第1 長官所長会同の位置付け
1 正式名称及び目的
長官所長会同の正式名称は「高等裁判所長官,地方裁判所長及び家庭裁判所長会同」である。全国の高等裁判所長官,地方裁判所長及び家庭裁判所長が最高裁判所に集まり,当面の裁判運営及び司法行政上の課題について協議する。
開催時期は近年では原則として毎年6月であるが,歴史上は5月,7月その他の月に開かれた例があり,令和2年度は開催されなかった。そのため,「毎年6月に必ず開催される会議」と理解するのは正確でない。
2 裁判所法上の意思決定機関ではないこと
裁判所法12条1項は,最高裁判所の司法行政事務を裁判官会議の議によって行い,最高裁判所長官がこれを総括すると定める。同法20条1項は高等裁判所,同法29条2項は地方裁判所について同じ構造を定め,同法31条の5は地方裁判所に関する規定を家庭裁判所に準用しているが,長官所長会同を司法行政上の意思決定機関として定めた規定はない。
したがって,会同は全国の長官及び所長が自由に協議する場であり,協議結果それ自体に裁判官会議の議決又は命令としての法的効力が付与されているわけではない。また,日本国憲法76条3項により,個々の裁判官はその良心に従い独立して職権を行い,憲法及び法律にのみ拘束されるため,会同の協議結果又は最高裁判所長官挨拶が個別事件の裁判判断を法的に拘束するものではない。
3 司法行政上の実際の影響
法的な意思決定機関ではないことは,会同の実際の影響が小さいことを意味しない。会同は,各庁の実情及び意見を全国レベルで集約し,最高裁判所長官挨拶,最高裁判所事務総局の施策,研修及び各庁の実践を接続する機会となっている。
例えば,平成元年6月の会同では,民事判決書を分かりやすくする見直しが提案され,その後,第一線の裁判官による検討を経てモデル判決書が作成され,新様式判決が全国へ広がった。この例は,会同が法的な命令機関ではなくても,司法行政上の施策の出発点となり得ることを示している。
第2 近年の運営及び議論の実際
1 通常の二日間の進行
宇賀克也『管見 最高裁判所』103頁~104頁によれば,近年の通常の会同は最高裁判所の大会議室で二日間開かれる。初日は最高裁判所長官が司会し,最高裁判所裁判官全員が出席して朝から夕刻まで協議するが,二日目は最高裁判所事務総長が司会し,最高裁判所裁判官は出席しない。
初日の夜には懇親会があり,最高裁判所裁判官が全国の高裁長官及び地家裁所長と懇談する機会となっている。同書によれば,最高裁判所裁判官を退いた者も招かれる。
平成28年度までに開示された日程では,二日目に皇居での拝謁等が組み込まれた例がある。これに対し,公開された平成29年度以降の日程には皇居拝謁の記載が見当たらないが,公開資料だけから制度的に廃止されたとまでは確認できない。
2 地家裁所長を中心とする発言
同書は,令和元年から令和7年までに著者が出席した6回について,昼食時間を除いて朝から夕刻まで続く会議でありながら,挙手と発言が絶えず,毎回極めて活発な議論であったと記す。地裁及び家裁の所長の大多数が発言する一方,高裁長官及び最高裁判所裁判官は原則として聞き役であり,公式の挨拶及び議事概要だけからは分かりにくい会同の実像を伝えている。
令和7年度の意見要旨にも,子育て又は介護を抱える裁判官への配慮,固定化した審理及び判決起案の見直し,真のボトムアップの必要性,上意下達で意見を言いにくいと感じる職員の存在等が記載されている。近年の会同は,最高裁判所から各庁へ方針を伝えるだけでなく,各庁の負担及び組織文化上の問題を上級庁へ伝える回路でもある。
3 令和6年度から令和8年度までの主要課題
令和6年度の最高裁判所長官挨拶は,既存の運用に対する批判的検証,失敗を組織の財産とすること,子育て又は介護等による時間制約,事件の長期化及び業務負担を取り上げた。令和7年度の挨拶は,世代及び経験を超えた率直な意見交換,裁判手続のデジタル化,合理化・標準化,ワークライフバランス並びに柔軟な組織を主要課題とした。
令和8年度の挨拶は,民事訴訟手続の全面デジタル化,刑事・少年,家事・民事非訟の各手続のデジタル化,AIに象徴される技術革新,事務の標準化並びに柔軟で持続可能な組織態勢を扱っている。各年度の配布資料,意見要旨及び議事概要は,令和元年度以降の長官所長会同の資料及び議事概要に掲載している。
第3 開催の沿革及び開催日
1 戦後の開始
裁判所時報を調査した研究によれば,最高裁判所の発足後,高裁長官及び地裁所長の任命が完了した昭和22年12月に最初の会同が開かれた。昭和24年1月の家庭裁判所発足後,同年5月から家裁所長を加えた現在の構成となった。
同研究は,その後の通常の開催時期を5月又は6月と整理している。もっとも,昭和22年12月及び昭和24年5月の裁判所時報の原誌面までは確認できていないため,開始時期については,同誌を調査した研究論文の記載に依拠している。
2 6月以外の開催及び不開催
昭和24年から昭和26年までには秋又は冬の追加会同があり,昭和36年には2月,5月及び10月に開かれた。平成18年度の会同は7月5日及び6日に開かれ,令和2年度は新型コロナウイルス感染症の影響により開催されなかったため,記事名及び制度説明では「原則として毎年6月」とするのが正確である。
令和2年度には,長官所長会同の代わりに,高裁長官及び高裁事務局長を出席者とする高裁長官事務打合せがテレビ会議で行われた。令和3年度の長官所長会同はオンライン形式で開かれ,令和4年度に対面開催が再開された。
3 平成20年度以降の開催日
| 年度 | 開催日 | 備考 |
|---|---|---|
| 令和8年度 | 6月10日 | 裁判所ウェブサイトが公表した開催日。公開資料だけから全日程は確定できない。 |
| 令和7年度 | 6月11日~12日 | 二日間開催。 |
| 令和6年度 | 6月19日~20日 | 二日間開催。 |
| 令和5年度 | 6月14日~15日 | 二日間開催。 |
| 令和4年度 | 6月1日~2日 | 対面開催を再開。 |
| 令和3年度 | 6月16日 | オンライン形式。 |
| 令和2年度 | 開催なし | 高裁長官事務打合せをテレビ会議で実施。 |
| 令和元年度 | 6月19日~20日 | 二日間開催。 |
| 平成30年度 | 6月20日~21日 | 二日間開催。 |
| 平成29年度 | 6月21日~22日 | 二日間開催。 |
| 平成28年度 | 6月23日~24日 | 二日間開催。 |
| 平成27年度 | 6月18日~19日 | 二日間開催。 |
| 平成26年度 | 6月18日~19日 | 二日間開催。 |
| 平成25年度 | 6月19日~20日 | 二日間開催。 |
| 平成24年度 | 6月13日~14日 | 二日間開催。 |
| 平成23年度 | 6月9日 | 一日開催。 |
| 平成22年度 | 6月9日~10日 | 二日間開催。 |
| 平成21年度 | 6月17日~18日 | 二日間開催。 |
| 平成20年度 | 6月18日~19日 | 二日間開催。 |
平成17年度から平成30年度までの日程及び資料は,平成17年度から平成30年度までの長官所長会同の資料・開催日・協議テーマ(AIリライト)に掲載している。令和元年度以降の資料は年度ごとの配布資料及び議事概要をまとめた関連記事で確認できるが,令和8年度について裁判所ウェブサイトで確認できるのは6月10日の開催であり,翌日にも会同が続いたかは公開資料から確認できない。
第4 最高裁判所長官挨拶
1 「訓示」から「挨拶」への名称変更
長官所長会同の冒頭では,最高裁判所長官が挨拶を述べる。裁判所時報を調査した研究によれば,平成11年度までは「最高裁判所長官訓示」と題され,平成12年度以降は「最高裁判所長官挨拶」と題されている。
近年の挨拶は裁判所ウェブサイトで公表され,過去の訓示及び協議結果概要は裁判所時報に掲載された例がある。裁判所時報の収録内容及び発行資料については,「裁判所時報」を参照されたい。
2 昭和期の作成過程と現在の説明
昭和33年7月9日の衆議院法務委員会答弁,昭和53年9月14日の参議院決算委員会答弁及び昭和59年12月18日の衆議院法務委員会答弁は,当時の長官訓示について,最高裁判所事務総局が原案を作成し,最高裁判所裁判官会議で検討した上で内容が決められたと説明している。これらは各答弁当時の作成過程を示すものであり,同じ手続が現在まで継続していることを示す資料ではない。
令和2年度(最情)答申第48号に記載された最高裁判所事務総長の説明によれば,現在の挨拶は,会同ごとに裁判所の実情及び諸課題の検討状況等を踏まえ,事務総局の意見も聴取するなどした上で,最高裁判所長官が内容を決める。同答申は,作成手続を定める必要はなく,これを記載した司法行政文書を作成又は取得していないとする不開示判断を妥当とした。
3 挨拶の役割及び限界
最高裁判所長官挨拶は,裁判所を取り巻く状況及び全国的な課題を示し,その年度の協議を方向付ける資料である。会同のテーマには各時期の最高裁判所長官の関心が大きく反映されるとの内部経験に基づく指摘もあるが,挨拶は裁判所法上の議決ではなく,個別事件の裁判判断を拘束するものでもないため,司法行政上の方針提示と裁判作用とを区別して読む必要がある。
第5 会同文書,情報公開及び保存期間
1 一件ファイルに含まれる文書
平成27年度(最情)答申第1号は,開催通知,配布資料目録,日程,会同員名簿,席図,進行予定,意見要旨及び最高裁判所長官挨拶等,20種類の文書を対象として特定した。同年度の意見要旨は,表紙及び協議事項2頁に続き,7裁判所から提出された意見30頁をつづったものであり,会同資料が儀礼的な文書だけではないことが分かる。
同答申によれば,意見要旨には,外部団体との意見交換,後見監督の具体的手法,特定の刑事事件を支部から回付するか否か及び合議事件に付するか否か等の具体的な事項も含まれていた。他方で,個別事件の特定,後見監督の実効性,外部団体との信頼関係又は率直な意見交換を害するおそれがある部分については,一部不開示が妥当とされた。
2 所長発言の準備文書が残るとは限らないこと
令和3年度(情)答申第50号は,令和3年度会同で表明された奈良地家裁所長の意見を作成する際の文書について,不存在を理由とする不開示判断を妥当とした。同答申に記載された説明は,会同を当面の司法行政上の問題点等について自由な協議を行う場と位置付け,所長が意見を述べるために必ず組織的意思決定を経る必要はなく,仮に組織共用性のある文書が作成又は取得されても用済み後に廃棄され得るとしている。
この答申が示すのは,申出で特定された発言準備文書を奈良地方裁判所が保有していなかったことである。会同で発言がなかったこと,又は他の年度若しくは他の裁判所でも準備文書が一切作成されないことまで示すものではない。
3 会同一件ファイルの標準保存期間
最高裁判所総務局第一課の標準文書保存期間基準では,「高裁長官,地・家裁所長会同(令和○○年度)」の保存期間は5年とされている。古い年度を調べる場合,裁判所時報,情報公開によって取得され公開された文書及び保存済みの複製が重要になる。
4 概算要求の方針等に関する文書の不存在通知
平成31年1月11日付司法行政文書不開示通知書によれば,「最高裁が全国長官・所長会同において策定した,次年度概算要求の方針や執行計画(最新版)」として開示を申し出た文書は,作成又は取得されていない。

この通知が示すのは,開示申出で特定された名称及び内容の文書が存在しないということに限られる。この通知だけから,予算が会同で一切話題にならないこと,予算に関連する別の文書が存在しないこと,又は会同と概算要求との間に事実上の関係がないことまでは判断できない。
第6 戦前の司法長官会同との違い
1 主催者及び制度上の相違
戦前の司法長官会同は,司法大臣が全国の控訴院長,検事長,地裁所長及び検事正等を司法省へ招集した会同であり,宮中での拝謁及び内閣総理大臣官邸での午餐が行われた例がある。戦後の長官所長会同は最高裁判所が主催し,参加者の中心も高裁長官並びに地裁及び家裁の所長であるため,両者は主催者,参加構成及び憲法上の位置付けを異にし,単純な制度的継承関係として扱うことはできない。
2 昭和19年の臨時司法長官会同
昭和19年2月28日及び29日の臨時司法長官会同は,同月25日の閣議決定「決戦非常措置要綱」に掲げられた「裁判検察の迅速化」を背景として開かれた。2月28日には,司法大臣官舎に大審院長,検事総長,控訴院長,検事長,地裁所長及び検事正等128人が集まり,司法大臣の訓示,宮中での拝謁,東條英機内閣総理大臣の訓示及び午餐会並びに軍事・外交の説明が行われた。
これに対し,大阪地裁所長は,統制経済法令の複雑さ,頻繁な改廃及び省令・告示の粗雑さを挙げ,拙速な処罰を求める議論に対して裁判の困難さを説明した。また,広島控訴院長は帰庁後の同年3月18日,内閣総理大臣には司法行政を監督して裁判に訓示する権能がないとして,司法大臣及び内閣総理大臣に抗議書を提出した。この経緯は,戦時下に行政部が裁判の迅速化及び厳罰化を求めたことだけでなく,裁判官側から司法権の独立を理由とする反論及び抗議があったことを示している。
第7 関連資料
- ① 平成17年度から平成30年度までの長官所長会同の資料・開催日・協議テーマ(AIリライト)
- ② 令和元年度以降の長官所長会同の資料及び議事概要
- ③ 司法行政を担う裁判官会議,最高裁判所事務総長及び下級裁判所事務局長(AIリライト)
- ④ 裁判所の協議会等開催計画
- ⑤ 高等裁判所長官事務打合せ
第8 出典・参考資料
1 法令
2 公文書及び国会会議録
- ① 最高裁判所「令和8年6月10日開催の長官所長会同における最高裁判所長官挨拶」。
- ② 最高裁判所「令和7年6月11日開催の長官所長会同における最高裁判所長官挨拶」。
- ③ 最高裁判所「令和6年6月19日開催の長官所長会同における最高裁判所長官挨拶」。
- ④ 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会「平成27年度(最情)答申第1号」(平成27年12月25日)。
- ⑤ 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会「令和2年度(最情)答申第48号」(令和3年1月25日)。
- ⑥ 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会「令和3年度(情)答申第50号」(令和4年3月23日)。
- ⑦ 最高裁判所総務局第一課「標準文書保存期間基準」PDF11頁。
- ⑧ 最高裁判所事務総長「司法行政文書不開示通知書」(最高裁秘書第5471号,平成31年1月11日)。
- ⑨ 第29回国会衆議院法務委員会第8号・昭和33年7月9日発言36。
- ⑩ 第84回国会参議院決算委員会閉会後第5号・昭和53年9月14日発言117。
- ⑪ 第102回国会衆議院法務委員会第2号・昭和59年12月18日発言8。
3 文献
- ① 西川伸一「最高裁における『信頼』の文脈―『裁判所時報』における最高裁長官訓示・あいさつにみる―」年報政治学61巻1号(平成22年)107頁~126頁,特に109頁。
- ② 宇賀克也『管見 最高裁判所』(有斐閣,令和8年)103頁~104頁。
- ③ 矢口洪一『最高裁判所とともに』(有斐閣,平成5年)50頁。
- ④ 新藤宗幸『司法官僚―裁判所の権力者たち』(岩波新書,平成21年)180頁~182頁。
- ⑤ 泉徳治『私の最高裁判所論―憲法の求める司法の役割』(日本評論社,平成25年)48頁~56頁。