司法修習生の逮捕及び実名報道


目次
1 第58期司法修習生の事例(対象者は同期と一緒に司法修習を終了しました。)
2 第67期司法修習生の事例(対象者は同期と一緒に司法修習を終了しました。)
3 第71期司法修習生の事例(対象者は同期と一緒に司法修習を終了しました。)
4 司法修習生の逮捕に関する最高裁判所の捉え方等
5 無罪の推定に関する自由権規約の定め,及び逮捕事案に関する最高裁判所の対応
6 被疑者補償規程に基づく補償
7 捜索差押えとスマホのロック解除
8 捜査関係事項照会による個人情報の収集
9 捜査当局は捜査情報をマスコミにリークすることがあるみたいであること
10 関連記事その他


1 第58期司法修習生の事例(対象者は同期と一緒に司法修習を終了しました。)
(1) 平成16年12月13日,東京地裁における裁判修習中に女性用トイレに侵入してビデオカメラを設置したということで,平成17年1月5日,第58期司法修習生が建造物侵入罪の容疑で逮捕され,実名報道されました(紀藤正樹弁護士ブログ「なんということでしょう!司法修習生逮捕:東京地裁の女子トイレ侵入,ビデオ設置」参照)。
(2)ア 言いたい放題ブログ「司法修習生のなぞの行動」によれば,平成17年1月26日に釈放されたときの記事は以下のとおりです(氏名及び年齢は伏せました。)。

逮捕の修習生釈放 「アリバイある」と弁護人
   東京地検は26日、隠し撮り目的で東京地裁内の女性用トイレ内にビデオカメラを設置したとして建造物侵入の疑いで逮捕された○○○○・司法修習生(○○)を処分保留のまま釈放した。
   ○○修習生は今月5日、警視庁丸の内署に逮捕された。逮捕前、容疑を認める上申書を出していたが、間もなく否認に転じ「自分はビデオを置いていない」と主張。
   26日記者会見した弁護人の伊東真弁護士らは、事件当夜に○○修習生がさいたま市のスーパーで買い物をしたレシートの時刻などから「アリバイがある」と説明。「今は明かせないが、真犯人に結び付く決定的証拠がある」と話した。
   東京地検は「捜査を継続する」とした。
(共同通信) – 1月26日20時43分更新

イ 平成17年1月27日の毎日新聞朝刊によれば,当該司法修習生は,釈放後の記者会見において,「捜査官から『微罪処分も可能だ』と言われ,早くこの場を逃れたいという一心で(当初)犯行を認めてしまった。慎重に捜査していればこんなことにはならなかった。」と話しました。
(3)   当該司法修習生は嫌疑不十分ということで起訴されませんでしたが,その時期,46期の近藤裕之裁判官「法務省出向中の裁判官の不祥事の取扱い」参照)は東京地裁判事でした。


2 第67期司法修習生の事例(対象者は同期と一緒に司法修習を終了しました。)
(1) 平成26年5月13日午後6時半頃,神戸地裁配属の司法修習生が,神戸電鉄の普通電車内で,通路の向かい側に座っていた女性のスカートや足の写真を数枚,撮影したということで,兵庫県迷惑防止条例違反の疑いにより現行犯逮捕され,実名報道されました。
(2) 秋篠宮家の眞子内親王(20歳になった平成23年10月23日に宝冠大綬章を授与されています。)が,純然たる一般人であった小室圭氏(眞子内親王との婚約準備が発表されたのは平成29年5月16日です。)と一緒に電車に乗っていたときの写真が無断で撮影され,平成28年10月発売の週刊誌に掲載されました(外部HPの「【結婚速報】眞子様の婚約者小室圭の顔画像?週刊誌でスクープされた男性か?」参照)。
   また,今井絵理子参議院議員が,神戸市議会議員の男性と一緒に新幹線で寝ていた時の写真が無断で撮影され,平成29年8月発売の週刊誌に掲載されました(外部HPの「【画像】橋本健市議の妻が『Mr.サンデー』で今井絵理子議員と夫に反論「去年8月に一方的に」「結婚生活破綻していない」」参照)。
    週刊誌に写真を掲載するための無断撮影は全く問題とならないのになぜ,司法修習生の無断撮影が現行犯逮捕かつ実名報道の対象となるかは不明です。
(3)ア 最高裁平成17年11月10日判決の裁判要旨は以下のとおりです。
   人はみだりに自己の容ぼう,姿態を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有し,ある者の容ぼう,姿態をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは,被撮影者の社会的地位,撮影された被撮影者の活動内容,撮影の場所,撮影の目的,撮影の態様,撮影の必要性等を総合考慮して,被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。
イ 最高裁平成20年11月10日決定は以下の判示をしています。
     被告人は,正当な理由がないのに,平成18年7月21日午後7時ころ,旭川市内のショッピングセンター1階の出入口付近から女性靴売場にかけて,女性客(当時27歳)に対し,その後を少なくとも約5分間,40m余りにわたって付けねらい,背後の約1ないし3mの距離から,右手に所持したデジタルカメラ機能付きの携帯電話を自己の腰部付近まで下げて,細身のズボンを着用した同女の臀部を同カメラでねらい,約11回これを撮影した。
以上のような事実関係によれば,被告人の本件撮影行為は,被害者がこれに気付いておらず,また,被害者の着用したズボンの上からされたものであったとしても,社会通念上,性的道義観念に反する下品でみだらな動作であることは明らかであり,これを知ったときに被害者を著しくしゅう恥させ,被害者に不安を覚えさせるものといえるから,上記条例10条1項,2条の2第1項4号に当たるというべきである。

(4)ア 平成28年7月1日施行の改正兵庫県迷惑防止条例の条文ではありますが,同条例3条の2は,以下のとおりです(兵庫県警察HPの「「改正 兵庫県 迷惑防止条例」が平成28年7月1日から施行されます。」参照)。
 (卑わいな行為等の禁止)
第3条の2 何人も、公共の場所又は公共の乗物において、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 人に対する、不安を覚えさせるような卑わいな言動
(2) 正当な理由がないのに、人の通常衣服で隠されている身体又は下着を撮影する目的で写真機、ビデオカメラその他これらに類する機器(以下「写真機等」という。)を設置する行為 
2 何人も、集会所、事業所、タクシーその他の不特定又は多数の者が利用するような場所(公共の場所を除く。)又は乗物(公共の乗物を除く。)において、次に掲げる行為をしてはならない。
(1) 正当な理由がないのに、人の通常衣服で隠されている身体又は下着を写真機等を用いて撮影し、又は撮影する目的で写真機等を向ける行為  
(2) 前項第2号に掲げる行為
3 何人も、正当な理由がないのに、浴場、更衣室、便所その他人が通常衣服の全部又は一部を着けない状態でいるような場所にいる人を写真機等を用いて撮影し、撮影する目的で写真機等を向け、又は撮影する目的で写真機等を設置してはならない。
イ 通路の向かい側に座っていた女性を数枚,撮影するぐらいでは,最高裁平成20年11月10日決定が判示するような「卑猥な言動」に当たらないと思いますし,「人の通常衣服で隠されている身体又は下着」を撮影することはできないと思われますから,これがなぜ兵庫県迷惑防止条例違反に該当したのかはよく分かりません。
(5) 最高裁令和4年12月5日決定は,「スカート着用の前かがみになった女性に後方の至近距離からカメラを構えるなどした行為が、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例5条1項3号にいう「人を著しく羞恥させ、人に不安を覚えさせるような卑わいな言動」に当たるとされた事例」です。


3 第71期司法修習生の事例(対象者は同期と一緒に司法修習を終了しました。)
(1)   平成30年9月20日午前2時15分頃,福岡地裁配属(多分)の司法修習生が,酒に酔って叫びながら,駐車場で他人が所有するBMWのフロントワイパー1本を折って壊したということで,器物損壊罪の疑いにより福岡県警中央署に現行犯逮捕され,実名報道されました。
(2) RKB HP「ワイパー損壊か 司法修習生を逮捕」には「○○容疑者は、逮捕直後は「弁護士を呼んで欲しい」などと話し、その後の取り調べでは「酒を飲んでいたので覚えていない」と容疑を否認しています。」と書いてあります。
(3) 平成30年10月18日付で不起訴処分となりました。
(4)ア 平成30年12月20日付の司法行政文書不開示通知書によれば,現行犯逮捕された司法修習生が不起訴処分となったことに関して作成し,又は取得した文書は同年10月24日までに廃棄されました。
イ 平成31年1月23日付の理由説明書には以下の記載があります。
    最高裁判所では,現行犯逮捕された司法修習生が不起訴処分となったことについて,報道機関から照会があり,それに対応するため,本件対象文書(事実関係の問合せへの応答に係る文書)を作成したが,対応終了後は,事務処理上使用することが予定されておらず,保有する必要もない短期保有文書であることから,事務処理上必要な期間が経過したため廃棄した。


4 司法修習生の逮捕に関する最高裁判所の捉え方等
(1) 司法修習生の逮捕に関する最高裁判所の捉え方
・ 令和2年度(最情)答申第27号(令和2年10月27日答申)には以下の記載があります。
     当委員会庶務を通じて確認した結果によれば,「司法修習生採用選考申込書」の「12 不採用事由等の有無」欄に,「(3)審査基準(2)ア(エ)関係」として,「かつて起訴(略式起訴を含む。)又は逮捕(補導)されたことの有無」を記載する箇所があることが認められ,また,「令和元年度司法修習生採用選考要項」には,上記司法修習生採用選考審査基準が掲載されており,同審査基準(2)ア(エ)は,司法修習生の不採用事由の一つとして,「品位を辱める行状により,司法修習生たるに適しない者」を掲げていることが認められる。これらの各文書の記載内容を踏まえれば,「司法修習生採用選考申込書」において逮捕歴及び補導歴を記載させる理由は明らかであるということができるから,このほかに同申込書の記載欄の一つ一つにつき,それぞれ申込者に記載をさせる理由を説明した文書が存在することは通常考え難い。
(2) 東京高裁令和2年10月28日判決の判示事項
ア 東京高裁令和2年10月28日判決(判例秘書に掲載)は以下の判示をしています。
     一般に,被疑者が逮捕されたにとどまる捜査の初期の段階で,被疑者が被疑事実の一部を否認している状況においては,上記の被疑事実及びこれに関連するものとして捜査機関が公表した事実が存在すると直ちに認めることはできず,このことは,弁護士である一審被告においても,十分に理解していたものと推認される。以上に述べたところは,捜査機関の公表したところを基礎とする報道についても同様に考えられ,一件記録を参照しても,一審被告について,上記とは異なる判断をすべき事情を特に把握するなどしていたとの事実は認め難い。
イ 東京高裁令和2年10月28日判決は,伊藤和子弁護士の裁判を応援する会ブログ「裁判記録」にも載っています。


5 無罪の推定に関する自由権規約の定め,及び逮捕事案に関する最高裁判所の対応
(1) 自由権規約14条2項は「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。」と定めています。
(2) 「一般的意見32 14条・裁判所の前の平等と公正な裁判を受ける権利」(2007年採択)30項は以下のとおりです。
     第14条第2項により、刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する。無罪の推定は、人権擁護の根本をなすものであり、罪を立証する責任を検察に負わせ、合理的な疑いを容れない程度に罪が立証されるまでは、有罪の推定はできないことを保障するとともに、疑わしきは被告人の利益にとの原則が適用されることを確保し、刑事上の犯罪行為の嫌疑を受けている者がこの原則に従って取り扱われることを要求している。たとえば被告人が有罪であることを公に肯定する発言を差し控えるなど、審理の結論の先取りを慎むことは、すべての公的機関の義務である。被告人は通常、審理の間に手錠をされたり檻に入れられたり、それ以外にも、危険な犯罪者であることを示唆するかたちで出廷させられたりしてはならない。報道機関は、無罪の推定を損なう報道は避けるべきである。さらに、公判前の抑留期間の長さが、有罪であることやその罪の重さを示唆するものと受け取られることは、決してあってはならない。保釈の拒否または民事手続における責任の認定は、無罪の推定に影響を及ぼさない。 
(3)ア 平成18年の「評議」,平成19年の「裁判員〜選ばれ、そして見えてきたもの〜」に続く,最高裁判所企画・制作による裁判員制度広報用映画の第3弾である「審理」は平成20年5月から裁判所HPで動画配信されるようになったものの,同年8月7日,「審理」の主演を努めた酒井法子に対して覚せい剤取締法違反により逮捕状が出たことから,最高裁判所は同日,「審理」の上映及び使用の自粛を発表しました。
イ 裁判員制度HPの「動画配信」には,映画「裁判員~選ばれ,そして見えてきたもの~」及び映画「評議」は掲載されているものの,映画「審理」は掲載されていません。
ウ 最高裁令和5年11月17日判決は,独立行政法人日本芸術文化振興会の理事長がした、劇映画の製作活動に対する助成金を交付しない旨の決定が、上記理事長の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるとされた事例です。


6 被疑者補償規程に基づく補償
(1) 被疑者補償規程の運用状況

ア 逮捕・勾留された後に「罪とならず」又は「嫌疑なし」という裁定主文により不起訴処分を受けたような場合,被疑者補償規程(法務省訓令)に基づき,被疑者補償を受けることができます。
イ 以下の資料を掲載しています。
・ 被疑者補償規程の運用について(昭和32年4月12日付の法務省刑事局長通達)
・ 被疑者補償規程に基づき立件された事例について→検察月報661号(平成24年4月)からの抜粋
ウ 平成7年から令和2年までの実績でいえば,被疑者補償における1日あたりの平均金額は1万1545円です。
エ 令和2年分の実績でいえば,①虚偽の自白をしていないこと,②他の事実について犯罪が成立していないこと,及び③「罪とならず」又は「嫌疑なし」という裁定主文により不起訴処分を受けたことという3条件を満たしていれば,あらかじめ被疑者補償を辞退していない限り,被疑者補償を受けることができています。


(2) 被疑者補償規程に関する裁判例
・ 東京地裁平成30年7月5日判決(判例秘書に掲載)は,結論として以下の判示をしています。
① 憲法40条にいう抑留又は拘禁には,無罪となった事実についての取調べが不起訴となった事実に対する逮捕勾留を利用してなされるなど,不起訴となった事実についての逮捕勾留であっても,実質的には無罪となった事実についての逮捕勾留であると認められる部分が含まれる場合には,不起訴となった事実についての逮捕勾留が含まれると解する余地はあるが,同条の文理上,逮捕勾留に係る被疑事実が不起訴となった場合に,そのことを理由として同条の補償の問題が生じないことは明らかである(最高裁昭和30年(し)第15号同31年12月24日大法廷決定・刑集10巻12号1692頁参照)から,憲法上,被疑者補償請求権が保障されているとはいえない。
② 検察官の行う被疑者補償規程に基づく裁定は,これにより直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえず,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとはいえないというべきである。
③ 被疑者補償規程2条にいう「罪を犯さなかったと認めるに足りる十分な事由があるとき」とは,構成要件該当性がないとか違法性阻却事由や責任阻却事由があることが明らかに認められるため,犯罪が成立しないことが明らかである場合や,被疑者が犯罪と無関係であることが明らかである場合のほか,証拠上,被疑者の嫌疑が極めて薄弱であるときも含まれるが,一方で,犯罪の成否等が真偽不明のときはこれに当たらないと解するのが相当である。
(3) 自由権規約の定め
・ 市民的及び政治的権利に関する国際規約9条5項は「違法に逮捕され又は抑留された者は、賠償を受ける権利を有する。」と定めています。


7 捜索差押えとスマホのロック解除
(1) 東京高裁平成31年2月19日判決(判例秘書に掲載)は以下のとおりです。
     論旨は,被告人に対する逮捕状が発付されていたにもかかわらず,警察官が原判示第1の事実の関係で押収した携帯電話機についてその暗証番号を被告人から黙秘権の告知をせずに聞き出した捜査は違法であり,この暗証番号を用いて得られた証拠は違法収集証拠として排除されるべきであったのに,原審は,これら証拠に基づいて事実認定を行っており,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
     原審証拠によると,警察官は,平成29年10月9日,被告人に対する詐欺被疑事件の捜索差押許可状に基づき,被告人立会いの下で被告人方居室を捜索中,被告人使用の携帯電話機(iPhone)を発見し,同許可状に基づいて同携帯電話機を差し押さえるなどし,その後,同携帯電話機のロックを解除した状態で表示画面を撮影するなどの捜査(以下「本件捜査」という。)を行ったことが認められ,被告人の当審供述によれば,被告人は,上記捜索差押えの現場で警察官に上記携帯電話機の暗証番号を問い質されて教えたが,その際,警察官から黙秘権の告知はなかったこと,被告人が逮捕されたのは上記捜索差押えの終了後であったことが認められる。
     そこで検討すると,上記のような捜索差押えの現場で警察官が質問をする際に黙秘権告知を義務付ける規定はない上,上記質問の際,被告人が実際に逮捕されるなどして外部との連絡を絶たれて供述を迫られたり,警察官が被告人に供述義務があると積極的に誤信させたりした状況はなかったのであるから,本件捜査が違法であるなどとはいえず,所論は採用できない。


(2) 「デジタル遺品の探しかた しまいかた 残しかた+隠しかた」 36頁には,「スマホのロック解除を頼めるサービスは?」として以下の記載があります。
    スマホのロック解除を請け負うサービスは、かなり少ないのが現状で、データ復旧会社でもスマホは受け付けてくれないケースがほとんどです。
    なお、通信キャリア(NTTドコモやau、ソフトバンクなど)やメーカーは端末の中身に関しては非対応が原則ですので、対応を期待することはできません。
    スマホのデータ復旧を検討してくれる企業もありますが、それでも確実に解錠できる保証はなく、成功報酬は20万~50万円かかることも。作業期間も半年~1年がザラで、簡単な道のりとは言いがたいです。
(3) 「身体に関する令状実務について(覚書)~証拠収集のための身体捜索と科学捜査のための検体採取~」には,「もちろん,技術的には,(山中注:パスワードが設定された)携帯電話のロック解除は可能である。ただし,外国製のものだと,ロック解除に極めて長い期間を必要とする機種がある。その結果,全容解明に繋がらず,その途上で捜査を断念せざるをえないケースが少なくない。」と書いてあるほか,生体認証(バイオメトリクス認証)で携帯電話のロックをしている場合,身体検査令状を取得することで,携帯電話の認証画面に被疑者の指紋又は顔貌(虹彩)を読み取る行為ができるという趣旨のことが書いてあります(判例タイムズ1476号(2020年11月号)26頁及び27頁)。
     つまり,①携帯電話をパスワードでロックしている場合,パスワードを黙秘すれば携帯電話のロックを解除されないことがあるのに対し,②携帯電話を生体認証でロックしている場合,身体検査令状を取得されれば,携帯電話の指紋感知部分に指を押し当てられたり,携帯電話の顔(虹彩)感知部分に顔を近づけさせられたりして,携帯電話のロックを強制的に解除させられることとなります。
(4) 弁護士法人金岡法律事務所の弁護士コラムの「令状裁判官の憲法感覚を台無しにする判決」には以下の記載があります。
     令状裁判官も、同じように考えたのだろう。
     上記令状請求(山中注:被疑者のスマートフォン端末の捜索差押えや、車内のDNA情報に関わる資料の捜索差押えを求める令状請求)に対し、DNA情報資料を丸々、削除した上に、更に、「本件違反の経緯、動機、被疑者の生活状況を裏付けるスマートフォン端末」の捜索差押え請求に対し、「本件違反の経緯、動機」のみを残し、「被疑者の生活状況」部分を削除した限度で、令状が発付された。
     ところが捜査機関は、「A月」の無免許運転事件に対し、「A-2月」の被疑者の通信通話履歴、行動解析、画像フォルダ検索などを徹底して行い、その結果を全て、窃盗事件の証拠として作成、請求するという蛮行に出た。
(5) 自由権規約17条1項は「何人も、その私生活、家族、住居若しくは通信に対して恣意的に若しくは不法に干渉され又は名誉及び信用を不法に攻撃されない。」と定めています。
(6) 個人のプライバシーの侵害を可能とする機器をその所持品に秘かに装着することによって,合理的に推認される個人の意思に反してその私的領域に侵入する捜査手法であるGPS捜査は,個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものとして,刑訴法上,特別の根拠規定がなければ許容されない強制の処分に当たります(最高裁大法廷平成29年3月15日判決。なお,先例として,最高裁昭和51年3月16日決定参照)。


8 捜査関係事項照会による個人情報の収集
・ 「丸裸にされる私生活 企業の個人情報と検察・警察」(世界2019年6月号106頁ないし114頁)によれば,検察庁内部のサーバーに保管されている「捜査上有効なデータ等へのアクセス方法等一覧表」と題するリスト(作成者は,平成23年7月に最高検察庁に設置された法科学専門委員会)は,企業が展開しているポイントカードなど,顧客の個人情報を,どこにどう問い合わせれば捜査機関が入手できるかを一覧にしたものであって,共同通信が入手した時点での一覧表に並ぶ企業は少なくとも約290社,記載されたデータの種類は約360に上るそうです。
 リストに記載されている企業としては,主要な航空,鉄道,バスなどの交通各社,電気,ガスなどのライフライン企業のほか,ポイントカード発行会社,クレジットカード,消費者金融,携帯電話,コンビニ,スーパー,家電量販店,ドラッグストア,パチンコ店,遊園地,アパレル,居酒屋,劇団,映画館,ガソリンスタント,カラオケ店,インターネットカフェ,ゲーム会社などがあるそうであり,入手できると記載されている情報は各社によってばらばらですが,氏名や住所,生年月日といった会員情報以外に,利用履歴,店舗利用時の防犯カメラ映像,カード申込み時にコピーした運転免許証などの顔写真もあるそうであり,リストに載っていた企業の多くが,捜査関係事項照会(刑訴法197条)によって顧客の個人情報を提供すると明記されているそうです。


9 捜査当局は捜査情報をマスコミにリークすることがあるみたいであること
(1) 48期の前田恒彦 元検事によれば,捜査当局は捜査情報をマスコミにリークすることがあるみたいです。
 なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(1)
② なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(2)
③ なぜ捜査当局は極秘の捜査情報をマスコミにリークするのか(3)
(2) ちなみに,ライブドア事件に関して,平成18年1月16日午後4時過ぎ,ライブドアに捜索に入ったとNHKテレビニュースで報道されたものの,ライブドアが入居していた六本木ヒルズに東京地検特捜部の捜査官が到着したのは同日午後6時半過ぎでした(Cnet.Japanの「ライブドアショックの舞台裏とその余震」(2006年1月26日付)参照)。


10 実名報道に関するメモ書き
(1) 最高裁令和4年6月24日判決の裁判官草野耕一の補足意見によれば,実名報道の効用は以下の三つです。
① 一般予防,特別予防及び応報感情の充足という制裁(制裁的機能)
② 犯罪者の実名を公表することによって,当該犯罪者が他者に対して更なる害悪を及ぼす可能性を減少させ得ること(社会防衛機能)
③ 実名報道がなされることにより犯罪者やその家族が受けるであろう精神的ないしは経済的苦しみを想像することに快楽を見出す心性(負の外的選好)


(2) 東弁リブラ2015年9月号の「座談会 続・司法記者は語る」には以下の記載があります(リンク先10頁)。
西川:昨今はネットでたたかれるというようなこともありますので,取材には協力するけれども,名前を出さないでほしいというのは,対応していただけるものでしょうか。
橋本:弁護人や代理人の場合,基本的には名前は出さないですね。
中島(俊):「皆さんのご意向を踏まえてこちらで判断します」と言うかもしれないですね。結果的に出さないケースももちろんありますが。
和田:伏せてほしいという要望に対してはかなり応えている方なのかなと。ただ例えば,逮捕された容疑者や起訴された被告人の名前は伏せてほしいというのはさすがにできませんが。ただ,そういう場合でも伏せてほしいと要望があれば,理由によっては「ちょっと検討します」ということにはなると思います。
(3) 最高裁平成29年3月10日判決で逆転無罪判決が出た窃盗事件に関して,弁護士ドットコムニュースの「最高裁で逆転無罪の煙石さん、「冤罪防止」へ裁判所・警察・検察・国・報道への提言」には以下の記載があります。
煙石さん「取り調べのとき、容疑者の段階だから、『まだマスコミには報道しないでください』と、警察に一生懸命お願いしたが、ダメだった。翌日、家族が面会に来て、テレビや新聞に大きく載っていると、暗い顔で告げてきた。死にたい思いだった」
久保弁護士「逮捕された情報は伝えるべきだし、匿名にしない方が望ましいと考える。逮捕は人権を侵害する行為だからだ。だからこそ、捜査機関に取材して、勾留の必要性を検証すべき。弁護人にも取材して、言い分を聞いてほしい。これがないと警察の発表機関になってしまう」
(4) ヤフーニュースの「旭川医大の『北海道新聞』記者常人逮捕に疑問の声噴出」(令和3年7月5日付)には以下の記載があります。
     警察の調べに「どこで会議をしているか探していた」と供述しているとの一部報道もある。各紙が記者を匿名で報道する中、道新は23日付朝刊で実名とし「逮捕は遺憾。記者は学長解任問題を取材中だった。逮捕の経緯などを確認し、読者の皆様に改めて説明する」などとコメントした。


11 関連記事その他
(1) 日弁連HPに「司法修習生採用時の逮捕歴等による差別人権救済申立事件」(平成6年3月28日付の要望)が載っています。
(2) Wikipediaの「渡邊魁」には「渡邊 魁(わたなべ かい、安政6年5月6日(1859年6月6日 )- 大正11年(1922年12月26日)は、明治中期の日本の裁判官。脱獄囚であったが、戸籍を偽って別人になりすまし、裁判官となったという特異な経歴で知られる。」と書いてあります。
(3)ア 以下の資料を掲載しています。
(令状関係)
・ 刑事事件に関する書類の参考書式について(平成18年5月22日付の最高裁判所刑事局長,総務局長,家庭局長送付)
・ 行政手続における各種令状の参考書式について(平成12年11月27日付の最高裁判所刑事局長,行政局長送付)
・ 国税通則法,地方税法,関税法並びに租税条約等の実施に伴う所得税法,法人税法及び地方税法の特例等に関する法律による各種令状の参考書式について(平成30年3月5日付の最高裁判所刑事局長及び行政局長の文書)
・ 令状事務処理の手引(勾留関係事件を除く一般令状等について)(日本裁判所書記官協議会福岡地区支部・福岡高裁支部刑事実務研究班)→会報書記官62号からの抜粋
(交通事故関係)
・ 「過失運転致傷等事件に係る簡約特例書式について」(平成26年5月14日付の警察庁交通局長・刑事局長通達)
→ ①被害者が処罰を望む意思を明確に示していて,かつ,警察に提出した診断書記載の治療期間が約1週間を超える場合,原則として特例書式の刑事記録が作成されますし,
    ②警察に提出した診断書記載の治療期間が約2週間を超える場合,原則として特例書式の刑事記録が作成されますし,
    ③警察に提出した診断書記載の治療期間が約3週間を超える場合,必ず特例書式又は通常事件の書式で刑事記録が作成されます。
・ 「過失運転致傷等事件に係る特例書式について」(平成26年5月14日付の警察庁交通局長・刑事局長通達)
・ 人身交通事故事件捜査報告書等の書式の制定について(平成12年12月25日付の大阪府警察本部の例規)
・ 物件事故処理要領について(平成4年2月14日付の警察庁交通局交通指導課長等の通達)
(その他関係)
・ 司法警察職員捜査書類基本書式例
・ 押収物等取扱規程(昭和35年5月31日最高裁判所規程第2号)
・ 押収物等取扱規程の運用について(平成7年4月28日付の最高裁判所事務総長通達)
→ 略称は「押収物等取扱規程運用通達」です。
・ 「被疑者補償規程の運用について」等の一部改正について(平成12年10月27日付の法務省刑事局長の依命通達)
・ 監督活動の内容に関し公表を行うに当たって留意すべき事項について(平成24年2月8日付の厚生労働省労働基準局監督課長の書簡)
イ 以下の記事も参照してください。
(司法修習生関係)
・ 司法修習生の罷免
・ 「品位を辱める行状」があったことを理由とする司法修習生の罷免事例及び再採用
・ 司法修習生の罷免理由等は不開示情報であること
・ 司法修習生の守秘義務違反が問題となった事例
(刑事事件関係)
・ 刑事裁判係属中の,起訴事件の刑事記録の入手方法(被害者側)
・ 刑事裁判係属中の,起訴事件の刑事記録の入手方法(加害者である被告人側)
 実況見分調書作成時の留意点
 交通事故被害者が警察に対応する場合の留意点
・ 刑事記録の入手方法等に関する記事の一覧
(裁判所の不祥事関係)

・ 昭和24年7月16日発生の最高裁判所誤判事件に関する最高裁大法廷昭和25年6月24日決定
・ 昭和27年4月発覚の刑事裁判官の収賄事件(弾劾裁判は実施されず,在宅事件として執行猶予付きの判決が下り,元裁判官は執行猶予期間満了直後に弁護士登録をした。)
・ 報道されずに幕引きされた高松高裁長官(昭和42年4月28日依願退官,昭和46年9月5日勲二等旭日重光章)の,暴力金融業者からの金品受領


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