第1 本記事が扱う司法修習生の名刺
司法修習生の名刺は,就職活動,実務修習先での挨拶,司法修習生同士又は法曹関係者との連絡先交換に使用される。もっとも,少なくとも今回確認した最高裁判所の採用選考要項及び修習概要には,名刺の作成を採用要件又は修習上の義務とする記載はないため,作成するかどうかは用途に応じて決めればよい。
最高裁判所司法修習委員会第43回議事録22頁には,オンライン中心であった期では初めて顔を合わせた際に名刺交換をした一方,第76期では導入修習中にLINEを交換し,既に氏名と顔が分かっていたという委員の発言がある。紙の名刺には,相手に一覧できる情報をその場で渡せる利点があるが,電子メール,LINEその他の連絡手段が同じ役割の一部を担う場合もある。
第2 採用発令前後で肩書を使い分ける
1 採用発令前の名刺
裁判所法66条1項は,司法修習生を同項所定の司法試験合格者の中から最高裁判所が命ずるものと定めている。また,最高裁判所の司法修習生採用選考ページも,司法修習生になるには司法試験合格後に採用選考へ申し込む必要があると説明している。そのため,司法試験に合格し,又は実務修習地の通知を受けた場合でも,採用発令までは司法修習生ではない。
採用発令前に就職活動等で名刺を使う場合は,「第○期司法修習生(予定)」,「司法試験合格・第○期司法修習予定」又は,採用内定通知後であれば「第○期司法修習生採用内定者」など,現在の立場が分かる表示にするのが正確である。実務修習地の決定は名刺を作り直す実務上の節目にはなるが,それ自体によって司法修習生の身分が生じるわけではない。
2 採用発令後の名刺と採用日程
採用発令後は,「最高裁判所司法研修所 第○期司法修習生」などと表示できる。第79期の採用申込手引2頁によれば,第79期司法修習生の採用日は令和8年3月19日であり,同日から同年4月10日まで導入修習が行われた。
採用日は期によって異なるため,名刺に関する記事で特定の日付を毎期共通のものとして案内するのは適切でない。名刺を作る時点で,最高裁判所の司法修習生採用選考ページ及び自分の期の採用選考要項を確認する必要がある。
第3 名刺に記載する事項
1 基本となる記載事項
名刺の基本的な役割は,本人を識別し,後日連絡できるようにすることである。基本項目として,次の事項が考えられるが,「全員が記載する」などの比率を示す公的な調査は確認できないため,用途に必要な範囲を選択すればよい。
- ①採用後の身分又は採用前の正確な立場
- ②氏名
- ③氏名のふりがな又はローマ字表記
- ④実務修習地又は配属庁会
- ⑤電子メールアドレス
- ⑥必要に応じた携帯電話番号
電子メールアドレスは,修習関係又は就職活動に使用する専用のものを用意すると,私用メールと分けて管理しやすい。携帯電話番号は迅速な連絡に役立つ一方,配布後に回収できないため,渡す相手と用途を考えて記載する必要がある。
2 実務修習地と配属庁会
第79期採用申込手引2頁は,「配属庁会」を実務修習のために配属される地方裁判所,地方検察庁及び弁護士会の総称として用いている。そのため,「配属庁会 大阪地方裁判所・大阪地方検察庁・大阪弁護士会」という表示は,制度上の用語に沿った記載である。
もっとも,「配属庁会」は法曹関係者以外には意味が伝わりにくい場合があるため,就職活動用の名刺では「実務修習地 大阪」のように記載する方法もある。実務修習の班は,同じ実務修習地の関係者との連絡に必要な場合を除き,広く配布する名刺へ記載する必要性は乏しい。
3 写真,学歴,職歴及び選択科目
写真,出身大学・法科大学院,職歴,司法試験選択科目,出身地,趣味及び資格は,いずれも任意項目である。採用担当者側の記事には,写真又は経歴が本人を思い出す手掛かりになるとの意見がある一方,これらを記載しなければ採用上不利になるという公的基準又は客観的調査は確認できない。
就職活動では,応募先との接点になり得る学歴,職歴又は関心分野を簡潔に載せる方法がある。ただし,名刺は履歴書の代わりではないため,情報を詰め込み過ぎず,会話のきっかけになる項目に絞る方が読みやすい。自宅住所は通常の連絡に必要ない限り記載せず,写真,住所又は携帯電話番号を載せない版も用意すると,配布先に応じた使い分けができる。
第4 用途別に名刺を使い分ける
1 就職活動用と実務修習用
就職活動用の名刺では,正確な立場,氏名,連絡先に加え,写真,学歴又は職歴を載せることで,採用担当者が本人を識別しやすくなる場合がある。法律事務所だけでなく,企業又は自治体への就職活動で使用する場合も,応募先に伝える意味のある情報を選ぶべきであり,司法試験合格者又は司法修習予定者という立場だけで経歴を一律に決める必要はない。
実務修習先,事件関係者又は修習生同士に渡す名刺では,氏名,修習期,実務修習地及び連絡先を中心とする簡潔な版が使いやすい。名刺業者には,電話番号,住所,略歴,写真又はQRコードの有無が異なる複数の版を同じ注文に混在できるサービスもあるため,一種類に全情報を載せる必要はない。
2 QRコード及びSNS
QRコードを利用すれば,電子メール,連絡先データ,SNS又は経歴ページへ誘導できる。もっとも,QRコードは読み取るまで内容が分かりにくく,リンク先の公開範囲又は内容が後から変わる場合もあるため,配布相手に見せてよい情報だけを設定する必要がある。
SNSへリンクする場合は,過去の投稿,位置情報,交友関係その他の私生活上の情報も閲覧され得る。就職活動用のプロフィールと私用アカウントを分けるか,名刺へSNSを載せない選択も含め,紙面だけでなくリンク先まで確認してから印刷するのがよい。
第5 発注方法と名刺の実例
1 少量注文と複数版
採用前後,実務修習地の決定時及び就職先の決定時には,肩書又は連絡先が変わり得るため,最初から大量に印刷する必要はない。最初は少量を注文し,実際の使用枚数を確認してから増刷すれば,記載内容が古くなった名刺を減らせる。
自作と業者発注のどちらを選んでもよいが,自作する場合は裁断,印刷位置及び紙質を含めた作業時間も考慮する必要がある。既存の個人ブログに掲載されているテンプレートは作成者,更新時期及びファイルの安全性を確認できない場合があるため,現在利用できる印刷サービスのテンプレート又は自分で作成したデータを用いる方が管理しやすい。
2 現在確認できる作成例
プリントメイトの司法修習生専用名刺には,写真及び略歴の有無が異なる作成例があり,司法修習生専用名刺FAQには,住所,電話番号,プロフィール及び複数版の混在に関する説明がある。また,アディーレ法律事務所の司法修習サポートガイドには,第71期から第73期までの実際の名刺例と司法修習予定者用名刺の説明が掲載されている。
これらはデザイン及び記載項目の実例として参考になるが,民間業者又は一法律事務所による案内であり,最高裁判所の公式基準ではない。価格,最低注文枚数,複数版の条件及び納期は変更され得るため,発注時のサービス画面で確認する必要がある。
第6 名刺交換と情報管理
1 名刺交換の基本
第二東京弁護士会の「今さら聞けない弁護士のビジネスマナーvol.1『名刺交換』編」24頁~27頁は,名刺を切らさないこと,相手に読みやすい向きで渡すこと,受け取った名刺を丁寧に扱うこと及び複数人で交換する場合の順序を説明している。同記事は弁護士一般の名刺交換を扱うものであり,司法修習生の名刺へ何を記載するかを定めた資料ではない。
就職面接又は実務修習先では,細かな形式だけにとらわれず,立って氏名を名乗り,相手が読める向きで渡し,受け取った名刺の氏名を確認することが基本となる。名刺がない場合でも,そのことだけで失礼になるとは限らないため,氏名と連絡先を別の方法で正確に伝えればよい。
2 個人情報と守秘義務
個人情報保護委員会は,一枚の名刺に記載された氏名等も個人情報に当たり,名刺管理ソフト等で検索可能な形に整理された情報は個人データに当たり得ると説明している。自分の名刺は撮影,転送又はデータベース登録される可能性を考えて記載項目を決め,受け取った名刺も交換時に予測できる利用目的の範囲内で取り扱う必要がある。
最高裁判所の司法修習の概要によれば,司法修習生は採用後,修習専念義務及び秘密保持義務を負う。名刺,QRコード,SNS又は名刺交換後のメッセージに,担当事件,当事者,修習先内部の情報その他の職務上知り得た秘密を記載してはならない。
第7 名刺代と関連記事
1 司法修習中の名刺代
大阪地裁令和4年12月22日判決・令和3年(行ウ)第48号では,原告が,司法修習に必要であった費用として名刺代,交際費及び衣服費等を主張した。これは原告の主張であり,裁判所が名刺を司法修習上の必需品と認定したものではない。
同判決は,司法修習が所得を生ずべき業務に当たらないとして,これらの費用を所得税法上の必要経費として控除することを認めず,大阪高裁令和5年7月26日判決・令和5年(行コ)第15号も控訴を棄却した。したがって,司法修習中の名刺代が当然に必要経費になるわけではない。
2 関連記事
採用日及び修習日程は期ごとに変わるため,司法修習等の日程(70期以降の分)で各期の資料を確認できる。就職活動については,司法修習生等に対する採用に関する日弁連の文書(73期以降の取扱い)及び司法修習生の就職関係情報等が載ってあるHP及びブログも参照されたい。
第8 出典・参考資料
1 法令・裁判所資料
- ①e-Gov法令検索「裁判所法」66条
- ②最高裁判所「司法修習の概要」
- ③最高裁判所「司法修習生採用選考」
- ④最高裁判所「第79期司法修習生採用選考要項」資料上1頁~2頁(PDF1頁~2頁)
- ⑤最高裁判所「第79期司法修習生採用申込手引」資料上2頁(PDF2頁)
- ⑥最高裁判所司法修習委員会「第43回議事録」資料上22頁(PDF22頁)
2 裁判例
- ①大阪地裁令和4年12月22日判決・令和3年(行ウ)第48号・裁判所HP掲載判決書
- ②大阪高裁令和5年7月26日判決・令和5年(行コ)第15号・裁判所HP掲載判決書
3 弁護士会・公的資料
- ①個人情報保護委員会「個人情報保護法相談ダイヤル」
- ②個人情報保護委員会「名刺交換により取得した連絡先に対して広告宣伝を送る場合」
- ③個人情報保護委員会「従業者個人が管理する名刺と個人情報データベース等」
- ④第二東京弁護士会「今さら聞けない弁護士のビジネスマナーvol.1『名刺交換』編」二弁フロンティア2017年11月号24頁~27頁(PDF1頁~4頁)
4 文献
- ①澤野弘監修・松原奈緒美『新しい生活様式・働き方対応 ビジネスマナー100』(新日本法規,令和4年)134頁~137頁
- ②長瀨佑志『若手弁護士のための相談・受任・解決トラブル回避術』(学陽書房,令和6年)17頁~18頁
5 ウェブ資料
- ①プリントメイト「司法修習生専用名刺」及び「司法修習生専用名刺FAQ」
- ②アディーレ法律事務所「司法修習生名刺」司法修習サポートガイド
- ③銀座高岡法律事務所「採用担当弁護士から司法修習生へ送る就職活動のコツ(面接編)」