第1 録音反訳方式の意味と本記事の対象
1 現行通達上の定義
最高裁判所総務局長通達「録音反訳方式に関する事務の運用について」は,録音又は録画により作成された電磁的記録及び従来の録音体を「音声記録」と呼び,その反訳を裁判所職員以外の者に委託して逐語調書を作成する方式を「録音反訳方式」と定義している。
録音反訳方式は,音声記録を外部の反訳受託者が文字化し,裁判所書記官が音声記録及び立会メモに基づいて反訳書を校正した上で,裁判所書記官の調書として完成させる制度である。録音しただけでも,外部反訳者が原稿を作成しただけでも,録音反訳方式による逐語調書が完成したことにはならない。
本記事は,令和8年5月21日に全面施行された民事訴訟手続のデジタル化後の規則及び同日施行の改正通達を前提とし,民事事件を中心に刑事事件の制度も区別して説明する。施行日前から係属する事件については経過措置を含む適用関係を個別に確認する必要がある。
2 裁判所の録音と私的録音との区別
録音反訳方式のための録音は,裁判所が庁用の記録装置を用いて行うものである。当事者,代理人又は傍聴人が自ら期日を録音することとは別の制度であり,民事訴訟規則77条によれば,期日における私的な録音,録画等には裁判長等の許可が必要である。
第2 民事訴訟における法的根拠と記録方法
1 電子調書の作成と異議
民事訴訟法160条は,裁判所書記官が口頭弁論について期日ごとに電子調書を作成し,裁判所のファイルに記録することを定める。当事者その他の関係人が電子調書の内容に異議を述べたときは,その旨を明らかにする措置を講じなければならず,口頭弁論の方式に関する規定の遵守は,原則としてファイルに記録された電子調書によってのみ証明できる。
同法160条の2は,電子調書に計算違い,誤記その他これらに類する明白な誤りがあるとき,裁判所書記官が申立て又は職権で更正できることを定める。調書の内容に問題がある場合は,音声記録の一般的な開示を当然の前提とするのではなく,調書に対する異議及び更正の制度と,後記の限定された聴取の取扱いを区別する必要がある。
2 録音反訳方式,代替記録及び速記
令和8年5月21日施行の民事訴訟規則76条は,裁判所が必要と認めるとき,申立て又は職権により口頭弁論における陳述の全部又は一部を録音でき,裁判所が相当と認めるときは,その電磁的記録を反訳した電子調書を作成することを定める。これが録音反訳方式の規則上の直接の根拠である。
もっとも,現在の供述記録の制度を「録音反訳方式と速記の二種類」とだけ説明するのは正確でない。少なくとも,次の方法を区別する必要がある。
① 民事訴訟規則76条により音声記録を反訳し,裁判所書記官が電子調書を作成する方法
② 同規則68条により,証人,当事者本人又は鑑定人の陳述を録音又は録画した電磁的記録自体を裁判所のファイルに記録し,電子調書の記録に代える方法
③ 同規則70条から72条までにより,裁判所速記官その他の速記者が速記し,電子速記録を電子調書の一部とする方法
規則68条の方法については,裁判長が許可する際に当事者が意見を述べることができる。さらに,訴訟が完結するまでに当事者の申出があったときは,証人等の陳述について規則67条1項3号により電子調書へ記録すべき事項を記録した電磁的記録を作成し,裁判所のファイルに記録しなければならない。上訴裁判所が必要と認めた場合も同様である。
3 調書記録の省略と簡易裁判所の特則
民事訴訟規則67条2項によれば,訴訟が裁判によらずに完結した場合,裁判長の許可を得て証人,当事者本人及び鑑定人の陳述並びに検証結果の記録を省略できる。ただし,当事者が訴訟の完結を知った日から1週間以内に記録を求めたときは省略できない。
簡易裁判所では,規則170条により,裁判官の許可を得て証人等の陳述又は検証結果の電子調書への記録を省略できる。この場合,裁判官の命令又は当事者の申出があれば,当事者の裁判上の利用に供するため録音又は録画した電磁的記録を作成し,当事者の申出があればその複写を許さなければならない。この当事者利用用記録は,規則76条の録音反訳による電子調書及び規則68条の代替記録とは性質が異なる。
第3 録音から逐語調書が完成するまで
1 利用の判断と二重録音
最高裁通達によれば,裁判所は,事件内容及び供述内容等を考慮し,証人等の供述を反訳して逐語調書を作成することが相当である場合に録音反訳方式を利用する。したがって,当事者の申出だけで録音反訳又は速記のいずれかを選択できる制度ではない。
録音反訳方式を利用する証拠調べ等に立ち会う裁判所書記官は,証人等の供述を2台の録音機器で同時に録音する。通達が二重録音を求めるのは,明瞭な録音を確保し,一方の機器の不具合による記録喪失の危険を減らすためであると考えられる。
2 立会メモ,外部反訳及び書記官の校正
立会書記官は,反訳書の作成に必要な事項を記載又は記録した立会メモを作成し,音声記録とともに庶務担当を通じて反訳受託者へ送付する。反訳受託者には,裁判所が示した反訳基準,提出期限及び事件の秘密を守ることが求められる。
反訳受託者から反訳書が提出されると,立会書記官は,音声記録及び立会メモに基づいて反訳書を校正し,必要な修正を経て電子調書を作成する。外部委託は文字化工程の一部であり,最終的な調書の作成者は裁判所書記官である。
この業務の流れは,改正前規則76条を解説した秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅲ〔第2版〕』446頁とも共通する。ただし,同書は平成30年刊行であり,令和8年施行の電子調書及び現行規則68条の根拠としてではなく,外部反訳と書記官校正の経過を理解する資料として用いるべきである。
第4 「逐語」の意味と反訳基準
1 音声学的な完全転写ではないこと
録音反訳方式による調書は「逐語調書」と呼ばれるが,発話された全ての音を一切整理せず文字化するものではない。最高裁通達は各実施庁に反訳及び校正の基準を定めるよう求めており,具体的な表記はその基準に従う。
平成31年4月1日実施の仙台高等裁判所「録音反訳方式実施要領」28頁の基準は,質問と応答をまとめたり意訳したりしない一方,手続上の発言及び意味のない語を省略し,同じ意味の繰返しを整理し,意味に影響しない限度で倒置を整えることなどを示している。方言は原則として発音どおりに記録し,問い掛けの語尾は文意に応じて整え,言いよどみは所定の記号で示すとされる。
したがって,ここでいう「逐語」は,裁判上必要な質問及び応答を一問一答で逐語的に記録するという意味であり,音声学的な完全逐語転写と同じではない。仙台高裁の要領は地域の過去の実施要領であるため,全国一律の現行基準としてではなく,反訳基準の具体例として位置付ける必要がある。
第5 音声記録の保存,消去及び聴取
1 保存先は記録の法的性質によって異なること
最高裁判所総務局長通達「訴訟等関係人の尋問,供述等の記録媒体への保存等に関する事務の取扱いについて」は,証人尋問等記録の法的性質及び利用目的に応じ,保存用記録媒体,サーバの共有フォルダ,クラウド保存領域,裁判所のファイル又は裁判所支給端末の内蔵媒体を保存先として使い分ける。
調書の一部となる記録,簡易裁判所で陳述記録を省略した場合の記録,電子調書の記録に代わる記録及び録音反訳作業のために作られた複製では,保存先も消去時期も同じではない。従前記事のように,全ての音声記録が調書の異議申立期間後に消去されると一律に説明することはできない。
2 録音反訳用音声の消去と聴取
現行の録音反訳通達が異議申立期間後の速やかな消去を定めるのは,録音反訳に用いた音声記録のうち,データ管理通達に基づいて担当書記官の裁判所支給端末の内蔵媒体に保存されたものに限られる。
その音声記録について,訴訟関係人が調書の記載の正確性に対する異議申立期間内に聴取を希望したときは,担当書記官が裁判長又は裁判官の了解を得た上で,裁判所職員の立会いの下で聴取させる。したがって,音声記録一般について当然に閲覧,複写又は交付を受けられるという制度ではない。
なお,簡易裁判所で規則170条2項により作成された当事者利用用の録音・録画記録については,同項が当事者の申出による複写の許可を明文で定めている。録音反訳用の作業音声の聴取と,簡裁の当事者利用用記録の複写は区別すべきである。
第6 刑事事件における録音反訳
1 刑事訴訟規則の独自の規定
令和8年5月21日施行の刑事訴訟規則40条は,証人,鑑定人,通訳人又は翻訳人の尋問及び供述並びに訴訟関係人の申立て又は陳述を,裁判所速記官その他の速記者に速記させ,又は録音装置で録取させることができると定める。同規則47条は,公判廷におけるこれらの供述等及び被告人質問について40条を準用し,検察官,被告人又は弁護人も裁判長の許可を受けて録音又は速記の措置をとれることを定める。民事訴訟規則76条を刑事事件へそのまま当てはめるのではなく,刑事訴訟規則52条の14以下の規定を確認する必要がある。
刑事訴訟規則52条の14から52条の19までは,証人,鑑定人,通訳人,翻訳人等の尋問及び供述並びに訴訟関係人の申立て又は陳述を録音反訳して調書を作成する場合の手続を定め,公判廷については被告人質問及び供述も対象に含める。録音の再生,供述者による増減変更,検察官,被告人,被疑者又は弁護人による正確性への異議等について,民事事件とは異なる手続が置かれている。
同規則52条の20は,公判廷における証人等の尋問及び供述,被告人質問及び供述等を録音した場合,裁判所が相当と認め,かつ,検察官及び被告人又は弁護人が同意したとき,録音体を公判調書に引用し,訴訟記録に添付してその一部とすることができると定める。同規則52条の21は,判決確定前に検察官,被告人又は弁護人の請求があるとき,上訴が申し立てられたときその他必要があるとき,その録音体の内容を記載した書面を速やかに作らせることを定める。
2 裁判員裁判の音声認識システムとの違い
裁判員裁判で使用された音声認識システムは,認識文字を索引として映像及び音声から供述箇所を検索し,評議等で供述を確認するための補助システムであった。外部反訳者が反訳書を作成し,裁判所書記官が校正して調書化する録音反訳方式とは別の制度である。
福岡県弁護士会の令和7年3月24日付会長声明は,この音声認識システムが令和6年10月31日に運用停止となったと記載している。今回確認できた裁判所の公開資料には運用停止を告知する文書が見当たらなかったため,停止日は同声明による情報として扱うべきであり,音声認識システムの停止を録音反訳方式の廃止と解してはならない。
第7 利用率,料金及び作成期間
1 民事と刑事で利用率が大きく異なること
最高裁判所が令和7年通常国会で参議院に提供した資料43頁によれば,令和6年度12月末現在,証人等証拠調べに占める録音反訳率は,民事79.86%,刑事16.59%,合計36.02%であった。録音反訳は民事の供述記録では主要な方法であるが,刑事を含む全事件について「通常は録音反訳で逐語調書が作成される」と一般化することはできない。
同資料44頁によれば,録音反訳委託費予算は,平成27年度5億2384万3000円,令和6年度3億2850万8000円,令和7年度3億4163万5000円である。これは委託業務の規模を示す予算額であり,録音反訳の正確性又は速記との優劣を示す数値ではない。
2 反訳料金と納期
同資料45頁によれば,令和7年度の反訳料金は録音1時間当たりおおむね6200円から1万1600円までであり,通常の提出期限は発注完了日の翌日から起算して10日以内である。急を要する事案等では,別の単価及び提出期限が定められる。
広島高等裁判所本庁の令和元年9月最終改訂実施要領は,当時の区分として,通常の10日,3執務日,72時間及び48時間の納期を設けていた。平成28年3月16日の衆議院法務委員会で最高裁判所事務総局総務局長が述べた「最短48時間」は,このような緊急区分が存在することを示す説明であり,通常納期が常に48時間であるという意味ではない。
同国会答弁は,外部反訳後に裁判所書記官が確認及び校正を行うこと,速記と録音反訳のどちらが常に優れているとは考えていないこと,利用者の要望だけで速記録を作成することにはならないことも説明している。もっとも,これは最高裁判所側の制度評価であり,後記の弁護士会声明とは評価の層を分けて読む必要がある。
第8 制度の沿革と速記官をめぐる議論
1 導入と速記官の新規養成停止
録音反訳方式は平成9年4月に一部の裁判所へ導入され,平成10年4月に本格展開された。平成9年2月26日の最高裁判所裁判官会議は,増加が予想された逐語録需要,録音反訳という代替方法,速記官制度の将来的な不安定性及び養成負担等を踏まえ,平成10年4月以降の裁判所速記官の新規養成を停止し,現職速記官による速記と録音反訳方式を併用しながら緩やかに移行する方針を決定した。
平成9年3月27日の参議院法務委員会で,最高裁判所は,全国で2200件を超える実験を行い,尋問に立ち会った弁護士の9割超から,従前の速記録と比べて遜色がなく裁判上の支障がないとの回答を得たと説明した。ただし,これは国会における最高裁判所側の説明であり,今回確認できた公表資料には実験報告書全冊及びアンケート原票が含まれていないため,独立に再集計できる統計として扱うことはできない。

2 裁判所速記官の現在員
最高裁提供資料によれば,令和6年12月1日現在の裁判所速記官は130人であり,全国50地方裁判所のうち20庁は配置数が0人であった。録音反訳方式が現在も主要な代替基盤である背景には,速記官の新規養成停止後の現在員減少がある。
速記官制度,新規養成停止の理由,庁別配置及び関係資料については,裁判所速記官―制度,新規養成停止及び現在の状況(AIリライト)で詳しく整理している。
3 弁護士会声明の問題提起と公表資料の限界
関東弁護士会連合会,札幌弁護士会,大阪弁護士会及び福岡県弁護士会は,令和5年から令和7年にかけて,裁判所速記官制度又はその養成再開に関する声明を公表した。これらの声明は,録音反訳について,作成日数,誤字・脱字,訂正漏れ,法廷に立ち会わない反訳者,秘密保持及び録音事故等への懸念を示している。
これらは弁護士会の政策的評価又は会員からの報告として重要であるが,今回確認した公表資料から,録音反訳の年度別誤り率,訂正率,録音事故率,情報漏えい件数又は速記録との同一条件比較結果は把握できなかった。「録音反訳は速記より正確である」又は「録音反訳は一般に不正確である」と一律に断定することはいずれも避けるべきである。
第9 当事者が確認すべき申出と期限
1 制度ごとに異なる申出の効果
供述の記録に関する申出の効果は,根拠条文ごとに異なる。
① 民事訴訟規則76条の録音反訳は,申立ての有無だけで決まるのではなく,裁判所が録音を必要と認め,かつ,反訳した電子調書の作成を相当と認めることが必要である。
② 同規則68条の録音・録画による代替記録では,当事者は許可時に意見を述べることができ,訴訟完結前の申出により証人等の陳述を記録した電磁的記録の作成を求められる。
③ 同規則67条2項による陳述記録の省略については,訴訟の完結を知った日から1週間以内の申出が重要である。
④ 簡易裁判所の同規則170条2項の当事者利用用記録については,当事者の申出があれば録音・録画記録を作成し,その複写を許さなければならない。
⑤ 電子調書の内容に異議又は明白な誤りがあると考える場合は,民事訴訟法160条及び160条の2の手続と,録音反訳通達が定める限定的な音声聴取の対象及び期間をそれぞれ確認する必要がある。
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③ 民事事件記録の閲覧・謄写手続―誰が閲覧・謄写できるか,費用,窓口,閲覧制限(AIリライト)
第10 出典・参考資料
1 法令・最高裁判所規則
① e-Gov法令検索「民事訴訟法」160条・160条の2
② 最高裁判所「民事訴訟規則」令和8年5月21日施行,67条・68条・70条~72条・76条~78条・170条
③ 最高裁判所「刑事訴訟規則」令和8年5月21日施行,40条・47条・52条の14~52条の21
2 最高裁判所通達・国会会議録・統計資料
① 最高裁判所総務局長「録音反訳方式に関する事務の運用について」平成10年3月20日総三第57号,令和8年2月27日最終改正,令和8年5月21日施行,1頁~3頁
② 最高裁判所総務局長「訴訟等関係人の尋問,供述等の記録媒体への保存等に関する事務の取扱いについて」令和7年3月3日総三第114号,令和8年2月27日改正,1頁~4頁
③ 衆議院法務委員会会議録第4号平成28年3月16日
④ 参議院法務委員会会議録第5号平成9年3月27日
⑤ 最高裁判所が令和7年通常国会で参議院に提供した令和7年度予算案関係資料40頁・43頁~45頁
3 実施要領・文献
① 仙台高等裁判所「録音反訳方式実施要領」平成31年4月1日実施,28頁
② 広島高等裁判所「録音反訳方式の実施要領」令和元年9月最終改訂,1頁~24頁
③ 秋山幹男ほか『コンメンタール民事訴訟法Ⅲ〔第2版〕』日本評論社,平成30年,446頁
④ 髙倉武『簡裁事件における事実認定の在り方―民事裁判,刑事裁判,民事調停における異同を中心として―』司法協会,平成30年,41頁
4 弁護士会声明
① 関東弁護士会連合会「裁判所速記官の養成再開を求める理事長声明」令和5年9月15日
② 札幌弁護士会「裁判所速記官制度の維持と裁判における審理の充実を求める会長声明」令和6年3月11日
③ 大阪弁護士会「裁判所速記官制度及び音声認識システムに関する会長声明」令和6年9月25日
④ 福岡県弁護士会「裁判所速記官の養成再開を求める会長声明」令和7年3月24日