勲章受章者名簿(裁判官,簡裁判事,一般職,弁護士及び調停委員)

1 勲章受章者名簿(裁判官,簡裁判事,一般職,弁護士及び調停委員)を以下のとおり掲載しています。
・ 平成 元年春の勲章等受章者名簿(内定)
・ 平成 元年秋の勲章等受章者名簿(内定)
・ 平成 2年春の勲章等受章者名簿(内定)
・ 平成 2年秋の勲章等受章者名簿(内定)
・ 平成 3年春の勲章等受章者名簿(内定)
・ 平成 3年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 4年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 4年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 5年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 5年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 6年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 6年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 7年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 7年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 8年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 8年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 9年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成 9年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成10年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成10年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成11年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成11年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成12年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成12年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成13年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成13年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成14年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成14年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成15年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成15年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成16年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成16年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成17年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成17年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成18年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成18年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成19年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成19年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成20年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成20年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成21年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成21年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成22年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成22年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成23年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成23年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成24年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成24年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成25年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成25年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成26年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成26年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成27年春の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成27年秋の叙勲受章者名簿(内定)
・ 平成28年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成28年秋の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成29年春の勲章受章者名簿(内定)
・ 平成29年秋の勲章受章者名簿
・ 平成30年春の勲章受章者名簿
・ 平成30年秋の勲章受賞者名簿

2 「裁判所関係者及び弁護士に対する叙勲の相場」も参照してください。

司法修習終了翌年の確定申告

1 司法修習終了の翌年,修習給付金に関する確定申告をする必要がありますから,以下の記事を参照してください。
① 修習給付金に関する司法研修所の公式見解を前提とした場合の,修習給付金に関する取扱い
・ 修習給付金として基本給付金及び住居給付金を支給されていた神戸修習の司法修習生について基礎控除しか適用されないと仮定した場合,所得税は7万7100円,住民税は16万2000円,国民健康保険料は24万4160円で,合計48万3260円になると思います。
② 修習給付金は非課税所得であると仮定した場合の取扱い
③ 修習給付金は必要経費を伴う雑所得であると仮定した場合の取扱い
④ 修習給付金の税務上の取扱いについて争う方法等

2 修習給付金に関する確定申告をする際,以下の書類を一緒に提出した方がいいです。
① 個人事業の開業・廃業等届出書(いわゆる「開業届」です。)
・ 国税庁HPの「[手続名]個人事業の開業届出・廃業届出等手続」に書式が載っています。
・ メモラビ ブログ「出す?出さない?「開業届」を提出することの本当の意味とは。」が載っています。
② 預貯金口座振替依頼書兼納付書送付依頼書
・ 国税庁HPの「[手続名] 申告所得税及び復興特別所得税、消費税及び地方消費税(個人事業者)の振替納税手続による納付」に書式が載っています。
・ 口座振替による納税(振替納税)を利用しない場合,所得税の申告期限(通常は3月15日)までに税務署,金融機関又はコンビニにおいて現金で納付することとなります。
なお,コンビニで納付する場合,税務署に申告書を提出する際,コンビニ納付したい旨を伝え,専用の納付書を発行してもらう必要がありますし,納付税額が30万円以下である場合に限られます(会計ドットコムHP「所得税納付方法|Q.確定申告書提出後の税金の支払い方法は?」参照)。
(2)ア 青色申告をする予定がある場合,所得税の青色申告承認申請書も提出した方がいいです(国税庁HPの「[手続名]所得税の青色申告承認申請手続」参照)。
イ 個人事業主メモHP「青色申告とは」に,青色申告のメリット・デメリット等が書いてあります。
ウ 所得税の青色申告承認申請書は,原則として,青色申告書による申告をしようとする年の3月15日までに提出する必要があります。
そのため,例えば,平成31年中の所得税について青色申告をする場合,同年3月15日までに所得税の青色申告承認申請書を提出する必要があります。
(3) 都道府県に対し,個人事業の開始に関する届出書を提出した方がいいです(東京都主税局HPの「事業を始めたとき・廃止したとき」,大阪府HPの「個人の事業開始等の申告[開業、変更、廃止]」参照)が,この書類を提出しなくても弁護士業に基づく売上については,5%の個人事業税が課税されます。
(4) NAVERまとめの「【確定申告】税務署が混まない時間・曜日はいつ? 」によれば,確定申告期間開始直後の木曜・金曜は混雑が少ないみたいです。
(5) 確定申告書を2月15日以前に提出しても,税務署に受理してもらうことはできます(所得税基本通達120-2)。

3(1) 確定申告書を作成する際,給与所得以外の所得に対する住民税の徴収方法として,「給与から差し引き」(特別徴収)及び「自分で納付」(普通徴収)のどちらかを選択する必要があります。
(2) 修習給付金に関する雑所得の金額を勤務先に知られたくない場合,普通徴収を選択する必要があります(住民税HP「申告しないといけない!? 会社に副収入がバレたらマズい……」参照)。
(3) 特別徴収の場合,12回分割払いであるのに対し,普通徴収の場合,4回分割払いです(BIZ KARTE「住民税<普通徴収と特別徴収の違いとは?>」参照)。
(4)ア 事後的に特別徴収から普通徴収に切り替えることは難しいです(生駒市HP「特別徴収から普通徴収への切替申請書兼理由書」参照)。
イ 地方税法321条の3第3項は,
前項本文の規定によつて給与所得者の給与所得以外の所得に係る所得割額を特別徴収の方法によつて徴収することとなつた後において、①当該給与所得者について給与所得以外の所得に係る所得割額の全部又は一部を特別徴収の方法によつて徴収することが適当でないと認められる特別の事情が生じたため②当該給与所得者から給与所得以外の所得に係る所得割額の全部又は一部を普通徴収の方法により徴収することとされたい旨の申出があつた場合でその事情がやむを得ないと認められるときは、市町村は、当該特別徴収の方法によつて徴収すべき給与所得以外の所得に係る所得割額でまだ特別徴収により徴収していない額の全部又は一部を普通徴収の方法により徴収するものとする。
と定めています(①及び②は私が付けたものです。)。
(5)ア 大阪府HPの「平成30年度から個人住民税の特別徴収義務者一斉指定を実施します!」には以下の記載があります。
平成30年度から、大阪府内全43市町村において、原則として法定要件に該当する事業主すべてを特別徴収義務者に指定、個人住民税の給与からの特別徴収(給与からの差し引き)を徹底します。
また、京都府、兵庫県及び和歌山県においても、平成30年度から、原則として法定要件に該当する事業主を特別徴収義務者に指定し、個人住民税の特別徴収を徹底します。
※特別徴収とは、事業主(給与支払者)が従業員(納税義務者)に代わり、毎月従業員に支払う給与から個人住民税を差し引き、納入する制度
イ 給与所得以外の所得に対する住民税について普通徴収を選択したとしても,給与所得に対する住民税については必ず特別徴収になります。
(6)ア 71期以降の司法修習生をイソ弁として採用した法律事務所としては,修習終了翌年の6月以降の給料の支払においてイソ弁から住民税の特別徴収をする必要がない場合,当該イソ弁は,①住民税について普通徴収を選択した,②修習給付金は非課税所得であることを前提に確定申告をした,③確定申告をしなかったという3パターンのいずれかを選んだことになります。
イ イソ弁が住民税について特別徴収を選択した場合,勤務先の法律事務所としては,住民税の金額から,当該イソ弁の確定申告の内容を推測できることとなります。

4(1) 確定申告期間中であれば,訂正後の確定申告書を改めて提出するという訂正申告によって,当初の確定申告書の内容を訂正することができます。
その際,収受印のある当初の確定申告書の控えをコピーして添付したり,表題の余白に赤字で訂正申告と記載しておけばいいみたいです(freee HP「確定申告は修正可能!訂正申告と修正申告、更正の請求の違いとは」参照)。
(2) 所得税基本通達120-4は以下のとおりです。
120-4 法定申告期限内に同一人から法第120条に規定する申告書、法第122条に規定する申告書又は法第123条《確定損失申告》に規定する申告書のうち種類を異にするものが2以上又は種類を同じくするものが2以上提出された場合には、特段の申出(法定申告期限内における申出に限る。)がない限り、当該2以上の申告書のうち最後に提出された申告書をもって、それぞれの規定により提出された申告書とする。
(注) 上記の取扱いは、法定申告期限内においては、事務に支障のない限り、申告書の差替えを認める趣旨のものであるから、先に提出された申告書に還付金が記載されており、かつ、その還付金につき既に還付の処理が行われていたような場合には、この取扱いは適用できないことに留意する。

5(1) 自分で確定申告をする場合,本人確認書類の提示又は写しの添付が必要となります(国税庁HP「番号制度に係る税務署への申請書等の提出に当たってのお願い」参照)。
(2) 税理士等の代理人が顧客のマイナンバー(個人番号)を記載した申告書等を書面で提出する際,税務署としては,税務代理権限詔書により代理権を確認し,税理士証票の提示又は写しの添付を受けることにより代理人の身元確認を行い,本人の番号確認書類の写し等により本人の番号確認を行います(国税庁HPの「Q1-6 税理士等の代理人が顧客のマイナンバー(個人番号)を記載した申告書等を提出する際の、税務署での本人確認はどのように行うのですか。(平成30年1月4日更新)」参照)。
つまり,顧客の本人確認書類の写しを確定申告書に添付する必要がありません。

6(1)ア 弁護士登録時に支払う,登録免許税6万円,日弁連登録料1万円及び単位弁護士会の入会金については,所得税法2条1項20号(繰延資産の意義)・所得税法施行令7条(繰延資産の範囲)1項3号ホの「イからニまでに掲げる費用のほか、自己が便益を受けるために支出する費用」に該当するものとして,弁護士業の開業費になると思います(所得税基本通達2-29の4参照)。
イ 所得税基本通達2-29の4は以下のとおりです。
同業者団体等(社交団体を除く。)に対して支出した加入金(その構成員としての地位を他に譲渡することができることとなっている場合における加入金及び出資の性質を有する加入金を除く。)は、令第7条第1項第3号ホに掲げる費用に該当するものとする。
(2)ア 開業費については,開業日に一括で計上し,その内訳が分かる領収書等を保管しておけばいいです(色々ぶろぐ「個人事業主の開業費の仕訳方法(国税局に確認済み) 」参照)。
イ 弁護士業の開業日は弁護士登録をした日以後になると思われますところ,事業所得があるとは限らない勤務弁護士となった日と,事業所得を生ずべき弁護士業を開業した日は異なると思います。
そのため,修習終了直後の12月に弁護士登録をした場合であっても,即独又は軒弁でない限り,開業日は翌年1月以降になることが多いと思います。
ウ 開業日を翌年1月以降とした場合,開業費は翌年1月以降に計上することとなります。
エ 開業日は,個人事業の開業・廃業等届出書(いわゆる「開業届」です。)に記載する日付でありますところ,開業届については,国税庁HPの「[手続名]個人事業の開業届出・廃業届出等手続」に書式が載っています。
(3) 開業費について任意償却を選択した場合,好きなタイミングで自由に償却(=費用計上)することが可能です(色々ぶろぐ「開業費の償却方法(任意償却を活用して節税)」参照)。
(4) 法律書等の書籍代を開業費に含めることができるかどうかは不明です。

二回試験の不合格発表

1 総論
(1) 69期ないし71期の場合,裁判所HPの「司法研修所」からリンクを張られた「司法修習生考試の結果について」において,午後4時に不合格者受験番号が発表されました。
(2) 過去の不合格者受験番号を以下のとおり掲載しています。
① 平成27年度(第69期)司法修習生考試不合格者受験番号
② 平成28年度(第70期)司法修習生考試不合格者受験番号
③ 平成29年度(第71期)司法修習生考試不合格者受験番号
(3) 司法修習生考試の不合格者受験番号の掲示に関する文書を以下のとおり掲載しています。
① 69期二回試験不合格発表に関する文書
② 70期二回試験不合格発表に関する文書
③ 71期二回試験不合格発表に関する文書
(4) 裁判所HPにおける二回試験の合格発表は,69期から開始しました。
(5)ア 以下の辞令書を掲載しています。
① 70期二回試験不合格者に対する罷免の辞令書
② 71期二回試験不合格者に対する罷免の辞令書
イ 二回試験の成績分布の推移表(51期から70期まで)を掲載しています。
(7) 司法修習生の修習及び考試の成績の本人に対する通知概要(平成20年2月22日付)に,成績通知申出書及び成績通知の書式が載っています。
(8) 70期二回試験の場合,平成30年2月15日に成績が届いたみたいです(公認会計士有資格者jijiたんブログ「司法修習,二回試験の成績表 到着」参照)。2 二回試験の合否の結果を関係先に連絡すべきであること
(1) 知り合いの司法修習生が二回試験に無事に合格しているか否かは結構気になるものですから,合格していた場合,内定先,弁護修習先,お世話になった実務家その他自分の結果を気にしている可能性がある人に対し,できる限り早く,電話,メール等で一通り合格の報告をしてから本格的に喜んだ方がいいです。
(2) 二回試験に落ちていた場合,少なくとも内定先及び司法研修所教官にだけは直ちに連絡をして今後の対応を考えてもらった方がいいです。

3 二回試験の合否が対外的に判明する時期
(1) 一斉登録で弁護士登録をした人については,日弁連HP又は日弁連会員専用ページ内にある弁護士情報検索を見れば,合格発表の週の金曜日頃に二回試験の合否を知ることができます(71期司法修習生の場合,平成30年12月14日(金)午前中でした。)。
(2)ア 検事になった人については,新任検事に関する法務省人事が12月下旬頃のインターネット版官報に出ますから,それによって二回試験の合格を知ることができます。
イ 71期司法修習生の場合,平成30年12月21日(金)にインターネット版官報に出ました。
(3)   判事補になった人については,翌年1月16日の任命日直後のe-hoki又はウエストロー・ジャパンに載った時点で分かります。
(4) 裁判官,検事又は弁護士にならなかった人については,「司法修習生の修習を終えた者」に関する官報公告が翌年1月中旬頃のインターネット版官報に出る前の時点で二回試験の合否を知ることができません。

4 二回試験の不合格者数の推移
(1) 二回試験不合格者数の推移は以下のとおりです。
新60期が76人,新61期が113人,新62期が75人,新63期が90人
新64期が56人,新65期が46人,66期が43人,67期が42人
68期が33人,69期が54人,70期が16人,71期が16人
(2)ア 60期以降の二回試験不合格者の科目別人数は以下のとおりです。
1位:69期民弁の41人
2位:新61期民弁の39人
3位:新63期検察の36人
4位:現行60期民弁及び新61期刑裁の34人
6位:新61期民裁の33人
7位:新60期民弁の32人
8位:新60期刑裁及び新62期検察の26人
10位:新63期民裁の25人
11位:新62期民裁の24人
イ 2位以下は給費制時代の記録であり,貸与制時代の記録は1位の69期民弁の41人だけです。
ウ 民弁と民裁は答案の書き方をパターン化しにくいから,特に落ちやすい科目になっているのかもしれません。
エ 合格留保を含めた場合,59期二回試験の刑事弁護46人落第が過去最高の記録です。

5 二回試験合格により得られる法令上の資格等
(1) 弁護士法4条は,「司法修習生の修習を終えた者は、弁護士となる資格を有する。」と定めています。
そのため,二回試験に合格して司法修習を終えた場合,「弁護士となる資格を有する者」として,弁理士(弁理士法7条2号),税理士(税理士法3条1項3号),社会保険労務士(社労士法3条2項)及び行政書士(行政書士法2条2号)になれるようになり,裁判員にはなれなくなります(裁判員法15条1項14号)。
(2)ア 弁護士は,当然,弁理士及び税理士の事務を行うことができます(弁護士法3条2項)。
しかし,実務上,弁護士は,国税局長に対する通知をして通知弁護士とならない限り,税務署等において税務代理(税理士法2条1項1号)を認めてもらうことはできません(税理士法51条,税理士法施行規則26条,税理士法基本通達51-1及び税理士法事務取扱規程15条)。
イ 国税庁が作成した,税理士事務提要1/2及び2/2を掲載しています。

6 「二回試験等の日程」も参照してください。

即位の礼及び大嘗祭に関する,平成2年4月17日の衆議院内閣委員会における質疑応答

○即位の礼及び大嘗祭に関する,平成2年4月17日の衆議院内閣委員会における質疑応答は以下のとおりです。
なお,文中の山口(那)委員は山口那津男衆議院議員(平成21年9月30日に第3代公明党代表に就任)(34期の弁護士)であり,工藤政府委員は工藤敦夫内閣法制局長官であり,宮尾政府委員は宮尾盤宮内庁次長であり,多田説明員は内閣官房内閣参事官室首席内閣参事官兼内閣総理大臣官房総務課長です。

○山口(那)委員 私は、即位の礼、大嘗祭等についてお尋ねするものでありますが、その前提として、次の点を確認しておきたいと思います。
まず、公明党は、党の綱領で日本国憲法を守るということを規定した唯一の政党であり、象徴天皇制も是認すると同時に、国民主権及び信教の自由を初めとする基本的人権を擁護する立場に立っております。私は、日本国憲法のもとで生まれ育った者として初めて即位の礼を迎えるわけでありますが、主権を有する国民の一人として、この憲法の趣旨を最大限に尊重する立場で御答弁をお願いしたい、このように思います。
さてそこで、即位の礼に対しては、旧皇室典範及び登極令等に詳細な規定が置かれてありますが、このたびの即位の礼は、国事行為として行う範囲として、即位礼正殿の儀、祝賀御列の儀、饗宴の儀、この三つに集約されました。この儀式の範囲を定めるに当たって、憲法の趣旨に沿ってどのような点を配慮したのか、具体的に述べていただきたいと思います。
○多田説明員 皇室典範の二十四条で「皇位の継承があつたときは、即位の礼を行う。」という規定がございまして、その即位の礼というものが具体的にどういうものを指すかということについては、各方面からいろいろな意見がございましたので、準備委員会で慎重に検討いたしまして、そして先生おっしゃったとおり憲法の趣旨に沿って、しかも皇室の伝統等を尊重してという基本路線で各儀式等を検討して整理をしていった結果、この三つは即位の礼ということで国事行為として行うことに非常にふさわしい儀式だというふうに判断をいたしまして、この三つに具体的には決定させていただいたということでございます。
○山口(那)委員 その際、旧登極令に細かな規定があるわけですが、それらのすべての儀式のうちからこの三つに絞ったということは、例えば宗教性の伴う儀式等を外したということになるのでしょうか。
○多田説明員 おっしゃるとおり、宗教の問題のほかにも現行の憲法から考えるとどうもふさわしくないという性格のものもかなりございますので、そういうものは全部外させていただいたということでございます。
○山口(那)委員 その宗教的性格のほかに、現行憲法のもとでふさわしくないとお考えになった具体的な基準を幾つか述べていただきたいと思います。
○工藤政府委員 若干申し上げますと、今首席参事官の方から政教分離原則のお話がございましたけれども、それ以外にも、まず国民主権の原則に反しないかどうかというのが一つございます。それから、憲法一条に規定してございます象徴たる天皇にふさわしいものであるかどうか、こういった基準があろうかと思います。
○山口(那)委員 次に、さきの御崩御の際の内閣総理大臣の謹話にもありますように、天皇陛下におかせられましては国民とともに歩む皇室を念願されておられる旨が表明されておりますが、即位の礼はその陛下の念願を国民に示される非常によい機会であろうと思われます。この儀式のほかに何か具体的な方策をお考えでしょうか。
○宮尾政府委員 ただいま御質問にもありましたように、天皇陛下には国民とともに歩む皇室ということを絶えず念願をされておられまして、折あるごとにそのような機会を持つように努められておるわけでございます。
それで、具体的に即位礼等に関連をして何かあるかということの御質問でございますが、今回の一連の行事の一つといたしまして、御質問の趣旨に沿うような意味合いをもちまして一般参賀というものを新しく設けることといたしております。それから、京都、関西方面への御親謁も予定されておりますので、その際、ゆかりのある京都におきまして茶会を催し、関西方面の方々とも直接お会いして祝意を受けられ、陛下としてもお会いする機会を設けるというようなことを新しく考えておるわけでございます。
○山口(那)委員 そのほかに、例えばマスコミ等を通して国民に対してお言葉を述べられるような機会はお考えですか。
○宮尾政府委員 一般参賀では当然陛下も参賀においでになられた国民の方々に親しくお言葉をおかけになります。それから茶会等におきましても、これはまだ今後どうするかということでありますけれども、何らかのお言葉というものがあるのではなかろうか、こういうふうに考えられます。そしてそういうものが一般参賀なり茶会に取材にお見えになる報道関係等の方々を通じて国民に紹介をされるわけでございますので、御質問のような趣旨というものはそういう機会を設けることによって生かされておると思っております。
今、特別の形で何らかの予定がそれ以外にあるかという点については、考えておるものは特段ないわけでございます。これは一つの機会をつかまえてという御趣旨であろうかと思いますが、陛下のお気持ちというものは今後長い間の陛下のいろいろな機会における国民に対する接触の仕方、お言葉等の中で十分あらわれていくと考えておりますし、私どももそういう意味でいろいろなお手伝いをしていきたいと思っておるわけでございます。
(中略)
○山口(那)委員 次に、大嘗祭についてお尋ねします。
大嘗祭の伝統的意義についてもう一度確認をしたいと思います。いかがですか。
○宮尾政府委員 大嘗祭の伝統的な意義という御質問でございますが、これは日本書紀等にも記述がございますように、古くから大嘗、新嘗という区分は必ずしもその時代はなかったようでございますけれども、大嘗祭というものが御即位に伴って行われておる、こういう記述がございます。
それから、奈良時代に入りましては大嘗、新嘗の区別がなされまして、一番最初にその区別が行われて大嘗祭をとり行われたのは第四十代の天武天皇のときからであると言われております。
以来、御即位の都度、皇室にとりましては一世一度の非常に重要な即位儀礼という形で行われてまいりまして、そういった点は貞観儀式等にもきちんといろいろ書かれておるわけでございます。そういう意味からいたしまして、大嘗祭は皇室で長い間続いてきた伝統的儀式でありますが、これは一世一度の皇位継承儀礼であると私どもは重く考えておるわけでございます。
○山口(那)委員 大嘗祭の歴史的伝統に照らして、これは天皇個人に関する儀式という性格が強いのでしょうか、それとも皇室というある意味での集団に関する儀式という色彩が強いのでしょうか。
○宮尾政府委員 これを歴史的にどういうふうに申し上げるかというのはなかなか難しい話かもしれませんが、少なくとも現在の憲法では天皇は象徴的な地位、国民統合の象徴である。そういう象徴的な地位というお立場に立っておられます。古くから皇室が国内的にどういうお立場であったのか、こういうことはいろいろ難しい、難しいといいますか、一口に言うことはできないかもしれませんが、少なくとも、抽象的に申し上げれば今の憲法に明記されているようなお立場にあったと私ども考えておるわけでございます。
そういう意味で、天皇個人のということではなくて、御主宰になるのは天皇がお一人で御みずからなされますけれども、それは皇室にとっても非常に重要な儀式でありますし、それから現行の憲法のもとにおきましても、あるいは往時のいろいろな歴史的なものをたどってみましても、日本の天皇という意味でそういう行事をとり行われることは大変国家的な意味でも重要なことであったというふうに考えておるわけでございます。
○山口(那)委員 この大嘗祭は宗教的な性格を帯びているということが指摘されておりますが、どのような点で宗教的な性格があるとお考えでしょうか。
○宮尾政府委員 政府が昨年取りまとめました見解の中にもその点は記述をしてあるわけでございますが、大嘗祭の中心的な儀式としましての大嘗宮の儀というのは、陛下御みずからその年とれました新穀を皇祖、天神地祇にお供えになり、また、御みずからも召し上がって、そして安寧と五穀豊穣を感謝する。そういう儀式の趣旨、形式等からいたしまして宗教上の儀式としての性格を有することは否定しがたい。こういうふうに言われておるわけでございます。
○山口(那)委員 その際、宗教的な儀式というその宗教というのはどのような御理解をしておられますか。
○宮尾政府委員 これは皇室の伝統的な方式によりましてとり行われてきておるものでございまして、皇室におきましてはいろいろな祭祀を日常行っておられますし、事あるごとに皇室の伝統的な方式によりまして行っておられるわけでございます。大嘗祭もそういう意味では皇室の伝統に従った儀式のやり方で行われるだろうと理解をしておるわけでございます。
○山口(那)委員 その皇室の伝統的な方式というのは、神式で行うことを指しているわけですか。
○宮尾政府委員 いわゆる神式というのは、私どもそういう教学的な素養も十分持っておりませんし、間々世の中には誤解を招くような使い方もありますので注意をしなければならぬと思いますが、大きく分けて仏式だとか神式だとかキリスト教の方式だとかいろいろな方式というものがあるとすれば、そういう大きな意味での神式という考え方による方式であると言って差し支えないと思います。
○山口(那)委員 天皇が現人神とされた旧憲法のもとでは、学校教育の現場で、アマテラスオオミカミと天皇が御一体とおなりあそばす御神事であって、我が大日本が神の国であることを明らかにするものである、このように修身の教科書には書かれてあったわけですが、この大嘗祭というのはアマテラスオオミカミと天皇が御一体となる神事である、このように理解していいわけですか。
○宮尾政府委員 昭和十八年から終戦までの国定教科書にそのような記述があるということは私どもも承知をしておるわけでございますが、それをちょっと調べてみましたところ、これこそ実にオオミカミが天皇と御一体におなりあそばす御神事であって、我が大日本が神の国であることを明らかにするためというふうに書いてあるわけですね。昭和十八年から終戦までというのは日本にとっても非常に大変な時代でありまして、そういう中で、我が国は神の国だというようなことで戦意高揚を図ったという特殊な事情によってそういう記述がなされておるものではないかというふうに思うわけでございます。
天皇が神と一体となる儀式であるとか、神性を得る儀式であるかといういわゆる説、考え方を大嘗祭に関してはとられている向きがありますけれども、私ども理解しているところでは、大嘗祭は、何度もくどくど申し上げるようでございますが、天皇が御即位の後、初めて大嘗官において、新穀を皇祖、天神地祇にお供えになって、御みずからもお召し上がりになる、そして皇祖、天神地祇に対して安寧と五穀豊穣などを感謝されるとともに、今後とも国家国民のために安寧と五穀豊穣などを祈念される儀式というのが正確な理解であると思っておりまして、その式次第とかお告げ文等を先例等で見てみましても、そこには神と一体となるとか神性を得るとかいうことを見受けられる点はございません。したがいまして、宮内庁としてはそのような説には賛成いたしかねると考えておるわけでございます。
○山口(那)委員 大嘗祭が伝統的な皇室の姿に照らしてとり行われるわけでありますから、先ほどの修身の教科書の神事であるという記述はその時代の特殊な理解であって、現行憲法のもとでは皇室の伝統というものはそのような神事という側面を含まない、このように理解するわけですか。
○宮尾政府委員 戦争中の教科書の記述で特殊な事情によるものだと私が申し上げておりますのは、我が大日本が神の国であることを明らかにするためにそういうことが行われるということが書いてあるわけですね。まさに日本は神国であるという意識高揚を盛んに図った時代の特殊な考え方であろうと思うのです。
それで、神と一体になるという説は、私自身も専門外でこんなことを申し上げてはいかがかと思うのですが、いろいろな学説等をたどってみますと、折口信夫さんがそういうことを昭和の初頭に「大嘗祭の本義」というものに記述をされて、大嘗祭というものはそういうものだと一定の方々が唱えておられる。ところが、これについては、専門の学者の中でも、そういうことは全くない、折口さんが私人としての発想からそういうことを申されたのだということを最近の国学院の雑誌等に掲載されている先生もあるわけです。ですから、そういう意味で、特殊な学説で、これは完全に定着をしている学説ではないと御理解をいただきたいと思います。
それから、神事をするのではないかということでございますが、先ほど申し上げましたように陛下が安寧と五穀豊穣を皇祖並びに天神地祇にお祈りをするということでありますから、お祈りをするということはいわゆる神事的なことだと言われればそれを否定することはできないと考えておるわけでございます。
○山口(那)委員 学説のせんさくはともかくとして、私が一番聞きたいことは、天皇が神になるという側面を含むのかどうか、この点なんです。もう一度はっきり言ってください。
○宮尾政府委員 我々の立場と天皇陛下の立場を単純に比較していいかどうかわかりませんけれども、我々も神様にお祈りをする、仏様に手を合わせることがいろいろな折々にあるわけでございます。それから、我々が農民であればことしの五穀豊穣を祈ることはいろいろな形であろうと思うのです。そういうことがありますが、それによって大嘗宮の諸儀式の中に、天皇が神になるんだ、陛下が御みずから神様になるんだ、そういうことが見受けられる部分はないというふうに私どもは考えておるわけでございます。
○山口(那)委員 それでは、憲法二条で世襲を規定しておりますが、これは大嘗祭を当然に予定したものとして理解していますか、それとも大嘗祭は憲法の枠外のものだと理解していますか。
○工藤政府委員 大嘗祭が憲法二条で書いてございます世襲というのに非常に結びついているということは事実だろうと思います。
ただ、いわゆる皇室典範におきまして、先ほどもお話がございましたけれども、これは二十四条「即位の礼を行う。」というふうに書いてございまして、「皇位の継承があったときは、即位の礼を行う。」ということは国事行為たる儀式として即位の礼を行うことを予定したものだと考えておりますが、大嘗祭の中核は、今も宮内庁次長からお話がございましたように、大嘗宮において天皇が皇祖及び天神地祇に安寧と五穀豊穣を祈念されるというふうなこともございますし、そういう趣旨、形式等から宗教上の儀式としての性格を有するんだ、そういうことは否定できないであろう。したがって、大嘗祭を七条で言う国事行為として行うとすれば、やはり憲法の二十条三項に言う宗教的活動を国が行うということになるのではないか、そういう疑いはなお消し切れませんので、そういう意味で大嘗祭を国事行為として行うべきではない、かように考えているわけでございます。
○山口(那)委員 大嘗祭をとり行う費用を宮廷費で支出するということですが、これは憲法二十条三項及び八十九条の趣旨と調和するのでしょうか。
○工藤政府委員 ただいまも申し上げましたように、大嘗祭は、皇位の継承があったときは必ず挙行される、一世に一度の儀式として古来から行われてきた、極めて皇位継承に結びついたあるいは皇位の世襲制と結びついた、即位に伴う儀式の一環である、こういうことだと思います。そういう意味で、いわば皇位とともに伝わるべき由緒ある儀式、こういうふうに性格づけられるだろうと思います。
皇位の世襲制、先ほども御指摘のように憲法二条にございますが、そういう世襲制をとる日本国憲法のもとにおきまして、その儀式の挙行について国として関心を持つ、人的あるいは物的な側面からその挙行を可能にするような手だてを講ずる、こういうことは当然であろうと考えられます。そういう意味で、大嘗祭は公的性格があるというふうなことを従来から申し上げてきているわけでございます。
ただ、大嘗祭が宗教上の儀式としての性格を有すると見られることは今申し上げたように否定できないわけでございますけれども、例えば津の地鎮祭判決などに照らしましても、大嘗祭は皇室の行事として行われるものでございまして、国の機関の行事ではない。それから、その挙行のために必要な費用は、今申し上げたような大嘗祭の公的性格に着目いたしまして、宮廷費あるいは一部は宮内庁費から支出されるものでございます。そういう意味で、その支出の目的が宗教的意義を持たない。いわゆる津地鎮祭で言われます目的・効果論に照らしまして、支出の目的が宗教的意義を持たない、また特定宗教への助長、介入等の効果、その効果を有する行為を行うことになるとも言えない。そういうことで、国がこういうような面でかかわり合いを持ちましても、大嘗祭のための費用を公金から支出するということは憲法二十条三項の宗教的活動を国がするということにはならないし、また、そういうような公金の支出というものは、津の地鎮祭判決等に照らしましても憲法八十九条が禁止いたします宗教上の組織、団体に対するものというふうには言えないと思います。憲法八十九条の面からも問題はない、かように思っております。
○山口(那)委員 少なくとも法的な理解からすれば、世襲ということは血のつながりということを規定しているわけであって、当然に即位の儀式とそれに伴う大嘗祭までも予定しているものと理解するのは困難だろうと思います。また、憲法及び皇室典範二十四条に照らして言えば、皇位の継承というのは即位の礼に限られるわけであって、法律上は大嘗祭というものはそのらち外にあるというふうに理解すべきであろうと思います。
 その上で、この大嘗祭は公的性格があるというふうに盛んに述べられておりますが、公的性格があるなしということは、例えば私的な事柄として内廷費で賄うにはそぐわないという趣旨で述べるのであればそれは理解できますけれども、大嘗祭に国が宮廷費をもってお金を出すということは、まさに国家と宗教とのかかわりは否定できないわけで、それを合憲的にもし説明をするとすれば、もっと説得力のある理由を考える必要があろうかと思います。
 そこで、先ほどおっしゃった津の地鎮祭の事件の判決でありますが、原則的に行政当局としてはこの判決の意義をどのように理解されていますか。
○工藤政府委員 津の地鎮祭判決につきましては、いわゆる憲法の二十条あるいは八十九条、八十九条については比較的触れるところが少ないわけでございますが、そういう意味でそれの解釈の基準になるもの、かように考えております。
○山口(那)委員 行政府としてもその基準を尊重するというお立場かと思いますけれども、いわゆる目的・効果説と言われて先ほどお述べになりました。これは非常に抽象的な表現であったわけですが、大嘗祭とのかかわりにおいて具体的にその目的及び効果についてもう一度述べていただきたいと思います。
○工藤政府委員 今の御質問でございますが、具体的にと申しますと、まず第一に大嘗祭は皇室の行事として行われるもので、国の機関の行為ではないということでございます。その挙行のために必要な費用というものは、大嘗祭が皇位の世襲制と結びついて、一世に一度の儀式として古来から皇位の継承があったときは必ず挙行される、こういうことで行われてまいりました極めて重要な儀式である、そういう面に着目して、宮廷費からあるいは一部は宮内庁費から支出をいたしましても、その支出の目的がその宗教的意義に着目して支出をするものではないということが一つでございます。そういう意味で、目的・効果論のうちのまず目的の部分でございます。
 それから効果としましても、これが特定宗教への助長、介入という津地鎮祭判決で述べておりますようなそういう効果を有することになるとは到底言えないであろう、かように考えているわけでございます。
○山口(那)委員 今の御答弁は非常に抽象的でわかりにくいわけでありますけれども、大嘗祭が人的、物的な一体の宗教的性格を帯びる儀式として行われる以上、それを経済的に支えるということは、その目的において宗教的意義を持つことになりませんか。また、その効果において、特定の宗教かどうかはともかくとしても、それが宗教的儀式にかかわる、それを支持する人々に対してその援助、助長の感覚を覚えさせ、また、他の信仰を持つ人に対して圧迫感を覚えさせる。現に多数の宗教団体でこの大嘗祭の宮廷費支出については反対を述べているところもあるわけですけれども、その点について、今のような御答弁では到底納得しがたいものがあると思いますが、いかがですか。
○工藤政府委員 地鎮祭判決のその部分でございますけれども、「憲法二〇条三項は、「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。」と規定するが、ここにいう宗教的活動とは、前述の政教分離原則の意義に照らしてこれをみれば、およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。」というふうなことでございまして、私どもはこれに照らして、「かかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、」ということで目的・効果諭を解釈しているわけでございます。
○山口(那)委員 時間が少なくなりましたので、もう一点だけ伺います。
宮中三殿、これは皇室の私有財産として理解され、皇室経済法における「由緒ある物」、こういうふうに理解されているようですが、この宮中三殿の修繕あるいは建てかえ、この費用はどういう費目でお出しになるのですか。
○宮尾政府委員 宮中三殿は皇室御所有の財産でありますが、先生おっしゃったように、皇室経済法第七条に定める「皇室とともに伝わるべき由緒ある物」、こういう特殊な性格もあるわけでございます。したがいまして、これは国有財産ではもちろんありませんで、皇室が御所有の財産であるといたしましても、皇室経済法に特に「由緒ある物」として規定をされておるという意味におきまして公的な色彩を持つ財産というふうに考えられますから、建てかえということまでは申せませんが、その保存上必要な営繕等については宮廷費からこれを支出できると考え、また、そういうふうにいたしておるわけでございます。
○山口(那)委員 この宮中三殿の中に神殿というものもあるわけでして、やはりお金を出すということは宗教とのかかわりを否定できないわけですが、この点についても先ほどの目的・効果説のような御説明をされるわけですか。
○工藤政府委員 さようでございます。
○山口(那)委員 それでは最後になりますが、天皇陛下といえども私的生活の部分では信教の自由を当然享受されるわけでありまして、また、主権者である国民各位も同様であると思います。これらの行事の挙行に当たっては、そうした国民とともに歩む皇室を標榜されるわけですから、この信教の自由に対して十分な配慮をした上で行っていただくよう要望して、私の質問を終わります。

*1 しんぶん赤旗HP「天皇の「代替わり」にともなう儀式に関する申し入れ」(2018年3月22日発表)に,①剣璽(けんじ)等承継の儀,②即位後朝見の儀,③即位礼正殿の儀及び④大嘗祭に関する日本共産党の問題意識が書いてあります。
*2 以下の記事も参照してください。
① 柳本つとむ裁判官に関する情報,及び過去の分限裁判における最高裁判所大法廷決定の判示内容
② 人事院規則14-7(政治的行為),及び名古屋家裁裁判官の反天皇制に関する行為

天皇の崩御・即位に伴って行われる国事行為としての儀式に関する,昭和63年11月8日の衆議院決算委員会における質疑応答

○天皇の崩御・即位に伴って行われる国事行為としての儀式に関する,昭和63年11月8日の衆議院決算委員会における質疑応答は以下のとおりです。
なお,文中の東中委員は東中光雄衆議院議員(日本共産党)(3期の弁護士(大弁))であり,小渕国務大臣は小渕恵三内閣官房長官であり,味村政府委員は味村治内閣法制局長官であり,宮尾政府委員は宮尾盤宮内庁次長です。

○東中委員 私は、天皇の代がわりに伴う、憲法七条による国事行為としての諾儀式についてお伺いをしたいと思います。
主権在民と政教分離の原理が明記されております日本国憲法下において、天皇の代がわりの儀式がどのように行われるのか。憲法第七条の「天皇の国事行為」として行われる儀式はどういう儀式があるのか、お伺いをしたいと思います。
○味村政府委員 法律上の事柄について申し上げますが、憲法第七条は天皇の国事行為を限定列挙しているわけでございます。そして、その十号に「儀式を行ふこと。」というのがございまして、ここに言う「儀式」というのは、天皇が主宰されまして国の儀式として行うにふさわしいものを言うというふうに考えております。
ところで、皇室典範第二十四条には、「皇位の継承があったときは、即位の礼を行う。」と規定しておりまして、また同じく、皇室典範の二十五条には「天皇が崩じたときは、大喪の礼を行う。」こう規定しております。これは皇位の継承及び天皇の崩御がございました場合には、憲法第一条が規定いたしておりますように、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」であることにかんがみまして、国事行為たる儀式として、即位の礼及び大喪の礼を行うことを予定したものと解されるわけであります。
○東中委員 国事行為として行われる即位の礼、それから大喪の礼、新皇室典範に書いてあるその儀式の具体的内容をお聞かせ願いたいと思います。
○小渕国務大臣 皇室典範に定める即位の礼及び大喪の礼の儀式は、憲法の趣旨に沿い、かつ、皇室の伝統等を尊重したものになると考えておりますが、具体的内容につきましては現在お答えのできる段階ではございません。
○東中委員 今まで政府は、憲法の趣旨に沿い、かつ、皇室の伝統等を尊重してということを言われておって、そうしたものにたると質問主意書に対する答弁もそう書いてあります。
問題は、皇室の伝統等を尊重すると言っておるその伝統というのは一体何なのかということに結局帰着するわけでありますが、帝国憲法と旧皇室典範では、名前は同じ天皇ですけれども、天皇は天照大神から授かった祖宗の神器を受ける、これは旧皇室典範に書いてありますね、受けた万世一系の神聖不可侵の現人神で、国の元首にして統治権の総攬者である、陸海軍の統帥権者である、こういう絶対的な天皇であったわけです。その天皇の代がわりの場合には、帝国憲法と旧皇室典範に基づいてつくられた皇室令、登極令なり皇室喪儀令なり、こうした皇室令に基づいて天皇代がわりの儀式がやられてきたわけであります。大正から昭和に代がわりしたときの儀式は、践祚の式として四儀式、大喪の儀として二十九儀式、即位の礼及び大嘗祭として二十八儀式、一年余にわたって合計六十一の儀式がとり行われてきた。このことは、宮内庁なども、我々の方に七九年の内閣委員会のときなどで資料で出されておるところであります。
そこで問題は、この皇室令というのは、日本国憲法によって、その九十八条の趣旨からいっても、帝国憲法及び皇室典範が現行憲法に反する、原理が反するものだとして廃止されたものですね。だから、皇室令に基づいてやられた明治以後の儀式というのは、皇室の伝統じゃなくて、帝国憲法に基づいた、旧皇室典範に基づいた皇室令によってやられたものであって、それは今や廃止されているものであります。だから、主権在民で、しかも政教分離の原理をちゃんと出している中では、さきに皇室令に基づいてやられた儀式を踏襲するということは、憲法原理がまるきり違いますから、私は許されないことだと思うのですが、その点についての政府の御見解を承りたいと思います。
○味村政府委員 旧皇室令が新憲法の施行と同時に廃止になっておりますことは、委員の御指摘のとおりでございます。しかし、旧皇室令によって行われておりました御喪儀なり即位の礼が、伝統でないということにはならないと存じます。したがいまして、今回の、先ほど申し上げました即位の礼なり大喪の礼につきましては、新憲法のもとで新憲法の趣旨に沿うような形で、しかも伝統を尊重して行われる、このような、先ほど官房長官の申されたとおりのことになるわけでございまして、およそ新憲法に違反するような儀式というものは国の儀式として行われることはないと申してよろしいと存じます。
○東中委員 天皇代がわりに際して行われる最初の国事行為としての儀式は、どういう儀式ですかい。
○宮尾政府委員 旧憲法下におきましては、践祚の式といたしまして、賢所の儀、皇霊殿・神殿に奉告の儀、剣璽渡御の儀及び践祚後朝見の儀というものが行われております。
○東中委員 何を言うていますか、あなた。新憲法、現在の憲法で最初にやられるのは何ですかと言うて聞いておるのであって、あなたの言われたいわゆる践祚の儀としての四つの儀式、それは旧憲法の皇室令に基づくものですね。だからそんなもの先刻承知なんですが、それをやるつもりですかということを聞いているのです。
ところで、現行の皇室典範によりますと、践祚という概念は既にありませんということを内閣法制局長官が既に答弁をしています。践祚の概念は現行法上ないのですから、践祚の儀式というものはあり得ないわけですが、その点はいかがですか。
○宮尾政府委員 先ほど申し上げましたように、旧憲法下におきましては四つの儀式が行われたわけでございますが、皇位継承があったときに行われます諸儀式のうちで国事に関する行為としての儀式は、憲法の趣旨に沿いまして、かつ、皇室の伝統を尊重したものになるというふうに考えておりますが、その具体的な内容につきましては現在お答えをする段階にはございません。
なお、践祚という言葉は現在の憲法、法律のもとでは即位という言葉になっております。
○東中委員 法制局長官が、践祚の概念は現行法制上ございませんという答弁をしたのは、七九年四月十七日の内閣委員会でそういう答弁をしています。宮内庁がそれを変えると言ったって始まらぬわけで、即位という言葉は前からもあったのです。それで、現行法の即位の言葉と前の即位の言葉では違う、践祚の概念は現行法上ない、しかし践祚の儀式はやるんだというのか、やらないというのか、ここが今の話でははっきりしないわけです。
改めてお伺いをしますけれども、先ほど宮内庁からお話のあった剣璽渡御の儀、現在は言葉をかえて剣璽等承継の儀という言葉で、いわゆる三種の神器などの承継儀式をやるというふうに準備をされているということが、一部もう既に報道をされておるわけです。その後、践祚後朝見の儀というのが即位後朝見の儀というふうに名前を変えてやろうとしているというふうなことが、既に情報として報道をされております。それで私はお聞きしたいのですが、剣璽渡御の儀あるいは即位後朝見の儀というふうなものは、名前を変えても実質的には同じようなことを国事行為としてやることは許されないと思うのですが、その点はいかがでしょうか。
○味村政府委員 先ほどの、現在の法制度のもとでは践祚という概念がないということを前の法制局長官が答弁したということでございますが、実は私その答弁を持ってきておりませんのではっきりしたことは申し上げられませんが、旧憲法のもとにおきましては、践祚というのは皇位の継承である、天皇の位を継承することを践祚と言い、そして、天皇の位を継承したということを内外に宣明することを即位と言ったというふうに、私はそのように理解をいたしております。現在は、先ほど宮内庁の方からおっしゃいましたように、践祚は即位と申しますか、践祚という言葉はございませんで、皇位を継承することはすなわち即位であるというように考えている次第でございます。また、皇室典範もそのように規定をしているものと存じます。
ところで、先ほどの剣璽渡御の儀等についての御質問でございましたが、これは先ほどから御答弁がございますように、皇位の継承があったときに行われます諸儀式のうちでどのような儀式を国事行為として行うかということについては、答弁できる段階にございませんということでございますので、それにつきましてまた御質問にお答えするということはできかねるということは、御理解いただけると思います。いずれにいたしましても、先ほど申し上げましたように、憲法に反する儀式を国の儀式として行うことはあり得ないわけでございます。
○東中委員 準備してないんだそうですが、私ここへ持ってきておりますので、先ほど言いました昭和五十四年四月十七日衆議院内閣委員会、当時の真田政府委員、法制局長官ですが、現行の制度で申しますと、践祚という概念が実はないわけなんでして、先ほどお読みになりました皇室典範の第四条で「皇嗣が、直ちに即位する。」ということと、云々とあって、次に、この「即位の礼を行う。」という場合の即位の礼は、憲法の規定に照らせば、憲法第七条の国事行為の末号にある「儀式を行ふこと。」という儀式に入るのだろうと思いますが、践祚という概念はもうございません。
と、はっきりそういうふうに言っているので、私が勝手に言っているわけでも何でもないのです。だから、今言われていることを、践祚という言葉がなくなったと、今法制局長官はそう言いました。ところが、ここは私は言葉のことを言っているのではなくて、そういう概念はなくなったんだ、現行制度上、概念はなくなったんだと前の法制局長官は言っているんです。そういうことをごまかしたらいかぬです。その点を指摘しておきます。
だから、践祚の概念がなくなったんだから、践祚の儀式というのはなくなるのが当たり前なのです。それをなくするのか、なくさないのかということについてはっきり言わないというのは、私はこれは非常に重要な問題を含んでいると思うのです。
といいますのは、いわゆる剣璽渡御の儀といいますのは、剣はいわゆる草薙剣というか天叢雲剣というものですね。それから曲玉ですね。それから、鏡の方は三種の神器の中に入るけれどもここには具体的には入らないようですが、そういう剣璽の神器を渡すのは、旧皇室典範には十条ではっきりと「祖宗ノ神器ヲ承ク」というふうにちゃんと書いてあるのですね。ところが、今度の皇室典範ではその部分が削られておるのですから、ないのですから、なくなっておるものをやっちゃいかぬ。
なぜなくなっておるかといえば、三種の神器の承継といいますのは、神話に基づいて天照大神から授けられた神器を新天皇に引き継ぐという儀式で、そして神格性を新天皇に持たせる。だから「神聖ニシテ侵スヘカラス」という旧憲法の天皇にはこれが要ったわけです。しかし、今の新天皇ではそういうものは一切ないのですから、「国民の総意に基く。」という象徴天皇なんですから、だから、そういうものをここへ持ってくるということになれば神話の世界を持ち込む。国の行為としてそれを持ち込むということになれば、これは主権在民の、しかも政教分離の原則をうたっている憲法上そういうことは許されないんだ。
憲法の趣旨に沿ってと言うなら、憲法の趣旨に沿ってこれはやめるべきであるというふうに思うのですが、改めてもう一回御見解をお伺いしたい。
○味村政府委員 先ほどから申し上げますように、具体的な問題についてお答えをできる段階ではございません。この儀式につきまして一番問題となりますのは、憲法第二十条第三項の政教分離の原則でございます。この憲法二十条三項の政教分離の原則につきましては、有名な地鎮祭に関する最高裁の判決がございます。私どもといたしましては、この最高裁の判決を尊重いたしまして、二十条三項に違反するかどうかということを絶えず判定している次第でございます。
○東中委員 もう一つ、即位の儀式に関連しまして。大正から昭和に移ったときは、先ほど申し上げたように、即位及び大嘗祭ということで、ここで大嘗祭の儀式が二十八のうちの相当部分を占めています。この大嘗祭については、国事行為の儀式としてあり得るということなんですか。そういうことは現行憲法上は許されないということなんですか。その点、前の真田法制局長官は、先ほど述べました答弁の続きで、「それから、大嘗祭については現在もう規定はないというふうにお考えになって結構だと思います。」という答弁をしています。
といいますのは、この大嘗祭といいますのは、万世一系の天皇が、神聖不可侵の国家統治の大権を持つ元首として、現人神としての位置につくというためにやられる大嘗祭なんです。大嘗祭がなかったら神格を持てないんだというふうに、これは歴史的には解明されていることですね。そういういわば皇室神道の中核的な呪術的儀式なんです。それを大嘗祭という形で、国家行為としてですよ、内閣の助言と承認によって行われる天皇の国事行為の儀式としてやられるということになりますと、まさに天皇神格化に結びつく。そして皇室神道をそのまま国家行事としてやってしまうということになるので、これは憲法の二十条はもちろん、これは天皇を主権者に押し上げていこうとするそういう動きと関連していきますので、私たちは憲法上絶対許されないというふうに考えております。
大嘗祭についていかがお考えてありますか、改めてお伺いしたいと思います。
○宮尾政府委員 大嘗祭は、皇室に長く伝わっております極めて重要な伝統的儀式でございますが、その性格づけ等につきましては今後慎重に検討すべき問題でございまして、どのようにこれを行うかということについては現在お答えをする段階にございませんので、御了承いただきたいと思います。
○東中委員 今、代がわり――要するに日本国憲法ができてもう四十年なんですね。そして、明治憲法の場合の代がわりのときには、例えば登極令は明治四十二年にできていますね、儀式のやり方について。そしてもう一つ、大喪礼については、この皇室令は大正十五年にできています。いずれも儀式をやる前にちゃんとできているのですよ。ところが、今度の場合は初めてでしょう。しかし何にも言わない。検討中とか言ったり、憲法の趣旨と伝統を尊重してなんということを言って明らかにしないというのは、非常に異常であるということを私は指摘をし、今申し上げたような大嘗祭とそれから践祚の儀、これは一切許されない、それから即位の礼と大喪の礼もやり方によっては政教分離の原則に反するようなことは、そして、主権在民の原則に反するようなことは許されないということをはっきり申し上げまして、私の質問を終わります。

*1 しんぶん赤旗HP「天皇の「代替わり」にともなう儀式に関する申し入れ」(2018年3月22日発表)に,①剣璽(けんじ)等承継の儀,②即位後朝見の儀,③即位礼正殿の儀及び④大嘗祭に関する日本共産党の問題意識が書いてあります。
*2 以下の記事も参照してください。
① 柳本つとむ裁判官に関する情報,及び過去の分限裁判における最高裁判所大法廷決定の判示内容
② 人事院規則14-7(政治的行為),及び名古屋家裁裁判官の反天皇制に関する行為

令和への改元に関する閣議書及び内閣総理大臣談話

1 令和への改元に関する閣議書及び内閣総理大臣談話を以下のとおり掲載しています。
(閣議書)
① 平成31年4月1日付の閣議書(元号を改める政令)
② 平成31年4月1日付の閣議書(元号の読み方に関する内閣告示)
(内閣総理大臣談話)
③ 平成31年4月1日付の閣議書(元号に際しての内閣総理大臣談話)
④ 改元に際しての内閣総理大臣談話について(平成31年4月1日付の閣議請議書)
⑤ 改元に際しての内閣総理大臣談話について(平成31年4月1日付の内閣府決裁文書)

2(1) 首相官邸HPに「新元号の選定について」(令和元年5月23日付)が載っています。
(2) 元号法(昭和54年6月12日法律第43号)は以下のとおりです。
1 元号は、政令で定める。
2 元号は、皇位の継承があつた場合に限り改める。
附 則
1 この法律は、公布の日から施行する。
2 昭和の元号は、本則第一項の規定に基づき定められたものとする。

3(1) 真田秀夫内閣法制局長官は,昭和54年4月20日の衆議院内閣委員会において以下の答弁をしています。
旧憲法のもとにおける元号と、現在事実上の慣習として行われており、かつ今度の法案が成立すれば、その法律の基礎のもとに行われるであろう元号制度とは、紀年方法の一種であるという役割りは全く同じなんですが、その性格は非常に違う。それは制定権者が違う。旧憲法下の元号制度は主権天皇という制度と不可分の関係にあったものでありますし、今度の新しい元号は国会、つまり国民がつくるものであって、きのうですか、中川委員が天皇元号か、内閣元号か、国民元号かという表現でおっしゃいましたが、まことに非常に当を得た表現であると私も思った次第でございます。
(2) 工藤敦夫内閣法制局長官は,平成2年5月24日の参議院内閣委員会において以下の答弁をしています。
登極令(注:「とうきょくれい」と読みます。)の規定につきまして逐条網羅的に検討をしているわけではございませんので、すべての規定について申し上げるのは困難ではございますけれども、例えば登極令の中の二条、三条といったところに元号の規定がございます。天皇が元号を改めるというふうなところでございますけれども、御承知のとおり新憲法下久しくいわゆる昭和という元号が事実上のものとして使われ、その後元号法が制定されたというところから見ましても、憲法の趣旨と相入れないものとして考えられていたというふうに思いますし、あるいは大嘗祭を国の儀式として行うという部分につきましても、新皇室典範におきましてその部分を取り入れなかったというふうなことでございます。そういう意味で、今のような規定が問題になると申しますか、新憲法下におきます検討としてはあるのではなかろうか、かように考えております。

4 国立公文書館が運営している公文書にみる日本のあゆみHP「元号建定ノ詔書案」に,昭和に改元した際の閣議書(1926年12月25日付)が載っています。

5 「閣議」も参照してください。

法務・検察幹部名簿(平成24年4月以降)

1 法務省が作成した,法務・検察幹部名簿(平成24年4月以降)を以下のとおり掲載しています。
・ 平成24年4月10日現在
・ 平成25年4月10日現在
・ 平成26年4月11日現在
・ 平成27年4月15日現在
・ 平成28年4月11日現在
・ 平成29年4月17日現在
・ 平成30年4月11日現在
・ 平成31年4月17日現在

2 検察官の修習期は不開示情報のために黒塗りとなっています(平成28年度(行情)答申第365号)。

塩田直也裁判官(39期)の経歴

生年月日 S32.1.1
出身大学 不明
定年退官発令予定日 R4.1.1
R1.6.11 ~ 広島高裁岡山支部第1部部総括
H30.4.1 ~ R1.6.10 千葉地裁松戸支部民事部部総括
H27.4.1 ~ H30.3.31 前橋地裁1民部総括
H24.4.1 ~ H27.3.31 東京高裁1民判事
H21.4.1 ~ H24.3.31 水戸地家裁龍ヶ崎支部長
H18.4.1 ~ H21.3.31 千葉家地裁判事
H14.4.1 ~ H18.3.31 新潟地家裁三条支部判事
H10.4.1 ~ H14.3.31 横浜地家裁川崎支部判事
H9.4.10 ~ H10.3.31 山形地家裁酒田支部判事
H7.4.1 ~ H9.4.9 山形地家裁酒田支部判事補
H4.4.1 ~ H7.3.31 東京地裁判事補
H1.7.1 ~ H4.3.31 函館地家裁判事補
S62.4.10 ~ H1.6.30 横浜地裁判事補

裁判所の情報公開に関する通達等

1 裁判所の情報公開に関する通達等を以下のとおり掲載しています。

① 裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱(平成27年7月1日からの実施分)

② 裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱の実施の細目について(平成27年4月6日付の最高裁判所事務総長通達)

③ 情報公開に関する運用要領(平成27年7月1日版)

④ 司法行政文書開示手続の手引(平成29年3月21日版)第一部・総論編第二部・各論編別紙1~別紙26及び参考資料

⑤ 司法行政文書の開示に伴う開示文書の謄写の取扱いについて(平成22年10月19日付の,最高裁判所事務総局秘書課と司法協会総務部の申合せ)

⑥ 最高裁判所通知通達回答集(平成31年3月現在)の目次1/2及び2/2

2 全般的な話については,「裁判所の情報公開」を参照してください。

下級裁判所の部の数

1 下級裁判所の部の数については,下級裁判所の部の数を定める規程(昭和31年10月29日最高裁判所規程第10号)で定められています。

2 高裁の部の数は以下のとおりです。
東京高裁:37部,知財高裁:5部
大阪高裁:21部
名古屋高裁:7部,名古屋高裁金沢支部:2部
広島高裁:5部,広島高裁岡山支部:2部
福岡高裁:9部,福岡高裁宮崎支部:2部,福岡高裁那覇支部:2部
仙台高裁:6部,札幌高裁:5部,高松高裁:5部

3 地裁の部の数は以下のとおりです。
東京地裁:71部,東京地裁立川支部:7部
横浜地裁:15部,横浜地裁川崎支部:2部,横浜地裁小田原支部:2部
さいたま地裁:11部,さいたま地裁川越支部:2部
千葉地裁:10部,千葉地裁松戸支部:2部
水戸地裁:3部
宇都宮地裁:3部
前橋地裁:4部
静岡地裁:4部,静岡地裁沼津支部:2部,静岡地裁浜松支部:2部
甲府地裁:3部
長野地裁:2部
新潟地裁:3部
大阪地裁:41部,大阪地裁坂井支部:4部
京都地裁:10部
神戸地裁:10部,神戸地裁尼崎支部:3部,神戸地裁姫路支部:2部
奈良地裁:3部
大津地裁:2部
和歌山地裁:3部
名古屋地裁:16部,名古屋地裁岡崎支部:2部
津地裁:3部
岐阜地裁:3部
福井地裁:3部
金沢地裁:3部
富山地裁:2部
広島地裁:6部
山口地裁:3部,山口地裁下関支部:2部
岡山地裁:5部
鳥取地裁:2部
松江地裁:2部
福岡地裁:10部,福岡地裁久留米支部:2部,福岡地裁小倉支部:6部
佐賀地裁:3部
長崎地裁:3部,長崎地裁佐世保支部:2部
大分地裁:3部
熊本地裁:5部
鹿児島地裁:4部
宮崎地裁:3部
那覇地裁:5部,那覇地裁沖縄支部:2部
仙台地裁:6部
福島地裁:3部
山形地裁:2部
盛岡地裁:3部
秋田地裁:3部
青森地裁:3部
札幌地裁:8部
函館地裁:3部
旭川地裁:3部
釧路地裁:2部
高松地裁:3部
徳島地裁:3部
高知地裁:3部
松山地裁:3部

4 家裁の部の数は以下のとおりです。
東京家裁:10部,東京家裁立川支部:2部
横浜家裁:3部
さいたま家裁:2部
千葉家裁:2部
大阪家裁:6部
京都家裁:2部
神戸家裁:2部
名古屋家裁:3部
福岡家裁:2部
札幌家裁:2部

東京地裁民事第27部(交通部)

1 法曹時報69巻7号(平成29年7月1日発行)73頁及び74頁によれば,東京地裁27民の状況は以下のとおりです。
① 東京地裁27民(交通部)は,平成28年4月以降,裁判官11名ないし12名(平成29年4月1日現在,未特例判事補1名を含む12名),書記官16名(うち主任書記官3名),速記官2名及び事務官3名の総勢32名ないし33名が所属し,合議5係,単独11係を構成して,事件処理に当たっています。
②   東京地裁27民の平成28年度の新受件数は,全体で2091件,うち地方裁判所を第一審とする事件(ワ号事件)は1956件,簡易裁判所を第一審とする控訴事件(レ号事件)は135件でした。
③   東京地裁27民が発足した昭和37年度の新受件数は428件であり,発足後間もないころには,交通事故の増加に比べて訴訟件数が少ないことが課題とされた時期もあったようでしたが,その後,新受件数は次第に増加し,ピークになった昭和45年度には2184件に達しました。
昭和58年度には457件にまで減少しましたが,平成12年度には再び1000件を超え,以後ほぼ増加の一途をたどり,平成28年度にはついに2000件を超えるに至りました。
平成20年度(全体で1369件,ワ号事件1313件,レ号事件56件)と比較すると,全体で約52.7%,ワ号事件については約49.0%,レ号事件については約141.1%もの増加(レ号事件は約2.4倍)となっています。

2 法曹時報69巻7号(平成29年7月1日発行)74頁によれば,交通事故の発生件数自体は平成16年以降減少が続いており,民事訴訟の新受件数も全体としては減少傾向(過払金等事件を除くと横ばい傾向)にある中で,このように民事交通訴訟事件の新受件数が顕著な増加傾向を示している原因として,以下の事情が指摘されています。
① 社会経済情勢の変化により,損害保険会社の保険金の支払の査定が厳しくなる一方,当事者の権利意識が高揚している。
② 高次脳機能障害により高額の将来介護費を請求する事案など,示談では容易に解決し得ない問題を含む事案が増加している。
③ 自動車保険における弁護士費用補償特約により,訴訟経済的には見合わないように思われる事件を含め,少額の訴訟の提起及び控訴も増加している。

3 交通関係訴訟の実務(著者は東京地裁27民(交通部)の裁判官等)1頁ないし20頁に「被害者側弁護士の弁護活動」が載っていて,56頁ないし69頁に「東京地方裁判所民事第27部における交通関係訴訟の審理」が載っています。

4 弁護士山中理司の交通事故相談HP(大阪)も参照してください。

地方裁判所の専門部及び集中部

1 総論
○専門部とは,特定の種類の事件が集中的に配点され,かつ,通常の事件が配点されない部をいい,集中部とは,特定の種類の事件が集中的に配点され,かつ,通常の事件も配点される部をいいます。
   ただし,破産事件,再生事件,執行事件又は保全事件を担当している部は通常,専門部又は集中部とはいわれません。
○専門部があるのは東京地裁及び大阪地裁だけです。
○専門部又は集中部につき,取り扱う事件の範囲はそれぞれの裁判所の事務分配で定められていますから,微妙に内容が異なります。
○東北大学法科大学院HPの「民事訴訟における専門部・集中部について」が分かりやすいです。
2 各地方裁判所の専門部及び集中部,並びに破産再生執行保全部
(1) 東京地裁の場合
ア   2民,3民,38民及び51民が行政専門部であり,8民が商事専門部であり,11民,19民,33民及び36民が労働専門部であり,14民,34民及び35民が医療集中部であり,22民が調停・借地非訟・建築専門部であり,27民が交通専門部であり,29民,40民,46民及び47民が知財専門部です。
イ   9民が保全部であり,20民が破産再生部であり,21民が執行部です。
ウ 東京地裁46民につき,2005年11月14日発行の「特技懇」誌第239号「知財部に配属になって」が参考になります。
(2) 横浜地裁の場合
ア   1民が行政・知財集中部であり,4民及び5民が医療集中部であり,6民が交通集中部であり,7民が労働集中部です。
イ   3民が破産再生執行保全部です。
(3) さいたま地裁の場合
ア   1民が医療集中部であり,4民が行政・知財集中部であり,5民が労働集中部です。
イ   3民が破産再生執行保全部です。
(4) 千葉地裁の場合
ア   1民が労働・知財集中部であり,2民が医事集中部であり,3民が行政集中部です。
イ   4民が破産再生執行保全部です。
(5) 大阪地裁の場合
ア   2民及び7民が租税・行政専門部であり(平成28年3月までは行政集中部でした。),4民が商事専門部であり,5民が労働専門部であり,10民が建築・調停専門部であり,15民が交通専門部であり,17民,19民及び20民が医療集中部であり,21民及び26民が知財専門部です。
イ   1民が保全部であり,6民が破産再生部であり,14民が執行部です。

ウ 平成30年12月10日付の大阪地裁の司法行政文書不開示通知書によれば,大阪地裁第15民事部の審理モデルが書いてある文書は,同日までに廃棄されました。

(6) 京都地裁の場合
ア   2 民が知財集中部であり,3民が行政集中部であり,4民が交通集中部であり,6民が労働集中部です。
イ   5民が破産再生執行保全部です。
(7) 神戸地裁の場合
ア   1民が交通集中部であり,2民が行政集中部であり,5民が知財集中部であり,6民が労働集中部です。
イ   3民が破産再生執行保全部です。
(8) 名古屋地裁の場合
ア   1民が労働集中部であり,3民が交通集中部であり,4民が医療集中部であり,9民が行政集中部です。
イ   2民が破産再生執行保全部です。
(9) 広島地裁の場合
ア   1民が医療集中部であり,3民が労働集中部です。
イ   4民が破産再生執行保全部です。
(10) 福岡地裁の場合
ア   3民が医療集中部であり,5民が行政・労働集中部です。
イ   4民が破産再生執行保全部です。
(11) 仙台地裁の場合
ア   3民が医療集中部です。
イ   4民が破産再生執行保全部です。
(12) 札幌地裁の場合
ア   2民が医療集中部であり,3民が建築集中部です。

イ   4民が破産再生執行保全部です。

3 専門部に関する国会答弁
35期の安浪亮介最高裁判所人事局長は,平成26年3月27日の参議院法務委員会において以下の答弁をしています。
① 専門事件につきまして、事件数が多い庁につきましては専門部あるいは集中部という体制を取りまして、その知見を集中的に活用するという体制を、ノウハウというのを活用するという体制を取っております。そのような専門部、集中部につきましては一定のやはり事件数があるということが前提になるわけですけれども、そういうような要件を満たすような庁につきましてはそのような体制を今後とも考えていって、それぞれの事件について、裁判官についてもそのノウハウの蓄積、そのノウハウの活用ということをやっていきたいというふうに考えているところでございます。
② 各裁判所におきます裁判官の配置につきましては、毎年それぞれの裁判所の裁判官会議の議決によって定められるものでございます。
東京地裁の行政部についてお尋ねがございましたが、東京地裁におきましても、裁判官会議の議決によりまして行政部の裁判官の配置を決めておるものでございます。その際に、殊更こういう裁判官を行政部にというふうなことで配置していることは考えられないところでありますし、最高裁といたしましても、そのようなことはあり得ないものと考えております。

高等裁判所の集中部

1(1) 東京高裁の場合,家事抗告事件については,四つの部に集中して処理しています。

   従前は三つの部が担当していましたが,事件数が増加したため,平成18年1月からは4つの部が担当しています。

(2) 家事抗告事件の担当部は建制順に持ち回りであり,2年度ごとに二つの部が交代します。

   平成28年の担当部は,17民,19民,20民及び21民です。
(3) 平成17年4月1日以降,東京高裁管内の知財事件は,東京高裁の特別の支部である知的財産高等裁判所が担当しています。

2(1) 大阪高裁8民は知財集中部です。
そのため,大阪高裁に対して意匠権及び商標権に関する事件を控訴した場合,大阪高裁8民に係属します。
(2) 大阪高裁第9民事部及び大阪高裁第10民事部は家事抗告集中部です。
そのため,大阪高裁に対して家事抗告,保護命令抗告をした場合,いずれかの部に係属します。
(3)ア 大阪高裁第11民事部は民事抗告集中部です。
そのため,大阪高裁に対して執行抗告,倒産抗告,民事保全抗告,商事非訟抗告,借地非訟抗告等をした場合,大阪高裁11民に係属します。
イ 例えば,原発差止めの仮処分に対して保全異議審を経て保全抗告をした場合,大阪高裁第11民事部に係属することとなります。

3 東京高裁及び大阪高裁以外の高裁の場合,集中部はありません。

大阪府及びその周辺の鉄道の沿革

1 東海道本線東海道新幹線山陽本線山陽新幹線
1874年 5月11日,官営鉄道の大阪駅・神戸駅間が開業しました。
1877年 2月 6日,官営鉄道の大阪駅・京都駅間が開業しました。
1889年 7月 1日,官営鉄道の新橋駅・神戸駅間が全通しました。
1901年 5月27日,山陽鉄道の神戸駅・馬関駅(現在の下関駅)間が全通しました。
1906年12月 1日,鉄道国有化法により山陽鉄道が国有化されました。
1964年10月 1日,東海道新幹線が東京駅・新大阪駅間で開業しました。また,新大阪駅が東海道新幹線及び東海道本線の駅として開業しました。
1972年 3月15日,山陽新幹線が新大阪駅・岡山駅間で開業しました。
1975年 3月10日,山陽新幹線が岡山駅・博多駅間で開業しました。
1988年 3月13日,京都駅・大阪駅間の愛称として「JR京都線」が,大阪駅・姫路駅間の愛称として「JR神戸線」が使用されるようになりました。
1995年 1月17日,阪神・淡路大震災によりJR神戸線の全線が不通になりました。
1995年 4月 1日,JR神戸線の全線が復旧しました。
1997年 3月 8日,京橋駅・尼崎駅間でJR東西線が開業したことに伴い,福知山線及び東海道本線と片町線(木津駅・京橋駅間であり,愛称は「学研都市線」です。)との直通運転が開始しました。
2008年 3月15日,放出駅(はなてんえき)・八尾駅間でおおさか東線が開業しました。
2019年 3月16日,新大阪駅・放出駅間の開業により,おおさか東線が全面開業しました(JRおでかけネットの「新大阪に 奈良に 直結!おおさか東線」参照)。

2 大阪環状線

(1) 城東線
1889年 5月14日,大阪鉄道(初代)の柏原駅・天王寺駅・湊町駅(1994年9月4日以降はJR難波駅)間が開業しました。
1895年 5月28日,大阪鉄道の天王寺駅・玉造駅間が開業しました。
1895年10月17日,大阪鉄道の玉造駅・梅田駅(現在の大阪駅)間が開業しました。
1900年 6月 6日,関西鉄道が大阪鉄道を買収しました。また,梅田駅が官営鉄道の大阪駅に統合しました。
1907年10月 1日,鉄道国有化法により関西鉄道が国有化されました。
1909年10月12日,国有鉄道線路名称制定により,天王寺駅・大阪駅間が城東線となりました。
1943年10月 1日,西成線と城東線の直通運転が開始しました。
1945年 8月14日,京橋駅・森ノ宮駅付近で空襲がありました。
(2) 西成線
1899年 5月 1日,西成鉄道の大阪駅・福島駅間の旅客営業が開始しました。
1906年12月 1日,鉄道国有化法により西成鉄道が国有化されました。
1909年10月12日,国有鉄道線路名称制定により,大阪駅・西九条駅・天保山駅間が西成線となりました。
1943年10月 1日,西成線と城東線の直通運転が開始しました。
(3) 大阪環状線成立後
1961年 4月25日,西九条駅・大正駅・天王寺駅間が開業し,城東線,西成線の大阪駅・西九条駅間,野田駅・大阪市場駅間をあわせて大阪環状線に,西成線の西九条駅・桜島駅間(4.5km)は桜島線となりました。
1964年 3月22日,国鉄の新今宮駅が開業しました。
1966年12月 1日,南海の新今宮駅が開業して乗換駅となりました。
1983年10月 1日,大阪城公園駅が開業しました。
1994年 9月 4日,関西国際空港が開業し,特急「はるか」のほか,大阪環状線で関空快速が運転を開始しました。
2001年 3月 1日,桜島線が「JRゆめ咲線」という愛称を使用するようになりました。また,同月31日のUSJ開業にあわせて,ユニバーサルシティ駅が開業しました。
2018年 3月17日,各駅に駅ナンバリングが導入され,使用を開始しました。

3 大阪市交通局及び大阪メトロ
(1) 全体の経緯
1997年12月18日,大阪港トランスポートシステム(OTS)のテクノポート線及びニュートラムテクノポート線が開業しました。
2005年 7月 1日,大阪港トランスポートシステム(OTS)のテクノポート線及びニュートラムテクノポート線を譲渡され,それぞれ中央線及び南港ポートタウン線に編入されました。
2013年 3月23日,交通系ICカード全国相互利用サービスへの対応を開始し,Kitaca,PASMO,Suica,manaco,TOICA,nimoca,はやかけん及びSUGOCAが利用可能となりました。
2018年 4月 1日,大阪市営地下鉄が民営化されて大阪市高速電気軌道(大阪メトロ)になりました。
(2) 御堂筋線(1号線)北大阪急行電鉄南北線

1933年 5月20日,1号線の梅田駅(仮)・心斎橋駅間(3.1km)が開業しました。
1935年10月 6日,梅田駅本駅が開業し,0.1km路線が伸びました。
1935年10月30日,1号線の心斎橋駅・難波駅間(0.9km)が開業しました。
1938年 4月21日,1号線の難波駅・天王寺駅間(3.4km)が開業しました。
1951年12月20日,1号線の天王寺駅・昭和町駅間(1.8km)が開業しました。
1952年10月 5日,1号線の昭和町駅・西田辺駅間(1.3km)が開業しました。
1960年 7月 1日,1号線の西田辺駅・我孫子駅間(2.5km)が開業しました。
1964年 9月24日,1号線の新大阪駅・梅田駅間(3.5km)が開業しました。
1969年12月 6日,1号線の愛称が御堂筋線となりました。
1970年 2月24日,御堂筋線の江坂駅・新大阪駅間(2.9km)が開業しました。また,北大阪急行電鉄南北線・会場線の江坂駅・万国博中央口間(9.0km)が開業しました。
1970年 9月14日,北大阪急行電鉄会場線の分岐点・万国博中央口間(3.6km)が廃止され,南北線の分岐点・千里中央駅間(0.5km)が開業しました。
1987年 4月18日,御堂筋線の我孫子駅・中百舌鳥駅間(5.0km)が開業して全通しました。
(3) 谷町線(2号線)
1967年 3月24日,2号線の東梅田駅・谷町四丁目駅間(3.5km)が開業しました。
1968年12月17日,谷町四丁目駅・天王寺駅間(3.8km)が開業しました。
1969年12月 6日,2号線の愛称が谷町線となりました。
1970年 4月 8日,大阪市大淀区の谷町線延伸工事現場で天六ガス爆発事故が発生しました。
1974年 5月29日,都島駅・東梅田駅間(3.1km)が開業しました。
1977年 4月 6日,森口駅・都島駅間(5.4km)が開業しました。
1980年11月27日,天王寺駅・八尾南駅間(10.5km)が開業しました。
1983年 2月 8日,大日駅・守口駅間(1.8km)が開業して全通しました。
(4) 四つ橋線(3号線)
1942年 5月10日,3号線の大国町駅・花園町駅間(1.3km)が開業しました。
1956年 6月 1日,花園町駅・岸里駅間(1.1km)が開業しました。
1958年 5月31日,岸里駅・玉手駅間(1.3km)が開業しました。
1965年10月 1日,西梅田駅・大国町駅間(4.9km)が開業し,御堂筋線の支線扱いから事実上独立しました。
1969年12月 6日,3号線の愛称が四つ橋線となりました。
1972年11月 9日,玉手駅・住之江公園駅間(2.8km)が開業して全通しました。
(5) 中央線(4号線)
1961年12月11日,4号線の大阪港駅・弁天町駅間(3.1km)が開業しました。
1964年10月31日,弁天町駅・本町駅(仮)間(3.7km)が開業しました。
1967年 9月30日,谷町四丁目駅・森ノ宮駅間(1.3km)が開業しました。
1968年 7月29日,森ノ宮駅・深江橋駅間(2.3km)が開業しました。
1969年 7月 1日,本町駅本駅が完成しました。
1969年12月 6日,4号線の愛称が中央線になりました。
1985年 4月 5日,深江橋駅・長田駅間(3.2km)が開業しました。
1997年12月18日,大阪港トランスポートシステム(OTS)のテクノポート線として大阪港駅・コスモスクエア駅間(2.4km)が開業し,現在の中央線が全通するとともに,相互直通運転を開始しました。
2005年 7月 1日,大阪港トランスポートシステム(OTS)のテクノポート線が中央線に編入されました。
(6) 千日前線(5号線)
1969年 4月16日,5号線の野田阪神駅・桜川駅間(3.7km)が開業しました。
1969年 7月25日,谷町九丁目駅・今里駅間(2.6km)が開業しました。
1969年 9月10日,今里駅・新深江駅間(0.9km)が開業しました。
1969年12月 6日,5号線の愛称が千日前線になりました。
1970年 3月11日,桜川駅・谷町九丁目駅間(2.4km)が開業しました。
1981年12月 2日,新深江駅・南巽駅間(3.0km)が開業して全通しました。
(7) 堺筋線(6号線)
1969年12月 6日,天神橋筋六丁目駅・動物園前駅間(7.0km)が開業しました。
1993年 3月 4日,動物園前駅・天下茶屋駅間(1.5km)が開業して全通しました。
(8) 南港ポートタウン線
1981年 3月16日,中ふ頭駅・住之江公園駅間(6.6km)が開業しました。
1997年12月18日,大阪港トランスポートシステム(OTS)のニュートラムテクノポート線としてコスモスクエア駅・中ふ頭駅間(1.3km)が開業し,現在の南港ポートタウン線が全通するとともに,相互直通運転を開始しました。
2005年 7月 1日,大阪港トランスポートシステム(OTS)のニュートラムテクノポート線が南港ポートタウン線に編入されました。
(9) 長堀鶴見緑地線(7号線)
1990年 3月20日,鶴見緑地線の京橋駅・鶴見直地駅間(5.2km)が開業しました。
1996年12月11日,長堀鶴見緑地駅線に改称し,心斎橋駅・京橋駅間(5.7km)が開業しました。
1997年 8月29日,大正駅・心斎橋駅(2.8km)及び鶴見緑地駅・門真南駅間(1.3km)が開業して全通しました。
(10) 今里筋線(8号線)
2006年12月24日,今里筋線の井高野駅・今里駅間(11.9km)が開業しました。
(11) 大阪市電
1903年 9月12日,大阪市営電気鉄道(略称は大阪市電(おおさかしでん))が開業しました。
1969年 3月31日,大阪市電が全廃されました。

4 京阪本線京阪鴨東線京阪中之島線及び京阪交野線
(1) 京阪本線及び京阪鴨東線
1910年4月15日,京阪電気鉄道(初代)の天満橋駅・五条駅(現在の清水五条駅)間が開業しました。
1915年10月27日,京阪電気鉄道(初代)の五条駅(現在の清水五条駅)・三条駅間が開業しました。
1943年10月 1日,京阪電気鉄道及び阪神急行電鉄が合併して京阪神急行電鉄となりました。
1949年12月 1日,京阪神急行電鉄より京阪本線等が分離譲渡される形で京阪電気鉄道(2代目)が発足しました。
1963年 4月16日,淀屋橋駅・天満橋駅間が地下線で延伸開業しました。また,これに伴い,天満橋駅が地下駅に移行しました。
1987年 5月24日,七条駅・三条駅間が地下化しました。
1989年 4月 1日,三条駅・出町柳駅間が京阪鴨東線(おうとうせん)として開業しました。
(2) 京阪中之島線
2008年10月19日,天満橋駅・中之島駅が京阪中之島線(なかのしません)として開業しました。また,丸太町駅が神宮丸太町駅に,四条駅が祇園四条駅に,五条駅が清水五条駅(きよみずごじょうえき)となりました。
2017年8月20日,京阪本線で座席指定車両である「プレミアムカー」が導入されました。
(3) 京阪交野線
1929年 7月10日,信貴生駒電鉄の枚方東口駅(昭和24年10月1日以降は枚方市駅)・私市駅(きさいちえき)間が開業しました。
1939年 5月 1日,信貴生駒電鉄が交野電気鉄道に事業譲渡した結果,同社交野線(かたのせん)になりました。
1945年 5月 1日,京阪神急行電鉄が交野電気鉄道を吸収合併しました。
1949年12月 1日,京阪神急行電鉄から京阪電気鉄道が分離しました。

5 阪急京都本線
1921年 4月 1日,北大阪電気鉄道の十三駅・淡路駅間が開業しました。
1923年 4月 1日,新京阪鉄道が北大阪電気鉄道の鉄道路線を譲り受けました。
1928年 1月16日,新京阪鉄道の淡路駅・高槻町駅(1943年1月1日以降は高槻市駅)間が開業しました。
1928年11月 1日,新京阪鉄道の高槻町駅・京都西院駅(1931年3月31日以降は西院駅)間が開業しました。
1930年 9月15日,京阪電気鉄道が新京阪鉄道を吸収合併しました。
1931年 3月31日,京阪電気鉄道の西院駅・京阪京都駅(現在の大宮駅)間が開業しました。
1943年10月 1日,阪神急行電鉄が京阪電気鉄道を合併して京阪神急行電鉄となりました。
1949年12月 1日,京阪電気鉄道が分離しました。また,京阪神急行電鉄に残った新京阪線が京都本線に名称変更しました。
1963年 6月17日,大宮駅・河原町駅間が開業して,十三駅・河原町駅間が全通しました。
1969年12月 6日,大阪市営地下鉄堺筋線との相互直通運転を開始しました。
1973年 4月 1日,京阪神急行電鉄が阪急電鉄に名称変更しました。

6 阪急千里線
1921年 4月 1日,北大阪電気鉄道の淡路駅・豊津駅間が開業しました。
1922年10月26日,北大阪電気鉄道の豊津駅・千里山駅間が開業しました。
1963年 8月29日,千里山駅・新千里山駅(1967年3月1日以降は南千里駅)間が開業しました。
1967年 3月 1日,南千里駅・北千里駅間が開業し,阪急千里線となりました。

7 阪急神戸本線及び阪急宝塚本線
1910年 3月10日,箕面・有馬電気軌道の梅田駅・宝塚駅間が開業しました。
1920年 7月16日,阪神急行電鉄の十三駅・神戸駅(のちの上筒井駅)間が開業しました。
1926年 7月 5日,阪神急行電鉄の梅田駅・十三駅間が高架化しました。
1936年 4月 1日,西灘駅(現在の王子公園駅)・神戸駅(現在の神戸三宮駅)間が開業しました。また,これまでの神戸駅が上筒井駅に名称変更しました。
1995年 1月17日,阪神・淡路大震災により全線不通となりました。
1995年 6月12日,全線が復旧しました。

8 阪神本線及び阪神なんば線
1905年 4月12日,阪神電車の出入橋駅・神戸駅(のちの三宮駅)間が開業しました。
1906年12月21日,梅田駅・出入橋駅間が開業しました。
1995年 1月17日,阪神・淡路大震災により全線不通となりました。
1995年 6月26日,全線が復旧しました。
2009年 3月20日,阪神なんば線西九条駅・大阪難波駅間の開業に伴い,本線と阪神なんば線・近鉄難波線・奈良線相互間で直通運転を開始しました。

9 大阪高速鉄道大阪モノレール線
1990年 6月 1日,千里中央駅・南茨木駅間が開業しました。
1994年 9月30日,柴島駅(くにじまえき)・千里中央駅間が開業しました。
1997年 4月 1日,大阪空港駅・柴島駅間が開業しました。
1997年 8月22日,南茨木駅・門真市駅間が開業しました。

10 近鉄大阪線近鉄奈良線及び近鉄難波線
(1) 近鉄大阪線(上本町駅から伊勢中川駅)・近鉄奈良線(布施駅から近鉄奈良駅)
1914年 4月30日,大阪電気軌道の上本町駅(現在の大阪上本町駅)・深江駅(現在の布施駅)・奈良駅(仮駅)間が開業しました。
1914年 7月 8日,奈良駅本駅が開業しました。
1922年 3月,深江駅が足代駅(現在の布施駅)に改称しました。
1924年10月31日,足代駅・八尾駅(現在の近鉄八尾駅)が開業しました。
1925年3月21日,高田駅(現在の大和高田駅)・八木駅(現在の八木西口駅)間が開業しました。
1927年 7月 1日,布施駅(ふせえき)・八木駅間が全通しました。
1930年12月20日,布施駅・伊勢中川駅間が全通しました。
1941年 3月15日,大阪電気軌道と参宮急行電鉄が合併して関西急行鉄道となりました。また,布施駅・伊勢中川駅間が大阪線となりました。
1944年 6月 1日,関西急行鉄道が南海鉄道を吸収合併して近畿日本鉄道に社名変更しました。また,関急奈良駅が近畿日本奈良駅に名称変更しました。
1969年12月 9日,近畿日本奈良駅が地下化しました。
1970年 3月 1日,近畿日本奈良駅が近鉄奈良駅に名称変更しました。
(2) 近鉄難波線
1970年 3月15日,近鉄難波駅・上本町駅間が開業しました。
2009年 3月20日,阪神なんば線との相互直通運転を開始しました。また,近鉄難波駅が大阪難波駅に名称変更しました。

11 近鉄南大阪線及び近鉄道明寺線(外部ブログの「大阪鉄道のはなし」が参考になります。)
(1) 近鉄南大阪線
1898年 3月24日,河陽(かよう)鉄道の道明寺駅・古市駅間が開業しました。
1899年 5月11日,河陽鉄道が河南(かなん)鉄道に事業譲渡して解散しました。
1919年 3月 8日,河南鉄道が大阪鉄道(2代目)に社名変更しました。
1922年 4月18日,大阪鉄道の布忍駅(ぬのせえき)・道明寺駅間が開業しました。
1923年 4月13日,大阪鉄道の大阪天王寺駅(1924年6月以降は大阪阿部野橋駅)・布忍駅間が開業しました。
1929年 3月29日,大阪鉄道の古市駅・久米寺駅(1970年3月1日以降は橿原神宮前駅)間が開業しました。また,吉野鉄道(現在の近鉄吉野線)と直通運転を開始しました。
1940年 4月 1日,久米寺駅が橿原神宮駅駅(1970年3月1日以降は橿原神宮前駅)に名称変更しました。
1943年 2月 1日,関西急行鉄道(関急)が大阪電気軌道(大軌)を吸収合併しました。また,大阪阿部野橋駅・橿原神宮駅駅間が天王寺線となりました。
1944年 6月 1日,関西急行鉄道が南海鉄道を吸収合併して近畿日本鉄道に社名変更しました。また,大阪阿部野橋駅・橿原神宮駅駅間が南大阪線となりました。
(2) 近鉄道明寺線
1898年 3月24日,河陽(かよう)鉄道の道明寺駅・柏原間が開業しました。
1899年 5月11日,河陽鉄道が河南(かなん)鉄道に事業譲渡して解散しました。
(その後の経緯は近鉄南大阪線と同じです。)

12 関西本線
1889年 5月14日,大阪鉄道(初代)の湊町駅(1989年12月28日,南西へ約100m移転しました。また,関西国際空港が開港した1994年9月4日以降はJR難波駅)・柏原駅間が開業しました。
1892年 2月 2日,大阪鉄道の湊町駅・奈良駅間が全通しました。
1900年 6月 6日,関西鉄道が大阪鉄道を買収しました。
1900年 9月 1日,関西鉄道の湊町駅・名古屋駅間が全通しました。
1907年10月 1日,鉄道国有化法により関西鉄道が国有化されました。
1909年10月12日,国有鉄道線路名称制定により,名古屋駅・奈良駅・湊町駅間が関西本線となりました。
1949年 6月 1日,名古屋駅・湊駅間について,毎日運転の臨時列車として準急列車(1958年11月1日,「かすが」と命名されました。)が往復運転を開始しました。
1968年10月 1日,「かすが」の運転区間が原則として,名古屋駅・奈良駅間となりました。
1972年 3月15日,関西本線の電車が新今宮駅に停車するようになりました。
1973年10月 1日,「かすが」の運転区間が名古屋駅・奈良駅間だけになりました。
1988年 3月13日,路線愛称の制定により,関西本線のうち,京都府木津川市の加茂駅から大阪市浪速区のJR難波駅までの区間について「大和路線」の愛称を使用するようになりました。
2006年 3月18日,「かすが」が廃止されました。
2008年 3月15日,おおさか東線の開業により奈良駅・尼崎駅間をおおさか東線・JR東西線経由で運転する直通快速が運転を開始しました。

13 阪和線及び関西空港線

(1) 阪和線
1929年 7月18日,阪和電気鉄道の天王寺駅・和泉府中駅間が開業しました。
1930年 6月16日,阪和電気鉄道の和泉府中駅・東和歌山駅(現在の和歌山駅)間が開業しました。
1940年12月 1日,阪和電気鉄道が南海鉄道に吸収合併され,南海鉄道山手線となりました。
1942年 2月15日,南海鉄道の高野線と山手線の乗換駅として三国ケ丘駅が開業しました。
1944年 5月 1日,戦時買収により南海鉄道山手線が国有化されて阪和線となりました(大阪府下の戦時買収私鉄は南海鉄道山手線だけです。)。
(2) 関西空港線
1994年 6月15日,日根野駅・関西空港駅間が開業しました。
1994年 9月 4日,関西国際空港が開港し,特急「はるか」が運転を開始しました。
2018年 9月 4日,台風21号の影響でタンカーが漂着して衝突したため,連絡橋が被害を受けた結果,全線不通となりました。
2018年 9月18日,全線復旧しました。

14 南海本線及び南海空港線
(1) 南海本線
1885年12月29日,阪堺鉄道(はんかいてつどう)(日本で3番目の民営鉄道事業者です。)の難波駅・大和川駅(大和川北岸にあった仮の駅です。)間が開業しました。
1888年 5月15日,阪堺鉄道の大和川駅・堺駅間が開業しました。
1897年10月 1日,南海鉄道の堺駅・佐野駅(現在の泉佐野駅)間が開業しました。
1897年11月 9日,南海鉄道の佐野駅・尾崎駅間が開業しました。
1898年10月 1日,阪堺鉄道が南海鉄道に事業譲渡しました。
1898年10月22日,南海鉄道の尾崎駅・和歌山北口駅間が開業しました。
1898年10月 1日,阪堺鉄道が南海鉄道に事業譲渡しました。
1903年 3月21日,紀ノ川橋梁(きのかわきょうりょう)が開通し,南海鉄道の難波駅・和歌山市駅間が全通しました。
1944年 6月 1日,関西急行鉄道と南海鉄道が合併して近畿日本鉄道となりました。
1947年 3月15日,高野山電気鉄道が南海電気鉄道に社名変更しました。
1947年 6月 1日,南海電気鉄道が近畿日本鉄道から旧:南海鉄道の路線を譲渡されました。
1993年 4月18日,南海本線の高架化に伴い,岸ノ里駅と玉手駅が統合して岸里玉手駅が開業しました。
(2) 南海空港線
1994年 6月15日,泉佐野駅・関西空港駅間が開業しました。
1994年 9月 4日,関西国際空港が開港し,特急「ラピート」が運転を開始しました。
2018年 9月 4日,台風21号の影響でタンカーが漂着して衝突したため,連絡橋が被害を受けた結果,全線不通となりました。
2018年 9月18日,全線復旧しました。

15 南海高野線
1898年 1月30日,高野鉄道の大小路駅(1900年9月以降は堺東駅)・狭山駅間が開業しました。
また,大小路駅(大小路橋の東側にあったことによる命名です。また,当時の大阪府泉北郡向井町にありました。),西村駅(現在の初芝駅)及び狭山駅が開業しました。
1898年 4月 2日,高野鉄道の狭山駅・長野駅(1954年4月10日以降は河内長野駅)間が開業しました。また,滝谷駅及び長野駅が開業しました。
1900年 9月 3日,高野鉄道の大小路駅・道頓堀駅(1901年1月1日以降は汐見橋駅)間が開業しました。また,同月中に大小路駅は堺駅を経て堺東駅となりました。
1907年11月15日,高野鉄道が事業一切を高野登山鉄道に譲渡しました。
1914年10月21日,高野登山鉄道の長野駅・三日市町駅間が開業しました。
1915年 3月11日,高野登山鉄道の三日市町駅・橋本駅間が開業しました。
1915年 4月30日,高野登山鉄道が大阪高野鉄道に社名変更しました。
1917年 7月 5日,大阪高野鉄道の狭山駅・滝谷駅間に,河内半田駅(狭山遊園前駅を経て,現在の大阪狭山市駅)が開業しました。
1922年 9月 6日,南海鉄道が大阪高野鉄道を吸収合併し,南海鉄道高野線となりました。
1924年11月 1日,南海鉄道の橋本駅・学文路駅(かむろえき)間が開業しました。
1924年12月25日,南海鉄道の学文路駅・九度山駅間が開業しました。
1925年 3月15日,岸ノ里駅(現在の岸里玉手駅)の連絡線開通により,南海鉄道高野線の列車の難波駅乗り入れが開始しました。
1925年 3月28日,高野山電気鉄道が設立されました。
1925年 7月30日,南海鉄道の九度山駅・高野山駅(1925年9月11日以降は高野下駅)間が開業しました。
1928年 6月18日,高野山電気鉄道の高野下駅・神谷駅(1930年3月1日以降は紀伊神谷駅)間が開業しました。
1929年 2月21日,高野山電気鉄道の神谷駅・極楽橋駅間が開業しました。
1929年11月 1日,南海鉄道高野線の全列車が難波駅より発着するようになりました。
1932年 4月28日,高野山電気鉄道が架線電圧を1500ボルトから600ボルトに変更して南海鉄道高野線と一致させることで,高野山電気鉄道と南海鉄道高野線の直通運転が開始しました。
1932年 7月 9日,難波駅の4代目駅舎となる南海ビルディングが完成し,同月15日,高島屋大阪店が開業しました。
1937年 4月19日,南海鉄道の開業50周年記念イベントとして開催された四国八十八か所出開帳に際して,金剛駅が開業しました。
1938年 2月11日,南海鉄道の滝谷駅・長野駅間に千代田駅が開業しました。
1942年 2月15日,南海鉄道の高野線と山手線の乗換駅として三国ケ丘駅が開業しました。
1944年 6月 1日,関西急行鉄道と南海鉄道が合併して近畿日本鉄道となりました。
1947年 3月15日,高野山電気鉄道が南海電気鉄道に社名変更しました。
1947年 6月 1日,南海電気鉄道が近畿日本鉄道から旧:南海鉄道の路線を譲渡されました。
1954年 4月 1日,長野町,三日市村,高向村,天見村,加賀田村及び川上村が合併して河内長野市となったことに伴い,同月10日に長野駅が河内長野駅に名称変更しました。
1971年 4月 1日,南海高野線と泉北高速鉄道線が相互直通運転を開始しました。
1992年11月10日,金剛駅が特急・急行停車駅となりました。
2007年10月27日,浅香山駅と我孫子前駅間の線路上で大阪航空株式会社(大阪府八尾市)所有のヘリコプターが墜落するという,大阪航空堺市墜落事故が発生しました。
2017年10月22日から2018年3月30日までの間,台風21号の影響により上小沢駅構内で道床流出が発生したため,橋本駅・高野山駅間でバス代行輸送が実施されました。

16 泉北高速鉄道線
1965年12月24日,泉北高速鉄道線の運営会社としての大阪府都市開発株式会社が設立されました。
1971年 4月 1日,泉北高速線の中百舌鳥駅・泉ヶ丘駅間が開業しました。
1973年12月 7日,泉ヶ丘駅と栂・美木多駅(とが・みきたえき)間が開業しました。
1977年 8月20日,栂・美木多駅と光明池駅間が開業しました。
1995年 4月 1日,光明池駅・和泉中央駅間が開業しました。
2014年 7月 1日,南海電鉄が大阪府都市開発株式会社の株式の99.9%余りを取得して子会社としました。
2015年12月 5日,難波駅・和泉中央駅間で泉北ライナーが運行するようになりました。

17 近鉄長野線
1898年 4月14日,河陽(かよう)鉄道の古市駅・富田林駅間が開業しました。
1899年 5月11日,河陽鉄道が河南(かなん)鉄道に事業譲渡して解散しました。
1902年 3月25日,富田林駅・滝谷不動駅間が開業しました。
1902年12月12日,滝谷不動駅・長野駅(現在の河内長野駅)間が開業しました。
1919年 3月 8日,河南鉄道が大阪鉄道に社名変更しました。
1943年 2月 1日,関西急行鉄道(関急)が大阪電気軌道(大軌)を吸収合併しました。
1944年 6月 1日,関西急行鉄道が南海鉄道を吸収合併して近畿日本鉄道に社名変更しました。
1954年 4月 1日,長野町,三日市村,高向村,天見村,加賀田村及び川上村が合併して河内長野市となったことに伴い,同月10日に長野駅が河内長野駅に名称変更しました。

* 日本旅行HP「大阪府鉄道路線図」が載っています。

裁判所職員に関する記事の一覧

1 裁判所職員採用試験関係
・ 平成3年度以降の裁判所職員採用試験の採用案内パンフレット
・ 裁判所職員採用試験に関する各種データ
・ 裁判所職員採用試験における得点分布は開示されないこと
・ 平成26年度裁判所職員採用試験でミスがあった結果,24人が誤って不合格になったこと
・ 司法試験受験生が裁判所職員採用試験を受ける場合の面接対策

2 執務等の関係
・ 首席書記官の職務
・ 首席家庭裁判所調査官の職務
・ 最高裁判所裁判部作成の民事・刑事書記官実務必携
・ 上告審から見た書記官事務の留意事項
・ 書記官実務等の査察
・ 裁判所書記官,家裁調査官及び下級裁判所事務局に関する規則,規程及び通達

3 文書管理の関係
・ 司法行政文書に関する文書管理
・ 裁判文書の文書管理に関する規程及び通達
・ 民事事件の裁判文書に関する文書管理
・ 裁判文書及び司法行政文書がA4判・横書きとなった時期

4 役職等の関係

・ 裁判所における一般職の職員
・ 指定職未満の裁判所一般職の級
・ 裁判所書記官の役職
・ 司法行政部門における役職と,裁判部門における裁判所書記官の役職の対応関係
・ 家庭裁判所調査官の役職
・ 裁判所調査官
・ 裁判所職員の病気休職
・ 裁判所職員の旧姓使用

5 研修関係
・ 裁判所職員用ポータルサイトシステム(J・NETポータル)の主な掲載コンテンツ(平成30年度)
・ 裁判所職員総合研修所の研修実施計画等

6 幹部職員の名簿
・ 最高裁判所が作成している,下級裁判所幹部職員名簿
・ 裁判所の指定職職員の名簿(一般職)
・ 最高裁判所が作成している,首席家裁調査官等名簿

 退職後の関係
・ 裁判所職員の再就職状況
・ 裁判所関係者及び弁護士に対する叙勲の相場

8 定員関係
・ 級別定数の改定に関する文書
・ 裁判所職員定員法の一部を改正する法律に関する国会答弁資料等
・ 裁判所職員定員法の一部を改正する法律案に対する衆議院法務委員会の附帯決議
・ 全司法本部の中央執行委員長が裁判所職員の定員に関して国会で述べた意見