第1 この記事で確認できること
1 結論と答申が判断した範囲
(1) 全国の希望勤務地を取りまとめた文書は作成されていない
最高裁判所は,裁判官の人事異動に際して,全国の裁判官の希望勤務地を取りまとめた文書を作成し,又は取得していないと説明している。
平成27年4月の人事異動については平成27年度(最情)答申第8号(平成28年2月23日)が,令和7年4月の人事異動については令和8年度(最情)答申第5号(令和8年4月30日)が,いずれもこの文書を不開示とした最高裁判所事務総長の判断を妥当とした。
毎年8月1日現在で在職する裁判官は,裁判官第二カードに任地の希望等を記載して提出しており,審査委員会も,最高裁判所事務総局人事局は各裁判官がカードに記載した任地希望を把握していることになるとしている。
しかし,異動計画案の原案の立案に当たっては各カード又はその写しを個別に確認すれば足りるとされ,全国分を集計した文書は作成されていない。
(2) 答申が判断したのは特定の時期の文書を保有しているかどうかである
二つの答申が判断したのは,平成27年4月又は令和7年4月の人事異動に際して,最高裁判所が当該文書を保有しているかどうかである。
平成27年度の答申で調査審議の経過として記載されているのは,最高裁判所事務総長の理由説明書及び苦情申出人の意見書・資料の収受と2回の審議であり,令和8年度の答申では,これに加えて委員会庶務を通じた確認が行われている。
いずれの答申も,事務総長の説明を合理的又は不合理でないと認めて保有していないと判断したものであり,最高裁判所の内部で希望勤務地の集計が一切行われていないことを外部から確かめたものではない。
2 調査基準日と資料
本記事は,令和8年9月15日を調査基準日とし,同日までに最高裁判所のウェブサイトで確認できる答申,取扱要綱及び報告書に基づく。
最高裁判所のウェブサイトの令和8年度の答申一覧で確認できるのは,令和8年8月3日付けの第17号までであり,希望勤務地を取りまとめた文書に関する答申は第5号だけである。
第2 開示申出の対象と手続
1 対象となった文書
平成27年度(最情)答申第8号の対象文書は,「平成27年4月の人事異動に際して,全国の裁判官(簡裁判事は除く。)の希望勤務地を取りまとめた文書」である。
令和8年度(最情)答申第5号の対象文書は,「令和7年4月の人事異動に際して、全国の裁判官(簡易裁判所判事は除く。)の希望勤務地を取りまとめた文書」である。
いずれについても,最高裁判所事務総長は,作成し,又は取得していないとして不開示とした(平成27年11月12日付け及び令和7年8月25日付け)。
2 司法行政文書の開示申出と苦情申出
(1) 取扱要綱に基づく開示申出と苦情申出
裁判所の司法行政文書の開示は,最高裁判所が行政機関の保有する情報の公開に関する法律の趣旨を踏まえて定めた「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱」に基づいて運用されている。
開示の申出(記第2)に対して全部又は一部を不開示とする判断がされた場合,開示申出人は最高裁判所に苦情の申出をすることができ(記第11の1),最高裁判所は情報公開・個人情報保護審査委員会に諮問する。
委員会から答申を受けた最高裁判所は,答申を尊重して原判断の当否を判断する(記第11の7)。
(2) 二つの答申で諮問の根拠条項が異なる理由
取扱要綱は,令和4年6月8日の最高裁判所裁判官会議の議決により改正され,同年7月1日から実施されている。
諮問の根拠条項は,改正前は記第11の4,改正後は記第11の3であり,平成27年度の答申が記第11の4を,令和8年度の答申が記第11の3を引用しているのはこのためである。
改正の前後で条項番号が対応していることは,令和4年度(最情)答申第17号が「取扱要綱記第11の3(令和4年7月1日改正前の取扱要綱記第11の4)」と記載していることからも確認できる。
第3 平成27年度(最情)答申第8号
1 最高裁判所事務総長の説明
(1) 第二カードによる任地希望の提出
答申に記載された最高裁判所事務総長の説明によれば,毎年8月1日現在で在職する裁判官は,他に転任する場合の任地希望,転任希望の時期,任地及び担当事務についての特別の希望等を裁判官第二カードに記載し,所属する裁判所の長等を経由して,最高裁判所事務総局人事局長に提出する(PDF2頁)。
第二カードの作成等を定める最高裁判所事務総局人事局長の通達(平成16年5月31日付け)では,作成する裁判官から高等裁判所長官が除かれており,提出を受けた地方裁判所長,家庭裁判所長,高等裁判所長官等が任地及び担当事務の希望に対する意見を記入することとされている。
第二カードの記載事項と提出経路は,裁判官第一・第二・第三カードの違い,記載内容と根拠資料で説明している。
(2) 希望勤務地を集計しない理由
事務総長は,人事局及び各高等裁判所においては,各カードの記載内容を参考に異動計画案の原案の立案,検討が行われるが,そのためには各カード又はその写しを個別に確認すれば足り,各項目の記載内容について集計する必要は特にないため,このような取りまとめたものを作成又は取得していないと説明した(PDF2頁)。
異動計画案の原案を立案,検討する主体として,人事局だけでなく各高等裁判所が挙げられている。
2 苦情申出人の主張
苦情申出人は,69期司法修習生については実務修習希望地調査表が存在するのであるから,裁判官についても当然勤務希望地を集計した文書が存在するといえると主張した。
また,最高裁判所事務総局人事局には人事事務処理システムが存在し,同システムによって希望勤務地が集計されているといえるとも主張した(PDF1頁)。
3 審査委員会の判断
(1) 事務総長の説明に不合理な点はないとした部分
次の部分は,最高裁判所事務総長の説明そのものではなく,審査委員会が事務総長の説明を要約した上で評価した判断の理由である(PDF2頁~3頁)。
「本件開示申出文書は,平成27年4月の人事異動に際して,全国の裁判官(簡易裁判所判事は除く。)の希望勤務地を取りまとめた文書であるところ,最高裁判所事務総長の説明によれば,全国の裁判官は,他に転任する場合の任地希望等をカードに記載して,最高裁判所事務総局人事局長に提出するとのことである。」
「そうすると,人事局においては,各裁判官がカードに記載した任地希望を把握していることになるが,同説明によれば,人事局が人事異動計画の原案の立案等をする際には,各カードを個別に確認すれば足り,その記載内容を集計する必要はなく,現にその集計は行っていないというのである。人事異動事務が,任地希望を一つの考慮要素としつつも他の要素を含めて総合的に勘案して個別に検討すべき性質の事務であることに照らせば,上記説明に不合理な点は見当たらない。」
(2) 苦情申出人の主張を退けた理由と結論
審査委員会は,本件開示申出文書を作成し,又は取得していないとする最高裁判所事務総長の説明は合理的であり,最高裁判所においてこれを保有しているとは認められないとした。
その上で,司法修習生について実務修習希望地調査表が作成されていることや,最高裁判所に人事事務処理システムが存在することをもって本件開示申出文書の存在を推認することはできず,他にこれを推認するに足りる事情はうかがわれないとして,原判断を妥当とした(PDF3頁)。
第4 令和8年度(最情)答申第5号
令和7年4月の人事異動に際して全国の裁判官の希望勤務地を取りまとめた文書についても,最高裁判所事務総長は,令和7年8月25日付けで,作成し,又は取得していないとして不開示とした。
苦情申出人の主張は,本件開示申出文書が本当に存在しないかどうか不明であるというものであった(PDF1頁)。
事務総長は,最高裁判所においては本件開示申出文書を作成又は取得する定めはなく,事務処理上その必要もないと説明し,苦情申出を受けて改めて最高裁判所内を探索したが存在しなかったとした(PDF1頁)。
審査委員会は,これを作成又は取得することを定めた規定が存在するとは考えられず,事務処理上作成又は取得の必要性がないとする点についても不合理であるとは認められないとし,委員会庶務を通じて確認しても存在をうかがわせる事情は認められなかったとして,原判断を妥当とした(PDF2頁)。
平成27年度の答申が,集計を不要とする説明の合理性を人事異動事務の性質から検討していたのに対し,令和8年度の答申は,作成又は取得を定めた規定がなく,事務処理上の必要もないという点から判断している。
二つの答申は,10年を隔てた二つの異動期について,同じ結論を示したことになる。
第5 関連する資料との関係
1 「7割前後は首都圏希望」との説明
(1) 平成14年の研究会報告書の記述
最高裁判所の「裁判官の人事評価の在り方に関する研究会」の報告書(平成14年7月)のうち「第2 裁判官の人事評価の現状と関連する裁判官人事の概況」は,毎年,全裁判官が裁判官第二カードにより勤務地と担当事務について希望を提出しているとした上で,「勤務地の希望は,圧倒的に首都圏が多く(7割前後は首都圏希望ではないかと思われる。),そのほかは京阪神地域の希望も相当数ある。」と記載している。
この記述だけを読むと,最高裁判所が希望勤務地の分布を集計して把握しているようにも受け取れる。
(2) 研究会第1回資料の「正確な統計を取ったことはないが」
同研究会の第1回の資料として公表されている「裁判官の人事評価の現状と関連する裁判官人事の概況」では,同じ箇所が「正確な統計を取ったことはないが,7割前後は首都圏希望ではないかと思われる」と記載されており,報告書にはこの「正確な統計を取ったことはないが」との断りがない(PDF3頁)。
したがって,「7割前後」は集計に基づく数値ではなく,希望勤務地を集計した文書を作成していないとする答申の説明と矛盾するものではないと考えられる。
また,これは研究会の検討当時の推測であり,現在の希望の割合を示すものではない。
2 関連する三つの答申
(1) 司法修習生の実務修習希望地調査表
平成28年度(最情)答申第15号(平成28年6月28日)に記載された最高裁判所事務総長の説明によれば,実務修習希望地調査表は,司法修習生採用選考申込者について,各実務修習地ごとに,当該修習地を希望した者の数及びその希望順位ごとの人数を把握できる一覧表である(PDF2頁)。
同答申は,56期から68期までの調査表については最高裁判所が保有していると認められるとして改めて開示等の判断をすべきであるとし,50期から55期までの調査表については保有しているとは認められないとした(PDF4頁)。
司法修習生の実務修習地の希望については希望者数を集計した一覧表がある一方で,裁判官の任地の希望については集計した文書が作成されていないことになる。
(2) 裁判官異動計画
平成29年度(最情)答申第4号(平成29年5月25日)は,「平成27年度裁判官異動計画」には異動計画の立案担当者,立案方法,立案手順並びに異動計画の対象者及びその異動案等の情報が記録されていると認め,その文書の標題部分や発出者名等を含め,全体として行政機関の保有する情報の公開に関する法律5条6号ニに規定する不開示情報に相当するとして,不開示とした判断を妥当とした(PDF2頁~3頁)。
同号ニは,公にすることにより,人事管理に係る事務に関し,公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある情報を定めている。
異動計画は作成されているが全体が不開示とされ,希望勤務地を集計した文書はそもそも作成されていないという違いがある。
(3) 第二カード及び第三カードのシステム
令和3年度(最情)答申第42号(令和3年12月16日)は,「裁判官第二カードの入力フォームが書いてある,一連の文書(最新版)」の開示の申出について,令和2年3月31日付け最高裁判所事務総局人事局長決定を対象文書として特定し,その一部を不開示とした判断を妥当とした(PDF1頁)。
不開示とされたのは,裁判官第二カード及び裁判官第三カードに関するシステムの構成等を推認できる情報,同システムの画面を示した画面ショット及び同システムにおける入力項目等であり,公にすると外部からのサイバー攻撃の糸口等を推測させるおそれがあるとして,同法5条6号の不開示情報に相当するとされた(PDF1頁~3頁)。
同答申は,このシステムから希望勤務地を集計できるかどうかについては判断していない。
第6 関連記事
①裁判官の異動希望と後任ポストの関係―第二カードの記載欄,おおむね3年の異動周期と「空きポスト」
②裁判官第一・第二・第三カードの違い,記載内容と根拠資料
③裁判官に関する人事事務の資料の作成等
④裁判官の転出に関する約束―転所保障・承諾書・最高裁答申
⑤裁判官の転勤の内示時期―4月異動はいつ分かるか
⑥毎年4月1日付の裁判官人事と最高裁判所裁判官会議
⑦最高裁判所が作成又は取得していないとされた司法行政文書
⑧最高裁判所の司法行政文書に関する不開示等の答申42件-平成27年度から平成31年度答申第7号まで
⑨歴代の最高裁判所人事局長
第7 出典
1 情報公開・個人情報保護審査委員会の答申
①平成27年度(最情)答申第8号(平成28年2月23日),PDF1頁~3頁
②令和8年度(最情)答申第5号(令和8年4月30日),PDF1頁~2頁
③平成28年度(最情)答申第15号(平成28年6月28日),PDF2頁・4頁
④平成29年度(最情)答申第4号(平成29年5月25日),PDF2頁~3頁
⑤令和3年度(最情)答申第42号(令和3年12月16日),PDF1頁~3頁
⑥令和4年度(最情)答申第17号(令和4年9月13日),PDF1頁
⑦最高裁判所「情報公開に関する答申(令和8年度)」(答申一覧)
2 最高裁判所の規程・通達・報告書
①最高裁判所「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱」(平成27年7月1日実施,令和4年7月1日改正実施),PDF1頁,4頁~6頁,8頁
②最高裁判所事務総局人事局長「裁判官に関する人事事務の資料の作成等について」(平成16年5月31日付け通達)第2の1・2(本文は裁判官に関する人事事務の資料の作成等に掲載)
③最高裁判所「第2 裁判官の人事評価の現状と関連する裁判官人事の概況」(裁判官の人事評価の在り方に関する研究会報告書,平成14年7月)
④最高裁判所「裁判官の人事評価の現状と関連する裁判官人事の概況」(裁判官の人事評価の在り方に関する研究会第1回資料),PDF3頁
3 法令
①行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)5条6号ニ(e-Gov法令検索。令和8年7月17日施行の改正後の条文を確認)