民事裁判では,裁判官が証拠調べの結果と口頭弁論の全趣旨をしん酌し,自由な心証によって事実を認定します(自由心証主義。民事訴訟法247条)。そこで実務上しばしば問題になるのが,証人尋問・当事者尋問の前に裁判所はどの程度まで心証を固めているのか,そして尋問によって心証はどのように形成されるのか,という点です。本記事は,この問いを,大阪弁護士会と大阪地方裁判所の懇談会(民事裁判改善に関する若手法曹の懇談会・第21回,平成28年2月9日開催)の議事録に沿って,裁判官の側から示された3つの類型として整理します。
第1 尋問前の心証形成をめぐる問題(総論)
証人尋問・当事者尋問が実施されるのは,通常,民事訴訟法164条以下の争点及び証拠の整理手続を経て,争点と証拠が整理された後です。この段階で,裁判所はすでに提出された書証や争いのない事実から一定の心証を得ていることが多く,尋問はその心証を検証し,あるいは補うために行われます。
もっとも,尋問前にどの程度心証が固まっているか,尋問によって心証がどう動くかは,事案によって大きく異なります。懇談会では,この点を裁判官の側から敢えて整理すると,概ね3つの類型に分けられる,という説明がされました。以下では,各類型の内容(第2)と,その割合についての一裁判官の見立て(第3)を紹介します。いずれも一定の類型化であり,個別の事件は複数の要素をあわせ持つことに留意してください。
第2 裁判所の心証形成の3類型
争点整理を終えた段階での心証の固まり方と,尋問が心証形成に果たす役割の違いに着目すると,次の3類型に整理できます。まず全体像を対照し,続いて各類型を説明します。
| 類型 | 尋問前の裁判所の心証 | 尋問の主な役割 | 典型例 |
|---|---|---|---|
| A類型 | 動かし難い事実・書証でほぼ固まっている | 心証の確認(変わることは少ない) | 書証が充実した事案 |
| B類型 | 大体は固まっているが,なお浮動的 | 心証を左右し得る検証 | 主張の合理性が尋問で見えてくる事案 |
| C類型 | ほとんど固まっていない | 心証形成そのもの | 書証が乏しく供述に頼る事案 |
1 A類型──動かし難い事実・書証でほぼ心証がとれる事案
A類型は,動かし難い事実や書証から,尋問を待たずにほぼ心証がとれる事案です。この類型では,尋問の結果によって心証が変わることは多くありません。もっとも,必要な人証調べを実施しても心証が変わらなかったことを確認できれば,より確定的な心証を得ることができます。したがって,結論が動かない事案であっても,事案によっては尋問を行う意義がある,とされています。
2 B類型──尋問前は浮動的で,尋問により心証が変わり得る事案
B類型は,尋問前に大体の心証はとれているものの,それがなお浮動的で,尋問によって心証が変わり得る事案です。尋問の結果,新たな事実が判明し,それまで不合理だと感じていた当事者の主張について納得がいくなどして,心証が変わることもあります。尋問が結論に影響し得るという意味で,当事者・代理人にとって最も尋問の巧拙が効いてくる類型といえます。
3 C類型──人証を聞かなければ心証がとれない事案
C類型は,人証調べを聞いてみなければ心証がとれない事案です。例として,通りすがりの他人同士の喧嘩のように,ほとんど書証がない事案が挙げられます。この類型では,当事者から事実関係をできるだけ細かく主張してもらい,双方の主張の一致点から,動かしがたい事実や争いの少ない事実を押さえていくことになります。ただし,双方の言い分が全く食い違う事案もあり,その場合には,人証調べを聞かなければ心証を形成できないこともあります。
第3 3類型の割合とその留保
各類型が全体に占める割合については,議事録の中で,裁判官によって意見が異なると断りつつ,一人の裁判官が「敢えて私の意見を含めた最大公約数的な結論」として,次のような概算を示しています。
- A類型 大体3割程度
- B類型 最も多く4〜5割程度
- C類型 残り1〜2割程度
この割合は,特定の統計に基づく数値ではなく,一裁判官の経験に基づく見立てである点に注意が必要です。議事録自身が,割合は裁判官によって意見が分かれる旨を明示しています。したがって,これを裁判所一般の確定的な統計として扱うことはできません。他方で,最も多いのがB類型(尋問によって心証が変わり得る事案)とされていることは,尋問の準備を軽視できないことの一つの裏づけとして参考になります。
第4 関連記事
- 尋問と裁判官の心証形成(良い尋問・悪い尋問,弾劾証拠,反対尋問をしないことの意味など,心証形成の実際をより詳しく整理した記事)
- 尋問の留意点(証人・当事者本人として尋問に臨む際の留意点をまとめた記事)
出典
法令
公文書・資料
- 大阪弁護士会・大阪地方裁判所「第21回 民事裁判改善に関する若手法曹の懇談会」議事録(平成28年2月9日開催)