司法研修所教官は,裁判官の研修又は司法修習生の修習を指導する司法研修所の教官である。
ただし,裁判官又は検察官を教官に充てる場合と,弁護士等に教官の事務の一部を嘱託する場合とがあり,すべての教官が同じ法的身分にあるわけではない。
本記事では,司法研修所の第一部・第二部,5科目の教官室,判事補任官との関係及び弁護教官の推薦を,現行法令と公開資料に基づいて区別して説明する。
第1 司法研修所教官の役割
1 裁判所法上の職務
裁判所法14条は,裁判官その他の裁判所職員の研究及び修養並びに司法修習生の修習に関する事務を取り扱わせるため,最高裁判所に司法研修所を置くと定めている。
同法55条は,司法研修所に司法研修所教官を置き,教官が上司の指揮を受けて,裁判官の研究及び修養並びに司法修習生の修習を指導すると定めている。
したがって,「司法研修所教官」という法令上の名称は,司法修習生を担当する教官だけを意味するものではない。
2 第一部と第二部
司法研修所規程3条1項は,裁判官の研修を担当する第一部と,司法修習生の修習を担当する第二部を定めている。
最高裁判所の「司法研修所について」によれば,裁判官研修部門は平成25年8月に司法研修所別館へ移転した後,令和8年2月に本館へ移転した。
第一部・第二部という区分と,建物上の所在は別の問題である。
3 司法修習生を担当する5科目の教官
最高裁判所の「司法修習の概要」によれば,集合修習ではクラス担任制が採られ,各クラスを次の5科目の教官が担当する。
| 科目 | 主な指導分野 |
|---|---|
| 民事裁判 | 民事事件の争点整理,事実認定及び判決起案等 |
| 刑事裁判 | 刑事事件の事実認定,手続及び判決起案等 |
| 検察 | 捜査,証拠評価,事件処理及び公判活動等 |
| 民事弁護 | 法律相談,事実・証拠の分析及び民事文書の起案等 |
| 刑事弁護 | 接見,事実調査,弁護方針及び公判活動等 |
集合修習では,実際の事件記録を加工した修習記録を用いる起案を中心に,教官による添削・講評と司法修習生相互の討論が行われる。
導入修習でも,分野別実務修習へ円滑に入るための基礎的な指導が行われる。
第2 司法研修所教官の身分
1 裁判所法55条の教官と司法研修所長
裁判所法55条の司法研修所教官は,裁判所法に置かれた裁判所職員の職である。
同法56条によれば,最高裁判所は司法研修所教官の中から司法研修所長を補する。
司法研修所長は,最高裁判所長官の監督を受けて,司法研修所の所務を掌理し,司法研修所の職員を指揮監督する。
2 裁判官又は検察官を教官に充てる場合
裁判所法附則3項は,当分の間,最高裁判所が特に必要と認めるときに,裁判官又は検察官を司法研修所教官に充てることができると定めている。
「教官に充てる」とは,裁判官又は検察官の身分を保ったまま教官の職務を担当させる仕組みである。
昭和24年の国会審議では,裁判官又は検察官を司法研修所教官として活用する必要があることと,その身分及び給与を維持する必要があることが,この制度の理由として説明された。
矢口洪一『最高裁判所とともに』180頁~181頁も,同年の裁判所法改正の経緯を説明している。
3 教官事務の一部を嘱託する場合
司法研修所規則2条を収録した関係法令によれば,司法研修所長は,必要があると認めるときに,裁判官,検察官,弁護士又は学識経験者へ司法研修所教官の事務の一部を嘱託できる。
弁護士が担当する民事弁護教官又は刑事弁護教官は,この規定に基づいて教官事務の一部を嘱託される。
これは,裁判所法55条の職員として任命されることや,裁判官又は検察官を同法附則3項により教官へ充てることとは区別される。
第3 第二部教官の具体的な仕事
1 導入修習及び集合修習の指導
現在の司法修習は,司法研修所で行う導入修習,各実務修習地で行う分野別実務修習及び選択型実務修習,司法研修所で行う集合修習によって構成される。
司法研修所の第二部教官が中心となるのは,導入修習及び集合修習における授業,演習,起案の添削・講評,教材作成並びに修習成績の評価である。
これに対し,分野別実務修習では,各地の裁判所,検察庁及び弁護士会における実務家が個別指導を担当する。
2 教材作成と教官室相互の連携
『自由と正義』2026年6月号12頁~15頁に掲載された「民事弁護教官室の指導内容」は,平成30年から令和3年までの執筆者の教官経験を中心とする説明である。
同記事によれば,民事弁護教官室では,法律相談,事実と証拠の分析,訴状・答弁書等の起案,和解及び民事保全・執行等を扱い,民事裁判教官室との共同演習も行っていた。
現在も,最高裁判所は民事裁判教官室及び民事弁護教官室の教材を公開している。
教官の仕事は教壇での講義に限られず,修習記録や教材の作成,教官室間の調整及び各実務修習地との情報交換を含む。
3 知識・技能と法曹倫理の指導
最高裁判所は,司法修習の目的を,法律実務に必要な知識・技法と汎用的な基礎力を身に付けさせることに加え,高い倫理観と職業意識を修得させることに置いている。
したがって,教官による指導と評価は,個々の起案の正誤だけを対象とするものではない。
もっとも,教育上の評価と,判事補又は検事への採用を決定する法的権限とは区別する必要がある。
第4 教官と判事補任官との関係
1 教官の報告書は審議資料となる
裁判所法40条1項によれば,下級裁判所裁判官は,最高裁判所が指名した者の名簿に基づいて内閣が任命する。
下級裁判所裁判官指名諮問委員会は,最高裁判所の諮問を受け,指名されるべき者について意見を述べる。
同委員会の「指名の適否について審議する手順・方法」は,司法修習生からの判事補任官希望者について,司法修習の成績,司法研修所教官が作成した詳細な報告書,面接資料等を審議資料として挙げている。
この意味で教官の評価は任官審議に関係する。
しかし,教官に判事補任官の最終的な決定権があるわけではない。
2 任官希望者の情報共有
令和元年度(最情)答申第20号で紹介された最高裁判所事務総長の説明によれば,第68期まではクラス別の任官志望者一覧表が作成されていたが,第69期以降は作成されていない。
その理由として,教官が志望者を直接把握し,教官相互で情報交換をしていることが挙げられている。
これは令和元年度の情報公開審査における説明である。
教官が任官希望者と日常的に接することを示す一方,教官に法令上の任命権又は指名権を与える資料ではない。
3 法律事務所等の内定を得るよう指導しているか
令和2年度(最情)答申第1号は,検察教官が検事志望者に法律事務所又は弁護士法人の内定を得るような指導はしていないとの最高裁判所事務総長の説明を踏まえ,そのような指導が分かる文書は保有していないとした原判断を妥当とした。
令和2年度(最情)答申第2号は,裁判教官について同様の説明を認めた。
同答申は,判事補志望者が法律事務所又は弁護士法人の内定を得ているかどうかは,下級裁判所裁判官指名諮問委員会の審査と無関係であるとの説明も踏まえている。
第5 教官経験は「出世コース」なのか
1 公式の昇進基準ではない
裁判所法その他の公式資料に,司法研修所教官の経験を裁判官の昇進条件又は「出世コース」と定めたものは見当たらない。
教官経験と裁判官人事の関係を論じる文献はあるが,それぞれ著者の分析又は取材対象者の見方である。
西川伸一『増補改訂版 裁判官幹部人事の研究』25頁~27頁は,司法研修所教官等の経歴を裁判官の人事分析に用いる「経歴的資源」の一つとして分類している。
瀬木比呂志『絶望の裁判所』101頁~103頁は,司法研修所と最高裁判所事務総局人事局との関係を批判的に評価している。
これらは公式の昇進基準を示す資料ではない。
個々の教官経験がその後の人事にどの程度影響したかは,公表された人事データと他の経歴を併せて検討する必要がある。
2 教官が任官を「決める」ともいえない
岩瀬達哉『裁判官も人である―良心と組織の狭間で』91頁には,教官と任官希望者との関係を「保証人」に例える匿名の談話が掲載されている。
これは取材対象者による経験的な評価であり,教官の法的権限を説明するものではない。
教官の評価が任官審議の資料になることと,教官が任官を決定することは別である。
司法研修所教官経験者の経歴を検討する場合は,司法研修所長等の経歴的資源に関する集計も参照されたい。
第6 弁護教官の推薦
1 現在の日弁連における推薦
『自由と正義』2026年6月号37頁に掲載された日弁連司法修習委員会の座談会によれば,弁護教官の候補者は,日弁連の弁護士推薦委員会による面接を経て,日弁連から推薦される。
日弁連司法修習委員会は推薦母体ではなく,弁護教官から日弁連への要望を受ける事実上の第一次的な窓口として教官の業務を支えていると説明されている。
推薦を受けた弁護士について,最高裁判所側が司法研修所規則2条に基づき教官事務を嘱託する。
日弁連による推薦と,最高裁判所側による嘱託は,手続上別の段階である。
2 昭和50年の日弁連決議
日弁連は,昭和50年5月24日の定期総会で,「司法研修所弁護教官の選任及び新任拒否に関する決議」を採択した。
同決議は,当時の弁護教官選任と裁判官新任をめぐる日弁連の問題意識を示す歴史資料である。
現在の推薦手続を説明する場合は,昭和50年の決議だけでなく,令和8年時点の日弁連の説明も併せて確認する必要がある。
第7 関連資料
第8 出典
1 法令及び規則
- ① e-Gov法令検索「裁判所法」14条,40条,55条,56条及び附則3項
- ② 最高裁判所「裁判所法・司法研修所規則・司法研修所規程等の関係法令」(司法研修所規則2条)
- ③ 最高裁判所「司法研修所規程」1条~4条
2 最高裁判所及び国会の公開資料
- ① 最高裁判所「司法研修所について」
- ② 最高裁判所「司法修習の概要」
- ③ 最高裁判所「下級裁判所裁判官指名諮問委員会」及び「指名の適否について審議する手順・方法」
- ④ 最高裁判所「令和元年度(最情)答申第20号」
- ⑤ 最高裁判所「令和2年度(最情)答申第1号」及び同第2号
- ⑥ 第5回国会参議院司法委員会昭和24年5月9日会議録及び第5回国会衆議院法務委員会昭和24年4月27日会議録
- ⑦ 第71回国会衆議院法務委員会昭和48年3月9日会議録(国会会議録検索システム)
3 書籍・雑誌等
- ① 矢口洪一『最高裁判所とともに』(有斐閣,1993年)180頁~181頁(PDF185頁~186頁)
- ② 岩瀬達哉『裁判官も人である―良心と組織の狭間で』(講談社,2020年)91頁(PDF86頁)
- ③ 西川伸一『増補改訂版 裁判官幹部人事の研究―「経歴的資源」を手がかりとして』(五月書房新社,2020年)25頁~27頁(PDF27頁~29頁)
- ④ 瀬木比呂志『絶望の裁判所』(講談社,2014年)101頁~103頁(PDF101頁~103頁)
- ⑤ 日本弁護士連合会『自由と正義』2026年6月号12頁~15頁及び37頁(PDF14頁~17頁及び39頁)
- ⑥ 日本弁護士連合会「司法研修所弁護教官の選任及び新任拒否に関する決議」(昭和50年5月24日)