生年月日 S4.10.27
出身大学 東大
退官時の年齢 55歳
叙勲 H19.4.12瑞宝中綬章
S60.4.7 依願退官
S57.10.1 ~ S60.4.6 札幌高裁第3部部総括
S56.4.1 ~ S57.9.30 札幌高裁判事
S52.4.1 ~ S56.3.31 最高裁調査官
S43.4.1 ~ S52.3.31 札幌地裁第5部部総括
S40.5.1 ~ S43.3.31 東京地家裁判事
S40.4.9 ~ S40.4.30 秋田地家裁判事
S38.4.25 ~ S40.4.8 秋田地家裁判事補
S35.8.31 ~ S38.4.24 東京地家裁判事補
S32.4.3 ~ S35.8.30 函館地家裁判事補
S30.4.9 ~ S32.4.2 青森地家裁判事補
*1 以下の記事も参照してください。
・ 刑事の再審事件
・ 高裁の部総括判事の位置付け
・ 毎年6月開催の長官所長会同
・ 新任の地家裁所長等を対象とした実務協議会の資料
・ 部の事務を総括する裁判官の名簿(昭和37年度以降)
・ 最高裁判所調査官
・ 最高裁判所判例解説
*2 市民の司法HPの「なぜ最高裁は、袴田さんを死刑にしたのか?」(2014年9月8日付)に以下の記載があります。
ここでご紹介したい一文は、ご自身の関わった裁判のことではなかったかもしれませんが、その本の中では触れられていない内容であり、今回書かれることにも「さんざん迷った」ということです。しかし、「袴田事件に関する静岡地裁の画期的・衝撃的な決定に遭遇した」ことで、「『書くべきだ』という決断に達し」たということです。その理由は、「この歴史的事実を知る数少ない(おそらくは唯一の)証人として、事実を後世に語り継ぐ義務があると考えた」といわれます。
それは、袴田事件の死刑判決を容認した最高裁判決の担当調査官のことです。その調査官が、生前、最高裁調査官を経て、札幌高裁裁判長を最後に裁判官を退官し、北海道大学教授、札幌学院大学教授として冤罪問題に造詣の深い専門家として多くの問題提起をされてきた渡部保夫氏だったということです。木谷氏も、「『無罪の発見』情熱を傾け、現実にも多くの立派な無罪判決を残した」と紹介している。しかし、その渡部氏が、最高裁調査官として同僚だった木谷氏に、「木谷さん。この事件は有罪ですよ。もしこれが無罪だったら、私は首を差し出します」と言われていたというのです。
もちろん、木谷氏(山中注:15期の木谷明 元裁判官)は「渡部さんを貶めたいからではない」として、「渡部さんが、袴田事件の上告審段階の記録を読んでこのような心証を形成したという、この厳然たる事実こそが、刑事裁判の事実認定の難しさを象徴していると考えるのである」とされている。