第1 不可答案資料から分かることと分からないこと
1 新第60期の資料は不可答案に重なった問題を示す
最高裁判所事務総局が平成20年7月15日付で作成した「新第60期司法修習生考試における不可答案の概要」は,実際の不可答案に現れた問題を民事系と刑事系に分けて説明した公文書である。
同資料は,基本法についての論理的かつ体系的な理解,具体的事実の分析及び証拠に基づく事実認定を出題で確認したと説明している。
同資料によれば,不可答案には,基本法の理解又は事実認定の能力に問題があり,一つの問題だけでなく,複数の問題が重なっていた。
そして,答案全体として,実務法曹として求められる最低限の能力が認められなかったと説明されている。
2 現在の五科目別採点基準を公表した資料ではない
「新第60期司法修習生考試における不可答案の概要」は,新第60期の不可答案を対象とする資料であり,現在の五科目ごとの完全な採点基準又は自動的な不可事由を定めた資料ではない。
同資料の具体例を,現在の全答案にそのまま当てはまる一発失格基準として扱うことはできない。
最高裁判所事務総局秘書課長は,平成29年5月12日付司法行政文書不開示通知書において,新第61期以降の司法修習生考試における不可答案の概要が分かる文書という開示申出の対象文書を作成し,又は取得していないと通知した。
これは,当該開示申出に係る文書の保有状況を示すものであり,新第61期以降の採点実務の全内容が存在しないことまで証明するものではない。
3 一つの結論だけで不可と断定しない
既存の解説には,刑事裁判で無罪としたこと又は検察で不起訴としたことだけで不可になるといった説明が見られる。
しかし,今回確認した公文書には,そのような五科目一律の自動失格基準は記載されていない。
他方で,役割に反する答案,基本法の理解を欠く答案,重要な証拠を無視する答案及び推論過程を示さない答案は,「新第60期司法修習生考試における不可答案の概要」が挙げる複数の問題と重なり得る。
したがって,結論の符号だけでなく,問い,立場,法的構成,証拠及び推論の全体を点検する必要がある。
第2 不可答案に共通した三つの原因
1 基本法を体系的に理解していない
民事系では,債権者代位権,相殺,手付解除,債務不履行及び瑕疵担保責任等について,制度の趣旨,要件又は相互関係の理解が不十分な答案が例示されている。
刑事系でも,現住建造物等放火罪の客体及び焼損,判決宣告期日における弁護人の出頭,証拠調べの目的並びに写真の証拠能力等について,基本的な理解を欠く答案が例示されている。
個別の論点を暗記していても,どの制度を使うか,どの要件が問題となるか,その要件にどの事実を対応させるかを示せなければ,答案全体の論理が崩れる。
資料が問題にしているのは難解な学説の選択ではなく,実務起案の前提となる基本法の理解である。
2 証拠から事実へ至る推論を示していない
民事系では,重要な書証又は間接事実を無視すること,客観的証拠を検討せず一方当事者の供述だけに依拠すること,供述の信用性を検討しないこと等が挙げられている。
刑事系では,犯罪事実が存在する可能性を示すにとどまる間接事実から直ちに犯罪事実を認定すること,反対方向の間接事実を無視すること及び推認過程を十分に示さないこと等が挙げられている。
証拠の名称を並べるだけでも,先に結論を決めて都合のよい事実だけを拾うだけでも,事実認定の理由にはならない。
重要な証拠が何を示し,他の証拠とどのように整合し,又は矛盾するかを示すことが重要である。
3 独自の経験則を事実認定の根拠にする
「新第60期司法修習生考試における不可答案の概要」は,通常人の合理的行動に反する事実評価や,一般性のない独自の経験則による判断も問題として挙げている。
経験則は,証拠の評価又は間接事実からの推認を支えることがあるが,個人的な印象を経験則と呼び替えることはできない。
ある行動が普通か不自然かを論じるときは,当事者の関係,取引の経緯,時間的な前後関係及び客観的資料を踏まえる必要がある。
自分の生活感覚だけで証拠の価値を決める答案は,事案固有の事情を見落としやすい。
第3 五科目別に確認すべき答案の崩れ方
以下は,新第60期資料が民事系と刑事系に分けて示した問題を,現在の五科目の答案を点検しやすい形に整理したものである。
公式の五科目別不可基準を再現したものではなく,各科目の問いと役割に即して共通原因を確認するための整理である。
1 民事裁判
民事裁判では,請求原因,抗弁及び再抗弁等の法的構成を定めた上で,争いのある主要事実について証拠から認定理由を示す必要がある。
基本法の制度選択を誤ると,主要事実の整理と証拠評価の対象が連鎖的にずれる。
新第60期資料は,重要な借用証や裏付けとなる客観的証拠を十分に検討しないこと,間接事実を見落とすこと及び一方当事者の供述の信用性を検討しないことを民事系の問題として挙げている。
民事裁判の答案では,結論だけでなく,争点ごとに双方の証拠と反対方向の事情を扱い,認定までの道筋を示すことが確認点となる。
2 民事弁護
民事弁護では,依頼者の立場から求める結論を明確にし,既に主張された事実,利用できる証拠及び相手方の主張を踏まえて書面を構成する必要がある。
裁判所の中立的な認定文を書くように事案を処理すると,依頼者の請求又は防御のために何を主張し,何を立証するかが不明確になる。
新第60期資料は,最終準備書面でそれまで主張されていない事実を掲げ,記録上の根拠も示さない答案を民事系の問題として挙げている。
新しい事実を思いつきで補うのではなく,記録上の資料,従前の主張及び相手方の反論との関係を確認する必要がある。
3 刑事裁判
刑事裁判では,証拠能力を確認した上で,直接証拠又は間接事実の信用性と証明力を検討し,犯罪事実を認定できるかを判断する。
可能性を示す事情から直ちに有罪又は無罪の結論へ進むのではなく,反対方向の事情を含む推論過程を示すことが重要である。
新第60期資料は,間接事実からの推認過程が不十分な答案,犯罪事実の存在を疑わせる間接事実を無視する答案及び写真等の証拠能力を理解していない答案を刑事系の問題として挙げている。
答案の結論の方向だけを不可原因とみなすのではなく,証拠を使える理由と事実を認定できる理由の双方を点検すべきである。
4 検察
検察起案では,被疑事実の構成要件,証拠構造,供述の信用性及び情状等を,求められた起案の種類に応じて整理する。
既存記事に掲載されていた「検察起案の基本的構成」は,間接証拠,直接証拠,供述の信用性,総合評価及び構成要件等を順に配置した資料であり,証拠から結論までの構造を確認する手掛かりとなる。

司法研修所検察教官室の「検察起案作成上の注意点」も,公知の事実,人物の呼称及び情状事実の記載等,起案作成時の注意を示している。
もっとも,これらは検察起案の構成又は作成上の注意を示す資料であり,特定の結論だけで不可になると定めた採点基準ではない。
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検察科目では,結論を先に決めて証拠を選ぶことを避け,構成要件に対応する事実,その事実を支える証拠及び反対方向の事情を一貫して説明できるかを確認する。
起案の全体像については,検察終局処分起案の考え方も参照されたい。
5 刑事弁護
刑事弁護では,被告人の主張と記録を踏まえ,弁護人の立場から証拠を検討し,公訴事実又は情状に関する主張を構成する。
被告人が否認しているのに,その供述を検討せず信用できないと決めつけ,有罪を前提とする主張だけをする答案は,弁護人の役割と整合しない。
新第60期資料は,被告人のアリバイ主張を無視すること,被告人の供述に耳を傾けず有罪の主張を展開すること及び証拠評価がほとんどないことを刑事弁護の問題として挙げている。
依頼者の主張をそのまま結論にするという意味ではなく,その主張と関係証拠を正面から検討し,弁護人として記録に基づく論拠を示す必要がある。
第4 答案内容とは別に確認すべき形式ミス
1 答案作成時間と綴り時間を分ける
第78期司法修習生考試応試心得によれば,1科目の考試時間6時間30分のうち,答案作成時間は6時間25分,綴り時間は最後の5分間である。
答案作成終了後は答案の記載を続けることができず,綴り時間中の答案記載は不正行為として取り扱われる。
第71期からこの方式が採用されており,答案作成終了時点で本文だけでなく,答案用紙の頁番号も記載し終えておく必要がある。
最後の5分間は書き足す時間ではなく,有効な答案として提出するために綴る時間である。
2 綴り終えた答案だけが有効となる
第78期応試心得は,綴り終了時刻までに綴り終えた答案だけを有効とし,綴り終了時刻後に綴ることは一切認めないとしている。
綴り方についても,答案表紙を一番上にし,答案用紙の向きをそろえ,所定の方法で綴じる手順が示されている。
答案内容が完成していても,綴りが完了しなければ有効な答案にならない。
終了直前に答案の順序を大きく入れ替える運用は,頁番号,答案の向き及び綴りの完了を確認する時間を失わせるため避けるのが安全である。
3 記載場所,頁番号及び筆記具を守る
第78期応試心得は,答案用紙の指示された行に従って記載し,各答案用紙に一連の頁番号を付けることを求めている。
また,許された筆記具以外で答案を記載した場合,又は氏名等を含む必要事項について指示されていない箇所へ記載した場合は,答案が無効とされることがあるとしている。
答案本文は黒色インクのペン又はボールペンで記載し,問題検討用紙等に書いた内容を答案に代えることはできない。
本人識別事項の記載漏れだけで直ちに不可になると一般化せず,その期の応試心得と試験当日の指示に従って,記載欄と記載方法を確認する必要がある。
第5 落とさない答案にするための確認順序
以下は,公文書に示された不可答案の問題と形式ルールから,本記事で答案完成前の確認順序を整理したものである。
この順序を守れば合格が保証されるというものではなく,各科目の指導及び試験当日の指示が優先する。
1 問いと役割を最初に固定する
答案構成に入る前に,誰の立場で,どの文書を作り,何について判断又は主張するのかを確認する。
民事裁判,刑事裁判,検察,民事弁護及び刑事弁護では,同じ記録を読んでも,取り上げる事実,評価の仕方及び書面の目的が異なる。
問いを読み違えたまま詳しい検討を重ねても,答案全体は求められた役割から外れる。
答案構成の冒頭に,求められた文書,立場,結論及び主要な検討項目を短く書き出す方法が考えられる。
2 法的構成と証拠の対応を作る
次に,適用する基本法,問題となる要件又は争点,その判断に必要な事実,事実を支える証拠という順に対応関係を作る。
法的構成を決めずに証拠を拾うと,重要性の判断ができず,記録の目立つ部分だけを答案へ並べやすい。
証拠ごとに,有利な意味だけでなく,信用性を高める事情,低下させる事情及び他の証拠との関係を確認する。
少なくとも結論を左右する証拠については,その証拠からどの事実を認定できるかを文章でつなぐ必要がある。
3 反対方向の事情と経験則を点検する
結論を決めた後は,その結論に反する重要な証拠又は間接事実を意識的に探す。
反対方向の事情を採用しない場合も,無視するのではなく,信用性,証明力又は他の事情との関係から理由を示す。
「通常はこうするはずである」と書くときは,その経験則に一般性があるか,事案固有の事情で結論が変わらないかを確認する。
合理的な別の説明が残る場合には,可能性と認定を区別し,推論を飛躍させないことが重要である。
4 答案作成終了前に形式確認を終える
答案作成終了前には,①答案表紙等の必要事項,②答案用紙の頁番号,③用紙の順序と向き,④書き終えていない設問及び⑤綴りに必要な時間を確認する。
第78期応試心得の下では,答案作成終了後に頁番号を追記することもできない。
内容面の修正は,残り時間と修正による改善の大きさを比較して行う。
終盤の大規模な並べ替えよりも,未完部分を減らし,重要な根拠と形式を確実にする方が,不可答案資料と応試心得の双方に対応しやすい。
第6 関連記事
新第60期資料の具体例は,二回試験の不合格答案の概要に掲載している。
各期の形式ルールは,司法修習生考試応試心得から原資料を確認できる。
第78期の試験時間,持ち物,昼食及び禁止事項は,二回試験当日の流れ―第78期応試心得に基づく試験時間・持ち物・昼食・禁止事項(AI作成)で当日の順序に沿って整理している。
試験科目の順番については,65期以降の二回試験の試験科目の順番を参照されたい。
結果公表と不合格後の取扱いは,二回試験の不合格発表及び二回試験不合格時の一般的な取扱いで別に扱っている。
第7 出典・参考資料
1 公文書・運用資料
① 最高裁判所事務総局「新第60期司法修習生考試における不可答案の概要」(平成20年7月15日付)全5頁(PDF1頁~5頁)。
② 最高裁判所事務総局秘書課長「司法行政文書不開示通知書」(平成29年5月12日付)1頁(PDF1頁。PDF2頁は白紙)。
③ 司法修習生考試委員会幹事「平成29年度(第71期)司法修習生考試の答案作成等について」(平成30年8月1日付)1頁(PDF2頁)。
④ 司法修習生考試委員会「令和6年度(第78期)司法修習生考試応試心得」2頁~6頁(PDF2頁~6頁)。