ドイツの戦後補償

Pocket

1 最高裁判所判例解説 民事篇(平成19年度)(上)416頁ないし418頁には以下の記載があります。

   日本の戦争賠償は, ドイツと比較して不十分であるといわれることがあるので,参考までに, ドイツの戦後補償の概要を以下にみておく。
ア ドイツは,第二次世界大戦後東西に分裂したため,連合国との間の平和条約を締結することができず,戦争賠償の解決については長い間留保されてきた(1953年のロンドン債務協定)ところ.実質的な平和条約の機能を果たすことになった1990年のいわゆる「2プラス4協定」(東西ドイツと英・米・仏・ソの間のモスコー協定)において,戦争賠償に関する条項は盛られず,結局,狭義の戦争賠償は行われないまま事実上放棄されている。
イ 他方,「ナチスの不法に対する補償(Wiedergutmachung)」は戦争賠償とは別の概念であるとの整理の下に,連邦補償法(1956年)の下でホロコースト被害等に対する補償が行われることとなった。当初は西独内に住所を有していた者に対象者を限定していたが,その後,外国居住者にも拡大されている(補償金を一括して各国政府に渡し,各国政府が各被害者に支給するというもの)。また,これより前,1952年にはイスラエルとの間の補償協定(ルクセンブルク協定)も締結された。これらの補償総額は,約1040億マルク(現在のレートで5兆5000億円以上)になるといわれている(総額7兆円を超えるという試算もある。)。
ウ このほか,大戦中に東欧地域(特にポーランド)から連行されドイツ企業で強制労働に従事させられた者に対する補償問題について,西独政府は, こうした問題はナチスの迫害ではなく一般的な戦争被害であると主張し, ロンドン債務協定を盾に請求を拒んできた。しかし, 2000年7月, ドイツ政府と企業が50億マルクずつ(計100億マルク,約5300億円)を拠出して,「記憶・責任・未来財団」という基金を設立することが, ドイツ,旧東欧諸国及びイスラエル政府並びにドイツ企業等の間で合意され,その後, ドイツの国内関連法が成立した。この動きの直接のきっかけとなったのは,米国の弁護士らにより米国裁判所でドイツ企業を被告とする大規模なクラスアクションが提起され,企業が譲歩を余儀なくされたことにあったといわれている。なお, この事業は,人道的な見地から行われるものであって,法的責任に基づくものではないと説明されており, 「記憶・責任・未来基金の創設に関する法律」の前文にも,政府の関与は政治的道義的責任に基づくものであるとの趣旨が明記されている。
   このほか,戦争中の強制労働に関与した企業の中には,独自の救済措置を設けて元労働者に対する補償措置を行っているものもいくつか存在するようである。これも,法的義務に基づくものではなく,あくまでも人道的な措置であるとの位置付けが強調されている。
エ 以上のとおり, ドイツの戦後補償は金額の上では我が国の賠償額を大きく上回っているが,それはナチスの不法に対する補償(Wiedergutmachung)という特殊な概念に基づくものであって,狭義の戦後賠償は行われていないことに留意する必要があろう。一方,強制労働に対する補償問題に関しては,法的責任を前提としないとしつつも,官民を挙げて救済措置が講じられていることは,特筆に値すると思われる。

2(1) ヤフーニュースに載ってある「[寄稿]徴用工問題の解決に向けて」(寄稿者は宇都宮健児 元日弁連会長)には以下の記載がありますところ,これによれば,ナチス・ドイツによる166万人以上の強制労働被害者の場合,1人あたりの賠償金は43万3735円以下であったことになります。
 ナチス・ドイツによる強制労働被害に関しては、2000年8月、ドイツ政府と約6400社のドイツ企業が「記憶・責任・未来」基金を創設し、これまでに約100カ国の166万人以上に対し約44億ユーロ(約7200億円)の賠償金を支払ってきている。このようなドイツ政府とドイツ企業の取り組みこそ、日本政府や日本企業は見習うべきである。
(2) ちなみに,自賠責保険の場合,傷害部分に対して120万円まで支払ってもらえますし,後遺障害部分に対しては,もっとも軽い後遺障害等級14級であっても75万円まで支払ってもらえます(「自賠責保険の保険金及び後遺障害等級」参照)。

3 以下の記事も参照してください。
① 日本の戦後処理に関する記事の一覧
② 日本の戦後賠償の金額等
③ 日韓請求権協定