渡邊剛男裁判官(13期)の経歴

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生年月日 S10.4.5
出身大学 東北大
退官時の年齢 62 歳
叙勲 H17年秋・瑞宝重光章
H9.8.1 依願退官
H6.3.8 ~ H9.7.31 名古屋高裁3民部総括
H3.11.11 ~ H6.3.7 静岡家裁所長
H2.4.16 ~ H3.11.10 横浜地裁8民部総括
S61.4.1 ~ H2.4.15 東京地裁35民部総括
S57.4.3 ~ S61.3.31 岐阜地裁2民部総括
S55.4.1 ~ S57.4.2 東京高裁判事
S53.4.1 ~ S55.3.31 法務省訟務局行政訟務第一課長
S50.4.1 ~ S53.3.31 法務大臣官房訟務部参事官
S49.4.1 ~ S50.3.31 東京地裁判事
S48.4.16 ~ S49.3.31 静岡地家裁富士支部長
S46.4.14 ~ S48.4.15 静岡地家裁富士支部判事
S45.4.30 ~ S46.4.13 静岡地家裁富士支部判事補
S42.6.30 ~ S45.4.29 東京家地裁判事補
S39.4.20 ~ S42.6.29 福島地家裁郡山支部判事補
S36.4.14 ~ S39.4.19 仙台地家裁判事補

*1 昭和51年9月12日発生の長良川水害につき,岐阜県安八郡安八町の住民が起こした安八訴訟に関する岐阜地裁昭和57年12月10日判決(裁判長は12期の秋元隆男裁判官)では住民が勝訴したのに対し,岐阜県安八郡墨俣町(現在の岐阜県大垣市)の住民が起こした墨俣訴訟に関する岐阜地裁昭和59年5月29日判決(裁判長は13期の渡邊剛男裁判官)では住民が敗訴しました。
   なお,岐阜地裁昭和57年12月10日判決及び岐阜地裁昭和59年5月29日判決の陪席裁判官はいずれも,27期の松永眞明裁判官及び30期の筏津順子裁判官でした。
*2 大東水害訴訟(昭和47年7月に発生した大阪府大東市の水害に関する訴訟)につき,国の河川管理責任を限定した最高裁昭和59年1月26日判決が出ていました。
*3 岐阜地裁昭和57年12月10日判決は,名古屋高裁平成2年2月20日判決(判例タイムズ724号88頁)によって取り消され,最高裁平成6年10月27日判決(平成2年(オ)第1650号)によって上告が棄却されました。
   また,岐阜地裁昭和59年5月29日判決は,名古屋高裁平成2年2月20日判決(判例時報1346号58頁)によって支持され,最高裁平成6年10月27日判決(平成2年(オ)第1651号)によって上告が棄却されました(判例タイムズ867号114頁参照)。
*4 最高裁判所とともに(著者は高輪1期の矢口洪一 元最高裁判所長官)65頁には以下の記載があります。
   最高裁民事局長時代の昭和四五年三月、全国の高、地裁の民事担当裁判官五七人を集め、公害訴訟の処理に関する会同を開いた。後になると、最高裁事務総局が下級審の裁判官を集めて訴訟の検討会を開くとすぐ「個別の訴訟への干渉」などと批判されかねなかったが、これは公害問題に対する世論の関心もあって多くの成果を生んだ。

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