもできない。
本記事は,令和8年8月30日までに確認できた公開資料に基づき,第78期向け資料の内容と確認できない範囲,現在の準備で確認する事項及び平成20年通知の内容を分けて説明するものである。
本記事の調査では,第79期・第80期の具体的な端末・保存先・生成AIの利用基準を確認できていないため,以下の過年度資料を当期の案内に代えて利用することはできない。
第2 第78期向け資料で確認できること
1 情報セキュリティ通知と生成AIに関する事務連絡
第78期司法修習生宛てには,令和7年1月16日付けの司法研修所長「司法修習において司法修習生が取り扱う修習関連の情報のセキュリティ対策について」という通知がある。
公開されている開示写しの1頁では,司法修習において取り扱う情報を保護するための対策を定めた通知であることを確認できるが,具体的な基準部分は黒塗りである。
同日付けの司法研修所事務局長「司法修習において司法修習生が取り扱う修習関連の情報のセキュリティ対策における生成AIの取扱いについて」という事務連絡もある。
前文は,司法修習全体の通知・事務連絡と,実務修習に関する別の事務連絡を挙げている(PDF1頁)。
ただし,生成AIの具体的な取扱いは黒塗りであり,この開示写しから利用禁止の範囲,許されるサービス又は例外の有無を確定することはできない。
2 Microsoft 365とTeamsの指定環境
第78期用の「修習におけるオンライン利用の手引」本文1頁(PDF4頁)は,Microsoft 365上に構築され,最高裁判所事務総局デジタル審議官が管理する環境内で,Teams等のアプリケーションを利用すると説明している。
講義等でのウェブ会議,事務連絡等でのメッセージ投稿・ファイル共有,司法研修所に対する申請・提出でのTeams内アプリの利用が記載されている。
同手引は,情報セキュリティ通知等の基準を踏まえて具体的な利用ルールを定める資料であり,司法研修所から異なる指示があった場合はその指示に従うとしている。
この説明は,指定された環境と利用方法についてのものであり,個人契約のMicrosoft 365や任意のクラウドに修習情報を保存してよいという説明ではない。
3 事前課題にも情報管理のルールが及ぶこと
司法研修所事務局長「司法修習開始までの準備について」(令和7年1月17日付)3頁~4頁は,情報の流出を避け,司法研修所及び配属庁会の情報の取扱いに関する定めを厳守するよう求めている。
事前課題を作成する際にも,送付済みの情報セキュリティブックレットに定められたルールに準じて情報を取り扱うよう説明している。
当期の準備では,教材や課題を受け取った段階で情報管理の案内も確認することが考えられる。
教材の受領確認,事前課題及び紙の教材の電子データ化との区別については,司法修習開始前に送付される資料を参照されたい。
第3 端末・保存先・生成AIと事故時の確認事項
1 当期の案内と指導担当者に確認する事項
具体的な利用可否が公開資料から分からない場合は,受領した当期の案内と修習先の指示を照合し,不明な点を指導担当者又は指定窓口に確認することを勧める。
確認事項は,次のように行為ごとに分けると整理しやすい。
①使用できるパソコン・ソフトと必要な設定,端末や設定を変更した場合の手続
②指定された保存先,私用クラウドへの自動同期及びバックアップの取扱い
③USBメモリ等の利用・持出し・返却・消去の方法
④紙の教材や記録の撮影・スキャン・PDF化の可否
⑤生成AIへの文章入力・ファイル送信の可否と対象情報の範囲
⑥紛失,誤送信,感染の疑い等が生じた場合の連絡先と連絡方法
生成AIについては,対話型サービスへの直接入力だけでなく,ブラウザーや文書作成ソフトに組み込まれたAI機能も確認対象とすることが考えられる。
確認の際には,利用したい機能,入力する情報及び送信先を具体的に示し,「AIを使ってよいか」という抽象的な質問だけで済ませないことを勧める。
利用基準を確認できるまでは,修習情報を私用クラウドや外部の生成AIへ送信しないことを勧める。
これは確認前の取扱いについての本記事の提案であり,黒塗り部分の内容を推定したものではない。
自動同期の停止,氏名等の削除又は学習利用の無効化だけで,司法研修所や修習先の利用許可が得られたことにはならない。
2 USBメモリの紛失や感染の疑いが生じた場合
平成20年通知の別紙第1は,USBメモリの紛失又はウイルス感染の場合に直ちに報告するよう注意している(「司法修習生に関連する法規及び通達」41頁,PDF17頁)。
現在の具体的な報告先・方法は当期の指示によるが,事故の疑いが生じた場合は,指導担当者又は指定窓口に速やかに連絡し,対応の指示を受けることを勧める。
最初の連絡では,①判明した時刻と経緯,②対象の端末・媒体・送信先,③含まれる可能性のある情報,④パスワード等の保護措置,⑤既に行った対応を,分かる範囲で伝えるとよいと考えられる。
未確認の点は未確認と伝え,原因や漏えいの有無を自分だけで確定するために連絡を遅らせないことを勧める。
連絡のために,問題となったファイルを私用メール等で再送することは避け,指定された方法を確認するのが適切である。
第4 平成20年12月25日付け通知の内容
以下は,司法研修所長通知「司法修習生が取り扱う裁判修習関連の情報のセキュリティ対策について」(平成20年12月25日司研企第002771号)の内容を紹介するものである。
「司法修習生に関連する法規及び通達」(平成24年11月現在)36頁~38頁(PDF15頁~16頁)に通知本文が,41頁(PDF17頁)に別紙第1の図表が掲載されている。
この通知の「情報」は,情報システム内部又は外部の電磁的記録媒体に記録された情報を指す。
裁判修習中の実在事件や修習記録に関して裁判官等から提供されたものだけでなく,司法修習生自身が作成したものも対象に含まれている(通知1,36頁~37頁)。
1 私物パソコンの使用許可と使用環境
通知2は,裁判所内外を問わず,私物パソコンで裁判修習関連の情報を取り扱う前に,指導担当裁判官に遵守事項を守る旨を誓約し,許可を受けるものとしている。
使用するパソコンの環境等に変更がある場合も,同様の取扱いである。
通知3は,原則として,インターネットやLANのいずれにも接続しないスタンドアロンパソコンを使用するものとしている。
それ以外のパソコンを使用する場合は,次の措置を定めている。
①別紙第3の基準に適合するウイルス対策を実施すること
②ファイル共有ソフトをインストールしないこと及び過去にインストールしたことがある場合のOS再インストールによる消去
③情報を取り扱う間,ネットワークケーブルや無線LANカードを取り外すなどしてインターネットから物理的に切り離すこと
④情報はUSBメモリ等の外部記録媒体に保存し,内蔵ハードディスク等には保存しないこと
また,通知6は,私物パソコンを裁判所内の通信回線に接続することを禁止している。
これらは当時の使用環境についての定めであり,現在の端末選定や保存先の判断には当期の指定を確認する必要がある。
2 目的外利用・提供の禁止と消去
通知4は,修習以外の目的での利用を禁じ,指導担当裁判官に対する場合を除いて複製・配布を禁止している。
また,裁判所職員以外の特定の者への提供を禁止しており,別紙第1は,他の司法修習生への提供も含むと説明している。
保存した情報は,当該裁判修習終了後に速やかに消去するものとしている。
ただし,修習目的で印刷し,紙媒体で保存することは妨げないという留保が付されている。
この留保を,現在の紙の記録や教材を自由に保管・複製できる根拠とすることはできない。
パソコンやUSBメモリ等を廃棄する場合には,データ消去ソフトで完全に消去した上で処分するか,ハードディスク等を物理的に破壊した上で処分するものとしている。
修習終了時のデータ消去と,機器・媒体を廃棄する際の処理は,別の場面として定められている。
3 裁判所外への持出し
通知5は,修習以外の目的での持出しを禁じ,修習目的で持ち出す場合も,退庁時に保有情報整理簿を指導担当裁判官に提出する方法で届け出るものとしている。
持出し時の措置は,次のとおりである。
①持ち出す情報を必要最小限度にすること
②情報を保存したファイルに所定の基準に適合するパスワードを設定すること
③外部記録媒体を用い,電子メールに添付して送信する等の方法を用いないこと
④外部記録媒体を運搬する際に紛失しないよう留意すること
私物パソコンで情報を取り扱うための許可と,情報を裁判所外へ持ち出す際の届出は,通知上別の手続である。
パソコンの使用許可だけで,必要な持出し手続も済むという構成ではない。
第5 2015年の個人情報漏えい統計
日本ネットワークセキュリティ協会の「2015年情報セキュリティインシデントに関する調査報告書【速報版】」(平成28年6月17日,Ver. 1.0)は,2015年の報道や公表文書等から収集した個人情報漏えい事案799件を集計している。
同報告書4頁(PDF5頁)の図3にある原因別件数・比率は,次のとおりである。
| 漏えい原因 | 件数 | 比率 |
|---|---|---|
| 紛失・置忘れ | 243件 | 30.4% |
| 誤操作 | 206件 | 25.8% |
| 管理ミス | 144件 | 18.0% |
| 不正アクセス | 64件 | 8.0% |
| 盗難 | 44件 | 5.5% |
| 不正な情報持ち出し | 38件 | 4.8% |
| 内部犯罪・内部不正行為 | 17件 | 2.1% |
| 設定ミス | 15件 | 1.9% |
| バグ・セキュリティホール | 12件 | 1.5% |
| ワーム・ウイルス | 10件 | 1.3% |
| 目的外使用 | 2件 | 0.3% |
| その他 | 1件 | 0.1% |
| 不明 | 3件 | 0.4% |
比率は報告書の表示値であり,端数処理のため合計は100%にはならない。
これは司法修習生や裁判所だけを対象にした調査ではなく,公表された全事案を収集できているものでもない(同報告書1頁)。
また,速報版の数値であり,現在の事故の構成比,司法修習生の事故発生率又はUSBとクラウドの安全性の優劣を示すものではない。
第6 関連記事
守秘義務の根拠・対象や過去の問題事例は,司法修習生の守秘義務違反が問題となった事例で扱っている。
本記事は,端末・媒体・送信方法の確認と通知資料の整理を中心とするものである。
裁判官による記録紛失については,裁判官の記録紛失に基づく分限裁判及び裁判官の記録紛失に関する文書の不開示を扱う記事を参照されたい。
これらは裁判官の懲戒や司法行政文書の開示に関する記事であり,司法修習生の事故について同じ処分や開示判断になることを示すものではない。
第7 出典・参考資料
1 司法研修所の通知・事務連絡
①司法研修所長「司法修習生が取り扱う裁判修習関連の情報のセキュリティ対策について」(平成20年12月25日司研企第002771号)。
「司法修習生に関連する法規及び通達」(平成24年11月現在)36頁~38頁及び41頁(PDF15頁~17頁)。
②司法研修所長「司法修習において司法修習生が取り扱う修習関連の情報のセキュリティ対策について」(令和7年1月16日付,第78期宛て)1頁。
③司法研修所事務局長「司法修習において司法修習生が取り扱う修習関連の情報のセキュリティ対策における生成AIの取扱いについて」(同日付,第78期宛て)PDF1頁~2頁。
①は当ブログ掲載の資料集の写しであり,②③は当ブログ掲載の開示写しである。
②③について本文で示したのは表題・日付・対象期・前文等から確認できる事項であり,黒塗りの具体的基準を確認したものではない。
2 司法研修所の利用手引・準備案内
①司法研修所事務局「修習におけるオンライン利用の手引」(令和7年1月,第78期用)表紙及び本文1頁(PDF1頁・4頁)。
②司法研修所事務局長「司法修習開始までの準備について」(令和7年1月17日付)3頁~4頁。
いずれも当ブログ掲載の開示写しであり,第78期の利用・準備に関する説明資料である。
当期の通知や修習先からの指示は,別途確認する必要がある。
3 民間団体による統計・調査報告
日本ネットワークセキュリティ協会セキュリティ被害調査ワーキンググループ「2015年情報セキュリティインシデントに関する調査報告書【速報版】」(平成28年6月17日,Ver. 1.0)1頁~2頁及び4頁(PDF2頁~3頁・5頁)。
本文の表は同報告書の図3を表にしたものであり,司法研修所の規則や裁判所の事故統計ではない。