第1 性犯罪を犯した裁判官の一覧
本稿は,裁判官弾劾裁判所の裁判,刑事事件の判決及び懲戒処分等の一次資料に基づき,性犯罪を理由として有罪判決,懲戒処分又は弾劾裁判所の罷免判決を受けた裁判官を,新しい順に整理したものである。
本稿が用いる罪名(強制わいせつ罪,準強制わいせつ罪等)は,いずれも各事件の発生当時の刑法上の罪名である。令和5年(2023年)の刑法改正により,強制わいせつ罪及び準強制わいせつ罪は不同意わいせつ罪(刑法176条)に統合され,同時に,盗撮行為を直接処罰する性的姿態等撮影処罰法(正式名称は「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」,令和5年法律第67号)が新設された。以下の各事件は,いずれもこの改正前に,都道府県の迷惑防止条例違反等として処理されたものである。
新しい順に並べると,次のとおりである。
⑥ 駅ホームの階段で女性のスカート内を盗撮した59期の飯島暁(法務総合研究所教官)
- 平成28年8月26日,盗撮をして,その後に逮捕された(東京都迷惑防止条例違反)。
- 平成28年9月15日,罰金50万円の有罪判決を受けた(東京都迷惑防止条例違反)。
- 同日,停職3か月の懲戒処分を受けて辞職した。
- 復権令(令和元年10月22日政令第131号)に基づき,令和元年10月22日に復権した可能性がある(復権令は罰金刑の執行を終えた者を一括して対象とするものであり,同氏個人が実際に復権したことを公的に確認できる記録は見当たらない)。
⑤ 法務省の女子トイレ内で盗撮をした46期の近藤裕之(法務省大臣官房財産訟務管理官)
- 平成26年3月14日,盗撮をした(逮捕はされていない)。
- 平成26年5月1日,罰金50万円の有罪判決を受けた(東京都迷惑防止条例違反)。
- 同日,懲戒免職となった。
1 令和2年6月1日,登録番号60051番で「近藤裕之」という人が弁護士登録しました。
2 平成26年5月1日に懲戒免職された近藤裕之裁判官(46期)(出向中につき,当時の身分は検事です。)の経歴
https://t.co/nVFktZQtQQ— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) August 6, 2020
- 弁護士法7条3号は,懲戒処分により公務員として免職された者について,その処分を受けた日から3年を経過しない間は弁護士となる資格を有しないと定める。同氏の懲戒免職(平成26年5月1日)から弁護士登録(令和2年6月1日)までの間隔は約6年1か月であり,登録の時点で同号の欠格期間は既に経過していた(46期の司法修習を終えていることにより,弁護士法4条による資格自体はもともと具備していた)。
- 令和8年8月現在,弁護士ドットコムの同氏プロフィールによれば,第一東京弁護士会所属の弁護士として関谷総合法律事務所三鷹支部で活動している。
④ 電車内で女性のスカート内を盗撮した新63期の華井俊樹(大阪地裁判事補)
- 平成24年8月29日,現行犯逮捕された(大阪府迷惑防止条例違反)。
- 平成24年9月10日,罰金50万円の有罪判決を受けた(大阪府迷惑防止条例違反)。
- 平成25年4月10日,罷免判決を受けた。
- 平成24年11月16日に衆議院が解散され,同年12月16日に第46回衆議院議員総選挙が行われたため,弾劾裁判の日程が遅れた。
③ 高速バスの車内で痴漢行為をした41期の一木泰造(福岡高裁宮崎支部判事)
- 平成21年2月8日,現行犯逮捕された(準強制わいせつ罪)。
- 平成21年4月11日,任期満了により退官した(任期満了間際であったため,弾劾裁判は実施されなかった)。
- 平成21年7月7日,懲役2年・執行猶予5年の有罪判決を受けた(準強制わいせつ罪)。
② ストーカー行為をした36期の下山芳晴(甲府地家裁都留支部長)
- 平成20年5月21日,逮捕された(ストーカー規制法違反)。
- 平成20年8月8日,懲役6か月・執行猶予2年の有罪判決を受けた(ストーカー規制法違反)。
- 平成20年12月24日,罷免判決を受けた。
- 平成28年5月17日,裁判官弾劾法38条1項1号に基づく資格回復の裁判を受けた。日本経済新聞の報道によれば,被害者は被訴追者の部下の女性職員であり,この資格回復は昭和61年以来4件目であった。
① 児童買春をした38期の村木保裕(東京高裁刑事部職務代行)
- 平成13年5月19日,緊急逮捕された(児童買春・児童ポルノ禁止法違反)。
- 平成13年8月27日,懲役2年・執行猶予5年の有罪判決を受けた(児童買春・児童ポルノ禁止法違反)。
- 平成13年11月28日,罷免判決を受けた。
裁判官弾劾裁判所HPの「過去の事件と判例」には,令和8年8月現在,罷免訴追事件10件及び資格回復裁判請求事件7件が掲載されている。このうち,平成時代の裁判官の弾劾裁判3件(村木・下山・華井の各事件),及び検事在職中の懲戒免職1件(近藤裕之氏の事件)は,全て性犯罪によるものである。各事件について弾劾裁判所は,裁判官弾劾法2条2号にいう「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」があったと認定している。
なお,令和時代に入ってからは,令和3年(訴)第1号として,岡口基一裁判官(46期)(仙台高等裁判所判事兼仙台簡易裁判所判事)に対する罷免判決が令和6年4月3日に言い渡されている。この事件は,担当外の刑事事件・民事事件についてのSNS投稿を理由とするものであり,性犯罪によるものではない。したがって,性犯罪を理由とする弾劾裁判の件数自体に変動はないが,弾劾裁判所が扱った罷免訴追事件の総数は,令和8年8月現在,10件である。
第2 性犯罪を犯したものの,起訴猶予処分となった裁判官
20期の田中正人裁判官は,神戸地裁所長をしていた平成13年8月30日の晩,阪急神戸線の梅田発三宮行き急行電車の車内で,2人がけ座席の右隣に座った同県西宮市の女性の腕や足に自分の腕や足をこすりつけた疑いにより,兵庫県迷惑防止条例違反の疑いで書類送検され,同年9月21日,神戸地検により起訴猶予処分となった(人民日報日本版HPの「痴漢事件の前神戸地裁所長を起訴猶予「社会的制裁を受けた」」(平成13年9月21日付の記事,Wayback Machineによる保存版))。その後,最高裁大法廷平成13年10月10日決定により戒告され,平成13年10月24日,裁判官訴追委員会が訴追しないことを決定し,同月26日に依願退官した。
第3 身体拘束中の裁判官であっても報酬を受領できること
参議院議員前川清成君提出弾劾手続き中の裁判官に対する給与支払いに関する質問に対する答弁書(平成21年4月10日付)の本文は,次のとおりである。
一について
憲法第八十条第二項においては、下級裁判所の裁判官の報酬は、在任中、これを減額することができない旨規定されており、下級裁判所の裁判官の報酬については、当該裁判官が逮捕又は勾留されたことを理由として減額することはできないと解される。
二から五までについて
現行法上、「裁判官が逮捕、勾留された時点で、当該裁判官の職務を自動的に停止し、それ以降の給与、賞与の支払いも停止する」こと及び「裁判官弾劾裁判所による職務停止決定の後は、当該裁判官に対して給与、賞与の支払いも停止する」ことを定めた規定はない。また、現時点において、右の各点について、裁判官弾劾法(昭和二十二年法律第百三十七号)又は裁判官の報酬等に関する法律(昭和二十三年法律第七十五号)の改正を検討する予定はない。
第4 裁判官が在任中に任命欠格事由に該当するに至った場合であっても,その身分を当然には失わないこと
裁判官弾劾裁判所の平成20年12月24日判決は,「在任中任命欠格事由に該当するに至った裁判官の身分」について,次のとおり判示している。
関係各証拠によれば、被訴追者は、当裁判所が前記第1の2で認定した事実とほぼ同一の事実につき、平成20年8月8日、甲府地方裁判所において、いわゆるストーカー規制法違反の罪により、懲役6月、執行猶予2年の有罪判決を宣告され、同判決は同月12日に確定したことが明らかである。
ところで、裁判所法第46条は、「禁錮以上の刑に処せられた者」は裁判官に任命することができない旨規定しており、被訴追者は、これに該当するに至っている。このように、裁判官が在任中に任命欠格事由に該当するに至った場合、その身分を当然に失うとする見解もある。
しかし、日本国憲法第78条は、「裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない」旨規定し、司法権の独立を保障するため、その担い手である裁判官の身分を厚く保障している。そして、国家公務員法第76条には、国家公務員一般職が在職中に任命欠格事由に該当するに至ったときは当然失職する旨の規定があるが、同特別職である裁判官には同条の適用はなく、裁判所法等にも、これに相当する規定はない。また、裁判官弾劾法第12条は、刑事事件の判決が確定した後でも弾劾裁判を行い得る旨規定している。
これらによれば、この点に関する当裁判所平成13年(訴)第1号罷免訴追事件同年11月28日判決が説示するとおり、裁判官が在任中に任命欠格事由に該当するに至った場合といえども、その身分を当然には失わないものと解するのが相当である。
第5 関連記事その他
(1) 汚れた法衣-ドキュメント司法記者88頁には,次の記載がある。
私は現役の記者時代に幾度か新聞が裁判所に頼まれて報道を取りやめ、汚職、非行を働いた”大魚”が辞職により法網を切って追求をのがれ、弾劾にかけられるのは”雑魚”ばかりなのを実際に体験した。そこでその度に、確証があっても活字にできない自分の非力に、歯ぎしりをする思いだった。
(2) security-joho.comの「気のついた事件-2002年3月」には,次の記載がある。
2002/03/28 - 最高裁事務官、スカートの中をデジカメ盗撮。最高裁総務局の主任事務官の男性が都迷惑防止条例違反の現行犯で逮捕された。主任事務官は中野区のゲームセンターで女子中学生のスカートの中をショルダーバッグに入れたデジタルカメラで撮影したところを見つかり取り押さえられた。(読売新聞)
(3) 「おもしろニュース拾遺」というブログの「仕事中にせっせと猥褻メール:熊本判事」(2005年11月21日付)という記事には,次の記載があった。同ブログが掲載されていたgoo blogサービスは終了しており,現在は原記事にアクセスできない。
熊本地裁(大坪丘所長)は二十一日、同地・家裁人吉支部長の男性判事(42)が勤務中、出会い系サイトで知り合った女性にみだらな内容の携帯電話メールを送信したことなどを理由に辞表を提出していたことを明らかにした。判事は昨年十一月から先月まで勤務中、出会い系サイトで知り合った女性とメールを交換。みだらな内容の文章のほか、下着姿や法服姿の写真を送信した。同判事は平日のほぼ毎日、執務室で一日一~十回メールをやりとりしていた。
(4) 「インターネット削除請求・発信者情報開示請求の実務と書式」78頁及び79頁には,検索結果(起訴猶予・略式請求)の削除請求に関して,次の記載がある。
最終的に起訴猶予・略式手続となった事件では,事件から15年以上経過していても,前掲最三小決(山中注:最高裁平成29年1月31日決定のこと。)以降,裁判所は検索結果の削除決定を発令しなくなりました。判断内容はほぼ最三小決と同じで,「今なお公共の利害に関する事項である」としている印象です。
(5) 以下の記事も参照されたい。
- 法務省出向中の裁判官に不祥事があった場合の取扱い
- 昭和27年4月発覚の刑事裁判官の収賄事件(弾劾裁判は実施されず,在宅事件として執行猶予付きの判決が下り,当該裁判官は執行猶予期間満了直後に弁護士登録をした。)
- 報道されずに幕引きされた高松高裁長官(昭和42年4月28日依願退官,昭和46年9月5日勲二等旭日重光章)の,暴力金融業者からの金品受領
- 新63期の華井俊樹裁判官に対する平成25年4月10日付の罷免判決
- 42期の山崎秀尚岐阜地家裁判事に対する懲戒処分(戒告)
1 最高裁判所秘書課渉外連絡室渉外第二係の事務官であった長岡宗隆(令和元年8月28日懲戒免職)に対する懲戒処分書及び処分説明書を添付しています。
2 「パンツの写真が撮りたかった」ゴミを漁って合鍵作った最高裁事務官の異常な盗撮https://t.co/Kw8LUML0lf
に詳しい事情が書いてあります。 pic.twitter.com/jsA2sh3Hx5— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) August 1, 2020
出典
1 法令
- 弁護士法4条(弁護士の資格)・7条3号(弁護士の欠格事由)。e-Gov法令検索(弁護士法)
- 裁判官弾劾法(昭和22年法律第137号)2条2号(弾劾による罷免の事由)・12条(判決確定後の弾劾裁判)・38条1項1号(資格回復の裁判)。e-Gov法令検索(裁判官弾劾法)
- 裁判所法46条(裁判官任命の欠格事由)。裁判官弾劾裁判所平成20年12月24日判決が引用。
- 日本国憲法78条(裁判官の身分保障)。同判決が引用。
- 国家公務員法76条(失職)。同判決が引用。
- 刑法176条(不同意わいせつ)。e-Gov法令検索(刑法)
- 性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律(令和5年法律第67号)2条(性的姿態等撮影)。e-Gov法令検索
2 裁判官弾劾裁判所の裁判等
- 裁判官弾劾裁判所「過去の事件と判例」(令和8年8月現在,罷免訴追事件10件・資格回復裁判請求事件7件を掲載)。裁判官弾劾裁判所ウェブサイト
- 裁判官弾劾裁判所平成13年(訴)第1号事件(村木保裕氏)判決(平成13年11月28日)。
- 裁判官弾劾裁判所平成20年(訴)第1号事件(下山芳晴氏)判決(平成20年12月24日)。
- 裁判官弾劾裁判所平成24年(訴)第1号事件(華井俊樹氏)判決(平成25年4月10日)。
- 裁判官弾劾裁判所令和3年(訴)第1号事件(岡口基一氏)判決(令和6年4月3日)。
- 裁判官弾劾裁判所平成28年(回)第1号資格回復裁判(下山芳晴氏,平成28年5月17日)。
3 裁判例
- 最高裁判所第三小法廷平成29年1月31日決定(平成28年(許)第45号,民集71巻1号63頁)。検索結果削除の可否に関する判断枠組みを示したもの。裁判所ウェブサイト(裁判例詳細)
- 裁判官弾劾裁判所平成13年(訴)第1号罷免訴追事件(東京地方裁判所判事に対するもの)平成13年11月28日判決。裁判所法46条該当と裁判官の身分保障の関係についての判示部分。
4 文献
- 沢田東洋男『汚れた法衣-ドキュメント司法記者』(1984年)88頁。
- 神田知宏ほか『インターネット削除請求・発信者情報開示請求の実務と書式』78頁~79頁。
- 法律時報96巻11号特集「性犯罪規定の総合的検討」中「性的姿態等撮影罪の検討」(日本評論社,2025年)28頁~33頁。
5 ウェブ資料
- 人民日報日本版「痴漢事件の前神戸地裁所長を起訴猶予「社会的制裁を受けた」」(平成13年9月21日付)。Wayback Machineによる保存版
- 参議院議員前川清成君提出弾劾手続き中の裁判官に対する給与支払いに関する質問に対する答弁書(平成21年4月10日付)。参議院ウェブサイト
- security-joho.com「気のついた事件-2002年3月」。security-joho.com
- 日本経済新聞「元判事の資格回復認める 弾劾裁判所」(平成28年6月8日付)。日本経済新聞
- 弁護士ドットコム「近藤裕之弁護士」プロフィールページ(確認日:令和8年8月)。弁護士ドットコム