滝澤孝臣裁判官(27期)の経歴

Pocket

生年月日 S22.7.24
出身大学 中央大
退官時の年齢 65 歳
叙勲 H30年春・瑞宝重光章
H24.7.24 定年退官
H21.4.1 ~ H24.7.23 知財高裁第4部部総括
H19.3.30 ~ H21.3.31 山形地家裁所長
H16.11.1 ~ H19.3.29 千葉地裁4民部総括
H14.4.1 ~ H16.10.31 東京地裁44民部総括
H10.4.1 ~ H14.3.31 浦和地裁5民部総括
H6.4.1 ~ H10.3.31 東京高裁判事
H1.4.1 ~ H6.3.31 最高裁調査官
S62.4.1 ~ H1.3.31 東京地裁判事
S60.4.11 ~ S62.3.31 宇都宮地家裁栃木支部判事
S59.4.1 ~ S60.4.10 宇都宮地家裁栃木支部判事補
S56.4.1 ~ S59.3.31 東京地裁判事補
S53.4.1 ~ S56.3.31 札幌地家裁小樽支部判事補
S50.4.11 ~ S53.3.31 東京地裁判事補

*1 BIZLAWに「謙虚に努力し続ける-裁判の道は究めることができないほどに遠く、かつ、深い」(弁護士、日本大学法科大学院教授 滝澤孝臣)が載っています。
*2 平成24年8月1日の弁護士登録の前後に,経済法令研究会「金融・商事判例」に投稿した記事には以下の記載があります。
① 世間知らず(?)の裁判所と裁判所知らず(?)の世間(2012年7月15日付の1395号1頁)の記載
・ 裁判に勝てなかったのは、裁判所が世間を知らなかったからではなく、裁判に勝つのに必要な事実が主張・立証されていないと裁判所に判断されたからである。その裁判に誤りがあるというのであれば、裁判に勝つのに必要な事実を主張し、かつ、立証していたことを前提に、それにもかかわらず、裁判所が園主張を正しく理解せず、また、園立証を正しく評価しなかったという批判になるはずである。裁判所を世間知らずという必要は少しもなく、その批判に際して、裁判所を世間知らずというのは、私からみるに、反対に、世間が裁判所を知らな過ぎるといわざるを得ない。裁判に勝つのに必要な事実を主張・立証し得るに至っていないのに、裁判に勝てたはずであるとして、裁判所を世間知らずと批判するのは、裁判所を知らないことを自認する以外の何者でもない。
② やっぱり世間知らず(?)、それとも裁判所知らず(?)(2013年7月15日付の1420号1頁)の記載
・ 自分の訴訟活動の実際を前提にして、裁判所を知った世間の一因として、裁判の結果を容認せざるを得ないほどにその拙劣さを自戒することはあっても、なお裁判の結果を容認し得ない場合があるから、裁判所の世間知らずを嘆いてしまう。これではいけないと、本稿を改めて発表したいと思った次第であるが、要は、裁判は、訴訟代理人の主張・立証を踏まえた裁判所の認定判断の結果という合理的な思考の所産であるとしても、なお不合理な部分がないわけではないということであろうか。そのために、審級制による不合理さの控制も図られているとすれば、その不合理な部分を不可避的なものと受け止め、その解消に向けた努力を続けることが実務家に要請されている課題であるということができる。実務家であれば、裁判官であっても、弁護士であっても、その認識があって当然かも知れないが、自分がそこに至らなかったのは、長らく裁判所に身を置いていたせいか、裁判所知らずの世間という思いが強く、その反面,世間知らずの裁判所という批判を回避していた部分があるのかもしれない。
*3 以下の記事も参照してください。
・ 裁判所関係国賠事件

スポンサーリンク